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第8話 幼馴染三人、集結・前編

 大志(たいし)が武術大会の表彰台に立って数日。
欠陥品(ディフェクティブ)突然変異(ミュータント)」と噂する声は、次々に「やたら格闘技が強い新人」と変わっていく。
 今朝(けさ)も食堂の片隅で見世物のごとく囁かれながら、大志は朝食を取っていた。
 前の席に座るほのかと「あ、大志くんって左利きなんだ」なんて取るに足らない雑談をしながら。
 (ぜん)のものを半分くらい消費した時、銀臣が食堂に入ってくる。窓口で膳を受け取って、賑わう食堂を見渡していた。
「銀臣ー、ここ空いてるよー」
 席を探しているのだろうと思って、ほのかは自身の隣を指差す。
 それに気づいた銀臣の視線は、ほのかから隣の席へ、それから大志へと移った。
 ふいっと顔を逸らし、銀臣はどこかへ行ってしまう。人混みの中から遊一郎を見つけて、その隣へ座った。
「ったく、アイツは……」
 苛立(いらだ)ちと(あき)れ半分のようなほのかを、大志はまぁまぁと(なだ)めた。
「べつにいいですよ。仕事では助けてくれますし」
「まぁ大志くんがいいならいいんだけどさ。人と仲良くすることなんて周りが強制するもんじゃないし」
「そうそう、気長(きなが)にいきましょう」
「ほんとその点、大志くんは社交的で良い子でカワイイね〜」
「あんまりからかわないでくださいよ」
「頭撫でさせろー!」
「やめてくださいって!」
 年相応のじゃれ合いのようなことをしていると、すぐ近くで鼻を鳴らす音が聞こえた。
 大志とほのかが顔を上げると、男が一人、二人を見下(みお)ろしていた。いや、見下(みくだ)していた。
 (さげす)むような、敵意を隠そうともせず大志を睨みつける。そして歪んだ口から吐き出される言葉に目を見張った。

