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第173話 死神ちゃんとそっくりさん

 ある日、死神ちゃんが待機室で出動待ちしていると、ダンジョンから戻ってきた二班に属する同僚が死神ちゃんを見るなりビクリと身を跳ねさせた。死神ちゃんが眉根を寄せると、同僚は驚きの表情で「ついさっきまで、ダンジョンにいたよね?」と言った。死神ちゃんが首を横に振ると、同僚は不思議そうに首を傾げた。
 またある日、勤務を終えて魂刈を片付けていた死神ちゃんは、同じく魂刈を片付けにやってきた一班に属する同僚に怪訝な顔で見つめられた。死神ちゃんが同僚と同じ表情で見つめ返すと、彼は死神ちゃんが今まさに片付けた魂刈と死神ちゃんの顔を交互に見ながら首を捻った。


「何で銀魂刈? |小花《おはな》、今日は金勤務じゃなかったっけ」

「いや、朝からずっと、配置換えもなく銀だが……」

「本当に?」

「疑うなら、シフト表を見てみろよ」

「――あ、本当だ。銀だ。……あっれぇ? おかしいなあ……」


 逆方向に首を倒しながら、彼は頭をガシガシと掻いた。おざなりに謝罪を述べる彼に、死神ちゃんは心なしか不機嫌に「おう」と返した。――そんな不可思議なことが数日続いた。さすがにおかしいと思った死神ちゃんは、ある日の晩、共用のリビングで寛いでいるときに、同居人達に「何か知ってるか」と聞いてみた。すると、クリスがムスッとした顔で「私、知ってる」と答えた。死神ちゃんがクリスを見やると、彼は不服げに口を尖らせた。


「最近、|薫《かおる》みたいな格好した|小人族《コビート》がうろうろしてるんだよね」


 クリスがそう言い終えると、同居人たちが口々に「ああそれ、知ってる」だの「この前会った」だのと言い出した。死神ちゃんが〈何で俺の耳には入ってきていないんだ〉とでも言いたげに片眉を釣り上げると、彼らは揃って「だって、ねえ」と言って苦笑いを浮かべた。


「第一・第二のヤツらの中には、その冒険者が薫ちゃんにしか見えないっていうヤツが多いみたいで、それで密かに噂になってるみたいだけど。俺らからしたら『そうかあ?』ってレベルだから。だからわざわざ、薫ちゃん本人の耳に入れなくても良いかなって」

「いやでも、あれはあれで可愛いと思うよ、うん」


 ペドが相好を崩してデレデレとそう付け足すと、クリスが不機嫌を露わにした。


「あれのどこが可愛いんだよ。ちょっとぽっちゃりしてるしさ。あんなの、私の王子様の足元にも及ばないんだから!」

「はい……?」


 死神ちゃんが眉根を寄せると、クリスは頬をほんのりと染め、うっとりとした顔で宙空を眺めた。


「薫ったらニブチンだから、いくらデートに誘ってもデートだって気づいてくれなくて『だったら、みんなで一緒に』とか言い出すからこの際はっきり言うけど。この前、薫が成人近い姿になったとき、〈運命の王子様にやっと出会えた!〉って思ったんだよね」

「クリスさん。俺のこの幼女の姿は、灰色の女神さんの気まぐれで変えられている〈仮初のもの〉であって、本来はあなたの感覚で言うところの〈中年のオナベさん〉だと、前にも説明しましたよね。つまるところ、大変申し訳ないのですが、俺はあなたの恋愛の対象外なわけでして」

「でも、今は私の感覚で言うところの〈男〉じゃん。〈オカマさん〉でも〈オナベさん〉でもなくさ。それに、そう言われても、実際にその〈本来の姿〉を見たわけじゃないから信じられないな」


