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第153話 死神ちゃんと芸術家

 死神ちゃんは思わず表情もなくぽかんとした。ダンジョン内でティータイムを楽しむような呑気な冒険者は何度か見かけたことがあるのだが、さすがの死神ちゃんも()()は初めてだった。
 |植物系モンスター《プラント》を前にどっしりと腰を据えて何やら作業に取り組む〈|担当のパーティー《ターゲット》〉と思しき人物に近づいていくと、死神ちゃんは顔をしかめた。


「すみません。ここは写生大会の会場とは違うんですが。大会エントリーと冒険者登録、お間違いではないですか?」

「おお、もしや君は噂の〈喋る死神〉じゃないかね!? まさか、こんな可愛らしい幼女だったとは。よしよし。――ほら、君、鎌を構えてプラントの前に立って。……そうそう、そんな感じで」


 死神ちゃんの存在を認識しているところを見るに、どうやら彼は、れっきとした冒険者らしい。彼は笑顔で死神ちゃんの頭を撫で回すと、ポーズを取るようにと指示を出してきた。そして死神ちゃんが戸惑いながらもポーズを取ると、嬉しそうに頷いて作業を再開させた。
 つかの間、死神ちゃんは彼に乗せられてにこやかにポーズを決めてじっとしていた。しかし、だんだんと苛々してきた死神ちゃんは急に不機嫌な表情を浮かべると、つかつかと彼の元へと歩み寄った。


「だから、ここは写生大会の会場じゃあないんだよ!」

「あああ、何するんですか!?」


 死神ちゃんはそうがなりながら、彼の目の前にある画板を地面へと叩き落とした。彼はしょんぼりと肩を落とすと、絵描き道具を片付けだした。死神ちゃんはフンと鼻を鳴らすと、叩き落としたままの状態となっていた画板を覗き込んだ。そして苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、彼を睨みつけて言った。


「お前、才能ないんじゃないか? それとも、あれか? シュールな感じの画風なのか?」

「ひどいな! これでも見たままスケッチしているつもりなんですけれど!」

「どこが見たままなんだよ。俺はこんな、古代遺跡にある壁面画みたいな顔をしてはいないだろうが」


 死神ちゃんが拾い上げた画板を彼に差し出すと、彼はそれを受け取りながら「おかしいな」と首を傾げていた。
 彼はこの街に拠点を置く芸術家だそうだ。ダンジョンには不思議なモンスターがいたり、画材として使えるものが稀に産出されたりするため、定期的に訪れては創作のネタを探しているのだそうだ。本日もネタ探しにやってきたつもりであったのだが、休憩がてらスケッチをし始めたら、熱中しすぎてしまったのだとか。


「で、ネタは見つかったのか?」

「いえ、これから探しに行くんです。――実は、とある噂を聞きまして」

「噂?」


 芸術家はゴクリと唾を飲み込むと、死神ちゃんに身を寄せた。そして周りを気にしながら、声を潜めて言った。


「ええ。――何でも、〈動く銅像〉というのがあるらしいんですよ。しかもこんな、浅い階層に」


 地下三階までは冒険者ギルドの手が入っており、金を出せば地図を購入することも出来る。そのくらい知り尽くされた階層であるこの二階のどこかに、地図には載っていない隠し部屋が実はあるのだそうだ。
 大抵の冒険者が購入した地図を参考に三階までを探索するため、この隠し部屋の存在を知っている者は殆どいないのだという。彼は創作のインスピレーションを得るために歴戦の冒険者から冒険譚をよく聞くのだそうだが、そのうちの〈既に冒険者稼業を引退した者〉からたまたま、その情報を入手したのだそうだ。


「〈冒険者達に存在を忘れられた隠し部屋に、動く銅像〉だなんて、ちょっとおもしろそうではありませんか? 私は絵だけでなく彫刻も嗜みますので、これはいいネタになるなと思いましてね。是非、見てみたいんですよ。その動く銅像とやらを」

「はあ、そう……。だったらそれ探す前に、俺のこと祓ってくれないかな。俺、面倒くさいことに付き合わされるの、あまり好きじゃあないから」

「そんなつれないことを言わないでくださいよ! 旅は道連れ世は情けって言うではないですか! ――ほら、おやつのシフォンケーキ、分けて差し上げますから」


 そう言うと、彼はポーチの中からケーキの入った袋を取り出した。死神ちゃんは「手早く済ませてくれよ」と言いながら渋々受け取ると、歩きながら早速それを食べ始めた。
 噂を頼りに、芸術家は隠し部屋のある場所へとやってきた。そして教えられた通りに壁を触ると、カチリと仕掛けが外れたような音が微かに聞こえた。何もないはずの壁に魔法のごとく扉が出現し、それは芸術家と死神ちゃんが|潜《くぐ》り抜けるとスッと姿を消した。


