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第186話 死神ちゃんと金の亡者②

 死神ちゃんは小さな森の中にある泉を必死に覗き込んでいる男を見つけると、背後から近寄って背中を蹴ってやった。すると、男はそのままドボンと泉の中に落ちた。男は水面を叩きながら必死にもがいた。しかし、足が簡単に底につくほどの水深しか無いことに気がつくと、男は憮然とした表情で死神ちゃんを見つめた。


「敏腕弁護士を雇ってお前を訴えたら、どれだけ慰謝料がふんだくれるかな」

「俺、ダンジョンの罠だから出廷なんてできないし。そもそも、どこに対して請求を出すんだよ。それに冒険活動にはよくあることなんだから、そんなことでいちいち訴えるだなんて、そんなの、当たり屋商売同然だぞ。さすがは金の亡者だな」


 死神ちゃんはざぶざぶと音を立てて泉から這い上がった男――少し離れたところにある街の金貸し業の七光り息子であり、できるだけ楽をして金を稼ぐということばかり考えている〈金の亡者〉を呆れ眼で見つめ、ハンと嘆息した。そのまま、どうして必死に泉を覗いていたのかと尋ねてみると、彼は苦い顔を浮かべてブチブチと言った。


「会社の部下が言ったんだ。『ダンジョンデビューなさったのでしたら、是非とも四階にある森の中の泉に行ってみてください。冒険者達が験担ぎで投げ銭をしているので、タダでお金拾い放題ですよ』って」


 死神ちゃんは表情もなく嗚呼と呻くように相槌を打った。同時に、死神ちゃんの脳内でとある女性が「くっ、殺せ!」と叫んだ。たしかに、彼女は前回会ったときにこの森の中で〈|蠢くヘドロ《クレイウーズ》〉の〈汚い水〉と〈恐るべき毒水〉の餌食になった。そしてその際、金の亡者にこの泉のことを教えてやろうと言っていた。まさか、それを本当に実行していたとは。
 金の亡者は不満げに眉根を寄せると、口を尖らせて話を続けた。


「だから、僕は銅貨一枚でも多く拾いたいから、ダンジョンに来たときには必ずここに立ち寄っているんだが。ウーズに吐き気を催すような汚らしい水をかけられたり、毒を受けて吐き気が止まらなくなったりすることばかりで。おかげさまで、いまだに一枚も拾えていないんだ」


 どうやら、くっころの考えた〈普段受けているセクハラへの仕返し〉は成功しているようだった。しかしながら、彼は彼女から嫌がらせとして誤情報を掴まされたという認識はないらしい。彼は「もしかしたら銅貨どころか、他の冒険者の落とした希少アイテムを拾えるかもしれない」と、どこまでもポジティブに語りながら力強く頷いていた。
 死神ちゃんは銅貨漁りを止めて祓いに行くか死んで欲しいと頼んだ。すると彼は一階へと戻ることを了承しつつも「寄りたいところがある」と言った。死神ちゃんが首を傾げると、彼はニヤリと笑った。


「新たなビジネスを思いついたんだ」

「は? ビジネス? そんなもん始めようとするほど働く気があるのなら、まずは自分ちの会社できちんと働けよ」

「馬鹿だなあ、部下に適当に指示しておけば勝手に懐が潤っていく今の状況をみすみす手放すわけがないだろう? 実家住まいを続けていれば衣食住もタダだし、さらにはお小遣いだってもらえるし。それに、僕が考えた新ビジネスは元手がタダ! だけど、確実に大金ガッポガポ!」

「ホント、お前ってやつは寄生虫だな」

「金の亡者の鑑だろう?」


 死神ちゃんが軽蔑するかのようにじっとりと睨みつけると、何故か彼は得意気に胸を張った。死神ちゃんは面倒くさそうにため息をつくと、早く祓いに行って欲しいとせっついた。
 彼は小さな森を離れてどこかへと歩いていきながら、新ビジネスの仔細を語りだした。何でも、動く絵画や動く鎧を()()して売りさばこうという魂胆らしい。