「役立たずのくせにまだいるのか。普通は自分から退役(たいえき)を申し出るものじゃないのかな?」
「はぁ……すみません」

 咄嗟(とっさ)に大志が返したのはそれだけだった。べつに自分が悪いと思っているからではなく、条件反射で無意識に出ていた言葉である。
 男は大志と同じくらいの年齢で、どちらかというと色素の薄い髪色をしている。表情や声音、全身で不遜(ふそん)な雰囲気を出していた。自分以外の全ては格下(かくした)というようなオーラがひしひしと伝わる。胸にグリーン・バッジが無いことから、普通の軍人なのだろう。
「ちょっと重春(しげはる)、なんなのアンタ。ケンカならアタシが買うよ」
「君には関係ない、黙っててくれないか」
 すかさず言い返したほのかと男は睨み合う。
 不穏(ふおん)なムードを感じ取った大志が、とりあえずほのかを落ち着かせようと「大丈夫だから」と押し通した。
 ほのかは納得できないながらも大志の意思を尊重し、睨むだけに(とど)めている。
 それをいいことに、男は続けた。
「全く……(つつみ)局長もなぜこんな役立たずをいつまでも置いておくのか理解に苦しむよ。オーパーツが使えないなら警察にでも帰ればいいのに」
「そうですね、俺もそう思ったのですが、支部局長にはここにいるように言われていて。ですが、他のことではなんとかお役に立てるよう精進(しょうじん)します」
「……ふん、局長に(こび)を売っていたら許さないぞ」
 笑顔で応対する大志に勢いを()がれた男は、膳を持って返却口に向かった。その周りには取り巻きらしき仲間が数人、金魚のフンのように付いている。
 最後にもう一度大志を睨みつけてから、今度こそ去って行った。それを見送ってから大志は何事も無かったかのように食事を再開しようとしたが、ほのかが苛立たしげに声を(あら)げる。
「あー! アイツ本当にムカつくんだけど! 家がお金持ちだかなんだか知らないけどアンタが偉いわけじゃないっつーの!」
 彼らが出て行った扉の方に向かってべーっと舌を出すほのか。まるで自分のことのように怒ってくれる彼女に、大志は困ったように笑った。
「アイツ、戸倉重春(とくらしげはる)っての。嫌味で上から目線のすっごく嫌な奴だから気をつけなよ」
「戸倉……? なんだかつい最近聞いたような……」
「そりゃそうだよ。てか、毎日どこかしらで支店は見てるんじゃない? 戸倉紋上(とくらもんじょう)銀行。アイツ、戸倉財閥の息子だよ。確か四男だか五男だけど」
「え、そんなお坊ちゃんがなぜ軍に?」
 戸倉財閥。銀臣と初めて市中パトロールに出た日に、大志がホテルと間違えた立派な銀行だ。
 総資産額はこの国でも指折(ゆびお)りだと聞く。なぜそんな、働かなくても困らないような人間がここにいるのか、大志は驚いて箸を止めた。
 ほのかはまだ機嫌が悪そうに答える。
「お金持ちなんてそんなもんだよ、家を()げるのは一人でしょ。継がない子供は独立したり軍に勤めるなんてよくある話」
「そうなんですか……」
「てかさー、ちょっと銀臣、アンタ自分の後輩があんな風に言われてなんで黙って見てるわけ? アタシが一番ムカついてるのはアンタになんだけど!」
 ほのかの大きな声は食堂に響いて、離れた位置の銀臣の耳にも入った。
 銀臣は迷惑そうに(まゆ)を寄せてほのかを睨む。それから興味無さそうに食事に戻った。
 無視されたことに気づいたほのかはヒートアップする。大志は困ったように笑いながら落ち着かせた。
「いいんですいいんです、言われても仕方のないようなことしか言われてませんし。柴尾さんを巻き込むのも変な話じゃないですか」
 そう、人が良さそうな笑顔に、ほのかも勢いを削がれる。
 大志は、なんだか曖昧な印象の男だった。少なくともほのかにとっては。
 年相応(としそうおう)にふざけることもあれば、急に大人びた態度になる。武術大会ではまるで生死に関わるような気迫で相手に向かっていくのに、普段は人当たりが良くて、大人しく礼儀正しい。
 なによりまず、人に対して苛立ったり感情を(たかぶ)らせることが無い。本来であれば、銀臣の態度や重春の言葉に食ってかかってもいいようなものを。

「……ホーント、いい子すぎるのは美徳じゃないよ?」
「心配されるほどいい子じゃないですよ」
 大志は相変わらず、笑って場を収める。
 それを睨むように見てから、銀臣は遊一郎との会話を再開した。


 ◇◆◇

 帝都中央駅前

「わぁ、すごい、すごい……こんな世界があるんだ……」

 奈都(なと)感嘆(かんたん)の溜め息を吐いた。
 瞬きすら勿体無(もったいな)いと思える程の街並みを前に、口を開けたままなのに気づいたのは数分経ってからだ。
 ハッとして口を閉じる。はしたないと一人恥ずかしくなったが、誰も自分なんて気にしていないようだった。皆、目的地へ向かってそこしか見ていない。
 派手な格好(かっこう)をした婦人、風船配りのピエロ、奇抜な髪型の若者、妙にませた歩き方をする子供。
 どんな人間も受け入れて、街の一部にしてしまうような光景。
 自分のような存在すら受け入れてくれているような錯覚(さっかく)にさせるここに、奈都は確かな高揚(こうよう)を感じた。
 上を向いて歩く。田舎にはあまりない立派な装飾を施した建物に見惚れながら歩く。
 そのいかにも上京したての田舎者の仕草(しぐさ)は、一部の者には目立って仕方無いらしい。
 奈都が通り過ぎたすぐ横に立っていた若者は、仲間にアイコンタクトを取る。
 それから獣のような足取りで、後ろから数人で奈都に迫る。
「すみません」
 意識して人当たりの良さそうな声を掛ければ、奈都はすぐに振り向いた。

