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第170話 メタモルパニック

「あ゛~……生き返る……」


 おっさんくさい言葉を吐息混じりに漏らしながら、死神ちゃんはベッドにうつ伏せていた。――本日は、アルデンタスの施術を受ける日だった。本日も本日とて、死神ちゃんは個性豊か過ぎる冒険者を担当させられて身も心も疲れていた。
 そんな死神ちゃんに苦笑しながら、アルデンタスは「あれから体調などはどう?」と尋ねた。短いスパンで定期的に触っていて〈触れば分かる〉とはいえ、本人の口からも気になるところがあれば聞いておきたいのだ。死神ちゃんはほんの些細な事柄から、ただの世間話に至るまでをダラダラと話した。そしてふと、死神ちゃんは照れくさそうにもぞりと身じろいだ。


「前にさ、寝てる隙を突いて、こう、ちょっとチュッてしたって言ったろ。あれさ、寝込みを襲うも同然で確かに良くないことだとは思うんだが……あれ、思い返せば思い返すほど、ほんの少しだけだけど〈幸せだな〉と思ったんだよ。|研究《これ》続けてたら、そういう人並みの幸せを堂々と感じられるように、本当になるものなのかなあ」


 そう言い終えた直後、死神ちゃんは顔をしかめた。途中から不安げに声を落としたとはいえ、自分でも聞き慣れない声を出して話していたからだ。
 首だけを後方に振ってアルデンタスを見つめると、アルデンタスはぽかんとした顔で固まっていた。死神ちゃんに見られていることに気付いたアルデンタスは頬を引きつらせると、たどたどしく口を開いた。


「多分、なるんじゃないの? 大きくなれるくらいだもの、元の姿だってきっとすぐよ」


 死神ちゃんは二、三度瞬きをすると、おもむろに身体を起こそうとした。視界に入った自分の手がいつもよりも大きいことを怪訝に思った死神ちゃんは、慌てて身を跳ね上げた。そして自身の体を見下ろすと、目をひん剥いて絶叫した。


「何だこりゃあああああああ!?」



   **********



 疲れ果ててぐったりと肩を落として、死神ちゃんは寮へと帰ってきた。背中を丸めてのそのそと廊下を歩いていると、共用リビングから出てきた同居人が怪訝な顔を浮かべて立ち止まった。


「誰……?」

「俺だよ」


 死神ちゃんが睨みつけると、彼は「えっ、|薫《かおる》ちゃん!?」と叫んだ。その声をきっかけに、リビング内にいた者がどやどやと集まってきた。


「何で大きくなってるの? なんのドッキリ!?」

「薫ちゃん、幼女から美女路線に切り替えたの? ていうか、また魔道士様の気まぐれ?」

「薫ちゃん、胸でかっ! それ、本物? ちょっと確かめさせて!」


 矢継ぎ早になされる質問に答えることができず、死神ちゃんはイライラとしだした。耐えかねて「うるせえ、落ち着け」と叫ぶと、死神ちゃんはリビングのソファーのひとつに陣取った。そして、彼らの質問に答えられる範囲で答えてやった。

 本日の施術時に、アルデンタスは今まで感じることのできなかったエネルギーの滞りを感じたそうだ。これまでの施術で根気よく疲労や歪みを取り除いていった結果、ようやく深部まで指圧して届くようになったそうで、それでその滞りとやらを感じられるようになったらしい。
 アルデンタスはその〈滞り〉を正そうと施術に臨んだそうだ。しかし、さすがは神の魔術が原因でできたものである。一筋縄では行かなかった。結果、正すどころか少し形が変容しただけとなり、そのせいで幼女から成人近い姿へと変わったらしい。


「耳につけてる|機械《これ》でだけじゃあなく、もっと細かくデータが取りたいっていうから、その後すぐにビット所長のところに行かされてさ。お馴染みの拷問のような検査をいくつも受けさせられてさ。――ちょうどケイティーとアリサの中間くらいの身長だったから、二人に何か着るものを借りられないか連絡しておいてて、検査を受けてる間に二人が〈あろけーしょんせんたー〉に来てくれてたんだが。こちとら疲れてすでにヘロヘロだっていうのに、二人に寄ってたかって揉みくちゃにされて。着せ替え人形にされた挙句、どうせすぐさま幼女に戻るだろうに、やれ『揃いの服を買おう』だ『アクセサリーを買おう』だうるさくて。何とか説き伏せて帰ってきたんだが……」


