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第187話 死神ちゃんとマンマ②

 死神ちゃんは小さな森へとやって来た。奥の少し拓けたところの、腰を掛けて休憩するにはちょうどよい切り株。そこを照らすように、どこからともなく光が差し込んでいた。その切り株に、一人の女性が切り株に腰を掛けて座っていた。――ただし、差し込む光を浴びて輝いていたのは麗しい美女ではなく、恰幅の良い食堂のおばちゃんだった。
 思わず死神ちゃんが見を硬直させて足を止め、ぼんやりとおばちゃんを眺めていると、死神ちゃんに気がついたおばちゃんが満面の笑みを浮かべて手招きしてきた。


「あらあ、お嬢ちゃん! 久しぶりじゃあないかい! ほら、マンマのところにおいで! 今日もたんまりとミートパイを持ってきているからね、たんとおあがり」


 死神ちゃんがおずおずと近づいていくと、食堂のおばちゃん――マンマは少しばかり端に寄って、死神ちゃんが座れるようにとスペースを開けた。死神ちゃんが腰掛けるのを見届けて満足気に頷くと、彼女はミートパイの入った包みを死神ちゃんに手渡し、そして死神ちゃんの頭を撫でた。


「この前は本当にびっくりしたよ。ダンジョンから出ようとしたら、よく分からない何かに邪魔されて外に出られないんだから。教会で結構なお金を払ったら何故か出られるようになったけれど、お嬢ちゃんったら『ちょっと用事を思い出した』とか言ってどこかへと消えて行っちまったし。――用事ってのは、お嬢ちゃんのお仕事の関係だったのかい?」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべてはぐらかしながら、わんこ蕎麦のごとく差し出されるミートパイを黙々と食べた。死神ちゃんは飲み物をもらう隙を突いて、マンマに〈本日の目的〉について尋ねた。するとマンマは「気晴らしだよ」と言って快活に笑った。


「今月は収穫祭月間だろ? しかも今年から仮装イベントっていう新しい催しを始めてさ、よその街からもたんとお客さんが来ているんだよ。そりゃあ、マンマも大忙しさ。――で、つい先日、一番大きなイベントが終わってね。少し余裕ができたから、こうして気晴らしに来ているのさ」

「かき入れどきでしょうに、お店はいいんですか?」

「もちろん、お店は閉めていないよ! 臨時でアルバイトを増やして、旦那と順番で〈気晴らし休み〉をとることにしたのさ」


 どうやら、彼女にとってダンジョン探索はジムで軽く汗を流すくらいのものらしい。「いい汗掻けて宝探しも楽しめて、ここは本当にいいところだよ!」と笑うマンマに、死神ちゃんは強張った笑顔を返した。
 マンマもミートパイをひとつ手に取ると、口に運んだ。そして口元を手で覆い隠してもくもくと咀嚼しながら、梢の間からちらりと見える空を仰いで言った。


「それにしてもさあ、こんなダンジョンの中で空を拝めるだなんてねえ。森の入口は陰鬱そうなのに、奥に進んでみると結構気持ちが良いし、可愛らしい切り株がここそこにいるし。まるでおとぎ話の絵本の中にいるようだよ」


 口の中のものを飲み下すと、マンマは「あとでキノコを少しだけ分けてもらおう」と言ってにっこりと微笑んだ。
 休憩を終えると、マンマは先ほどの宣言通りに切り株お化けたちの元へと赴いた。愛用の包丁を取り出すと、マンマは切り株達が気づかぬほどの素早さで、切り株たちが哀しみを覚えない程度の良心的な量のキノコを収穫した。あまりの手際良さに死神ちゃんが驚いていると、マンマがニヤリと笑って言った。


「料理人たるもの、手際は良くないといけないからね。このくらい、当たり前だよ」


 マンマは収穫したキノコを丁寧にポーチへとしまい込むと、そろそろ帰ろうと言って森をあとにした。
 地上を目指しながら、マンマは心なしかしょんぼりと肩を落とした。何でも、いまだに伝説の調理器具を手に入れることができていないらしい。また、近所の魚屋が肉屋からもらった刺身包丁で不幸な事件を起こしたことに触れながら、実はその呪われた包丁が欲しくて探しているとも話した。死神ちゃんが不思議そうに首を傾げると、マンマはにこやかな笑みを浮かべて言った。


