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旅立ち

 そんなこんなで、音楽院入学の日まで、私は演奏三昧の日々を過ごした。
 とは言え、家族の目の前で弾くのは最初ものすごく怖かった。設定上コントラ=(私の場合)バイオリンってことになってるけど、実際に使っているのはコントローラー。出した時点で『なんじゃ、そりゃ!?』って言われても仕方ない。でも、誰一人そんなツッコミをいれる人はお父様ですらなかったし(ま、使用人なんかは言いたくても言えないと思うけど)試しに部屋の姿見の前で演奏してみたら、鏡の中の私はフツーにバイオリンを抱えて優雅に演奏してたのよね。中途半端なVRみたいで吹き出してしまって、もうその時のスコアはボロボロ。つくづく本編が始まる前に確認して良かったなと思った。

 そして、入学の日の朝、カエラちゃんは久しぶりに私の身支度を手伝ってくれた。正直なところ中身庶民の私にはアシストなんて必要ないんだけどね。
「リーゼロッテ様、なんか喜んでおられません?」
生まれ育ったお屋敷を離れる悲壮感がぜんぜんないとカエラちゃん。……バレたか……
 確かにここは主人公リーゼロッテの生家だし、私はまぎれもなくリーゼロッテ本人なんだけど、中身は日本人のOL。まぁ、ゲームはやりつくすぐらいやったけど、それはゲームとしてで、ここで生活したのは数日。それで家族や使用人、ましてやこの屋敷に愛着なんてわくわけがない。正直、この無駄にでかい屋敷は移動がすでにメンドい。それに比べて音楽院の部屋は、日本の私のアパートよりはデカいけど、ワンルームだし、まだ許容範囲。何より、マナーに目を光らせる人がいない。だからといって、無茶するつもりはぜんぜんないけど、自由な気分ってマジ大事よ。
 私は家族に挨拶をすると、自分愛用のバイオリンを抱えて馬車に乗った。するすると馬車が走り出す。異世界ものの王道のみたいに揺れでお尻が痛くなることもなく快適に進む。まぁ、ゲーム上ではスチル画像一枚で済む所だから、細かい設定なんてしてないんだろうと想像する。
 ただ、爵位の低い我が家の領地は音楽院のある王都からは離れているので、道のりは長く、音楽院に着くまで3泊4日もかかった。そーいうのは、スキップしてくれてもいいと思うけど……あ、テロップで『4日目の朝、私は音楽院に着いた』っていうのが流れたか……
 長い長い馬車の旅を終えて、私はまたバイオリンケース一つ抱えて馬車を降りる。同時に音楽院の下働きだと思しき人が、あっという間に荷物を私の部屋に運んでいく。そりゃもう、猫のマークの引っ越しセンターも真っ青な速度で進んでいく『お片づけ』。ものの数分も経たない間に、荷物は私の部屋に収まって、ならどーして馬車移動はスキップじゃなかったんだと改めてクレームを申し立てたい気分になった。(しかし、どこに? 運営? なんか違う気もするけど)

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