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「うふふ」祖母と妖精はたがいに顔を見あわせ、おかしそうに肩をすくめて笑った。「そうよ、二人とも当時は自分の名前のみじかさに不満を持っていて、それで自分たちできれいで長い名前をつけて呼びあっていたの」祖母が説明する。

「へえ」父は、理解はしたけど意味がわからなさそうな顔と声で返事した。

 けれど私は、ものすごくよくわかった。

「すてき!」なので私は、両手を組みあわせてさけんだ。「いいなあ、そんな名前、私もつけたい! ポピーもみじかすぎるもん!」

「まあ、そうね」祖母は私を愛しげにみつめた。「たしかに、フリージアときたら自分の名前が長すぎて自己紹介のときめんどくさいなんて言ってて、だからあなたの名前は短く『ポピー』にしてしまったのよ。私は反対したんですからね、あまりにもみじかすぎてかわいそうだ、って。ほらやっぱりね」

「ああ、そういえば」父も、母との昔のやりとりを思い出したようだった。「ぼくにも、私を呼ぶときは『フリー』か『リージ』、どうせなら『リー』でいいって、よく言ってたっけ」

「んまあ」祖母は嘆かわしげに額に手を当て空を仰いだ。「そんな、男の名前みたいな呼び方を」

「ポピーメリアはどう?」妖精――ハピアンフェルがきらきら輝きながらそう提案してくれた。

「わあ、素敵」私は心の底から感激した。「ポピーメリア、その名前にする! ありがとう、ハピアンフェル」

「どういたしまして、ポピーメリア」ハピアンフェルは空中でくるくる、きらきらと回った。

「よかったわね、ポピーメリア」祖母もますます愛しげに微笑んで私の髪を撫でた。

「そうかなあ……ポピーでいいと思うけども」父がものすごく小さな声で言ったけれど、皆聞えない振りをしていた。



「そうか……私の家のまわりに時々やってきていたのは、ハピアンフェル、あなただったのね」妖精からいままでの話をくわしく聞くことになり、祖母はうなずきながら言った。

 辺りはいまだ、祖母の魔法――ヴェニュウによって、暗闇に包まれていた。

 そうしないと、ハピアンフェルの姿を見失ってしまうからだ。

「でも、ガーベランティがあのすてきなお家の住人だということはまったく知らなかったの」ハピアンフェルはふわ、ふわ、と白く輝きながら話した。「ただキャビッチ畑を見て、懐かしいなって思ってただけ」

「そうだったの……私もてっきり鬼魔が来ているのだとばかり思っていて、あなただとは思いもしなかったわ。ねえハピアンフェル、あなたはこの何十年ものあいだ、どこにいたの?」祖母はたずねた。

「私は……私たちはいま、ある人たちに、飼われているの」ハピアンフェルの答えは、私たち全員が思わず息をのむほどに、おそるべきものだった。

「なんですって」祖母が声をかすらせた。「飼われて……いる?」

「なんということだ」父も、ささやくように声をふるわせた。

「だれが?」私は『飼われる』ということばが本当にはなにを意味するのか、たぶん父や祖母ほどにはわかっていないのだろうけれども、ただそれがすごく、妖精たち――この小さな生き物にたいして失礼きわまりない、ひどいことなのだというのだけは感じていた。「だれがそんなことを?」

「ええと」ハピアンフェルは少し考えた。「アポピス、類?」

「なんだって」叫んだのは父だった。「アポピス類――ヘビ型鬼魔の?」

「やっぱりな」ユエホワのつぶやき声が聞こえ、全員がそちらを見た。

「ユエホワ!」父が呼び、

「まあユエホワ、大丈夫? ごめんなさいね、ポピーがあなたにまでキャビッチをぶつけてしまって」祖母が私に代わってあやまった。いや、なんであやまる必要があるんだろう?

