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20話 映画館パニック

 シアタービルに着くと、2時間待ちの大混雑だった。
ゴールデンウィークなので家族連れも多い。
映画館が混んでいるのも仕方がないだろう。


「何を見る? オカルト・ホラー・アニメ・SF・恋愛・コメディ……けっこう色々な作品がやってるぞ」


 湊が皆にリーフレットを持ってきて配る。

 芽衣、楓乃、聖香の目が光る。


「「「ホラー!」」」


 なぜ、3人がホラーを選んだのかわからない。しかし、今回のホラー作品は面白そうだ。

 昔に作られたホラー作品のリメイク版で、昔に撮影された当時に、撮影スタッフが何人も謎の死に見舞われたことで有名な作品だ。


「よくあの作品のリメイク版なんて制作したもんだな。危なくなかったのかな?」

「今回も数名が死亡したと噂されている作品だ」


 涼が疑問を言うと、湊が冷静に噂を説明してくれた。これでは本当のホラーだろう。

 愛理沙を見るとリーフレットを見て、少し顔を青ざめている。


「もしかすると……愛理沙……ホラーって苦手なの?」

「ううん…そんなことないよ……少し怖いだけだから」


 それを世間では苦手というと思うよ。


「ホラーと言っても映画だ。作りモノだろう。俺なんて今まで1度も幽霊も見たことがない。ホラー映画なんて信じられない。大丈夫だ。皆が付いている」

「私も陽太の意見に賛成よ。物理や科学の時代に幽霊なんてナンセンスだわ。私も幽霊なんて見たことないし、大丈夫よ。いざとなったら陽太に身代わりになってもらえばいいんだから」

「芽衣…それは酷くないか?」

「筋肉しか取り柄が無いんだから、皆が危ない時、位助けなさいよ」


 筋肉では幽霊から助けられないと思うぞ。芽衣は論理的に話しているつもりだろうが、全てを陽太に押し付ける気満々のようだ。


「どうする? 愛理沙が苦手だったら、俺と2人だけで違う映画でも見るか? 愛理沙の好きな映画でいいぞ」

 楓乃と聖香が涼の両腕を持つ。


「愛理沙ちゃんばかり特別扱いは禁止です」

「どうして、愛理沙にばかり優しいの。私、涼にそんなに優しくしてもらったことない」


 聖香と楓乃から抗議の声があがった。
それを聞いた愛理沙がキリッとした顔になって決心を決める。


「私、苦手だけど……皆がいれば大丈夫だと思う。私、頑張ってみる」


 なぜか、皆から愛理沙へ拍手が送られる。

 皆と雑談している間にあっという間に開演時間になった。

 チケットの半券を切ってもらって、シアタールームへと入る。席は中央の中央へと座る。この位置ならば一番、リラックスして映画を観やすい。

 右側から、一番端に愛理沙。次に涼、そして楓乃、聖香、湊、陽太、芽衣の順番で座ることになった。芽衣は陽太の隣でご満悦そうだ。
湊も聖香の隣で嬉しそうだ。


「楓乃ちゃん、ずるい」


 聖香だけは座る順番が気に入らないように楓乃に訴えているが、楓乃は聖香の言葉をスルーする。
愛理沙は隣が涼で安心した顔をしている。

 シアタールームの明かりが消され、スクリーンに広告が映し出される。

 その時点で、愛理沙は背中をピンとさせ緊張している。楓乃のほうがリラックスして見ている。

 映画の内容を簡単に説明すると、家を購入した家族が、家に引っ越しすると、その家が幽霊の巣、ポルターガイストの巣だった。そして家族の一人娘に幽霊が乗り移るという内容だ。

 広告が終わり本編が始まった。何も知らない家族達が新居へ引っ越ししてくるところから話が始まる。

 段々と幽霊達が騒ぎ出し、ポルターガイスト現象が起こり始める。数々の幽霊達が顔の目の前まで迫ってくる。この映画が3Dであることを確かめておくのを忘れていた。


「キャッ」


 愛理沙が小さな声で悲鳴をあげる。そして愛理沙は椅子に必死にしがみついて、目を必死につむっている。


「キャッ」


 楓乃が小さな悲鳴をあげて、涼の体に寄り添って、涼の左手を握ってくるが、その顔はなぜか笑顔だ。
楓乃、本当は全然、怖がっていないだろう。なぜ、手を握ってくるんだ。体が近い。

