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是正8

 まずはハンバーグ公国が置かれている状況について確認しておこう。
 世界の眼は流石に無理ではあるが、それでも魔力視であればハンバーグ公国全土ぐらいは視界に収める事が出来る。それどころか、今のボクでも人間界ぐらいは全域視界に収められるが、それでも結局情報を処理するのはボク自身なので、視界を拡げたところで解る量は大して変わらない。まあ今回はハンバーグ公国の国境付近に限定して調べてみればいいので、それなりに解るはずだ。
 まずは魔力視の視界を拡げていく。魔力視は常時発動しているが、情報を処理出来る量が限られているので、基本的に肉眼とあまり変わらない範囲しか視ていない。特に最近はあまり必要ではなかったし、情報処理能力を他へと回したかったから怠っていたな。
 そんなことを考えながら視界を拡げてみると、ハンバーグ公国の国境付近に大量の魔物を発見する。相変わらず凄い量で、ハンバーグ公国の周囲は魔物だらけだ。
 これをよく防いでいられるなと思ったが、その一端は直ぐに解った。どうやらハンバーグ公国は、防御結界をハンバーグ公国周辺だけに規模を縮小して運用しているようだ。そのおかげで人間界全体を覆っていた時よりも防御結界の防御力が向上しており、修復速度もかなり向上している。

「・・・ハンバーグ公国は、人間界よりも自国を護る事にしたようだね」
「はい。ですがそれは、防御結界の修復が追い付いていない状況と、他国の防壁が抜かれた事を把握したハンバーグ公国側が検討した結果です」

 ボクの呟きをプラタは直ぐに理解して、そう教えてくれる。確かにこの現状では人間界全土に防御結界を張っていても意味はないだろう。それでも思いきった決断をしたものだ。

「そのおかげで修復速度はギリギリのところで拮抗しており、妹君達とハンバーグ公国の兵士達の護り程度でも現状を維持出来ているという訳です」
「なるほど」

 確かに国境付近に人が集まっているし、防御結界の外にも何人も人が居る。その中でも一際活躍している強大な魔力の存在が六つ確認出来た。これがオクト達だろう。

「・・・想像以上に強くなっているな」
「それでもご主人様には及びません」
「まぁ、単体であればそうかもしれないけれど・・・」

 プラタの返答に少し苦笑してしまう。確かに一対一であればボクが確実に勝つだろう。二対一でも問題なく勝てる。三対一だと少し苦労しそうだが、多分勝てる。四対一だと苦戦するな。それでも勝てそうだが。五対一だと長期戦を覚悟しなければならないかもしれない。それでもおそらく勝てるだろう。では六対一だとどうかだが、魔法道具とか駆使していいのであれば勝てる。魔法と普通の武術だけであれば、半々ぐらいかな。勝利は危ういかも。
 勿論多人数で戦う場合は連携や相性などで強さは変わるが、この六人であればその辺りは問題ないだろう。つまりは、人間界に居た頃よりも成長した今のボクでも、相変わらず骨を折る強さという事。まあ今回は全員ハンバーグ公国の兵士を連れてはいるが、実質全員単独だ。
 それでも強い。中級の魔物など敵ではないだろう。数ですら意味を成さない。しかし、勝利条件にハンバーグ公国の死守でもありそうだから、その辺りで魔物にも勝機がありそうだな。
 他のハンバーグ公国の兵士達は並み以上なれど、それでもあまり役には立たない。なので、六人が倒し損ねたのをせっせと相手にしているようだ。

「・・・・・・それにしてもオクト達と魔物、足して全部で十体居ない?」
「はい。四体はそれぞれの影の中に。ただ、それとは別に二体を森の方へと偵察に出しているようですが」
「全部で魔物が九体? 一人三体創造したって事?」

 現在のボクもフェンとセルパンとタシで三体だ。これで上限という訳ではないが、傍に控えさせるにはあまり多すぎても大変なのだ。

「いえ。妹君達が四体と三体。もう一人が二体です」
「四体創造したのはオクト?」
「いえ、違います」
「そう。ノヴェルの方か」
「はい」

 それはまた凄いものだと思いながら、意識を集中させて影の中の魔物を確認してみる。影の中に居る魔物は分かりにくいからな。特に気配を消すのが得意な魔物だと、そもそもボクでは存在も感知出来ない。

