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23.偽りの平穏②

 宿屋を出て五分、受付嬢が言っていた屋敷の前にやってきた。
 四階建ての豪邸で、いかにも権力者が住んでいそうな佇まいをしている。
 窓から明りが漏れているところを見ると、ちゃんと人は住んでいて、今も起きているらしい。

「ごめんくださーい!」

 俺は大きく豪勢な扉を力いっぱいノックして、近所迷惑だと言われるくらい大きな声で呼んだ。
 すると玄関先に誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえて――

 ガチャッ!

 扉が開いた。

「どちら様でしょうか?」

 中から現れたのは、黒いタキシード姿のダンディーな男だった。
 格好からして、この屋敷の使用人だろうか。

「夜分遅くに申し訳ない。領主と話がしたいのですが」

「……」

 男は軽く睨むように俺を見てきた。
 警戒されているようだ。
 まぁ当然だよな。
 自分でも怪しいっていう自覚はあるよ。
 仕方がない――

「俺たちは王国の命で、魔王討伐の旅をしている者です。協力していただけないでしょうか?」

「王国から……少々お待ちください。ただいま確認してまいります」

 そう言って男は扉を閉じた。
 俺は肩の力を抜いてため息をこぼす。

「よかったのか? 素性をバラしてしまって」

「しょうがないだろ。あのままじゃ絶対追い返されてたし」

「まぁそうじゃろうな」

「後はあれだ。今の話を、領主が信じてくれるかどうか」

 王国と魔王の名前は出したし、味方なら信じてくれる可能性は高いんじゃないだろうか。
 もし敵だった場合、この場で一斉に襲われるかもしれないけどね。
 そうなったときのために一応警戒しておこう。

「おいルリア、あんまり離れるなよ」

「近寄るなよ! 気持ち悪いな!」

「こいつ……」

 可愛くないガキだな。
 というか、何で俺もこんなに気にしてるんだ?
 やっぱりあれか、シルクの妹だから守らないとって本能的に思ってるのか。
 自分でもよくわからないな。

 ガチャッ!

 扉が再び開いた。

「お待たせいたしました。我が主より面会の許可がおりましたので、中へお入りください」

「感謝します」

 どうやら信じてくれたらしい。
 まだ警戒は怠れない、不意打ちで襲われるかもしれないからな。
 そう考えつつ、男の案内で屋敷へ入った。
 屋敷の中は予想通り豪勢で、いくつも部屋があり、壁には彫刻やよくわからない絵が飾られている。
 出迎えてくれた男以外にも、数名使用人の姿は見受けれれた。
 
「プラム、どう?」

「うむ、今のところ人間以外の気配はないのう」

「そっか」

「じゃが気を抜くなよ。何かしらの術で隠しておる可能性もあるんじゃ」

「わかってるよ」

 そうして二人で話しているときも、ルリアは少し離れて後ろを歩いていた。
 周囲を警戒するより、俺たち、というか俺を警戒しているようだ。

「やれやれ……」

「こちらになります」

 男の案内され、領主が待つ部屋の前に到着した。
 男はトントンとノックし、領主に到着したことを伝える。

「入ってくれ」

 中から別の男の声が聞こえた。
 少しかすれ気味で、低く重い男の声だった。
 扉を開けて中を覗くと、大統領が座っていそうな大きな椅子と机に、その男は佇んでいた。

「あなたが、この街の領主……」

「左様、私がエルドワール家七代目当主、ウィルソン=エルドワールです。勇者様ご一行、遠路遥々よくぞお越しになられました」

「……俺たちは勇者じゃないですよ」

「ですが王国より魔王討伐を命じられたのでは?」

「それは合っていますが、勇者たちはもういません。ご存じないですか?」

「存じ上げておりますよ。ですから新たな勇者様かと」

「勇者はシンクです。俺はただの……いえ、とにかく俺は勇者じゃありません。ただ魔王を倒すために旅をしているだけです」

「……どうやら複雑な事情をお持ちのようですね。どうぞそちらに腰掛けてください」

 察してくれたのか、領主はこれ以上聞かなかった。
 俺たちは彼にすすめられてソファーに腰掛け、案内してくれた使用人モルクの淹れたお茶を飲む。

「それで、何を知りたいのです?」

「全部です。この街に何があったのか。もしくはどうして何もなかったのか」

「……疑っておられるのですね」

「はい。一ヶ月前、魔王軍の侵攻があったはずです。ここはその通り道になっていたはずだ。にもかかわらず、街には侵攻の跡がない。なぜですか?」

「……話せば長くなるのですが」

「構いません」

「……わかりました。あれは奇跡としか言いようがありません」

 領主はもったいぶりながら話し始めた。
 彼の話によると、一ヶ月前に魔王軍は一度、この街に訪れているらしい。
 他の街と同じく、蹂躙されると領主も覚悟を決めたが、その日は偶然にも嵐が来ていた。
 視界は悪く、落雷に見舞われ、強風で進むことも阻まれる状況だったという。
 しかもそれが、この街の周辺にだけ起こっていたそうだ。
 悪天候によって指揮系統が乱れ、損害を受けることを危惧した魔王軍は、この街の領域を直ちに抜ける方を選択した。
 結果、侵攻にあいながら侵略されずにすんだという。

 この話を聞き終わった直後、プラムは馬鹿にするように笑って言う。

「おいおい、そんなアホな話があるか? 魔王軍が悪天候ごときで撤退するなど……お前、嘘を付くならもっとましな嘘を考えたらどうじゃ」

 彼女の言うとおりだ。
 魔王軍の部隊、それも四天王の一人が率いる精鋭が、雨風の影響で侵攻を断念するだろうか。
 これは明らかな作り話だと、俺も最初は疑った。
 だけど――

「いいや、嘘は言ってないみたいだぞ」

「何じゃと?」

「俺の眼がそう言ってる。この人は嘘を言っていない。今の話は本当らしいな」

 スキル【吼々(くく)】、相手の一言が嘘なのかどうか判別できる。
 対象は一人かつ一言だが、その結果は真だ。
 俺はこのスキルで彼の言葉を見たけど、どうやら本心で行っているらしいことが判明した。

「にわかに信じられんのう……」

「ああ、俺もそう思うよ」

「私に話せることは以上です」

 そうして、ここでの話は終わった。
 真実に対する疑念だけが膨らみ、帰り道は一言も話さなかった。

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