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第154話 死神ちゃんとばあちゃん

「小銭稼ぎで死体回収を行う冒険者っているじゃない。最近ね、それをやってるおばあちゃんがいるのよ」

「お前がそういう話を伝聞調でしないの、珍しいな」


 死神ちゃんが目をパチクリとさせると、マッコイは苦笑いを浮かべで「先日、遭遇したのよ」と言った。
 管理業務を行う班長達は交代要員が出社してくると、引き継ぎ業務を行いながらダンジョンにも降りていく。平社員である死神ちゃん達よりも出動回数は少ないものの、きちんと死神業務も行っているのだ。その数少ない貴重な出動時に、マッコイはそのお年寄りと遭遇したのだそうだ。


「ていうか、ご老人が死体回収って、まるで老々介護みたいだな……」

「いやだ、|薫《かおる》ちゃん。それはさすがに、ちょっと不謹慎よ」


 マッコイが顔をしかめると、死神ちゃんは頭を掻きながら平謝りした。マッコイは気を取り直すと、その遭遇したお年寄りについて話し始めた。どうやら彼女は人探しでもしているようで、死体は勿論のこと、ここそこを徘徊するモンスターにも突進していくのだとか。


「アタシもね、そんな調子で抱きつかれたのよ。アタシに対して驚きもしないどころか感極まってハグしてくる人、初めてで戸惑ったのよね」

「マコ姉《ねえ》、その人、私もこの前遭遇したよ!」


 死神ちゃんが目を|瞬《しばた》かせていると、横合いからクリスも会話に割って入ってきた。死神ちゃんは首を捻ると、ぼんやりと言った。


「ばあちゃんの勘みたいなものが、その探し人とお前らが似ているとでも伝えているのかね」

「それって、おばあちゃんが探しているのは、こっちの世界で言うところのオカマさんだってこと?」

「もしくは、かなりの美形さんとかな」


 死神ちゃんがさらりとそう言うと、マッコイとクリスが頬を真っ赤に染め上げた。クリスは眉根を寄せると、不服そうな顔で口を尖らせた。


「薫って、すぐそういうこと言うよね。良くないと思うな。それ、下手したらセクハラだよ? ていうかどうせ、美形なのはマコ姉だけでしょ」

「何言ってんだよ、ハーレ◯イン顔してるくせに。ていうか、事実を言って何が悪いんだ。――ていうか、死体やモンスターにも隔て無く突っ込んでいくんだろ? だったら、そもそも見た目とか性別とか関係ないんじゃないのか?」


 死神ちゃんは何故かプスプスと不機嫌を露わにするクリスに、顔を歪めてイーッと歯を剥いて不機嫌を返すとダンジョンへと降りていった。



   **********



 死神ちゃんは前方にご老人の姿を確認した。そういう話をすると確実に遭遇するな、と思いながら顔をしかめると、死神ちゃんはご老人の元へと歩いて行った。骸骨姿な上にとり憑き時には各種演出が入るマッコイのことすら恐怖に思わないどころか喜々として抱きついてくるのであれば、死神ちゃんが何をしても無駄だと思ったからだ。
 それにしても、年齢制限がないとはいえご老体にこのダンジョンはキツいだろう。にも関わらず、度々ダンジョンを訪れては冒険者達の死体を回収して回っているというのは、もしやこのご老人は若かりし頃に相当の猛者だったのだろうか。
 死神ちゃんを目視で確認したご老人は、心配の色を表情に滲ませると死神ちゃんへと駆け寄ってきた。


「おやおや、お嬢ちゃん。こんなダンジョンに一人でいたら危ないだろう。ばあちゃんが一緒に、地上まで着いて行ってやろうね。――ほら、飴ちゃんでもお食べ」


 肩を捕まれ、頭を撫でくり回された死神ちゃんは、差し出された飴ちゃんを受け取りながらも首を傾げた。――何故、俺には抱きついてこない。
 死体やモンスター、果ては死神にまで喜々として突進していくと聞いていたので、自分にも抱きついてくるのではと死神ちゃんは思っていた。しかし、実際にはいつも通りの〈迷子の子対応〉をされただけだった。彼女が抱きつきに行くものには、一定のルールでもあるのだろうか?
 死神ちゃんはばあちゃんを見上げると〈死体回収をしながら、モンスターはおろか死神にまで抱きつきに行くご老人〉の話題を振ってみた。すると、ばあちゃんは照れくさそうにポッと頬を染めた。


「なんじゃ、ばあちゃんはそんな噂話にまでなっておったかえ。でも、ばあちゃんだって誰かれ構わず抱きつきに行っているわけじゃあないんだ。ばあちゃんにはな、たかしっていう、そりゃあ目に入れても痛くないほどのめんこい孫がおってな。たかしったら『冒険者になって一攫千金当てて、ばあちゃんに楽をさせてやるんだ』って言ったっきり、便りもないんだ。だからばあちゃんは孫のたかしを探しに来ているんだけれども、たかしと思しき〈めんこい、若い男子〉の香りがしたら、そりゃあ抱きつきに行ってしまうだろう」


