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第155話 七夕★襲来

 休日。死神ちゃんが目を覚ますと、テーブルの上に二枚の短冊が置かれていた。死神ちゃんは眠たい目を擦りながら、それを訝しげに見つめて首を傾げた。

 朝食をとりながら、死神ちゃんはマッコイに〈謎の短冊〉の話をした。すると彼は、嗚呼と表情を明るくすると「そう言えば、もうそんな季節だったわね」と言った。


「そんな季節って、もしかして七夕か? この世界にもあるのか」

「ええ。ただ、アタシたちの世界のアジア圏にあるような七夕ではなくて、どちらかというとクリスマスみたいなものなのよ」

「は? クリスマス?」

「ええ、そう。それね、願い事を書くと、天狐ちゃんのお母様のもとに届くのよ。城下町に住んでいる皆さんと、天狐ちゃんと親しくしている人限定のイベントでね。〈娘がお世話になっている皆さんに〉ということで、特製の短冊が配布されるのよ。それに〈ささやかながら欲しいもの〉を書くと、しばらくすると届くっていう仕組みなのよ」

「サンタさんか。むしろ、時期的にアレだな。お中元のカタログギフトみたいな感じだな」


 死神ちゃんが納得して頷くと、マッコイも苦笑いを浮かべた。彼は第二死神寮に住んでいた際に、寮の面々と一緒に〈天狐の体育の授業〉を担当していたため、その頃からずっと短冊を貰っているのだとか。
 死神ちゃんが相槌を打つと、食事の載った盆を持ったケイティーが相席してきた。死神ちゃんは朝の挨拶をしつつも、申し訳無さそうに眉根を寄せた。


「俺ら、もうすぐ食い終わるよ」

「ええ、そんな! |小花《おはな》のケチ! 夜勤を終えて帰ってきた私の癒しになってよ、デザート奢るから!」


 死神ちゃんが苦笑交じりに頷くと、ケイティーはいそいそと食堂の配膳口へと戻っていった。少しして、彼女はプリンとカットフルーツの盛り合わせを持って帰ってきた。プリンを死神ちゃん、カットフルーツをマッコイの前に置くと、嬉しそうに食事を食べ始めた。
 食べながら、彼女は「さっき、お前たちがしていた話だけど」と言った。コップを口に運んで口の中のものを飲み下すと、ケイティーは改めて口を開いた。


「願い事って、必ずしもモノじゃなくてもいいんだよね。私は〈弟が今どうしてるか〉を見せてもらったことがあるよ。――こいつが入ってきてくれたことで、可愛い弟も妹も両方同時に出来たから、そういうお願いしなくなったけど」


 ニヤニヤと笑いながらケイティーがマッコイの顔を覗き込むと、きょとんと目を|瞬《しばた》かせていたマッコイが顔からボッと火を吹いた。仲の良い彼らの様子をにこにこと眺めながら相槌を打った死神ちゃんは一転して思案顔を浮かべると、プリンの側面をスプーンの背でペチペチと叩きながら首を捻った。


「モノじゃなくてもいいのか。だったら、どうしようかな。何せ、二枚もあるからなあ」

「二枚も貰ったの? 普通、一人一枚なのに?」


 死神ちゃんとケイティーが不思議そうに見つめ合う中、マッコイが何やら腕輪を操作した。少しして、彼は再び腕輪を操作した。そして、にっこりと微笑んだ。


「二枚あるのは去年の分ですって。去年初めて天狐ちゃんが泊まりにきたあとに『新しく友達が出来て、お泊りにも行った』というのは聞いていたみたいなんですけれど、その時にはすでに短冊の発送が済んでいて渡せなかったから、その分も一緒にってことだそうよ」

「何だよ、おみつさんにでもわざわざ問い合わせてくれたのか?」

「いいえ、お母様ご本人に直接」

「はあ!? 直接!?」


 思わず、死神ちゃんは声をひっくり返した。天狐の母はこことは別の世界に住まう大妖怪で、しかも神の位にまで昇格し祀られているような存在である。そんな〈雲の上の人〉に気軽にメールが出来ることも驚きであるが、むしろ()()()()()()()()()()()()自体驚きだった。初詣の時にも灰色の魔道士とメールのやり取りをしたわけだが、今時の神様というのは通信機器を持ち歩くのが主流なのだろうか。
 死神ちゃんが呆然としていると、マッコイがしれっと「天狐ちゃんが初めてお泊まりに来てから、よくメールする仲になったの」と言った。ママ友か何かかとツッコミを入れて鼻を鳴らすと、死神ちゃんは煽るようにプリンを掻き込んだ。