 そこで言葉を切ると、死神ちゃんは深くため息をついた。男性陣がニヤニヤとした笑みを浮かべながら胸を凝視していることに気がついた死神ちゃんは、顔をしかめると「全然いいもんじゃないぞ」と言った。男性陣が不服そうな顔を浮かべたので、死神ちゃんは胸元の肉まんをぽよぽよと手で上げ下げしながら続けた。


「これ、すごく重たくて肩にくるんだよ。世の女性たちは、よくもまあこんなもんを平気でぶら下げていられるよな」

「薫ちゃん、きちんとブラはつけてる? そこまで大きいと、つけなきゃあ余計につらいと思うよ?」


 苦笑交じりに女性のひとりがそう言うと、死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔でボソリと言った。


「いつ幼女に戻るかも分からないし、もしかしたら幼女でなくおっさんに戻るかもしれないのに、そんなもんつけられないよ。おっさん姿でブラつけてるって、悲惨だろう。いくら巷では男性用ブラが静かに流行しているらしいとはいえ……」


 死神ちゃんの言葉に、男性陣が「ノーブラ!」と沸き立った。死神ちゃんは彼らを睨みつけると、サラシを巻いていることを告げた。残念そうに肩を落としつつも、男性陣は「お胸様の感触はいかほど?」と言いながら詰め寄ってきた。
 嫌がる死神ちゃんが抵抗していると、そこにクリスが割って入ってきた。彼は男性陣を睨みつけると、彼らを追い払う動作を取りながら言った。


「薫、嫌がってるじゃん。やめなよ」


 大丈夫だった? と言って死神ちゃんの目の前に跪いたクリスの頬はほんのりと赤らんでおり、その目はまるで理想の男性に出会えたとでもいうかのように輝いていた。死神ちゃんは何となくモヤモヤとしたものを感じつつも、彼に礼を述べた。



   **********



 マッコイは夜中近くになってようやく帰ってきた。中番だった彼は勤務が明けたあと、死神ちゃんの直属の上司として、今回の件の経緯についてアルデンタスとビット所長から直接説明を受けていたのだ。そのために帰宅の遅くなった彼のことを、死神ちゃんは起きて待っていた。マッコイは遅くなったことを謝罪すると、荷物を片付けながら苦笑いを浮かべた。


「事情は聞いてきているわけだし、わざわざ待っていてくれなくても良かったのに。疲れ果ててて、すごく眠いんでしょう?」

「うん、でも、俺からも報告したかったから。それに、帰ってきてからすぐ、少しだけ仮眠したから大丈夫」


 言いながら、死神ちゃんはこっそり胸を撫で下ろした。――マッコイだけは、いつもと変わらぬ態度をとってくれている。
 安堵したことで一気に眠気が押し寄せてきた死神ちゃんは、手短に報告を済ませた。そして「今日はもう疲れた」と言って、風呂も入らずにそのまま寝ることにした。

 翌日、死神ちゃんはいつも通り出社した。何かトラブルが起きない限りは、いつも通りの生活を送るようにとビットから言われていたからだ。バイタルに変化があればすぐさま知らせるので、勤務も普通に行って良いという。しかしながら、いつ待機室に戻ってこられるか分からない金勤務で〈変化〉が起きては困るということで、死神ちゃんのシフトは銀勤務に変更がなされた。
 出社前、死神ちゃんは身支度の最中にいつも被っている頭巾を無理やり被ってみた。すると頭巾は他のみんなが身に着けているようなローブへと形を変え、死神ちゃんも同僚達と同じ骸骨姿となった。これに喜んだ死神ちゃんは、飛行靴のサイズが合わないがために徒歩でターゲットを追わねばならぬというのも厭わず、喜々として勤務に臨み霊界中を走り回った。