「あたしの食堂に最近よく来る若い子でね、呪われた品から呪いを引っぺがすことができるっていう子がいるんだよ。見た目チャラチャラしてるのにさ、すごいもんだよねえ。――ダンジョン産の切れ味の良い包丁は、一通り揃えておきたくてさ。あたしも調理のときに魚を捌くことがあるし、呪いを何とかすることができるんだったら欲しいんだよねえ」


 言いながら、やはりマンマは出会う敵の全てを拳ひとつでねじ伏せていた。会話を途切れさせることなく、顔色ひとつ変えることなくモンスターを屠り、会話の途中で「お目当てのものは中々ドロップしないもんだねえ」と言葉を挟みながら前へと進んでいくマンマを、死神ちゃんは畏怖の念で見つめていた。
 しばらくして、マンマは強敵と遭遇した。彼女は目の前に立ち塞がる獅子のワービーストと睨み合い唾を飲み込むと、不敵に笑ってポーチに手を伸ばした。


「こいつは、()()の力を借りる必要がありそうだねえ……」


 彼女は相棒にして愛棒の麺伸ばし棒を手に取ると、獅子に挑みかかった。獅子も鋭い爪を誇示するように両の手の指を開くと、マンマへと飛びかかっていった。
 獅子の攻撃は素早く、さすがのマンマも一筋縄では行かなかった。獅子の爪が掠り頬に赤い筋が出来るのをマンマが感じた瞬間、獅子は既に次手を繰り出していた。しかし――


「このマンマが、みすみすやられると思ったら大間違いだ……よッ!!」


 獅子の攻撃がマンマに届くことはなかった。獣の爪は、彼女が咄嗟に取り出した盾のようなものに跳ね返されたのだ。マンマはニヤリと笑うと、盾のようなものを敵に見せつけるかのように前方へと掲げて言った。


「マンマの第二の相棒、大理石プレート様に敵うとでも思ったのかい!? ――さあ、この麺伸ばし棒と大理石プレートで、パスタ生地のように|伸《の》してあげるよ!」


 しばらくして、獅子はマンマにこてんぱんに叩きのめされた。アイテムへと姿を変えていく獅子を、マンマは戦友を見つめるような眼差しで見下ろした。


「お昼の混雑時に押し寄せるお客よりも強敵だと思ったのは、あんたが初めてだよ……。いい勝負だった」


 マンマの背後では、死神ちゃんが縮み上がっていた。そしてカタカタと震えながら、死神ちゃんはポツリと呟いた。


「マンマ、|怖《こえ》え……」



   **********



 待機室に戻ってみると、モニタールームで第二班副長のライオンが腕を組んでモニターに見入っていた。彼女は大きく頷くと、はっきりとした口調で言った。


「戦う女は美しい。ケイちゃん然り、私然り。――あのおばちゃんの戦いっぷりは、本当に見事だった。あのおばちゃんは真の強者だ、美しいよ! ……ねえ、マッコもそう思うでしょう?」

「そうねえ……。アタシも欲しいわ、あの大理石プレート……」


 ライオンはマッコイが自身と同じように〈あのおばちゃんに強い女の美しさというものを感じているのだ〉と思い声をかけたものの、そうではないと知って肩透かしを食らった。ライオンは苦笑いを浮かべると、呆れ声を潜めて言った。


「お花、あんた、しょっちゅうマッコに手料理ご馳走になっているんでしょ? そのお礼に買ってあげたら?」

「ああうん、そうですね……。ところで、あのワービーストにはたてがみがありましたけど、|死神課《うち》には雄ライオンはいないですよね。もしかして、本物さんは他の課の人ですか?」


 死神ちゃんは苦笑いで返事をしつつ、不思議そうにそのように尋ねた。するとライオンの顔色がサッと変化した。「あれは私だよ!」と青筋立てて叫ぶと、彼女は見た目重視でレプリカにたてがみを足されたことについて激しく愚痴りだした。
 知らなかったとは言え地雷を踏んでしまったことを、死神ちゃんはなおも怒り冷めやらぬライオンに平謝りした。その傍らでは、マッコイがいまだに大理石プレートへ思いを馳せていた。


(戦う|女《・》は、どいつもこいつも、色んな意味で本当に|怖《こえ》ぇな……!)


 死神ちゃんは、心の中でひっそりと呟いたのだった。




 ――――パンやパスタを捏ねる時、大理石プレートの上で作業すると温度変化が少なくて良い。マンマ愛用というのも頷ける代物なのDEATH。

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