   **********



 七夕近くになり、死神ちゃんは記入済みの短冊を持って、マッコイとともに天狐の城下町を訪れた。街中を縫うように歩きながら、死神ちゃんはマッコイを見上げた。


「お前は何書いたんだ?」

「人におねだりするような|年齢《とし》でもないし、頂くばかりで返せないのも申し訳ないから、毎年困るのよね」


 マッコイは困り顔で眉根を寄せながら〈日頃の感謝とか、そういうことを書いた〉というようなことを言った。たしか彼は、初詣の時にも同じようなことを言っていた。死神ちゃんは苦笑交じりに頷きながら、自分も似たような感じで書いたと返した。
 短冊を飾るための笹が並ぶ広場にやってくると、城下町に住む家族連れが笑い合いながら短冊をつけていた。子供が書いたと思しき短冊には〈お人形が欲しい〉などと書かれており、先日マッコイから〈クリスマスみたい〉と聞いていたとおりの状況に、死神ちゃんはほっこりと頬を緩めた。
 そんな微笑ましい雰囲気を|他所《よそ》に、鉄砲玉が地団駄を踏みながら絶叫していた。どうやら彼が短冊を飾り付けるたびに、彼の短冊が燃え上がっているようだった。思わず、死神ちゃんは呆れを通り越して表情を失った。


「なんだ、アレは」

「参加資格が無くても、短冊を飾ること自体は出来るのよ。――よっぽど、よろしくない願い事でも書いたんじゃないかしら」

「あー……。あいつのことだから、初詣の時みたいにハーレムでも願ったのかもな」


 ヘッと乾いた笑いを浮かべながら、死神ちゃんは鉄砲玉に背を向けると、彼がかじりついているものとは別の笹に短冊を飾り付けた。



   **********



 数日後の休日。天狐と遊ぶ約束をしていた死神ちゃんが着替えをしていると、無線を知らせる光を腕輪が放った。無線の相手は天狐で、彼女は何やらキャアキャアと騒いでいた。彼女があまりの高音域で捲し立てるので、死神ちゃんは内容をほとんど理解出来なかった。すぐ行くから落ち着け、と伝えると、死神ちゃんは慌てて寮を飛び出していった。

 天狐の天守閣に着くと、死神ちゃんは何者かの突進を受けた。犯人は案の定、天狐だった。どうしたのかと尋ねると、彼女は勢い良く顔を上げた。瞳が嬉しそうに|燦々《さんさん》と輝いていた。


「お花っ! びっくりなのじゃ! 朝っ! 朝起きたらのっ!?」

「ちょっと待て、落ち着け。もっとゆっくり話してくれよ」


 死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、天狐は興奮でピンクに染まった頬をフウフウと膨らませた。すると、奥の方から天狐を呼ぶ柔らかな女性の声が聞こえてきた。声に遅れて姿を現した()()()を見て、死神ちゃんは驚きで目を丸くした。――()()()の姿はたった一度だけ、〈あろけーしょんせんたー〉で見たことがあった。


「えっ、天狐のお母さん……?」

「初めまして、小花はん。いつも天狐ちゃんがお世話になっております」


 十二単を纏った女性が、そう言ってたおやかに微笑んだ。死神ちゃんが呆然としたまま固まっていると、天狐の母は何やらひらひらとしたものを掲げた。――それは、死神ちゃんの書いた短冊の〈二枚目〉だった。
 いくらお中元代わりとはいえ、友達の母親に〈これが欲しい〉とお願いするのもなと思った死神ちゃんは、短冊にお手紙を書いた。そして、いつも天狐とおみつに世話になっていることへのお礼を書き連ねていたら一枚では収まりきれず、二枚目に「いつか、直接お会いしてお礼が言えたら嬉しいです」と書いたのだった。


「いやまさか、こんなに早くお会いすることになるだなんて……。分かっていたら、手土産のひとつでも用意したんですけれど」

「お気になさらいで。急なことどしたし。それに、お世話になっとるのは、うちのほうどすし。――マコはんともお会いでけると思ったんどすが、いらっしゃれへんのどすか?」

「マッコは今日はお仕事なのじゃ! 母上、あとで〈しゃかいかけんがく〉するのじゃ! わらわとお花が案内するのじゃ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを表現する天狐を、天狐の母は頷きながら愛おしそうに抱きしめた。そんな彼女たちの姿を眩しそうに見つめながら、死神ちゃんはちょっぴり幸せな気持ちをお裾分けしてもらえた気分になった。そしてほんの少しだけ、暖かい家庭っていいなと羨ましくも思ったのだった。



 ――――なお、マッコイとご挨拶を果たしたお母様は、「灰色様からもらった」と言ってアルデンタスのサロンの無料券を懐から取り出しました。そして、勤務が終わったら二人で行こうと約束を取り付けておりました。……微笑ましく眺めながらも、心の中で「やっぱりママ友かよ」とツッコミを入れたのは内緒なのDEATH。

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