「・・・うーん。影の中の魔物も強いね。これなら簡単には落ちなさそうだな」

 それでも上級の魔物で数を揃えたうえで、一点に集中して攻めてくれば無理だろうが、それにしても創造したという魔物が全体的に強い。現在のタシでは、一番弱そうな魔物相手に一対一でも分が悪そうだ。

「それで、いかがなさいますか?」
「そうだな。森の現状は?」
「上級の魔物が増援で向かう準備をしていますが、それでも些か数が足りないでしょう」
「うーむ」

 このままいけば、予想以上に長期戦になりそうだ。それでも結果は変わらない。いくらオクト達の戦力が増していようとも、今の森は何だかおかしな事になっているのだから。でなければ、ナイアードやアルセイドが敗けたりはしない。アルセイドは敗けそうなところを助けられたので、正確には敗けてはいないのかもしれないが。そんなのはどうでもいいか。

「今の状況で声を掛けても断られそうだからな」

 オクトとノヴェルだけであれば、もしかしたら手を取ったかもしれないが、そこにクル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエさんが加わる事でその可能性が潰えている。
 どうも三人一緒に行動するようになって、最強位というものの責任をオクト達が理解して手伝い始めたようだからな。実に迷惑な話だ。
 今のところ考えられる作戦は、まずは均衡が崩れるのを待つ。
 現在攻めている魔物達だけではそれは不可能だろうが、しびれを切らした指揮を執っている魔物が、新たな魔物を戦線に投入するのは既に判明している。それも上級の魔物を加えた援軍だが、それでもまだ均衡を崩すまでには至らないのは予測済みだ。
 というよりも、おそらくその増援の存在はオクト達も既に把握しているだろう。創造した魔物を二体偵察で森へと送っているぐらいだからな。
 そのうえで戦うのだから、これでは全く足りない。その次の増援ともなれば変わってくるだろうが、果たしてそれにはどれだけの時間が必要なのか。こちらもやる事があるのだ、ここで待っているだけなど時間の無駄でしかない。
 では他にはだが、強引に連れていくという方法。現状では説得なんておそらく無理だと思うので、もう面倒だから強制的に連れていっちゃえというやつである。だがこれをやった場合、恨まれるだろう。それではわざわざ助けた意味がない。
 次は、魔物側に手助けをする。そうすれば、早々に均衡は崩れる事だろう。
 それか待っているのも面倒なので、一旦戻って、均衡が崩れたところで戻ってきて助けるという方法もある。これはプラタが世界を監視出来るからこそ可能な芸当だな。
 もしくは、いっそもう諦めるという道もある。
 この身体になってオクト達とは初対面なのである。兄さんの身体を借りていた頃の記憶があるから助けようとしているが、正直近しい他人程度にしか親近感を抱いていないので、切り捨てようと決断する事も出来た。無論、全くの他人ではなく、一応好感を抱いている相手なので、即切り捨てるという決断は難しいが。
 それでも不可能ではないので、そういう選択肢も存在している。結局ジャニュ姉さんも救えなかったし、それを選んだところで今更だ。
 あとは洗脳紛いの事をして認識を変えるとか、魔力を奪って邪魔をするとか、まあ色々考えられるだろう。
 だが、どれもイマイチだな。今のところ一旦帰るか、魔物に手を貸す辺りが有力かな。
 これも想像以上に魔物を創造していたのと、その強さのせいだろう。現状六人でハンバーグ公国を護っていて、うち人間が三人だが、交代要員である魔物がその分控えているのだから上手くいかない。

「はぁ。ここは一旦国に帰って、危なくなるのを待った方がいいかな?」
「ご主人様の御心のままに」

 プラタが頭を下げる。まぁ、プラタにとっては人間界もその中身も興味ないからな。

「じゃあ、一旦戻ろうか。その後はまたプラタの世話になるけれど」
「御任せ下さい」

 そこまで考えて、そういえばここまで来たのだから、クリスタロスさんのところに行ってもいいなと思い出す。何だったらそこで時間を潰せば、プラタの手を煩わせずとも自力で何とかなる。
 それにあそこには訓練場もあるし、クリスタロスさんと久しぶりに話をしてもいいか。
 ユラン帝国はもうないかもしれないし、それに伴いユラン帝国内に在ったジーニアス魔法学園も潰れてしまったかもしれないが、ダンジョンまでは大丈夫だろう。それに、もしもダンジョン内まで魔物が侵入していたとしても、様々な罠やそこに生息している魔物を越えるのは直ぐに終わるものではない。なにより、クリスタロスさんのところへと辿り着くのであれば、門番でもあるフェネクスを倒さなければならない。
 あの名前だけは無駄にかっこいいおっさん顔の鳥には、中級の魔物程度では束になっても敵わないだろう。以前にクリスタロスさんから聞いた話によれば、何やらあれから強化されたようだし。
 なので、クリスタロスさんのところは、現在の人間界における数少ない安全地帯となる。ボクにはそれは関係ないが、遊びに行っても問題ないという点では意味があるだろう。近いし折角だからそちらにお邪魔しようかな。