 死神ちゃんは適当に相槌を打ちながら、苦笑いを浮かべた。彼女がモンスターや死神にまで抱きつきに行っていたのは、〈ばあちゃんの勘〉が「こいつからは〈めんこい、若い男子〉の香りがする。もしや、たかし!?」と彼女に伝えていたからだという。――たしかに、マッコイやクリスは外見だけで言えば〈めんこい、若い男子〉だ。そして自分は見た目は幼女だし、さらに言えばもう〈めんこい〉とも〈若い〉とも言いがたいおっさんである。そりゃあ、抱きつかれないわけである。
 それでも、死神ちゃんは何となくモヤモヤとした気持ちを抱えた。そして不服げにフンと鼻を鳴らした。すると、ばあちゃんが眉根を寄せて死神ちゃんを見下ろしてきた。


「おやおや。可愛らしい女の子が、そんな()()()()くさい素振りを見せたらいけないよ」


 死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をすると、小さな声で「ああ、はい」と返事をした。
 ばあちゃんは死神ちゃんの手を取ると、一階に向かって歩き始めた。途中、彼女はすれ違った冒険者の顔を食い入る様に見つめては不審がられていた。そして落胆したように俯き首を振ると「たかしじゃあなかった」と呟いた。
 さらに歩を進めていくと、死神ちゃん達の目の前にスケルトンが現れた。ばあちゃんは目をキラキラとさせると、死神ちゃんと繋いでいた手を離して突進していった。


「たかし!? たかしじゃないかい!? その歪みなく整った、綺麗な骨はたかしだろう!? たかしいいいいいいいいい!」


 叫びながら突進していくばあちゃんのラリアットが、スケルトンに綺麗に決まった。たった一撃で倒されアイテムへと姿を変えていくスケルトンを呆然と見つめながら、死神ちゃんは思わず叫んだ。


「ばあちゃん、強すぎだろう! それが本当にたかしだったら、たかし死んじまうんじゃないのか!? ばあちゃんさ、若かりし頃、何か武芸でもやってたのか!?」

「いやいや、女手ひとつで子育てしたくらいだよ。ばあちゃんが強すぎるだなんて、お嬢ちゃんはおかしなことを言うねえ」

「いやいやいや、子育てしただけレベルの強さじゃあないから! そんじょそこらの冒険者よりも強いよ、ばあちゃん!」


 穏やかな笑みを浮かべていたばあちゃんは、背後にゾンビがいることを確認すると、目を血眼にして振り返った。そして先ほど同様、彼女はゾンビに向かって突進していった。


「その皮の下から覗く、しなやかな筋肉! お前、たかしだろう!? たかしいいいいいい!」

「ていうか、ばあちゃん! ばあちゃんの〈めんこい〉判定が俺には理解できないよ! 何だよ、綺麗な骨とか、しなやかな筋肉って!」

「いやだよう、お嬢ちゃん。大事な判断基準じゃないか」


 倒したいのかハグしたいのかの判別がもはやつかないばあちゃんに死神ちゃんが顔をしかめると、ばあちゃんも同じように顔をしかめた。
 そんなことを繰り返しながら、二人はとうとう一階に辿り着いた。死神にとり憑かれた時特有の〈ダンジョンから出ることを阻まれる感覚〉に驚くと、ばあちゃんは教会へと足を運んだ。
 たかしが早く見つかるといいね、と言いながら死神ちゃんはばあちゃんと別れた。教会を出たところで、さあ姿を消そうかと死神ちゃんが思っていると、ちょうど一組の冒険者が前を通りかかった。


「なあ、たかし。たまには実家に手紙でも書いてやれよ。きっと心配しているぜ?」

「でも、そんなお金の余裕があるなら、少しでもいい装備に買い換えて、少しでも奥に行けるように準備して。そこでお金稼ぎして仕送りしたいんだよなあ。ばあちゃんに、美味しいものをたらふく食べさせたいし」

「でもさ、無事の知らせだって、それはそれで喜ぶもんだぜ?」

「やっぱ、そうだよなあ……」


 芋っぽい青年二人が、そんなことを言いながらダンジョンの奥へと進んでいった。死神ちゃんは壁へと溶けていきながら愕然とした表情を浮かべると、心の中で「〈若い〉しか合ってないだろう」とツッコミを入れた。そしてやはり、心の中で「たかし、今すぐ教会に寄って! ばあちゃんを安心させてやって!」と叫んだのだった。




 ――――孫が可愛くて仕方のないばあちゃんには、無条件でめんこいのDEATH。

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