「おお、本当にあった……。しかも、扉はすぐさま消えてしまうんですね。これは地図に記載されていなければ誰も気づかないわけだ」


 目の前で扉が消えてなくなるのを感心の眼差しで見つめながら、芸術家は感嘆の息を漏らした。そして彼は扉が消えるのを見届けてすぐ、室内をぐるりと見渡した。少しばかり広いその部屋には銅像らしきものはなく、代わりにもぞりと動く影があった。


「おう、嬢ちゃんじゃねえですか。本日もしのぎ、お疲れ様でごぜえやす」

「すごい! 何かよく分からない植物が喋っている!」


 芸術家は目を輝かせてもぞりと動いた()()に駆け寄ると、そいつの脇の下に手を入れて嬉しそうに抱き上げた。そいつはご自慢の葉っぱを揺らしながら「よせやい、照れるじゃねえか」と頭を掻いた。死神ちゃんは呆れ眼を細めると、()()を見つめて抑揚もなく言った。


「何で、お前がいるんだよ。何、ここもお前ら根菜の〈巣〉なのか?」

「いやいや、ここはちょいと物置にさせて頂いているんでさあ。冒険者が来ないに等しいんで、ちょうどいいんですよ。――あ、親分が『先日はドラ五郎が迷惑をお掛けして申し訳ない』と言っておりやした。誰か嬢ちゃんに会うことがあったら、伝えとくようにって。伝言です」

「えっ、君、この素敵生物と知り合いなんですか!? 根菜!? 彼は根菜っていうんですか!?」


 芸術家は根菜を抱えたまま、死神ちゃんを尊敬の眼差しで見つめた。抱かれたままの根菜――どうやらドラ五郎を名乗る三下とは別の三下――は再び照れくさそうに「よせやい」と言った。
 芸術家は根菜に頬ずりしながら、感嘆の息を漏らした。


「動く銅像って聞いていましたが、まさかこんな不思議で素敵な生物だっただなんて」

「いや、俺ぁ銅像じゃあないですよ、兄さん。銅像なら、この奥にありまさあ」


 そう言って、根菜は部屋の奥を指差した。しかし、そこには扉などなく、ただ壁があるのみだった。どうやら、また隠し扉を探さねばならぬようだ。
 芸術家は根菜を地面に下ろすと壁の隅々まで調べた。そして仕掛けを見つけると、彼は恐る恐る仕掛けを解除した。壁は立て一直線の亀裂が入ると、ズズズという重みのある音を立てて開いた。その奥には、たしかに銅像らしきものが鎮座していた。

 その銅像は半裸の男性を模していた。手には何故か盾を二つ持っていた。盾と剣ではなく、両手とも盾だ。芸術家はその銅像を近くで見ようと駆け寄った。すると、銅像の表面が一瞬ぐにゃりと波打ち、次の瞬間、無機質だったそれは生を帯びた。


「あらいやだ、冒険者が来るとか、凄まじく久しぶりじゃな~い? どうもどうも、ようこそおいでくださいました~」

「すごい! この銅像、動くだけじゃなくて喋った!」


 芸術家が感動して目を輝かせる後ろで、死神ちゃんは眉根を寄せて「軽っ!」とツッコミを入れた。
 軽妙な喋り口で芸術家を歓迎した銅像は腰を振りながらにこやかに言った。


「あんた、見たところモヤシだけど、俺っちのスパルタ修行、ついてこられるかな~?」


 そして一転して鬼の形相を浮かべると、銅像は低い地鳴りのような声で「|さあ、おっぱじめようぜ《イッツ ショータイム》」と言った。


「えっ? スパルタ修行? 何をどうすれ――ヘブッ!」


 戸惑いの表情を浮かべていた芸術家は酷い呻き声を上げた。銅像は両手に盾を持っているので、こちらの攻撃を受け続ける()()()()のような感じで稽古をつけてくれるものと、死神ちゃんは思っていた。しかし実際には、銅像は盾で殴りつけてきた。だから、芸術家は殴られて呻いたのだ。
 その様子を根菜とともに呆然と眺めていた死神ちゃんは、思わず芸術家に向かって声をひっくり返した。


「いや、お前、それ、どうなの!?」

「郷に入りては郷に従えって言うでしょう!?」

「だからって、それ、盾じゃあないし!」


 芸術家は目の前の銅像よろしく両手に画板とパレットを装備すると、「芸術は爆発だ!」と叫びながら突っ込んでいった。そして言葉通り、彼は爆発した。


「えっ、訳が分からない。爆発する要素なんて皆無だったろ。どうして爆発できるんだよ、あいつ……」

「一般人には、芸術家の崇高な芸術は分からねえってことじゃあねえですかね」


 妙に納得げな根菜をじっとりと睨みつけると、死神ちゃんは釈然としないと言いたげにドスドスと足音を立てながら去っていったのだった。




 ――――なお、この爆発によって受けたインスピレーションによって、先ほどの死神ちゃんの絵はより一層奇抜な画風で書き直されたらしい。しかも、結構な高値で売れたという。しかしながら、あまりにも奇抜すぎて、その絵を見ても誰も〈植物と幼女〉が描かれているとは思わなかったそうDEATH。

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