ゲートへ
「模擬戦に出る？ お前が？」
放課後、おれたちは学校の校庭に集まっていた。メンバーは五人。おれと芹沢、梨乃と紗英、そして拓真だった。
「いったいどうしてそんなことになったんだよ」
おれは一連の経緯を説明した。
「ふーん、契約者として目覚めさせるため、か」
「こっちはいい迷惑だよ、ほんと」
「わたしとしましては、颯太さんの将来を案じた上での提案だったつもりなのですが」
芹沢は心底申し訳なさそうな顔でそう言う。そんな顔をされると少し罪悪感が沸いてくる。
「いいじゃないか、どうせいつかは通らないと行けないと道なんだろ。お前にもいつか凜ちゃんに感謝をする日がくるはずだって」
おれの肩に腕を回してくる拓真は、どうやら芹沢に好意を抱いているらしかった。転校初日、うちのクラスに遊びに来たときに一目惚れをしたらしい。
「だからさ、おれは好きで契約を拒否をしてるわけじゃないんだよ。自分でも理由がわからないから困ってるんだろ」
「それを知った上でのアイデアなわけだろ。ショック療法ってやつだよな。凜ちゃんはさすが賢いよ」
「あたしも巻き込まれてるんですけど」
紗英が指先で髪をいじりながら、不満げな顔をしている。
「こいつをいじめようとするからだろ。かわいい転校生に嫉妬するのもわかるけどよ」
「な、なに言ってんのよ、別にそんなんじゃないし！」
「紗英ちゃん、顔が赤くなってる」
梨乃がそう言うと、拓真は初めてその存在を認識したらしく、目をまるくした。おれから体を離し、梨乃に顔を近づける。
「相沢、おまえ、引きこもってたんじゃないのか」
「別に、そんなことない」
「嘘つくなよ。中学の終わりから学校、来てなかっただろうが」
「朝食につられたんだよ」
「朝食？」
「そんなことはどうでもいいだろ。それよりも契約のほうをどうにかしなきゃいけないんだよ」
芹沢の指摘は間違いではなく、おれはこれまで契約者として生きようとする覚悟が足りなかったのかもしれない。
とはいえ、いますぐに何かがかわるというわけではない。だからおれは親しい人間にこうして集まってもらって、体験談を聞くことにした。
「とりあえず、みんなが最初に契約したときの話を聞きたいと思ったんだよ」
この街にもプライバシーいう概念はある。
特に契約関連のことは親しい友人にもあまり伝えてはいけないという不文律みたいなものがある。
法律なんかで規制されたものではないが、そういう意識は徹底されている。
そんなことを聞けるとしたら友人のなかでも親しいこいつらしかいない。
「最初はまあ、みんなゴブリンとか小型のモンスターとの契約だろうな」
拓真の発言に、梨乃と紗英も頷く。
「簡単に契約はできたのか？」
「できたよ。拍子抜けするくらいにすんなりといったな」
再び梨乃と紗英が頷く。
「ちなみに、いま何と契約をしているのかって、教えてくれたりはできるのか？」
「それはいくらお前の頼みでも無理だよ」
「そうか、そうだよな」
「なんせ今度の模擬戦で戦うかもしれないわけだからな」
「え？」
「あれ？ 言ってなかったか？ おれがクラスの代表者なんだよ。誰も手をあげないから立候補したんだよ」
「じゃあ、おれと戦うのは」
「おれになるのかもな。まあ、組み合わせ次第だろうけどな」
クラスは四つしかない。おれたちがぶつかる可能性はむしろ高い。
「というか、どうしておまえは模擬戦に出ようだなんて思ったんだよ」
「そんなのはどうでもいいだろ」
拓真はちらりと芹沢の方を見た。まさかこいつ、芹沢にいいところを見せようって魂胆なのか。
「まあ、安心しろよ。それで協力しないなんては言ってないだろ。お前の契約は友人の一人として望んでるしな」
「おれをボコボコにしたいわけじゃないのか」
「なに言ってだよ、おれがそんなことを考えるわけないだろ」
「……」
この際、拓真の真意はどうでもいい。自分自身が前に進まないといけない。
「とにかく、何かアドバイスが欲しいんだよ。なんでもいい。契約するためのテクニックとかないのか？」
「うーん、そうだな、契約そのものができないとなると、アドバイスも思いつかないんだよな」
「颯太、あんたはいつもどこでモンスターを探してるの？」
紗英からそう聞かれ、おれは森林地帯だとすぐに答えた。
「場所とか変えたらいいんじゃない？ もしかしたら森林地帯のモンスターは颯太とは相性が悪いとかじゃないの？」
「モンスターとの相性とかあるのか？」
「それは聞いたことないけど、契約のことだってすべてが明らかになっているわけでもないから、そういう可能性も否定できないかなって」
「でも、他のところは難易度が高いわけだろ。いくら武器を持っていっても、攻略するのは難しいんじゃないのか。おまえたちの手を借りるわけにもいかないしさ」
契約できるモンスターは自力で倒したものに限られる。
他人の力を使って気絶させても、おれという存在は受け入れてはもらえない。
おれたち契約者は不死身というわけでもないので、攻略先は慎重に選ばないといけない。
「いや、紗英の意見にはおれも賛成だな。本気で契約者を目指すのなら、それなりのリスクも取らないといけない。第５ゲートの噂を当てにするわけにもいかないからな」
「第５ゲート？」
「なんだ、知らないのか？ この街には東西南北以外にもう一つゲートがあるらしいんだよ。そこを通ると見たことのない異世界に行けて、希少なモンスターがたくさんいて、向こうには敵意はないから契約もスムーズに行えるらしいんだ」
おそらくそれは芹沢が通ってきた日本と監獄を繋ぐものだろう。そんな指摘をしようと思ったとき、
「そういえば、わたしも似たような噂を聞いたことがある」
と紗英が口を開いた。
「廃都の奥にはS クラスを超えるモンスターがいて、それと出会うと戦わなくても契約ができるとかって」
S クラスを超える？ そんなモンスター聞いたことがない。しかも簡単に契約ができるだなんて。
「仮にその噂が事実だとしても、廃都に挑戦するのは無理があるだろ」
四つあるダンジョンのなかで、廃都はもっとも難易度が高いといわれている。奥のほうに行くなんてとてもできやしない。
「とりあえず、行くだけ行ってみたらどうだ？ ゲートを使う回数に制限があるわけじゃないしな」
その発言に背中を押されるようにして、おれたちはその足でゲートセンターへと向かった。