 勤務を終えて魂刈を片付けているとき、死神ちゃんはクリス他数名から食事に誘われた。みんなで行くかと笑いながら答えた死神ちゃんは、クリスが心なしか不服そうにしており、他の数名も少しばかり残念そうにしていることに戸惑った。
 死神ちゃんが困っていると、引き継ぎを終えてやってきたマッコイが心配顔で声をかけてきた。死神ちゃんはマッコイの手を取ると「体の件で用事があるから」と適当に言い訳をして、そそくさとその場をあとにした。


「いやあ、お前が来てくれて助かったよ。体に変化が起こってから、何だかみんなの態度がおかしいんだ」

()()()()は、()()()()なのにねえ」


 食事をつつきながら死神ちゃんが肩を落とすと、マッコイが苦笑いを浮かべた。死神ちゃんは彼の態度に救われてホッとしつつも、昨夜クリスに感じたようなモヤモヤをマッコイにも感じた。顔をしかめる死神ちゃんにマッコイが「どうしたの」と尋ねたが、死神ちゃんは不思議そうに首を捻りつつも「なんでもない」と答えた。
 その夜、女性陣が「お風呂に入ろう」と誘ってきた。死神ちゃんは彼女たちに向かって苦笑いを浮かべた。


「俺がこっちの世界に来てすぐの頃、どちらの風呂に入るべきか相談したときに嫌がってただろう」

「それは、薫ちゃんの人となりを知る前の話でしょう? 例えば、仮にだけど、薫ちゃんが私たちの裸見てヘラッといやらしく笑ったとして、注意すれば薫ちゃんは『すまんすまん』って謝ったあとにすぐさま態度を改めて、次からはもう気にしないでいてくれるでしょう? ――それが簡単に想像できるから、全然平気」

「でも、もしも風呂入ってる最中におっさんに戻ったらどうするんだよ」


 苦笑いを浮かべたまま、死神ちゃんはそのように尋ねた。すると彼女たちはニヤリと笑うばかりで何も答えなかった。何やら背筋の寒くなるようなものを感じつつも、今日は風呂に入ってリフレッシュしたいと思っていた死神ちゃんは彼女たちの提案を飲んだ。そして、浴室でけたたましい悲鳴を上げることとなった。
 死神ちゃんが浴室からヘロヘロと出てきて脱衣所でへたり込むのと同時に、マッコイが血相を変えて入ってきた。どうやら彼は〈死神ちゃんが風呂場で悲鳴を上げ続けている〉という同居人のうちのひとりからの情報を受けて、慌てて様子を伺いに来たらしい。
 死神ちゃんのお風呂セットの置かれている脱衣棚からバスタオルを取り出すと、マッコイはそれを死神ちゃんの肩にかけて包んでやった。


「一体、何があったの」

「あいつら、寄ってたかって人の乳を掴んだり、背中流すと称してあちこち撫で回したり……。姿が変わったことに興味を覚えたからって、容赦なく……」


 死神ちゃんがグズグズと鼻を鳴らし始めると、浴室から数名が申し訳無さそうに顔を出した。いい加減にしなさいと女性陣を叱るマッコイをぼんやりと眺めていた死神ちゃんは、心配そうに再び顔を覗き込んできた彼の顔を見て表情を強張らせた。死神ちゃんは勢い良く立ち上がると、慌てて服を引っ掴んだ。そしてタオルを巻いたままの格好で脱衣所を飛び出していった。



   **********



「どうしたんだよ、|小花《おはな》。〈匿ってくれ〉ってどういうこと――」


 第一死神寮のエントランスに顔を出したケイティーが話すのを遮って、死神ちゃんは彼女に抱きついた。死神ちゃんが嗚咽を堪えて震えていることにただならぬものを感じたケイティーは、入館記録は後ででいいからと言って寮長室の更に奥にある自室へと死神ちゃんを連れて行った。
 ケイティーはため息をつくと、呆れ顔で死神ちゃんを見つめた。


「あんた、やらかしたらしいね。一体何があって、結果的にやらかしたんだよ」


 マッコイよりも先に寮長となり、その分経験を積んでいるケイティーに、彼は今回の件についても〈どう対応したらいいか〉をそれとなく相談してきていたそうだ。同時に死神ちゃんからも〈匿ってくれ〉というメールを受け取っていたケイティーは、マッコイに「私に任せてみて」と言って彼を落ち着かせたという。
 死神ちゃんは見開いた目からボタボタと涙を流しながら、小さく声を震わせた。