 不服げに再び口を尖らせたクリスに、死神ちゃんは困惑顔で頭をガシガシと掻いた。


「先日の戦闘訓練でガンマンのレプリカの微調整テストしただろ。――あのレプリカのオリジナルは俺だよ」


 それでも、クリスは〈信じられない〉という顔を浮かべたままだった。誰かが「去年の海水浴の写真、見せたら?」というので、死神ちゃんは腕輪を操作した。――死神ちゃんは当時の写真を、プリントアウトしたものとデータの両方でもらっていた。
 スライドショーのように映し出される死神ちゃんの写真を、リビングにいた一同で見ていた。お揃いの水着を着たアリサとケイティーに揉みくちゃにされてげっそりとしている死神ちゃんの姿に、数名が羨望の眼差しを送った。また、死神ちゃんと天狐が楽しそうに遊んでいる姿に、ペドがもじもじとした。その中に混じって、第三のみんなとビーチバレーをしているおっさんの写真が出てきた。
 それを見ていたクリスがわなわなと震え出し、とある一枚を死神ちゃんが慌てて飛ばして、その後に出てきた〈マッコイとアリサに挟まれたおっさんが得意気に二人の肩を抱いている写真〉と〈マッコイとアリサの間で宙吊り状態となり、落下しないようにと必死にマッコイにしがみついている死神ちゃんの写真〉を見るや否や、クリスは勢い良く立ち上がった。


「今、慌てて飛ばした写真! マコ姉と! マコ姉とガチムチの()が!!」

「アレもばっちり撮られてたんだな。それにしても、薫ちゃんと寮長――」

「えっ、アレ、あのガチムチの()、アレがやっぱり薫なの!?」

「いやあ、それにしても、おっさんから幼女に戻ったところまで、まるでコマ送りのように撮られてて、あのときのおかしさを思い出し……ぶっ、くくく」


 クリスの悲鳴と同居人たちの笑い声が飛び交う中、死神ちゃんは心なしか気まずそうに表情を固めた。そんな死神ちゃんをクリスはギッと睨むと、諦めないんだからと言ってリビングから逃げるように去っていった。死神ちゃんはげっそりと疲れた顔で肩を落とすと、深くため息をついた。
 そんな騒動のあった翌日、死神ちゃんは早速、噂のそっくりさんと遭遇した。死神ちゃんが〈|担当のパーティー《ターゲット》〉を求めてふよふよと漂っていると、前方からピンクツインテの小人族がぽよぽよと飛んできたのだ。死神ちゃんがぎょっとした顔でホバリングしていると、向こうは興奮で頬を朱に染め、パアと明るい表情で死神ちゃんに飛びついてきた。


「うわあ、私のそっくりさんだ! すごく似てる! びっくりしたあ!」

「いや、そこまで似てないだろう。背丈と髪の色、髪型と服装が同じってだけで」

「ええ、そう? まるで姉妹のようにそっくりだと思うけれど!」


 死神ちゃんの手を取り、きゃっきゃと笑いながらそっくりさんはくるくると回った。死神ちゃんは顔をしかめると「そもそも体型が違う」と言った。すると、そっくりさんは恥ずかしそうに顔を俯かせて頭を掻いた。


「ここ最近、パーティーを組んだ人たちがたくさん食べ物をくれるのよ。それ以外にも、すれ違った冒険者の人がみんなして何故か食べ物をたくさんくれるのよ」


 そっくりさんは「座って話しましょ」と言うと、比較的モンスターの現れない安全な場所に腰を落ち着かせた。死神ちゃんが隣に座り込むと、彼女はポーチから様々なお菓子を取り出した。これも全部もらい物なのよ、と言いながら彼女は死神ちゃんにそれらをお裾分けした。
 何でも、彼女は最近まで僧侶として活動していたそうだ。きっちりと鎧を着こみ、ヘルムを被って戦闘にも参加していたという。その当時は〈大量の食べ物〉という恩恵を受けることはなかったのだが、普段から第六感が強く超能力者の素質があった彼女は〈超能力者としての腕を磨くのもいいかもしれない〉と思い、転職をしたそうだ。そして転職をして鎧から黒のローブへと着替え、まとめ上げてヘルムの中に押し込んでいた髪をツインのおさげにしたところ、思いもよらぬ恩恵を受けることとなったのだそうだ。


「何かよく分からないけど、すごい量の食べ物をもらうのよ。しかも、そのどれもが美味しいものだから、気がついたら食べ過ぎちゃって。しかもね、前みたいに戦闘に参加しようとすると、何故か『戦わなくていいよ』って言われるのよ。だから、そのお言葉に甘えて〈見てるだけ〉のことが結構多くなったんだけど。でも、そのせいでちょっとぽっちゃりとしちゃって。――ところで、もしかして、あなたもよく食べ物もらったりする?」