「呪われた品なのか、それとも製作者が何か手心を加えてそうなっているのか。はたまた、実は生き物だったりするのか。どちらにせよ、高値で売れると思わないか? コレクターに売って素敵なインテリア兼ペットにでもしてもらうもよし、研究機関に素材として卸してもよし。商材として、とても美味しいと思うんだよ。元手はタダだし。――ていうか、もしも生き物だったら食えるのだろうか? 食えるのであれば食料品としても流通経路が|拓《ひら》けるし、シェフを雇って〈うちでしか食べられない珍メニュー〉と謳えば高級レストランも顔負けの金をぼったくれるよなあ!」

「いや、さすがに食いたかないな。ゲテモノ以外の何物でもないだろうが」

「馬鹿だなあ。そういうゲテモノ食いな美食家、意外といるんだよ」


 げえと死神ちゃんが苦い顔で舌を出すと、金の亡者が愉快そうに笑った。しばらくして、絵画や鎧の置かれている部屋へと到着した。彼は、金のなる木がここそこに転がっているのを見て目を輝かせた。
 彼は鎧を()()()()にすべくこそこそと近寄っていったのだが、気配でそれに気付いた鎧がガタリと動き出した。金の亡者はひいと悲鳴を上げると、後ろを振り返って死神ちゃんに叫んだ。


「何をぼんやりと見ているんだ! 生け捕るのを手伝えよ! 僕に死ぬか祓いに行くかしてもらいたいなら、それくらい働いて当然だろう!?」

「残念ながら、そんなサービスは致しておりません」


 死神ちゃんは頭の後ろで手を組み壁にもたれかかりながら、金の亡者を小馬鹿にするようにヘッと笑った。金の亡者は「使えないやつだ!」と叫ぶと、腰の剣に渋々手をかけた。
 弱らせれば生け捕りもしやすくなるだろうと考えた金の亡者は、できうる限り傷つけないように気をつけつつ戦っていた。そろそろ鎧が弱ってきたかというころ、彼は生け捕りに再挑戦すべく剣を収めた。彼がじりじりと鎧に近寄っていくと、鎧は不審な動きをし始めた。直後、部屋中の鎧がガタガタと音を立てて激しく揺れた。
 思わず、金の亡者は身を硬直させた。死神ちゃんも、訝しげに眉根を寄せた。すると、振動していた鎧達は各パーツごとに分解して、弱った鎧を中心に変形しながら合体した。――鎧は、ゴーレムと同じくらいの大きさのスーパーロボットへと姿を変えたのだった。


「うわあ、何だこれ! こんなもの、見たことない! 動く鎧よりも、こっちのほうが高く売れそうじゃないか!? 操縦席的なものを作って、イベント貸し出ししたら〈乗ってみたい!〉っていうやつらがガバガバ金を落としてく――レブッ!」


 目を輝かせて鎧の集合体を見上げていた金の亡者は、鎧からのグーパンひとつであっけなく灰と化した。死神ちゃんは羨望の眼差しで鎧を見上げ、じっと見つめながら名残惜しそうに壁の中へと姿を消したのだった。



   **********



 待機室に戻ってくると、モニタールームに男性陣が詰め寄っていた。みんな、少年のようなキラキラとした瞳でモニターを食い入るように見ていた。
 死神ちゃんはグレゴリーに近寄ると、鎧が合体変形したことについて尋ねた。すると、グレゴリーは顎を擦りながら首を捻った。


「何かよ、本当はビット所長が自分のレプリカにやらせたくて、四天王会議で実装案として気合いの入ったサンプル動画まで作ってプレゼンしたらしいんだが、先代の統括部長に止められたんだと。所長は『〈ちょーぜつがっしん〉のロマンが分からぬとは』と憤ったらしい。で、統括部長が代替わりしたのをいいことに、こっそり実装したんだよな」


 〈ちょーぜつがっしん〉って何だ? と首を逆方向に捻りながら、グレゴリーは目を|瞬《しばた》かせた。死神ちゃんは「今回ばかりはビット所長に賛同するなあ」と頬を緩めると、いつかアレに乗せてもらおうとこっそり思ったのだった。




 ――――金の亡者のビジネスは閉口ものだけれど、スーパーロボット搭乗イベントは大枚はたいてでも参加したいかもしれないと、死神ちゃんと同僚男性陣が本気で思ったというのは内緒DEATH。

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