「ああ、その前にクリスタロスさんのところに行ってみるよ。それでもこちらが長引くようなら国に戻る事にする」
「・・・承知致しました」
「プラタはどうする? 来てもやる事はないと思うけれど」
「御一緒してもよろしいのですか?」
「いいよ。といっても、前と同じで本当に何もやる事ないけれど」
「では、御一緒させていただきます」
「ん。まぁ、プラタが大丈夫ならいいよ」

 プラタには国のあれこれを色々と任せているので、本来であればここに居るような暇もないはずだが、本人がいいと言っているのだから大丈夫なのだろう。もしかしたら、もう後進の育成でもしているのかな?
 何にせよ、プラタが大丈夫と言った以上、本当に大丈夫なのだろう。喫緊の事態でもないこの程度の用事であれば、流石にプラタでも国の事を優先してくれるだろうし。
 そうと決まれば、まずはもう一度魔力視で現状を再確認した後、大きな変化はなさそうなので、背嚢からクリスタロスさんのところへの転移装置を取り出してから、プラタが近くに居るのを確認して、久しぶりに転移装置を起動させる。
 それに伴う一瞬の浮遊感と意識の漂白を味わってから、見慣れた岩肌がむき出しの場所に到着する。
 近くにはダンジョンの入り口へと繋がる転移装置が変わらず青白い光を放っていたが、それよりも、久しぶりにこの場所の主であるクリスタロスさんの姿を目にした。相変わらず転移してきたのを即座に感知して出迎えに来てくれたようだ。

「いらっしゃいませ、ジュライさん。お久しぶりですね」
「お久しぶりです。クリスタロスさん。お世話になります」

 まずは挨拶を行う。ここに来たのも随分と久しぶりだな。
 クリスタロスさんは相変わらず中性的な見た目の女性だ。声音も中性的なので、服装次第ではどちらともとれそう。
 そういえば、ドラゴンの住まう山麓に存在していた天使族の国は、死の支配者の手によって亡んだのだったか。という事は、クリスタロスさんは数少ない天使族の生き残りという事になるな。
 そういった話もした方がいいのだろう。クリスタロスさんの案内でまずはクリスタロスさんの部屋まで移動して、そこで懐かしい机を目にした後、変わらず置かれていた、半ば指定席になっていた椅子に腰掛ける。
 それを確認したクリスタロスさんは、お茶の準備をしに奥へと消えていった。
 ボクの隣にはプラタが腰掛けているが、特に会話をする事もなくクリスタロスさんが戻ってくるのを静かに待つ。
 それから少しして、奥からお盆を持ったクリスタロスさんが戻ってくる。
 机の前に到着したクリスタロスさんは、ボクの前と自分の席の前に湯呑を置いて、ボクの向かい側に腰を下ろした。プラタは飲食出来ないので、プラタの前に湯呑は無い。どうやら覚えていてくれたようだ。
 クリスタロスさんが席についたところで、改めて挨拶をする。その後に話に入ったが、長い間来ていなかったので、話す事は色々とあった。
 まずは人間界を出た話。その際のあれやこれやを掻い摘んで話していく。天使族の事とか、現在人間界を魔物が襲っている事とか先に話した方がいいのかもしれないが、順序立てて話すのも大事なことだ。それに急ぎではないからな。天使族は亡んでから結構時間が経っているし、人間界の事もここでは他所の出来事だ。
 人間界を出て、その後に荒野を探索してから迷宮都市に向かった事、そこで見た物や国を興した事など簡単に纏めて話していくが、それでも結構な長さになる。途中何度か湯呑を空にしては、新しくお茶を注いでもらったが、相変わらずクリスタロスさんの淹れてくれたお茶は美味しかった。熱いので一気に飲めないのも丁度いいのかもしれない。話していく内にお茶が冷めていくし。
 そうして会話が進み、天使族が亡んだ話もしたが、クリスタロスさんは「そうでしたか」 と、小さく口にしただけだった。しかしそこには、ボクには解らない複雑な感情が込められているような気がした。少なくとも、国が亡んで悲しい程度の単純な想いではなかったと思う。
 それからも話は続き、もう何杯目のお茶かも分からないほど湯呑を空けた後、やっと現在の人間界の話に移った。
 現在魔物が攻めている様子などを語った後、プラタに現在の人間界の様子について問い掛ける。
 それにしても、ここで話を始めてどれぐらいが経過しただろうか? 極力短く話そうと心掛けたが、それでもかなりの長さになったと思うし、何となく一日ぐらいは経過していそうだ。こうして話終えたところで一気に疲れてきたというか、眠くなってきた。
 しかし、今は寝る訳にはいかないので、プラタの話に意識を集中させていく。

