4-7. 東の森の調査
キマイラ襲撃から数日後、東の森の入り口に、またもやカウンシル全員とユウリが揃っている。
学園長からの依頼で、件の襲撃を調査をすることになった。
把握・管理しているはずの危険種が、その生息地域を外れて人を襲うということは、あってはならない。
さらにそれが、王族や貴族の集まる学園周辺に現れたということで、教会はこの問題を、より慎重に扱うことに決めたらしい。
少しでも気になることがあれば必ず報告するように、と告げて、ラヴレは苦笑した。
「まぁそれは建前なのですよ。今回の件は、あまりにも不自然な点が多すぎる」
何らかの作為的な要素を懸念しているような口ぶりのラヴレに、呼び出されたヨルンとユウリはその命令に従うしかなかった。
「なんで、お前がいる」
「う」
(それは、私が一番聞きたい!)
ユージンに問われて、ユウリは恨めしそうにその長身を見上げる。
確かに、ユウリの魔力は安定してきている。
《始まりの魔法》も、上達した。
短時間ではあるが、機械時計なしで魔力をコントロールすることも出来た。
けれど、あのキマイラ戦でユウリが出来たことといったら、身体を張って隙を作るぐらいだった。
——役立たず
決して卑屈になっているわけではなく、ユウリは自分の正しい評価としてそう思う。
何故足手纏いでしかない自分までも呼んだのだろうかと不思議だった。
ラヴレにそう尋ねても曖昧にはぐらかされてしまって、余計に気になる。
「よく分からないけど、学園長の命令なんです」
「ふん、ヨルンと何やらコソコソとしていると思ったら、そういうことか」
「はい?」
「わからないのか?」
見下すような、憐れむような瞳のユージンが次の言葉を紡ぐ前に、ユウリはヨルンの外套に包まれた。
「わ」
「ユージン、ダメだよ」
「いいのか、こいつはわかってないぞ」
二人の視線の間にパチリと火花が散った気がして、ユウリはどきりとする。
一体、なんだと言うのだろう。
「あれれれー、いつの間に三角関係になっちゃったの?」
「……リュカさん、緊張感って言葉、知ってます?」
呆れたユウリに言われても、リュカはくすくすと笑って、ユージンとヨルンを覗き込んでいる。
「ヨルン、俺は教えてあげたほうがいいと思うよ」
「……」
「同感だな」
隣に立ったロッシがリュカに同意し、レヴィも頷いている。
「あの、話が全く見えないんですが……」
頭の上に浮かぶ疑問符が見えそうなユウリに、ヨルンが溜息を吐いて、観念したように告げた。
「学園長は、あの襲撃が《始まりの魔女》を狙ったものなのかもしれないと危惧してる」
「え……」
「だからこの調査中、ユウリの魔法が必要なくらいの、危険があるかもしれないって」
ユウリの心臓が、ドクンと脈打つ。
確かに、そう考えてみると、タイミングが合いすぎているような気がする。
まるで、機械時計を外したユウリの魔力が溢れるのを待って、狙いを定めたかのように、彼女のいる広場まで一直線に現れた
(誰かが、私を狙っている……?)
——何のために
——否
——私は、知っている筈だ
——だから、二人は
酷い頭痛がして、ユウリの思考はまとまらない。
真っ青になって黙り込んだ彼女の頭を撫でて、ヨルンが心配そうに覗き込む。
「ごめんね、怖がらせて。何かあっても、俺たちが全力で守るから」
「おまえはこいつに甘すぎる」
ユージンが溜息をついて、ユウリの腕を取る。そのまま外套の中から引きずり出されて、彼女は困ったように彼を見上げた。
人の意思を無視する強引さは相変わらずだが、その瞳は何か強い光を放っている。
「守られるだけの存在に成り下がる気か」
「!」「ユージン!」
痛い所を的確に突かれて、ユウリは一瞬目を逸らしたくなった。
でも。
「嫌です」
「ユウリ」
「もう役立たずなのは嫌です。ヨルンさんに甘やかされるのも、本当はとっても捨てがたいんだけど、私は私を守ってくれる人を、同じように守りたい」
よし、と短く呟いて、掴んでいた手を解いてからユージンが森の中へと進みだすと、それまでぽかんとしていたヨルンが苦笑して、くしゃりとユウリの髪を撫でた。
「ごめん、俺が過保護すぎた」
「いいえ! 私が甘え過ぎたんです。……二人で、怒られちゃいましたね」
ふふ、と笑うユウリの顔に、先程の不安は見えなかった。
ユージンに促されて、元気よく駆けていく彼女を、ヨルンは慌てて追う。
「わかってはいると思うけど、ユウリの《始まりの魔法》は不安定なんだからね! 無理しないように」
「俺が側にいれば問題ない」
「俺たち、でしょ」
ヨルンが隣に並んで、拗ねたようにユージンを睨んだ。
それを見て、多分二人とも結構過保護なのかもしれないな、と思ったことを、ユウリは黙っておくことにする。
「俺も入れて四角関係になろうよ、仔猫ちゃん」
抱きついてくるリュカを、ユウリはとりあえず《始まりの魔法》でぶっ飛ばしておいた。