4-3. ナディア奔走
青髪の長身が、カウンシル塔へ続く通路に人影を認めて声を掛ける。
「そこで何をしているんですか」
びくりと肩が震え、くりくりとしたスミレ色の瞳が恐る恐る声の主を仰ぎ見た。
「君は確か、ユウリ殿のご友人……」
「ナディア、ですわ。 ご機嫌いかが、フォン様……でよろしかったかしら?」
ええ、と短く答える彼の視線は、先程の質問を再度問いかけるようにナディアを鋭く射ぬく。
彼はフォン=バイヤーと言って、ここカウンシル塔の『|門《ゲート》』管理を始めとするセキュリティ全般を請け負っている警備室の責任者だ。
彼の屈強な容姿と厳密な入塔管理から、カウンシル塔への入塔許可取得は、別名『青の審査』とも呼ばれている。
そんな人物を前に、誤魔化せるはずがないとわかって、ナディアは溜息をつくと正直に答えた。
「執務室にいるユウリに、会いに来たのですわ」
「入塔許可は出来かねます」
まだ本題にすら入っていないのに、フォンはナディアの意図することを即座に汲み取って、次に来る提案をはねつける。
真っ向から拒否されてもなお、彼女は何かを思い悩むように瞳を伏せ、意を決したように顔を上げた。
「どうしても、会わないといけないの」
「お呼びしましょうか」
ナディアは首を振る。
ユウリは、多分来ない。
彼女の部屋でのお茶会の後、ナディアはユウリの態度がよそよそしくなったことに気づいた。
しかも、実技の授業を欠席しているようで、座学の時間が終わると逃げるように執務室へ行ってしまうユウリを、ある日無理やり掴まえて尋ねてみると、
『ナディアのせいじゃないんだけど、ちょっと今は合わせる顔がない』
などと言う曖昧な返事が返ってきて、呆然としている間に振り切られてしまった。
あのお茶会で、自分はとんでもなく失礼なことをしてしまったのでは、と考えて、ナディアはふと違和感を覚える。
楽しく話も弾んだはずのお茶会。
始終にこやかで、自分が取り寄せたお茶もユウリの焼いてくれたタルトも美味しくて。
けれど彼女は、そこでした会話を何一つ覚えていなかった。
そして、その後、自分の部屋のベッドで目覚めたところは鮮明に覚えている。——いつ戻って横になったかも分からないのに。
ナディアは、お茶会の最中に何かあったのだと確信した。
ユウリか、それとも他の誰かが、禁止されている記憶操作の魔法を使わなければならなかった。
それが許されるのは、危険が迫った時もしくは、学園の秩序を守る時。
ナディアは推理する。
あの時、自分は何か
学園長命令でカウンシルに守られる少女。最高権力まで用いて、徹底的に隠される真実。
そこまでしなければならないほどの秘密を、あの小さくて柔らかな体が抱えているかと思うと、胸が詰まる。
そして、悔しくなる。
ナディアがもっと強ければ、彼女を守れるのだろうか。
どんなに隣にいてもひとりで闘おうとする張り詰めたその心が、和らぐのだろうか。
自分の力がないばかりに、友人だと言ってくれたユウリの全てを受け止めることを許されない。
それが、ひどく悔しい。
だから、ナディアはユウリに会わなければいけなかった。
会って、伝えなければいけない。
「授業が終わってから、また彼女の部屋に行ってみますわ」
「そうですか。もし伝言が必要でしたら、いつでも自分に言ってください 警備室か、警備団とこの辺りを回っていますから」
「ありがとうございます、フォン様」
そう言って、ナディアが駆けていくのを、フォンは訝しげに眺める。それは、大抵の授業が行われる本講堂とは完全に反対方向だった。
ナディアは、医務塔へと走っている。
未だ止んでいない嫌がらせで、以前より減ったといっても、ユウリは定期的に医療品を貰いにオットーを訪ねていた。
そこで待てば、顔を合わせられるかもしれない。
そう期待しながらナディアが医療塔の扉に手をかけた時、ざわりと周りの木々が揺れた。
森の方に目をやると、竜巻でも起きたかのように、木々がうねり、粉塵が巻き上がっている。
(何かしら)
不安になったナディアは、念の為防御障壁を張って、その現象へ向かっていった。
森の入り口付近にやってくると、パキと薄氷を踏みつけたような音がして。
(な、なんなの、この魔力は!)
障壁にヒビが入る質量の魔力が、ナディアを襲う。
目を凝らすと、前方の広場に人影が見えた。
駆けよって行こうとして、ナディアは足を止め、瞠目する。
「ナディア……」
真紅の眼をした彼女の友人が、その魔力の中心に立っていた。