「現在の人間界は、ハンバーグ公国以外は滅亡。ハンバーグ公国は依然として勢力を維持しておりますが、森の中を含めても標的がハンバーグ公国しか残っていないので、現在ハンバーグ公国へと集中攻撃が行われております。その際に幾度か上級の魔物も投入されましたが、それらは全て撃退されました。しかしそれを踏まえて戦力を分析されたようで、既に相当数の上級の魔物が用意され、それに加えて元々の森の支配者層も追加されるようです」

 それはまた凄まじいと思ったが、色々疑問が浮かぶ。まず冷静に考えるまでもなく、上級の魔物が大量に居る時点でおかしいだろう。

「上級の魔物がそんなに居るの?」
「はい。既に上級程度の魔物であれば、森の一角を埋め尽くせるぐらいには森の中には存在しております」
「・・・・・・そんなに居るの? なんでまた急に」
「魔物の中に圧倒的な支配者が生まれたからです」
「・・・ああ、だから元々の森の支配者層なんてものが増援部隊に加えられるのか。という事は、今まで支配していた魔物達は、現在支配している魔物の軍門に下ったという事?」
「はい。現在は以前の様に複数体での分割統治ではなく、一体の魔物を頂点とした統治となっております」
「そうか。随分と強力な魔物が生まれたんだね」
「はい。おそらくオーガスト様が生み出された魔物かと」
「・・・・・・納得したよ」

 兄さんが創ったのであれば、間違いなく規格外の強力な個体だ。それを確信出来る程度には兄さんの力は理解出来ている。
 しかしあんな森の中に置いていくぐらいだから、おそらく相当手加減して創られた個体なのだろう。とはいえ、そうだとしても正直、その魔物はボクでも勝てないかもしれない。
 強い魔物が複数体で支配していた森をあっさり支配してしまうぐらいだ、もしかしたら、フェンやセルパンが可愛く思えるほどの強さという可能性すらあるもんな。本当、兄さんが絡むと何でも厄介な事になるものだ。
 つくづく兄さんは強さの次元が違うな。それにしても、もしもその魔物を兄さん創造したのだとしても、一体何の為に創造したのだろうか? いくら兄さんでも無意味に創造したとは思えないが。
 そうは思うも、分かる訳もないので直ぐに意識の外に流す。
 まあとにかく、そういう事であれば、その魔物が魔物創造を行使しているという事なのかな? 創られる魔物は基本的に術者の強さも反映されるので、術者がそれ以上に強いというのも当然の認識だ。
 それも大量の上級の魔物を創造した事を考えれば、相当なもの。少なくとも一体一体それなりに丁寧に創っただろうから、結構時間も掛かっただろう。
 そうして準備にしっかりと時間を掛けたという事は、かなりの知能を有していそうだ。
 さて、あとはいつその増援が送られるかだ。流石に聞いた限りの魔物であれば、オクト達の護りを突破出来るだろう。そうなれば、オクト達も話を聞いてくれるかもしれない。問題は、その前にオクト達が死んでしまわないかだが。
 ジャニュ姉さんの時を参考にすれば、護りを抜かれただけではなく、ある程度侵攻が進んでいなければ話は聞いてくれないだろう。もう手遅れぐらいにはしなければ。
 ただ、オクトとノヴェルに関しては別に最強位という訳ではないので、そこまでいかなくとも手を取ってくれるかもしれない。いくら最強位の責任を理解したとしても、最期まで付き合う義理は無いはずだし。
 ・・・うーん。しかし、オクトもノヴェルもあれで割と頑固者だった記憶があるから、素直に話を聞いてくれるかどうか。クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエさんとも馬が合ったのか結構仲がいいみたいだし、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエさんが最期までハンバーグ公国を護るつもりであれば、二人も死ぬまで付き合う可能性もあるだろう。それになんといっても、あの二人もジャニュ姉さんの妹だしな。
 これは考えれば考えるだけ面倒な気しかしてこない。何だったらハンバーグ公国が亡ぶまで生きていて、それを目の当たりにしなければ避難もしないかもしれない。
 そう考えれば、もう面倒すぎて帰ってもいいな。助けたいと思いはしても、そこまで付き合う義理は無い。というか、もうジャニュ姉さんで懲りた部分もある。あんな苛立ちを覚えるぐらいであれば、最初から見捨てた方がマシだろう。
 まぁ・・・・・・ここまで来て、そうもいかないか。一度ぐらいは声を掛けないと、後々思い出した時にでも後悔しかねないし。

