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第177話 死神ちゃんと芸術家②

 死神ちゃんはため息をつくと、ガシガシと頭を掻いた。目の前では〈ぼっち写生大会〉と洒落込んでいる冒険者がひとり、熱心に筆を走らせていた。死神ちゃんは彼と画板との間に真っ逆さまに急降下しながら、彼の額をペシリとひと叩きした。
 彼は眼前に逆さまに浮く幼女に動じること無く、むしろ「私の最高の被写体!」と叫んで喜びを露わにした。


「いや、被写体にならないから。この前も言ったが、ここは写生大会の会場じゃあないんだよ。とっとと死んで、そして帰れよ」

「そう言わずに! 被写体になってくれたら、幾らでも死にますから!」

「いや、死ぬのは一回で良いんだが……」


 死神ちゃんは苦い顔を浮かべて地面に降り立つと、渋々ながら切り株お化けたちの間に収まった。ムイムイヒギィと嬉しそうに死神ちゃんを取り巻く切り株お化けたちの可愛らしさに満足気に頷いた彼――芸術家は筆を握り直すと、一心不乱に画板に何やら塗りたくっていた。
 つかの間、死神ちゃんは彼に言われるがままに立っていたのだが、すぐさま面倒くさく思った。おもむろに切り株お化けに|跨《またが》って遊びだした死神ちゃんに、芸術家は勢い良く立ち上がって抗議した。


「ちょっと! まだ五分と経っていませんよね!? じっとしていてくださいよ!」

「いや、よくよく考えたら、こんな面倒くさいことに付き合う義理もないし。心のキャンバスにでも書き留めて、あとでじっくり描けよ」


 言いながら、死神ちゃんは切り株お化けのキノコをちょんちょんと触った。そして、その刺激に釣られてちょこちょこと歩く切り株に乗ったまま、死神ちゃんは芸術家の隣まで移動した。
 死神ちゃんは画板を覗き込むと、驚いて目を丸くした。


「お前、短期間に絵柄変わり過ぎだろう。これまたファンシーな……」

「より良い表現を求めて、常に模索中なんです」


 興に乗ずる寸前で挫かれたことに落胆しながら、芸術家は絵かきの道具を片付けた。死神ちゃんはキノコを巧みに|突《つつ》いて切り株をクルクルとその場で回しながら、ため息をつく芸術家に声をかけた。


「それにしてもお前、よくこんなところまで来られたな」

「私、冒険者としての職は盗賊なんです。だから〈姿くらまし〉を駆使してここまで降りてきました。地図がないので、とても苦労しましたが。でも芸術のためならば、そんなものはいくらでも我慢できるといいますか」


 畳んだ画板立てをポーチに詰めていた彼は、それと入れ替わりで何かを取り出した。それはお手製の地図だった。


「……随分と写実的だな」

「もちろん、行っていない場所のほうが多いので、まだ製作途中ではあるのですが。描いている最中に、モンスターに襲われて死ぬことが多くて苦労しました」

「道さえ分かりゃあ良いんだから、襲われてまで頑張るなよ」


 死神ちゃんがじっとりと目を細めると、芸術家は何故か照れくさそうに「いやあ」と言いながら頭を掻いた。
 死神ちゃんは切り株からぴょんと飛び降りると、笑顔で「じゃあ、約束通り死んでくれ」と言った。この近くの毒沼にでも落ちてくれればいいと笑顔を絶やさぬ死神ちゃんに、芸術家はぎょっと目を剥いて必死に首を横に振った。


「いやいやいや、確かに約束しましたけどもね!? 死に場所は自分で選ばせてくださいよ! それに、そもそも私は、とあるものを探しに来たんですよ」

「またかよ。今度は何を探しに来たんだよ」

「何でも、〈動く絵画〉というものがあるらしいんですよ」


 そう言って、彼はゴクリと唾を飲んだ。
 ダンジョン内には、まるで倉庫のように物が散乱している部屋がいくつかある。もちろんその部屋中に散乱している鎧や剣などはただのインテリアや取得可能なアイテムというわけではなく、モンスターが鳴りを潜めているものである。そういった〈モンスター化しているモノ〉のひとつに絵画があるのだとか。そしてその絵画は大抵が肖像画なのだが、その描かれている人物が上半身だけ絵の中から出てくるそうなのだ。


「額の中から身を乗り出して、絵の中の人物が攻撃してくるそうで。だから〈動く絵画〉と呼ばれているそうなんです」

「まるで飛び出す絵本みたいだな」

「ええ、そんなイメージでいいと思います。しかも驚くべきことに、盗賊の技である〈盗む〉をすると、その人物が所持している武器や防具を手に入れることができるらしいんですよ。元々は絵の中にあったものなのにですよ? すごくないですか!?」


 そうやら彼は芸術家として、どういう仕組で絵が動くのかや、絵の中から出てきたものがアイテムとして入手できるという〈不思議〉が気になるらしい。そしていつか自分も、そんなすごい芸術作品を仕上げたいと思っているそうだ。
 死神ちゃんは表情もなくポツリと、抑揚のない声で言った。


「〈絵〉の中のものが手に入るとか、それ、芸術家の技量云々じゃなくて、呪いの類なんじゃないか」

「夢もロマンもないなあ! もしかしたらもしかするかもしれないでしょう!? とにかく、私はそれを今から探しに行きます。一応、噂を頼りに目星はつけてあるんです。つまり、私の死に場所はロマンへの旅路のどこかというわけです! ロマンを追いかけて死ぬ……素晴らしい|漢《おとこ》の生きざまとは思いませんか!?」


