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13話 風邪

 愛理沙から部屋へ来ても良いという返事はもらったが、未だに家に行く予定を決められずに中間考査テストへ突入し、涼は1週間をほとんど徹夜してテストを乗り越えた。


 朝、起きると天井が歪んで見える。
トイレへ歩いて行こうとすると部屋がグルグルと回る。


 体の平衡感覚を保つことができない。


「あれ……おかしいな。体が妙に重いし……目が回っているような感じがする」


 体に妙な寒気がする。
体温を測りたいが、家に体温計はない。
涼の家には救急箱はなかった。

 外に出て近くのコンビニへ体温計を買いに出かけようと玄関まで行くが、鍵を開けて外に出ると太陽の光が眩しく、全てが歪んで見える。


「―――これはダメだな」


 部屋へ一旦戻って、ベッドの枕元からスマホを取って、学校へ連絡する。
電話に出た事務員さんが、すぐに担任の先生を呼び出してくれて、本日の休みを取る。

 担任の先生から『安静にして、元気が出たら、病院に行くように』と心温まるお言葉をいただいた。


 体中に本格的な寒気が走る。急いでベッドの中へ潜り込むが、体の寒気が取れない。歯の根が合わずにガチガチと歯が鳴る音を自分の耳で聞く。


「これはダメだ……完全に熱がある。中間テストで徹夜を続けたのが悪かった」


 昨日の夜から食欲がなく、何も食べたくなくて夕食を抜いていた。あの時から風邪を引いていたらしい。
昨日のうちに気が付いていれば、コンビニまで体温計を買いに行けたのにと思うが後の祭りだ。


「これは寝て治すしか方法はないな……家に薬もないし……元気が出たら病院へ行こう」


 ベッドに頭まで潜り込んで、涼は意識を失った。







「トン トン トン トン トン」


 台所からリズミカルな包丁の音が聞こえる。
うっすらと目を覚ますが、窓からの陽光はまだ昼間の時間帯を示している。
しかし、フスマの向こうで誰かがキッチンを使っている音がする。


「――――とうとう幻聴と幻影を見るようになったか―――」


 力尽きて、涼は再び目を閉じて眠りの中へと落ちていった。







 誰かが頬を手で触れている感触が伝わってくる。
薄目を開けると、間近で心配そうに見つめている愛理沙の顔があった。
涼は驚いて大きく瞳を開ける。


「キャッ」

「ウワァ」


 2人同時に大きな声をあげる。


「愛理沙か。来てくれたのはありがとうだけど……学校はどうしたの?」

「担任の先生から、涼が風邪で休みって聞いたから……私も体調がおかしいって言って早退して、涼の家に来たの。家の鍵は開けっ放しだし、不用心よ」


 そういえば、朝に体温計を買いに行こうとして、外に出ようとしたんだった。結局、太陽の光に負けたけど。
愛理沙が心配して家まで来てくれたことが嬉しい。


「ありがとう…愛理沙」

「涼が眠っている間に卵のおかゆを作ったの。元気があるなら少しは食べたほうがいいね。私、おかゆを持ってくる」


 愛理沙は照れて顔を赤く染めて、立ち上がってキッチンへと歩いていった。しばらくすると温め直したおかゆを持って愛理沙がベッドの近くまで歩いてくる。

 ベッドの脇に小さなテーブルがある。その上におかゆを乗せる。
お粥からは湯気がたっていて、とても美味しそうだ。
ベッドから起き上がってレンゲを手に取って、おかゆを口へと運ぶ。


「あちちち―――」


 あまりのおかゆの熱さに耐えられず、おかゆの中へレンゲを落としてしまう。


「今、温めなおしたんだから、熱くて当たり前よ。こういう時は、こうするの」


 愛理沙はレンゲを手に取って、一口分だけおかゆをすくって、自分の口元へ持っていって、フーフーと息を吹きかける。

 そして、レンゲを涼の口元へ持って行く時に、愛理沙と涼は間近で見つめ合った。その瞬間に愛理沙は顔を赤くして、レンゲをおかゆの中へ落してしまう。


「もう……涼ったら……恥ずかしい」

「―――ごめん」


 なぜ自分が謝っているのかわからないが、愛理沙に恥ずかしい思いをさせてしまったと思った。もし、あのまま愛理沙におかゆを食べさせてもらっていたら、涼も恥ずかしくなっていただろう。

