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21話 お墓参り

 次の日、電車に乗って、愛理沙と2人で遠出をする。
涼の街の駅から2時間電車に揺られる旅。
その間、愛理沙は涼の隣に座って、何も話さない。

 涼も愛理沙に過去のことを説明するつもりはないので、無言だ。
しかし、無言で座っている時間が良い。
2人で和やかな時間を共有しているように感じる。

 言葉で会話をして、この2人の穏やかな雰囲気を壊したくない。

 涼が向かう先の駅へと着いた。
涼と愛理沙は2人並んで駅のホームへと降りる。
涼達が住んでいる街よりも田舎だ。

 改札口を出て、真直ぐに前を縦に通っている道を愛理沙と2人で歩く。
この道は1本道で、遠くまで住宅街の風景が見える。

 20分ほど歩いていくと左側に大きな寺が見えてきた。


「ここだよ」

「ここに涼のご家族が眠っているのね」


 2人はお辞儀をして寺の中へと入る。
そして寺の墓所へ向かって歩いていく。

 途中に蛇口があり、バケツとひしゃくが置いてある。
蛇口をひねって水をだして、バケツに一杯水を貯める。
そしてバケツとひしゃくを持って、墓所の中を歩く。

 愛理沙は街から買ってきた墓花を持って涼の後に続く。
1つの墓の前で涼が立ち止まる。

 その墓には『先祖代々』と書かれていた。


「このお墓が涼の家のお墓なのね」

「ああそうだよ。毎年、ゴールデンウィークには通っているんだ……愛理沙も連れてきてしまってゴメンね」

「ううん…いいの……涼のお父様とお母様、後、ご家族の方にも挨拶をしておきたかったから」


 涼は持ってきた紙袋から雑巾を取り出し、バケツの水に雑巾を入れて水を含ませて、雑巾を絞る。
そしてきれいに丁寧に墓を拭いていく。


「手伝おうか?」

「いや……これだけは俺がやるよ……愛理沙はお客様だからね」


 涼は墓の隅々まで濡れ雑巾できれいにする。その間に愛理沙は花筒の中の水を捨てて、バケツのきれいな水を花筒に入れて、もってきた墓花をきれいに活ける。
そして、涼はバケツを左手に持って、右手のひしゃくで、バケツの水を墓の上から水を流していく。

 墓は涼に磨かれて、陽光に照らされて輝いている。
持ってきた線香に火を点けて、線香立てに立てる。

 そして2人は墓の前にしゃがんで手を合わせて目をつむる。


「私は雪野愛理沙と申します。涼の家でお世話になっている者です。今は涼の仮彼女をさせていただいています。どうかよろしくお願いいたします。涼と私を温かく見守ってください」

「隣に座っているのが仮彼女の雪野愛理沙さんだ。すごい美人だろう。父さんも母さんもビックリしただろう。俺の自慢の仮彼女なんだ。掃除はできるし、片付けも上手い。それに料理は何でも美味しい。凄く家庭的で俺には勿体ない仮彼女なんだ。それに父さん達もよく見てよ。すごい美少女だろう。俺の自慢なんだ」

「アウ……お墓の前で何を言ってるの?……私の自慢をしてどうするの……私…とっても恥ずかしい」

「俺が思っていることを父さんと母さんに言うことにしてるんだ。両親にも愛理沙の良さをわかってもらいたい」

「アウウウ……もう何も言えないよ……」


 愛理沙は顔を真っ赤に染めて、目をつむって一心に墓に祈っている。


「これで用は済んだ。愛理沙一緒に来てくれてありがとう。家族も愛理沙と会えて嬉しかったと思う」

「いいの……私も涼のご家族のお墓に参りたかったから……」


 バケツとひしゃくと雑巾を持って、バケツ置き場の場所まで歩いて戻る。


「涼じゃないか……やっぱり来てたのか」


 大きな声が墓所に響き渡る。

 涼が顔を上げると、そこには 三崎誠(ミサキマコト)おじさんと楓乃の2人が立っていた。
楓乃は愛理沙がいることに気付いて、驚いた後、ご機嫌が斜めになっている。


「どうして涼の仮彼女の愛理沙が、涼の家のお墓に参ってるの。これだと本物の彼女みたいじゃない」

「楓乃、場所を弁えなさい」


 誠おじさんは静だが、言い訳を受け付けない口調で楓乃に言う。
楓乃は不満そうな顔をしているが、それ以上のことを言ってこなかった。


「涼…楓乃から話は聞いていたが、すごくきれいでかわいい彼女じゃないか。私にも紹介してくれないか?」


 愛理沙は丁寧に深々と頭を下げて、誠おじさんにお辞儀をする。


「涼の仮彼女をしています。雪野愛理沙といいます。楓乃さんとも同じクラスメイトの友達です。よろしくお願いいたします」


 愛理沙の苗字を雪野と聞いて、誠おじさんが一瞬だけ驚いた顔をする。


「雪野……もしかすると 雪野拓三(ユキノタクゾウ)さんの娘さんかい?」

「はい……雪野拓三は私の父の名前です。どうして楓乃のお父様が私の父を知ってるですか?」

「実は拓三さんが他界される前まで、知人だったんだ。雪野という苗字は珍しいからね。こんな所で拓三さんの娘さんと会うとは思わなかったよ。拓三さんも他界していなければ、きれいな愛理沙ちゃんに会えたのにね」


 誠おじさんが……愛理沙の父親の知人だって? 今までそんなことを聞いたこともなかった。小さな頃に誠おじさんの家に引き取られて、高校に入るまでお世話になっていたが、一度も雪野の名前を聞いたことがない。


「俺達は車できたんだ。帰りは車で送ってあげよう。できれば愛理沙ちゃんに久しぶりに会ったし、今までどうやって暮らしていたのか、少し聞きたいから、家に寄って帰ってほしい。涼も最近は近況報告が全くないと思ったら、彼女を作って幸せだったということか。その話も聞かせてもらいたいな」


「愛理沙は涼の仮彼女なの。本当の彼女じゃないの。お父さんも間違えないでね」

「涼のことになると楓乃はうるさいな。まだ涼のことが好きなのか?」

「―――お父さん、変なことは言わないで」


 楓乃は顔を真っ赤にして、誠おじさんに怒っている。


「俺達の墓参りがすむまで寺の玄関で待っていてくれ」


 誠おじさんは、楓乃を連れて、涼の家の墓へと歩いていった。

 涼と愛理沙は寺玄関まで戻って、誠おじさんと楓乃の2人を待つ。

 誠おじさんが戻って来て、寺の駐車場から車を出してくる。誠おじさんが運転席に乗って、楓乃が助手席に乗る。
涼と愛理沙は車の後部座席に乗る。

 車の中は楓乃の不機嫌な雰囲気が充満していて、とても和気あいあいと会話がでる雰囲気ではなかった。愛理沙がさりげなく涼の手の上に自分の手を乗せる。
涼は楓乃と誠おじさんから見えないように隠れて、愛理沙の手をしっかりと握った。

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