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13話 事件は解決したはずなのに。

 騒然とした声が絶え間なく、窓の外で木霊していた。
 タカヒロさん逮捕という急展開を受けて、吉野家を包囲しているマスコミは異様に興奮しているようだ。
「既にご存じだとは思いますが、タカヒロさんの身柄が確保されました」
「あの、夫は違うと言ってるんですよね?」
「ええ、容疑を否認しています」
「夫は犯人じゃないんですよ! 今すぐ釈放してください!」
カズミさんがソファーから落ちそうな程、身を乗り出してタカヒロさんの潔白を訴える。
「いや、無茶を言わんでください」
海堂警部は苦笑しながら仰け反って両手をかざす。
「もし無実だと分かったら釈放されますよね?」
「もちろん、無実だという証拠が揃えばそうなりますがね。しかし、困難でしょう。奥様にもいずれ署の方で事情聴取をお受けいただくことになると思いますがね。その時はお願いしますよ」
 海堂警部の言葉は最早、耳に届いてないようだった。
 カズミさんは絶望感に満ちた顔を伏せたまま、無言で項垂れていた。

「嘘ですよね……?」
海堂警部の話を聞き終えるなり、キョウさんは掠れる声で呟いた。
「残念ながら事実です。先程、逮捕され警視庁へ移送されました」
「お義父さんは横山が押し掛けてきたから、その時ナイフに指紋が付いたと話してるんですよね?」
「ユリ君たちから伝え聞いた話によると、そう語っていたそうです」
「これで指紋の謎は解けたじゃないですか。やっぱり、お義父さんは無実ですよ」
「しかし、その話が本当だという証拠は無いですからね」
「お義父さんが嘘をついているとおっしゃるんですか?」
「その可能性はありますね」
「お義父さんが人を殺すはずないですよ! 早く真犯人を捕まえて、お義父さんを釈放してくださいよ!」
 キョウさんは声を荒げながらソファーから立ち上がった。
 海堂警部はキョウさんを見上げながら両手をかざす。
「キョウさんまで無茶なことを言わんでくださいよ」
 キョウさんは肩で呼吸をしながら海堂警部を見下ろしている。
 深く息を吐くとソファーに座り直した。
「ユリさん、お義父さんは犯人じゃないですよね?」
ユリはその問いには答えず、無言のままキョウさんを正視している。
「彼もやましいことがないなら逃げたりしないでしょうからね。他の三人の殺害に関しても、いずれ証拠は固まるでしょう。全てが解決する日も近いという訳ですよ」
「そんな、そんなはず……」
「そういえば、小野のマンションに張っていたんですけどね。もう、その必要もなくなりましたよ」
「張り込みをやっていたのですか?」
「そうなんですよ。しかし、これで事件は解決しましたから引き上げさせましたよ。キョウさん、今まで色々とご迷惑をかけてすいませんでしたね。正直に言うと、一時期はあなたが死神だと思っていたんですよ」
「そんな、お義父さんが死神だったなんて……」
両手の肘を膝に乗せながら、頭を抱え込んで丸くなるキョウさん。
「嘘ですよ。嘘ですよ。嘘ですよ……」
 頭を抱えながら踞ったまま、キョウさんは悲痛な声で何度もくり返していた。

 テレビは大々的に報道特番を放送していた。
 電話が背後でひっきりなしに鳴り響き、テレビ局の人たちが右往左往している。
 背広姿の男性キャスターが喋り出す。
「くり返しお伝えしていますが、横山タクヤさん殺害の容疑で全国に指名手配されていた吉野タカヒロ容疑者の身柄が確保されました」
 画面はパトカーで護送されていく映像へ切り替わった。
 無数のフラッシュがたかれ、画面が何度も白く光る。
「吉野容疑者を乗せた車が警視庁へ入っていきます! 遂に身柄が確保されました!」
 女性レポーターの甲高い声が響く。
 画面が一時停止してカメラがズームする。
 タカヒロさんの疲れ果てた顔がフロントガラス越しに映る。
 あの時は無我夢中で恐怖なんて感じる暇もなかった。
 でも、今思えばよく飛びかかっていったものだ。
 いくら復讐の為とはいえ、この人があんな残虐な犯行を重ねたのか。
 大切な人を奪われた故の凶行とはいえ、やっぱり信じられない。
 ユリは今、どんな気持ちだろう? 
 キョウさんが死神ではなかったと分かり、安堵しているようには見えない。
 パトカーを見送った時の表情を見る限り、複雑な心境なのだろう。
 キョウさんが相当なショックを受けているから、事件の解決を素直には喜べないのだろう。
 そんなことを考えながらテレビを消そうと思った、その時だった。
「ユウちゃん」
「ユウキ」
ユリとマリの声が背中に聞こえて振り返った。
 白と赤。
 二人は今日、買ったばかりのコートを着て立っていた。
「今から出掛けるよ」
 ユリは真顔で言う。
 とても買い物や外食に行くような口調には聞こえない。
「出掛けるってどこへ?」
「小野さんのマンションだよ」
 恐いくらいの真剣な声で答えて、事務室の隅へ移動して金庫を開ける。
 何で小野さんのマンションへ行くのだろう? 
 もう事件は解決したはずなのに。
 ベレッタを金庫から出すユリの背中を、僕は不安な思いで見守っていた。

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