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15話 週末の約束

 刀祢が心寧に頼まれて剣道部へ行ってから10日が経った。今では頻繁に心寧がお弁当を持ってきてくれるので、朝からガッツリと早弁ができる。

 早弁については心寧から散々、注意を受けたが、刀祢の食事習慣は朝食と夕食に偏ってしまっている。家でもガッツリと朝食を食べているが、どうしても朝は腹が減る。莉奈にも注意を受けたが、空腹は最高の調味料だ。刀祢は早弁をやめなかった。

 今日も心寧の持ってきたお弁当を早弁していると、杏里が元気に登校してきた。自分の席に鞄を放り投げて、そのまま莉奈と心寧の元へ走っていく。


「今日、3年生のギャルお姉さんに聞いてきた情報なんだけど、すごいの!」

「今度は何の情報なの? 今度はキチンとした情報なの?」

「今度は良い情報だよ! 自信あり―――!」


 また3年生の教室へ遊びに行っていたらしい。3年生の男女は杏里のことをよく可愛がっている。しかし天然で、何でも信じ込む杏里は3年生達のよい玩具になっているとしか考えられない。


「この街にあるハイキングコースの山あるじゃん。頂上に神社がある所」

「高嶺山のハイキングコースね。小さい頃、行ったことがあるわ」

「中学の時、心寧と一緒に遠足でいったわね。思い出すわ」


 街の外れにある標高1000mほどの山で名は高嶺山という。車でも走れるハイキングコースが完備されていて、多くの人達がハイキングコースとして愛用されている山だ。


「あの山の神社ってパワースポットらしいの!神社に男女で行って、お願いごとをすると、縁を結んでくれるんだって!すごいでしょ!」

「あの神社って、縁結びの神社だったの? 私、知らなかった!」


 杏里は胸を張って莉奈と心寧に言っているが、これは100%杏里をからかったデマ情報だろう。そんな話を今まで聞いたこともない。杏里は全く疑う様子もなく、鼻息を荒くして報告している。

 杏里はその神社に直哉と一緒に行きたいらしい。杏里はギャルで友達というか、知り合いは数多いが、やはり彼氏には直哉が良いようだ。ある意味一途といえる。

 直哉が登校してきた。自分の席へ鞄を置いて、そのまま刀祢の元まで歩いてくると、刀祢の対面の席に座る。


「俺が剣道部の男子に稽古をつけてるのに、なぜ刀祢がお弁当を心寧に作ってもらってるんだ。おかしくないか?」

「それは心寧に言ってくれ。俺はもらっているだけだからな」

「少しは2人共、気づけよな!」

「何を?」

「俺は別に良いけどさ」


 直哉は剣道部の男子達と仲良くなったらしく、頻繁に剣道部へ顔を出し、男子部の稽古の指導にあたっている。


「直哉には面倒かけると思ってるけど、男子部と仲良くなったのは直哉だ。俺は剣道部の稽古を行けとは言ってないぞ」

「何か不公平感を感じただけだ。なぜ俺が稽古をつけてるんだろうな」

「それは直哉が決めたことだろう。俺は何も言ってないぞ」

「別にいいんだけどさ」


 直哉の話しでは剣道部の男子達は、刀祢達が試合に勝った日から真面目に稽古に励んでいるという。直哉が基礎から教えているので、段々と様になってきたという。

 今度、刀祢も顔を出してみようと思う。もちろん稽古をつけるつもりは一切ない。

 直哉から剣道部の男子達の件を聞いていると、杏里が勢いよく走って来て、直哉の目の前でピタッと止まる。そして嬉しそうに直哉の顔を覗き込む。


「直哉ー。今週の休み、私と一緒にハイキングコースの神社に行こう。とっても良いことが起こるよ。私と2人で行こうよ!」

「刀祢、いったい杏里は何を言ってるんだ? 刀祢は何か知っているのか?」

「知らん。心寧と莉奈に聞け!」


 直哉が何のことだという目で刀祢を見る。説明するのもバカらしいので、刀祢は早弁に専念することにした。


「私と一緒に高嶺山の神社に行こうよ!」

「行ってもいいが2人はイヤだ。もっと大勢のほうが楽しい」

「それじゃあ、刀祢と心寧をさそって、Wデートだね!」

「ブファ――!」


 思わず口から弁当を噴き出しかける。なんということを言い出すんだ。杏里の大声は心寧の耳にも入った。心寧は慌てて走ってくる。


「杏里、どうして私が刀祢とデートしないといけないのよ。そんなのダメよ」

「その言葉はそのまま返させてもらう。なぜ俺が心寧とデートしないといけないんだ。断らせてもらう。心寧とデートなんて考えたこともない」

「私だって同じよ。なぜ刀祢とデートしないといけないのよ! それに、どうして私が刀祢に断られないといけないのよ!」


 刀祢と心寧の口喧嘩が教室内に響き渡る。クラスの皆は興味深げに2人を観察している。刀祢と心寧はお互いに顔を見ないように首を横に向ける。

 莉奈がおっとりした足取りで自分の席から刀祢達の元へ歩いてきた。心寧は莉奈の腕を掴んで、早口で今の状況を説明している。すると莉奈がにっこりと笑って刀祢を見る。


「刀祢君、心寧のどこが気に入らないのかしら。学校でも有名な美少女よ。ちょっと莉奈、刀祢君とゆっくりとお話したいな」

「莉奈、良く聞いてくれ。いくらなんでも心寧と俺がデートをするのはおかしいだろう」


 刀祢は姿勢を正して、汗を流す。刀祢は莉奈が苦手だ。莉奈は外見はおっとりしているが、内面はしっかり者でお姉さん的存在である。刀祢は莉奈には人間的に全く勝てる気がしない。莉奈の説教は優しくて長い。その間、刀祢の精神をガリガリと削られる。それだけは避けたい。

 それでも刀祢にも言い分がある。すこしの言い訳ぐらいはしたい。


「さっきの口喧嘩は心寧のほうが先に俺を断ってきたんだからな。だから俺も言い返しただけだ。だから、今回は俺は悪くない」


 すると莉奈はゆったりと笑みを深くする。


「あのね、刀祢君、男子からのデートの誘いは断っていいの。でも女子からのデートの誘いを無下に断ってはダメなの。それが世界共通のマナーよ。女の子は繊細で傷つきやすいんだから、男子と同じに扱ってはいけないの」

「そんな世界共通の常識なんて聞いたことねーよ」

「では、刀祢くんは心寧が傷ついてもいいのね?」

「そんなことは言ってない!」


 それを聞いた直哉は、自分にも被害がくるのではと、腰が浮いている。

 仕方ないわね、というように莉奈が目を伏せてため息を吐く。


「今週の休日にハイキング、私も一緒に行くわ。それだとデートではなくて、仲良しの友達5人でのハイキングになるわよね。そのほうが楽しいわ。刀祢君もそれだと納得できるわよね?直哉くんもそれでいいわよね?」

「俺も皆でハイキングに行けば楽しいと思ったよ。Wデートと言われて驚いただけだ。週末のハイキング、楽しみにしておく。その代り、お弁当などは全部女子で作ってくれよな。荷物は俺達が持つからさ」

 刀祢はそう言って、まだ食べかけのお弁当に箸をつけた。

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