「ちょっとお話しいいですか?」


 ◇◆◇

 帝都中央街・路地裏

「………準備はいいか?」

 男は仲間に向かって呼びかける。
 それを受け、誰もが神妙な面持(おもも)ちで頷いた。地味な格好に、どこか()えない印象。いかにも中央の人間ではない風貌(ふうぼう)の男たちは、(よど)んだ目をしている。世の中全てを恨んで、全てに不満があるような()えた目だ。
「始めるぞ。呑気(のんき)なバカどもに地獄を見せてやる」
 運送業者に偽装(ぎそう)したトラックの荷台を開ける。
 途端に、こもった臭いが広がる。それに若干顔をしかめたが、男たちはすぐにその場を離れた。
 中からは、ざわざわと気味の悪い音が何重にも聞こえてくる。それらは辺りの気配に感覚を研ぎ澄ませながら、車から飛び出して行った。


 ◇◆◇

 朝の(おだ)やかな空気を一変させたのは、市民からの一本の電話だ。
 市民が警察に通報し事態が発覚。警察から軍に出動要請が入ったことで、南方第二支部も一気に(あわ)ただしい雰囲気になる。
「最低限を残して全員出動! (かく)割り当ての通りに避難誘導と討伐を急げ!」
 街中に突然現れた怪物が、通行人を(おそ)ったらしい。
 しかも数体いることが確認されている。次々に人を襲い、被害は広がっている。
 普段の訓練通り、軍人たちは迅速(じんそく)に準備を済ませて次々に支部局を出発していく。
 大志もホルスターに拳銃をセットしてスーツを羽織った。銀臣は(となり)失われた叡智(オーパーツ)(かつ)いでいる。
「宮本二等軍士」
 三島(みしま)の声に振り返ると、その手にある物に真っ先に目がいった。
「堤さんよりこれを貴方(あなた)に渡すように言付(ことづ)かっているわ」
 大志に差し出したのは、失われた叡智(オーパーツ)によく似た外見のケース状のもの。
 大きさ、形もほぼ似ていて、違う点といえば色と細部(さいぶ)の構造だろうか。
 失われた叡智(オーパーツ)(にぶ)い銀色をしているが、これは光を反射しない黒だ。
「技術研究部が最新で発表した、オーパーツを再現したものよ。適性者でなくても使えるわ。威力も精度もオーパーツには(はる)かに(おと)るけど、これがしばらく貴方専用の兵器ということになるから。(つつみ)さんに感謝なさい」
「わざわざ、俺の為に?」
「研究者たちは、まだ外には出したくなかったみたいだけどね」
「すごいですね。あの頑固(がんこ)なジイさんたちをよく説得したもんだ」
 銀臣が後ろで、ここにはいない堤への賞賛を送る。
 三島はそれに視線を逸らした。
「説得……説得、うん、そうね、説得、説得だったわ」
 ハハッと、どこか遠い目をして笑う三島に全てを察した大志は「一体なにが……」と聞いたが、三島は真顔になって答えなかった。
「とにかく、名目上はモニターということになっているわ。それが研究者を(うなず)かせた条件でもあるの。帰ってきたら報告書に書いてもらうから。二人とも、気をつけて」
 ハイッと声を(そろ)えて返事をし、大志は新しい相棒を肩に担ぐ。


《緊急車両が通ります。通ります、ご協力ありがとうございます》


 サイレンを鳴らす車を運転する銀臣の横で、大志は交差点に差し掛かるとアナウンスを流した。
 いつもは活発な街も、今日は雰囲気が違った。
 慌てて逃げていく通行人たちは、赤子(あかご)を抱く者、若い夫婦、足の悪い老人と様々(さまざま)だ。
 警察が避難誘導をしている。車に乗っていた人は、緊急車両の邪魔にならないように(はし)に寄せて、警察の指示通り近くの建物に避難していく。
 帝都は人が多い分、避難に(よう)する時間はかなり掛かる。恐らく警察も人手不足で、まだ避難が完了していない場所もあるだろう。
《通ります、通ります、緊急車両が通ります》