「あ、大丈夫、です」ユエホワはラクナドン類の背中の上でのそのそと起き上がり、祖母にぺこりと頭をさげた。「痛かったけど」ごく小さく、言わなくてもいいことをつけたす。

 私はかたく口をとざしていた。

「ユエホワソイティ」ハピアンフェルが緑髪鬼魔に声をかけた。「気分はどう?」

 全員が一瞬、おしだまった。

 私のなかでは、前にいちど、その名前が呼ばれるのを聞いた記憶がよみがえっていた。

 それは誘拐されたユエホワを森の中から助け出して、そこから脱出する直前に聞こえた声だった。

 あれはつまり、ハピアンフェルが呼んだものだったのだ。

 ユエホワは聞こえなかったかのように、返事もしなかった。

「ユ」父がもういちど呼んだ。「ユエホワ」

「俺、このまま鬼魔界へ戻ります」ユエホワはぼそぼそと告げた。「あいつら――アポピス類のこと、ちょっと確認したいから」

 そしてラクナドン類の背中をぽんっと叩くと、海竜型鬼魔はばさりと翼をはためかせ、ユエホワを乗せたまま空たかく飛び上がっていった。

「あ、う、うん」父は思わず手をさしのべかけていたが、さすがに祖母のいる前で自分もいっしょに乗せていってもらうことはできなかったようで、ちょっと悲しそうな顔をしながらも、あきらめていた。

 私も何も言わずにいたが、ほっとしていた。

「気をつけてね、ユエホワ」祖母だけがムートゥー類に気づかいのことばを下から投げかけた。



          ◇◆◇



 母には、ツィックル便で事情を説明し、祖母の家に私も父も泊まらせてもらうことになったと伝えた――事情というのはつまり、父が旅に出る前に祖母にあいさつしたいというので祖母の家に立ち寄るとちゅう、また妖精と、妖精をあやつる鬼魔に出くわしてしまい、祖母もいっしょに闘ってくれてなんとか撃退したが、終わったころはもうすっかり日がくれていた、という事情だ。

 まあちょっと、事実とはちがうかもしれないけれど。

 母からの返信は、すごく驚いたし心配だけれど、無事ならばよかった、おやすみなさい、お母さんありがとう、という、わりと短めのものだった。



「アポピス類に飼われることになってから……私たちは、彼らのためにいっしょうけんめいに働いてきたわ」ハピアンフェルは、祖母がお皿のうえに敷いたツィックルのやわらかい葉っぱの上にすわり、話してくれた。

 ツィックルの葉は、生まれたてのころはとてもやわらかくみずみずしい黄緑色をしているけれど、成熟すると黒っぽいぐらいに濃い緑色になるため、その上にいればハピアンフェルの白く光る小さな姿を見失わずにすむ。

「だけど、そもそもどうしてアポピス類があなたたちを飼う、なんていうことになってしまったの? いったい誰がそれを決めたというの?」祖母は、それが誰なのかわかりしだい、話し合いに出かけてゆきそうなようすで熱心にたずねた――その話し合いにおもむくときの祖母の手の上には、きっと赤くまたたくキャビッチが乗せられていることだろうと、私にはたやすく想像できた。

「それは、いまもわからないの……あのころは私も、ほんの小さな子どもだったものだから、ただ大人のいうことにしたがうほかなかったのよ」ハピアンフェルは少しだけつらそうな、かなしそうな顔をした。

 私は、だれかがそういう表情をするのを見ると、いつも胸のまんなかに剣をさされたみたいに、ぐっといたくなってしまう。

 そうして――

「当たり前に助けなきゃって思うだろ」

 なぜか、ユエホワの声がそう聞こえた。

 そうだ。

 以前、ユエホワにそんなことを言われたことがある。

 だって、それは当たり前じゃない?

 ユエホワはたしかそのとき、そんなことを思うのは私が子どもだからで、誰しもがそれを当たり前に思うわけじゃない……みたいなことを言っていた。

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