 死神ちゃんは適当に相槌を打つと、意気揚々と森を去る芸術家の後をとぼとぼと追った。しばらくして、死神ちゃんたちは目的の場所についた。その部屋には絵画が一枚だけ飾られていて、描かれている人物は盗賊だった。
 芸術家が絵画に近づくと、絵の中の盗賊が上半身だけ姿を現した。感嘆の声を上げて絵画を観察しだした芸術家だったが、当たり前のように彼は攻撃を受けた。


「やっぱり大人しく観察させてはくれないんですね……。仕方がない」


 そう言って顔をしかめると、彼は武器を構えた。どう見ても美術用のナイフであるそれを短剣代わりに握りしめると、じりじりと間合いを取りながら絵画と相対した。しかし、彼は中々攻撃に出ることはなかった。芸術家として、たとえモンスター化しているものとは言え、絵画を傷つけるということに抵抗があるらしい。また、可能なら絵画ごと持ち帰りたいとでも思っているようだった。
 そんな煮え切らない態度の芸術家を面倒くさそうに眺めていた死神ちゃんは、首を傾げると訝しげに声を上げた。


「あれ? あいつ、お前が渾身の力を込めて描いた地図を持っていないか?」

「えっ? ……あーっ! 本当だ! 盗まれた! ――これ、倒したら戻ってくるんですか? それとも、絵画と一緒になくなってしまうんですか? 盗み返せばいいんですかね?」

「俺に聞かれても……。とりあえず、一通り試してみればいいじゃないか」


 うろたえた芸術家は、目の前の絵画と背後にいる死神ちゃんを交互にチラチラと見て声を震わせた。死神ちゃんが困惑して頭を掻くと、彼はコクコクと頷きながら一通り試してみることにした。しかし、何かを試そうと身構えてすぐに、彼は顔をクシャクシャにして嗚呼と叫んだ。


「私、〈盗む〉できないんだった!」

「は? 盗賊職なのに?」

「モンスター相手とは言え、抵抗があって覚えていないんですよ! そもそも、全然戦闘しないから冒険者レベルが低すぎて、覚えるに至っていないっていうか!」

「でも、絵画の被写体が所持している装備は〈盗む〉をしないと手に入らないって分かっていたんだよな?」


 彼はその場で地団駄を踏むと、泣く泣く〈退治〉を選択した。何とか絵画を倒すことができたが、盗まれた地図は帰っては来なかった。また、盗賊が手にしていた短剣など〈被写体の所有物〉を手に入れることは残念ながらできなかった。やはりそういったものは〈盗む〉以外では入手できないらしい。
 収穫のなさに肩を落としながら、芸術家はドロップしたお金やアイテムをカバンにしまい込んでいた。しかし彼はふと手を止めて「あれ?」と声を上げた。


「ドロップしたアイテムの中に絵筆がある……。これは大収穫なんじゃないか? もしかして、この絵画を描いた人物の忘れ形見とかなのかなあ?」


 ほくほく顔で絵筆を拾い上げた芸術家は、しげしげとそれを嬉しそうに眺めた。すると突如、絵筆から黒い|靄《もや》のようなものが吹き出して彼を取り巻いた。彼が戸惑っておろおろとしていると、靄は人の形を成した。
 美しいだろう顔を醜く歪めた芸術家風の男が、血のような瞳を光らせて耳障りに|嗤《わら》って消えた。直後、芸術家は先ほどまで色艶の良かった頬をげっそりと青ざめさせた。


「何か寒気を感じるし力も湧いてこないんですが、もしかしてこれって、呪われましたかね」

「そうですね、呪われましたね」


 どうやら呪いは、体力を吸い取る系のものだったらしい。激しい戦闘を終えたばかりで|呪い《それ》に耐えうるほどの体力が残っていなかった彼は、「そんなあ」と情けない声を上げながらサラサラと散っていったのだった。



   **********



 待機室に戻ってきた死神ちゃんは、モニタールームのほうを見て苦笑いを浮かべた。モニタールームでは〈呪いの靄として現れたその人〉が、恥ずかしそうに真っ赤にした顔をマッコイの背中に埋めていた。彼は死神ちゃんが帰ってきたことに気がつくと、マッコイを盾にして身を隠しながらボソボソと声を落とした。


「せっかく〈|狂った美術家《わたし》〉がこっちの世界に加入したからってことで、今まで呪いエフェクトのなかった〈呪いの絵筆〉に私のエフェクトが実装されることになったそうなんだよね。今日初めて実物見たけど……|転生前《むかし》の私って、あんな顔して()()を執拗に追いかけ回してたの? あんな顔で剥いだり抉ったり掘り返したりしてたんだ? すごく恥ずかしい。ていうか、自分でもちょっと引くかも」

「多少は盛られているはずよ。だから、そんなに気にしなくていいから。ね?」


 マッコイは首を少しだけ後ろに振ると、背後で身を潜めているクリスに苦笑いを浮かべた。なおもグジグジと「恥ずかしい」だの「嫌だ」だのと言うクリスに頬を引きつらせると、死神ちゃんはポツリと言った。


「だから、どんな素材収集をしてたんだよ」

「……知りたい?」


 マッコイの背後からひょっこりと顔を出してニヤリと笑ったクリスに、死神ちゃんは必死に首を横に振った。そして逃げるように、死神ちゃんは再びダンジョンへと降りていったのだった。




 ――――目的に向かってとりあえず行動を起こすのは素晴らしい。でも、やっぱり準備も必要。目的のために必要で、ちょっと努力すれば取得できるスキルであるならば、取得しておいて損はないし、むしろ取得しておかないといけないと思うのDEATH。

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