「その魔物側の増援は何時頃人間界に到着予定?」
「もう進軍は開始され、包囲ではなく一点突破で攻めるようなので、あと一二時間程度かと」
「それは直ぐだね。しかし、その戦力で一点突破か。オクト達は戦力を分散せざるを得ない状況だし、これは確実に決まるか」
「はい。依然として全方位から中級程度の魔物が大量に攻めておりますので」
「なるほど。それにその強さの魔物となれば、いくら範囲を縮めたとはいえ、あの防御結界では保たないな」

 プラタから魔物側の増援の到着予定時刻を聞いて、思案する。増援が到着する前では早すぎるし、同時でも早い。遅れてがいいが、遅すぎるとオクト達は確実に死ぬだろう。

「プラタ。オクト達を死なないように援護出来る? 魔物にはハンバーグ公国を亡ぼしてもらうから、魔物を退治する必要はないからさ」
「御任せ下さい」
「よろしく」

 これで、とりあえず魔物との戦闘で死ぬ事はなくなった。
 魔物達は随分と賢くなったようだし、一部の魔物だけで足止めが出来ると分かれば、余剰戦力はハンバーグ公国への侵攻に向けるだろう。
 そうなれば、ハンバーグ公国は終わる。別に全方位から攻め落とす必要など全くないのだから。
 あとは、プラタの話ではどうやらオクト達は現在も平原で戦っているようなので、そこに釘付けにしたままハンバーグ公国を魔物達に蹂躙させ、もう手遅れだと理解した辺りで助けにいけばいいか。そもそも人間側に援軍が来る訳がないのだから、それに対して文句を言われても受け付けるつもりはないし。
 それに、そこで何か言われたら見捨てる事も出来るだろう。これはボクの中で区切りをつける為の儀式のようなものなのだから、助けられなければそれはそれでしょうがない。
 そう、しょうがないのだ。セフィラ達だけでも助けられてよかったのだ。もう記憶だけの過去などに引っ張られる必要はないのだから。
 自分に言い聞かせながらも、まだ時間が在るのでクリスタロスさんと話を続ける。修練をするには中途半端な時間だからな。やはり修練の途中で邪魔されるのはあまり好ましくないし。
 ただ、罠だけでも確認してみようかなと考えはする。それだけであれば大して時間は掛からないし。
 とりあえず、今度はクリスタロスさんの話を聞く。といっても、クリスタロスさんはここから一歩も外には出ていないので、そんなに話す事がある訳ではなかったが。
 それでもまぁ、面白い話はあった。どうやらフェネクスをまた強化してみたらしい。今では結構強くなったというが、どれぐらいだろうか。ちょっと気になるな。
 フェネクスの事は気になるが、フェネクスが居るのは、現在居るクリスタロスさんの居住区画の外。居住区画はクリスタロスさんの防御魔法で護られているので、ボクでは外の様子はあまりはっきりとは判らない。
 クリスタロスさんのような天使族が使用する魔法は、ボクが使用するような魔法とは体系が異なる様なので、それが影響してか、ボクの魔力視では外の様子は鈍くしか見えないのだ。
 そんな中でもプラタは問題なく世界の様子が解るようだから、やはりボクなんかとは格が違う。
 とはいえ、別に調べなくともクリスタロスさんに直接訊けばいいので、それを質問する。普通は手の内を晒す事になるので教えてはくれないのだろうが、クリスタロスさんは快く教えてくれた。
 それによると、単純に身体能力を向上させたのだとか。元々フェネクスは素早かったので、それが更に強化されたという事か。
 そんな話をしていると、プラタが増援が到着して攻撃が始まった事を教えてくれる。攻撃されているのはノヴェルらしい。
 あれから随分と時間が経過したので、ノヴェルもかなり疲労が蓄積されているらしい。しかしそれを含めても、相手を見た瞬間に影の中から交代要員であった魔物を全て放出しての防衛を判断したのは思いきった決断だと思う。