「俺、最低だ……。心配して脱衣所にまで来てくれたあいつのこと、()()()()()って思った……」

「はい……?」


 ケイティーが顔をしかめると、死神ちゃんはポツリポツリと話しだした。
 死神ちゃんはおっさんから幼女に変えられてしまったことで、感情が体に引きずられて喜怒哀楽が激しくなった。それと同じようなことが、今回も起こったようであった。――つまり、うら若い女の体になったことによって、異性にムラムラときてしまったのだ。しかも最悪なことに、それは〈小花薫という男性〉自身の感情に起因するものではなく、完全に体に引きずられての女性の本能的なものだった。
 〈小花薫という男性〉にとって、ケイティーやアリサをはじめとする女性陣は異性であり、男性陣は同性である。だがそのどちらも、()()()()()()()にとっては〈半分、同性〉であった。だから、そのどちらにも()()()()()()()を示さなかった。しかしながらクリスとマッコイだけは、()()()()()()()にとって、心も身体も〈完全に異性〉である。そのため、二人にだけは何やらモヤモヤとしたものを感じることがあったのだ。


「最初は、そのモヤモヤとしたものが何なのか、分からなかったんだ。まさか、それが()()()()()()だっただなんて。――あいつが心配して俺の顔を覗き込んだとき、あいつ、戸惑いと恐怖の表情を浮かべていたよ。きっと、俺が()()()()()じゃないことに気がついたんだ。俺も、そんなもん気づきたくもなかった」


 死神ちゃんはそこで一旦言葉を切ると、顔を歪めて嗚咽が出そうになるのを飲み込んだ。そして苦しそうに声を絞り出しながら、再び話しだした。


「もちろん、友達としてだけれど。俺、あいつのことが好きだよ。あいつという()()のことが、俺は好きだよ。あいつの人となりが好きで、()()()()()()()()()から、だからよく〈体は男〉だっていうことを忘れてさ。そのたびに本人に苦笑されて。でも、そんなことが、あいつは嬉しいみたいで。――なのに、()()()()()は、あいつのことを()でしか見ていない。俺の思考や感情を無視して、体《そこ》しか見せてくれない。それは、あいつが一番嫌うことだというのも、俺は知っているはずなのに」


 幼女の体はたしかに感情が激しくて大変である。しかし未発達だからか、今まで通りの〈男である自分〉の思考でものを考え、感じることができていた。だが今のこの体は、男でも少なからず持ち合わせているらしい〈女の部分〉が増幅されすぎるらしく、そのせいで本来の自分を保てない。そのことを死神ちゃんは恥じ、悔しく思い、そして嫌悪した。また、まるで〈小花薫という男〉が失われそうで怖いとも思った。

 漫画などの〈お話〉の世界では、突如性別が変わってしまっても特に気にすることなく、むしろまたとない好機とでもいうかのように快楽に身を投じるということは、まああるかもしれない。そして、その相手が親友であり、互いに〈今までの関係〉に悩むことなく体を重ねるということも、〈お話〉の中ではまああるのかもしれない。しかし、そんな簡単に割りきって、簡単にそういうことが現実にできるかと言われたら話は別で、死神ちゃんは「自分には、そんなことは絶対に無理だ」と思った。
 それは〈自分という男〉を捨てて女になる――ということになるのではないか。一時的なことだからと割りきったとしても、だからといってそれは、自分を大切にしていないのではないか。体に変化があったからといって、理性が本能に負けたことに変わりはないのでないか。
 また、一時の気の迷いで、大切な友情を壊しかねないことに及んで良いわけがない。そもそも相手だって、そんなことを望んでなんていないだろう。それに、もしもそのようなことをしでかしてしまったとして、壊れる友情はひとつではない。ひとつの友情が壊れることで、複数の友情が連動して壊れてしまうことは避けられない。