 そこで大志は「あれ」と声を()らした。

 緊急速度で走行する車では、景色は一瞬で過ぎる。それでも大志は振り返って目を()らした。が、やはり確認することは叶わなかった。
「どうした」
「今の人、支部局長だったような……?」
 街の雑踏(ざっとう)の中、逃げ惑う人々の間に見慣れた黒いスーツと明るい髪色がいた気がしたのだ。
 背の高い建物で(はさ)まれた路地裏に立っていた。
 それともう一人。顔までは見えなかったが、堤の横に誰かがいた。
 それを銀臣に伝える。
「どうしますか、支部局長だったら拾って同行して頂いた方がいいでしょうか」
「いや、街がこんだけ騒がしいのに、堤さんが事態に気づいてない訳がない。堤さんなりの考えがあっての行動だろ」
 信頼して言い切る銀臣に、大志はすぐに納得して「わかりました」と返す。
「一緒にいたのはたぶん堤さんの(ヤーン)だろ。ヤーンと会ってる時は声を掛けないのが暗黙の了解だ」
 聞きなれない単語に、大志は首を傾げる。
「ヤーン?」
 銀臣は素っ気ないながらも丁重に説明を入れた。
「協力者の隠語(いんご)。軍人が個人で繋がってる一般市民のことだよ。情報を貰ったり、人によっては軍規(ぐんき)や法に触れることもしてくれる。使い方は様々だ」
「それってつまり……」
 銀臣は随分さらっと言うが、その言葉が意味することは一つしかない。
「そ、違法手段。べつに珍しいことじゃねぇよ。そうやって手柄(てがら)をあげて上に行く奴だって多い。上位階級くらいなら誰でも四、五人はいるって話だ。堤さんは……やたら顔が広いから二十人くらいいたりしてな」
「へぇ……」
「ああやってヤーンと会うのを『ネットする』とか『ネットワークに繋ぐ』とか言うんだよ。軍での隠語だから覚えとけ」
「なるほど、(ヤーン)を張り巡らせた(ネット)ですか」
「アンタも一人くらい持っておいていいと思うぜ。いざという時に自分の代わりに動いてくれるし、情報も入れてくれる。ただし、人選は慎重にな。利用しているつもりが利用されるってことも、誘導されて情報ゲロッちまったり、()められて犯罪者にされることもある」
「柴尾さんもいらっしゃるんですか?」
 大志の問いに、彼は軽く肩を(すく)めた。
「俺は駆け引きとか心理戦とか苦手だから御免(ごめん)だね。自分の腕一本でのし上がる方が燃えるしな」
「なんか、妙なところで熱いですね」
「ああいうのは向き不向きがはっきり別れるもんだ。アンタも向いてるならやった方が手柄は拾えるぜ。なにせ世界中に自分の目がいるわけだしな」
「う〜ん……違法行為をするリスクと手柄の兼ね合いが重要ですね……」
 違法行為を影で行うなんて、と、あいにくと大志はそんな熱い正義心は持っていない。利用できるならするべきだと肯定的な考えである。
 だけど次の銀臣の一言で、彼はドキリとした。

「それで出世するのさ、世の中。堤さんだって、お綺麗なままであの地位にいるわけじゃねぇと思うぜ」

 そして思い出したのは、大会会場で前道文近(ぜんどうふみちか)に言われた言葉。
 __君からみて、堤凪沙になにか不審な動きは無いか?
 協力者と話す堤。それは、前道の言う『不審な動き』に該当するのだろうかと考えた。
 だが銀臣の話によれば、わりと誰でも協力者はいるらしい。それ自体は不審なものではないが、もしかしたら危険な人物と繋がっているということだろうか。
 そもそも、危険な人物とはどの範疇(はんちゅう)までの人のことだろう。
 思考が迷路に入る一歩手前まで行きそうになったところで、やめた。
(前道さんは忘れてくれって言った。関わる必要は無いし、俺には関係ない)
 車が交差点に入る。無駄な思考を全て追い出し、大志はアナウンスに戻った。

しおり