 自分でレンゲを取りあげて、おかゆをすくって、フーフーと息を吹きかけて冷まして食べる。愛理沙が作っただけあって、おかゆが美味しい。


「美味しい」

「よかった」


 おかゆを残さず食べて、少しは元気が出てきた。朝よりもめまいが治まっているような気がする。


「市販の薬を買ってこようかなって思ったんだけど……涼の症状もわからなかったし、買わなかった……ごめんね」

「構わないよ。今は何時ごろかな? 夕方の4時から近くの病院が開くはずだから、病院で診察してもらうよ。帰りに体温計ぐらい買っておかないといけないな」

「この家…体温計もないの? 救急箱は?」

「ない」


 愛理沙は涼のキッパリとした答えを聞いて肩から力が抜けたように俯いている。


「今度、一緒に薬局で、少しは置き薬を買っておこうね。私も一緒に行くから」

「それは助かるよ。俺一人だと何を買っていいのかもわからないからね」

「たぶん、それは薬局の店員さんが専門家だし……相談するのが一番だと思う」

「愛理沙が一緒に来てくれるだけで嬉しいよ」

「―――もう」


愛理沙は可愛く眉をあげて、頬を少し膨らませる。


「今は15時30分を超えたところよ。今から用意をすれば16時に病院に着けるわね。私も一緒に付き添いしてあげる」

「ありがとう……早速、準備するよ」


 涼はベッドから立ち上がると、ジャージの上着を脱いで、ジャージの下着も脱ごうとする。


「キャ―――ちょっと待って」

「おう…愛理沙がいたことを忘れてた」

「―――もう、忘れないで……今日の涼は変よ……着替え終わったら呼んでね」


 そう言って、愛理沙は顔を真っ赤にして、ダイニングへ逃げるように歩いていくと、フスマをきっちりと閉めた。
もう少しでパンツ姿を愛理沙に見られるところだった。
今日の涼は確かに熱に浮かされているようで、不注意だ。

 着替え終わって、愛理沙に付き添われて、玄関を出て鍵を閉める。
そして、そのまま病院へ2人で直行した。







「ただの風邪ですな。しかし熱が38度5分もある。薬を処方しておきます。後、注射も打っておきましょう」


 病院の先生は涼の診察を終えて、にこやかに注射という言葉を放った。実は涼は注射は苦手だ。17歳にもなってと思われるかもしれないが苦手なものは仕方がない。

 愛理沙を見ると、目がウルウルと潤んで、まるで自分が注射を打たれるような顔をしている。

 看護婦さんに誘導され、別室で注射を打つ。注射の針を見た瞬間に緊張が走る。注射の針を見ないようにして、愛理沙の顔を見る。
すると愛理沙が急に両手で顔をおおった。その瞬間にチクッとする痛みが走る。

 後は注射の針の抜く瞬間の気持ち悪さに耐えるだけだ。
愛理沙は両手で顔をおおったままだ。
愛理沙に集中している間に看護婦さんが上手く注射の針を抜いてくれた。


「はい。注射は終わりましたよ」

「ありがとうございます」


 にこやかに注射が終わったことを看護婦さんが教えてくれる。涼は立ち上がって看護婦さんへ会釈する。
愛理沙も深々と看護婦さんへ頭を下げていた。

 後は会計をして、隣の薬局で処方された薬をもらうだけだ。
ついでに体温計だけでも買って帰ろう。







 涼の家に帰り着くと、愛理沙は涼が着ていたジャージの上下を洗濯機に入れて洗い始めた。
その間に、涼はタンスから新しいジャージの上下を出して、私服と着替える。

 注射を打ってもらってせいか、体が軽いような気がする。
涼がベッドに座っているとダイニングから愛理沙が顔を出す。


「調子が少し良くなったからといって、寝てないとダメよ」

「はーい」


 今日は愛理沙に世話になりっぱなしだ。
本当に愛理沙が居てくれて心がホッする自分を発見する。

 愛理沙がダイニングから私室へ入ってきて、涼の近くに座って手を涼の額に当てる。


「ずいぶんと熱は下がったようね。これなら大丈夫かも」

「今日はありがとうな」

「うん」


 愛理沙が優しい眼差しで涼を見つめる。涼は照れてベッドへ潜り込む。


「愛理沙…もし熱が下がったらさ……今度の休みに愛理沙の部屋へ遊びに行ってもいいか?」

「―――いいよ……私だけ部屋を見せないのも、おかしいもんね」


 涼がベッドから顔だけ出すと愛理沙が恥ずかしそうに微笑んでいる。


「きちんと熱と風邪が治ったらね。今日は遅くまで付き添ってるから、安心して寝てるの」


 顔を赤くして愛理沙は、ベッドの布団を涼の顔の上まで引きあげた。

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