「あいつは、あいつだけは俺がこんな姿になっても変わらぬ態度で接してくれたんだよ。あいつだけは俺がこんな姿になっても、俺を〈|小花薫《俺》という男〉として見てくれたんだよ。それなのに、体のせいとはいえ、あいつが一番嫌うようなことを一瞬でも思った俺は、本当に最低だよ。こんなことになるのなら、元の姿に戻りたいだなんて、もっと幸せになりたいだなんて、願わなければよかった」


 死神ちゃんと向かい合って座っていたケイティーは、死神ちゃんの隣へと移動した。そして肩を震わせて俯く死神ちゃんに腕を回すと、死神ちゃんの頭を抱え込むように抱き寄せた。


「願わなければよかっただなんて言うなよ。お前だけ姿を変えられて、お前だけそれを我慢しなければならないだなんて、そんなこと、本来はあってはならないことなんだから。だから、これからだって絶対に諦めなくていいんだよ。――それに、お前は何も失っちゃいないだろ。しっかり理性を働かせて、ここに逃げてくることで、失いたくないもの全てをしっかりと守ったんだから。……お前の大切なものは、私にとっても大切なものだから。私も一緒に守るからさ。だからもう、泣くなよ」


 死神ちゃんはケイティーに縋り付いて泣いた。ケイティーはただ黙って抱きしめ続けてくれた。

 ケイティーの計らいで、死神ちゃんは元の姿に戻るまで有給を取得し、彼女の部屋に引きこもって過ごすこととなった。といっても何日も鳴りを潜めたわけではなく、翌々日の朝には元の幼女の姿に戻った。
 その日ちょうど休日だったケイティーに付き添われて、死神ちゃんは〈あろけーしょんせんたー〉にて一日中検査を受けた。そして検査が終わった夕方、死神ちゃんはケイティーに連れられて別の課の居住区の中にある公園へとやってきた。彼女の後ろについてとぼとぼと歩いていた死神ちゃんは、その先にいる人物に気がついてはたと足を止めた。

 死神ちゃんの視線の先には小さな噴水があった。そのレンガ造りの淵の部分に、マッコイが背中を丸めてぼんやりと座っていた。どうやら彼はケイティーに呼び出されたらしく、彼女に気がつくと疲れた顔に僅かながらの笑みを浮かべた。そしてすぐさま、彼は表情を失い硬直した。しかし彼はゆっくり立ち上がると、戸惑ったまま動けないでいる死神ちゃんの元へと近づいていった。


「膝、汚れるから……」


 死神ちゃんはなおも戸惑ったまま、マッコイに声をかけた。マッコイは死神ちゃんと視線が合うようにと側に膝をつくと、そのまま抱きついてきたのだ。しかし彼は死神ちゃんが声をかけると、腕の力を強めて更に身を寄せてきた。
 きっと死神ちゃんが〈自分という()を失いそうで怖い〉と思ったのと同じように、彼も〈自分の知っている死神ちゃんがいなくなってしまうのでは〉と思って怖かったのだろう。しかし、そんなことを一切口に出すことなく、彼はただただ死神ちゃんを抱きしめてきた。そんな彼のことを、死神ちゃんも何も言わずに抱きしめ返した。

 マッコイは死神ちゃんから身を離してニッコリと微笑むと、ただ一言「帰りましょう」と言った。死神ちゃんはじわりと涙を浮かべて顔を歪めると、彼とケイティーに謝罪と感謝を述べた。マッコイは控えめに笑いながら、一度視線を地面に落とした。しかし顔を上げると、今度はすっきりとした笑みを浮かべていた。
 お夕飯は何が良いかしら、と言いながら先を歩き出した彼を、死神ちゃんはケイティーと一緒に追いかけた。そして彼の隣に並ぶと、死神ちゃんは「お前の作るものなら、何でも」と言って、いつも通りの笑顔を浮かべたのだった。




 ――――自分らしくと願ったことで、自分を失いかけるとは思わなかった。自分というものが、こうも脆いものであるとも思わなかった。でも、それを知ったことによって、自分が思っている以上に自分は友人たちに大切に思われているということも知った。「彼らがいれば、どんなに辛く苦しいことでも乗り越えられるし、幸せである」と思い、彼らの存在に死神ちゃんは感謝したのDEATH。

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