「ああ、まあ……」

「ええ、そうなんだ。同じようにいっぱい食べ物もらってて、同じように浮遊術で移動しているのに、どうして私はぽっちゃりしてるんだろう? やっぱり、戦闘に参加しなくなったからかしら? それとも、あなた、何か特別なエクササイズでもしているの?」


 死神ちゃんが答えに窮していると、彼女は一転して表情を暗くした。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼女はしょんぼりと声を落とした。


「食べ物をいっぱいもらえるのは嬉しいことなんだけど。太っちゃったのは悲しいことじゃない? 実は転職してから起きた〈悲しいこと〉が他にもひとつだけあってね、時々なんだけれど、私、知らない冒険者の人から罵られるのよ。『この死神め!』って」

「あー、うん。俺もそれは言われるよ。――きっとさ、黒のローブとか、ピンクのおさげ髪がいけないんじゃないか? そんな格好の死神がいるっていう噂だぜ」

「えええ、この髪の色は元々だし、黒地にピンクって映えるから結構気に入っているのに」


 死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、そっくりさんは顔をしかめた。困ったなとそっくりさんが眉根を寄せてウンウンと唸っていると、近くで何かがカサリと音を立てた。
 不審に思った死神ちゃんは、音のした方へと視線を向けてぎょっとした。それを不思議に思ったそっくりさんは、死神ちゃんの視線を追った。そして――


「きゃあああああああ!」


 そっくりさんは滝のように涙を溢れさせると、耳をつんざくような悲鳴を上げて飛び上がった。暗がりで怪しく目を光らせる女から逃げるべく、彼女は一心不乱にどこかへと飛んだ。慌てて、死神ちゃんもそれを追った。背後からは「まるぅで双子のようぅねぇ」という悦びの声がねっとりと響いた。
 死神ちゃんはそっくりさんと並走しながら、頬を引きつらせた。


「さっき、何か特別なエクササイズでもしているのかって聞いてきただろ。――これがそうだよ!」

「あなた、いつもこうやって変な人に追い掛け回されているの!? ひど――きゃああああああ! 目が! 目が合っちゃった!! いやあああああ!!」


 うっかり後ろをちら見したそっくりさんは、血眼で必死に追いかけてくる女の姿を見てさらに叫んだ。なりふり構わず飛び続けていると、追いかけてきていた女は大きめの落とし穴を飛び越えることができずに落ちていった。


「良かった、助かった……。戦闘に参加しなくなったせいで、体が|鈍《なま》ってて、危うく捕まるところだったわ……」

「これに懲りたら、もう少し体を動かしておいたほうがいいかもな。――前線で戦ってて、活躍していたんだろう? せっかくのそれを活かさないのはもったいないしな」


 スンスンと鼻を鳴らしながら頷くそっくりさんに苦笑いを浮かべながら、死神ちゃんはふと「運動するようになって痩せたら、余計に間違われるようになるんじゃないか」と思った。そして慌てて、服装を変えることも提案したのだった。



   **********



 待機室に死神ちゃんが戻ってくると、第三の同僚たちが「な、別にそこまで似てなかったろ?」と声をかけてきた。死神ちゃんは頷きながらも、不服げに首を傾げた。あれでも、第一・第二の面々からしたら激似だそうだからだ。
 同僚たちが苦笑いを浮かべる中、マッコイが控えめに笑いながらポツポツと言った。


「そりゃあ第一・第二の子たちと違って、アタシたちは四六時中薫ちゃんと一緒にいて、仕草から表情から人となりまで、よく知っているんだから。見間違えるはずなんてないでしょう。――少なくともアタシたちは、薫ちゃんを見間違えたり見失ったりはしないわ。()()()()()()()()()()()()()()()ね」

「……大丈夫。もう、見失わないから」


 微かに不安の色を見せたマッコイに、死神ちゃんは申し訳なさそうに笑った。マッコイも同じように笑い返すと、お昼に行きましょうかと言って待機室をあとにした。死神ちゃんも彼に続いて昼休憩に出て行ったのだった。




 ――――外見がどう変わろうと、それに甘んじることなく、中身や実力勝負で培ったものを大切にしていきたい。そうすれば、外見で得られる恩恵よりもより多くの素敵なものを、きっと得られると思うのDEATH。

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