 3Dの幽霊達はシアター中を飛び回る。そして鳴り響くごう音。


「キャッ」


 愛理沙が小さく悲鳴をあげる。愛理沙は真剣に怯えている。涼は右手で愛理沙の左手を握ると、愛理沙は必至に涼の右手を両手で握って体を寄せて、涼の肩の後ろへ顔を隠す。

 涼は小さな声で愛理沙に話しかける。


「大丈夫だよ。映画だから。3Dで幽霊が飛び出してきているだけの作り物だから……それでも怖かったら、俺の肩の後ろに隠れていればいいよ」


「うん……ありがとう……涼が居てくれて安心する」


 愛理沙は緊張した笑みを浮かべて、必死に微笑もうとするが上手くいかない。

 3Dの幽霊を見ては怖がって、涼の肩の後ろへと隠れてしまう。
そんな愛理沙を涼は可愛く思う。


「キャッ」


 楓乃が嬉しそうに涼の左腕に自分の腕を絡めて、涼の肩に頭を乗せてくる。
楓乃、全く怖がってないよね。なぜ、そこまで密着する。

 最後に娘に憑りついていた、ラスボスのポルターガイストが大画面に大きく映し出される。

 愛理沙は怯えきってしまって、涼の肩の後ろから出てこない。
この映像は見ないほうが良いだろう。さすがの涼も少しビビる。
今まで平気だった楓乃も必死に涼にしがみついている。

 両手を愛理沙と楓乃にしがみつかれている涼は、自分の体を防御する術がない。それに怖すぎて、大画面から目が離せない。

 最後の場面は涼も怖すぎて記憶に残らなかった。
こんな映画を選ぶんじゃなかった。涼は心の中で後悔した。

 映画が終わってシアタールームの照明が灯る。
まだ両手で涼の右手をしっかりと握って、肩の後ろに隠れている愛理沙へ声をかける。


「映画は終わったよ……これで怖くないよ……よく頑張ったね」


 愛理沙は少し怖がりながら、周りを見回して、照明の明かりが点いていることに気が付いて、涼の手を離す。


「―――ありがとう」


 涼は安心させるように愛理沙に微笑みかける。

 まだ左手が重い。左を見ると、楓乃がウットリとした顔で涼の肩にもたれかかっている。


「楓乃……いい加減にしろ。お前はそこまで怖がっていなかっただろう。重いからすぐに腕を離してくれ」

「どうして愛理沙と対応が違うのよ」

「当たり前だろう。真剣に怖がっている愛理沙と、面白半分で俺に捕まってくる楓乃と同じ対応なんてできるか」


 シアタールームを出ると、湊が上機嫌で涼に近寄ってくる。


「この映画は当たりだった。聖香が本気で怖がって、俺の腕にしがみついてくれた……今日は良い日だ」


 そして満面の笑みで芽衣も涼の元へ歩いてくる。


「この映画は良かったわ。思いっきり陽太にしがみつけたわ……今日は映画に誘ってくれてありがとう」


 別に涼が映画に誘った訳ではないし、この映画を選んだ訳ではないが、なぜか芽衣にお礼を言われた。
シアタービルを出ると、もう夕暮れ時だった。愛理沙は映画を観ただけで疲れきっている。


「何か、食べて帰ろうぜ」


 陽太が陽気な声で皆に声をかける。
涼は皆には悪いと思ったが、愛理沙の様子を見て決心を決める。


「愛理沙の調子が悪いんだ……せっかく誘ってもらってるのに悪いけど、俺は愛理沙を送っていくよ」


 聖香と楓乃から抗議の声があがったが、湊が上手くとりなしてくれた。


 皆と離れて、高台へ向かって愛理沙と2人で歩いていく。
映画の影響か、まだ愛理沙は恐怖心から立ち直っていないようだ。
涼は右手をだして、愛理沙の左手に当てると、愛理沙は何も言わずに指を絡めてギュッと握る。涼も愛理沙の手に指を絡めて、しっかりと愛理沙の手を握る。


「怖い思いをさせてごめんよ……まさか3D映画だとは思わなかったんだ」

「ううん……大丈夫……涼のせいじゃないから。私が始めに断っておけば良かったんだし……」

「今度は愛理沙が好きなジャンルの映画を2人で観に行こう」

「うん……」


 手を繋いだことで、ずいぶん愛理沙は元気になってきたような気がする。


「涼……お願いがあるの……」

「どうしたの?」

「私……実はホラー映画を観た日は、怖くて眠れないの……できたら一緒に布団で寝てほしい……」


 そう言って愛理沙は照れて顔を真っ赤にして、俯いてしまった。


「―――いいよ……一緒に寝よう……愛理沙が安心するまで一緒にいるよ」

「―――ありがとう」


 涼も答えてから、自分が言った意味を理解して、耳まで真っ赤になるのを自覚する。

 夕暮れの道路を互いに顔を赤くして、照れながら高台へと歩いて行く2人だった。

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