「初手から手札を一気に放出するとは、ノヴェルも思いきった決断をしたね」
「しかし、その決断は正しいかと」
「まぁ、そうだけど」

 魔物側の戦力は過剰なほどに多い。それに比べてノヴェルは、通常でも勝てないというのに現在は疲弊しているのだから、温存なんて考えていたら直ぐに蹂躙されてしまうだけだったのだろう。
 つまりは、出せる戦力を全て出すのは正し決断だったという事になる。もっとも、最善は逃げる事だったろうが。
 あとは各方面から援軍が駆けつけてくるだろうが、来るのは人間の魔法使いや兵士だろうから、残念ながら役には立ちそうも無いな。
 つまりは現有の戦力のみで戦うという事だが、話を聞く限りでは相手にならないだろう。ノヴェルも十分強くなったし、創造した魔物達も優秀だ。しかし、それでも相手が悪すぎる。
 正直、ボクでも長時間の戦闘後に、上級の魔物の群れやら元支配層の相手は勘弁してほしいぐらいだし。負ける事はないだろうが、かなり疲れる事は確実だろう。面倒な事この上ない。

「という事は、予想よりも少しは保ちそうだね」
「はい。そして、当初の予想よりも追い込まれるかと」
「そうか。上手くいってくれればいいけれど」

 手札を全て晒しても勝てない相手な訳だし、追い込まれるのは早い方がいい。しかし、小出しにした方が直ぐに追い詰められただろうから、残念ながらもう少し待つとしよう。その分、全力でも勝てない相手というのは理解出来ると思う。
 そこまで打ちのめされれば、手を取ってくれる可能性も上がるかもしれない。まぁ、結局はなるようにしかならないだろうが。
 それからも少しクリスタロスさんと話をした後、一度訓練所に行って罠の様子を確認することにする。
 クリスタロスさんに許可を貰って訓練所に移動する。久しぶりの訓練所だが、変わったところは無い。
 設置してある罠もほとんど変化していなかった。それにしても、今視るとこの罠はかなり雑だな。もっとやりようがあるのだが・・・。
 それが成長したから言える事なのは承知しているが、それにしても雑だな。

「プラタ、まだ時間はある?」

 罠をどうしようかと考えながら、付いてきているプラタにそう問い掛ける。勿論ノヴェルの事だ。

「はい。現在は妹君も善戦中です」
「ほぅ」
「しかしながら戦力は把握されてしまったようで、余剰分はハンバーグ公国へと侵攻を開始。既に防御結界は破壊され、防壁は崩壊しております」
「ふむ。防御結界が消えたという事は、他の方面にも影響があるか」

 各方面でオクト達が防衛していたが、完全に防衛しきれずに抜けられる事もかなり多かった。
 それはしょうがない事なのだが、その際に防御結界が役に立ち、それで足止めしている間に兵士達が相手をしていた。中級の魔物程度であれば、人間でも何とかなったらしい。
 それがずっと続いていたので、その侵攻を防ぎつつ足止めをする防御結界が一部とはいえ消えたという事は、各方面からも弱った防御結界を抜けてハンバーグ公国へと侵入してくる可能性が出てきたという事になる。中級の魔物であれば、防壁など足止めにもならないだろう。
 つまりは、もうすぐ各方面から魔物が押し寄せてくる事になる。これはもう終わっただろう。
 あとはオクト達が諦めてくれるのを待つばかりではあるが、果たしてどうなるか。心が折れたら一番楽だが・・・いや、それはそれで面倒くさいから、その直前ぐらいで助けられるのが一番かな?
 そんな計算をしつつ、まだ少しは時間がありそうだと分かったので、まずは目の前の雑な罠を分解して消滅させる。
 それから罠を創り直そうかと思ったが、ここで創っても当分はここには来られないのだから観察出来ないので、意味なさそうだなと思い直し、創り直すのは止める事にした。
 まぁ、分解して回収できただけ収穫にはなったかな。設置したままだったのがずっと気になっていたから。

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