第152話 死神ちゃんと姫②
〈|担当のパーティー《ターゲット》〉目指して|彷徨《さまよ》っていた死神ちゃんは呆れ返った。それと思しき集団が前方にいるのだが、ダンジョン内でティータイムと洒落こんでいたからだ。
しかも、用意されたテーブルについているのは一人だけで、他の五人は忙せわしなく動き回っていた。
「エレナ姫、紅茶が入りました!」
「お肩、お揉み致しますね、エレナ姫!」
「エレナ姫、今日はどのお茶菓子を召し上がりますか?」
「エレナ姫、今日も本当にお美しいです!」
「武器の手入れ、僕がやっておきますね、エレナ姫!」
五人の男が、一人の女のご機嫌を嬉しそうにとっていた。その様子と〈エレナ姫〉という単語に、死神ちゃんは何となくだが心当たりがあった。
何だったっけ。――考え、首を捻りながらも、死神ちゃんはそろそろと一団に近づいていった。すると、エレナ姫とやらが急に立ち上がり「武器を」と叫んだ。彼女は下僕からメイスを受け取ると、突き進んでくる死神ちゃんへと向けた。そして呪文を唱えると、僧侶系魔法の中でも数少ない攻撃魔法――神聖な力が篭っている――を繰り出した。
「どうしたんですか、エレナ姫!? そんな、幼女に手を挙げるだなんて」
「馬鹿ね、知らないの!?
男どもは悲鳴を上げると、わたわたと臨戦態勢に入った。その間も、エレナ姫は死神ちゃんへの攻撃の手を緩めることはなかった。
おぼつかない手で武器を握りしめながら大の男が半泣きで震える中、エレナ姫が「みんなは私が守る!」と叫んだ。彼女は死神を追い払おうと必死に立ち回ったが、死神ちゃんは鎌を構えることもなく易々と|躱《かわし》し続けた。
そのまま、攻撃の合間を縫って、死神ちゃんは一同の周りをぐるりと巡った。そして一人に狙いを定めて急降下すると、剣を握る両腕の間に出来た隙間にすっぽりと入り込んだ。
* 戦士の 信頼度が 5 下がったよ! *
「お前、エレナ姫が折角我々のために戦ってくださったのに、何幼女ハグして喜んでるんだ」
「喜んでねえよ! 勝手に腕の間に入り込んできたんだよ!」
他のメンバーが非難がましく戦士を睨むこともお構い無しで、死神ちゃんはにこやかな笑みを浮かべて足をパタパタとさせた。鬼の形相で近づいてくるエレナ姫を見上げると、死神ちゃんはあどけない幼女のフリをして言った。
「お姉ちゃん、たしか前にも男の人をたくさん連れていたね。お姫様なお姉ちゃんが下僕に見限ら――ムグッ」
「あんた、それ以上言ったら承知しないわよ。――戦士ごと消すわよ」
死神ちゃんの口元をむんずと掴むと、エレナ姫は死神ちゃんに詰め寄った。塞がれた口を開放された死神ちゃんは爽やかな笑みを浮かべると、「それはありがたい」と言った。戦士の腕の中から身を乗り出すと、死神ちゃんは幼女らしく振る舞うことを止めた。
「そのほうが、俺、早く一仕事終えて帰れるってことだよな。――おおい、みんな、聞いてくれ! この女はな……ムグッ」
「あらいやだ、死神ちゃん。お腹が減ったの? 死神のくせして、しょうがないわね!」
エレナ姫はこめかみに血管を浮かせながらも笑顔を繕うと、大声を出した死神ちゃんの口にマフィンを捩じ込んだ。必死に死神ちゃんの口をマフィンで埋め続ける彼女と、苦しそうながらも黙々とマフィンを食べ続ける死神ちゃんを男どもは呆然と見つめた。
一行は死神を祓うべく一階を目指して進み始めた。死神ちゃんはとり憑いた戦士ではなく、エレナ姫に抱えられることとなった。彼女は死神ちゃんが何か余計なことを言おうとするたびに、抱きしめるフリをしてみぞおちの辺りをグッと締めあげてきた。その都度死神ちゃんが蛙が踏み潰されたような呻き声をあげるので、男どもは不審な目で死神ちゃんを見つめた。
道中、男どもは彼女が〈自分達にとって、如何にお姫様のような存在なのか〉ということを|懇々《こんこん》と死神ちゃんに話して聞かせた。それによると、彼女は面倒見がよく、頼りない彼らをよく叱咤激励し、そして上手く事が運べた際はきちんと褒めてくれるのだそうだ。その姿はまるで〈兵を束ねて自ら戦地に立つ姫〉さながらで、可憐ながらも気丈な彼女の姿に彼らはすっかり惚れ込んでいるのだとか。
「へえ、お前も成長しているんだな」
死神ちゃんがエレナ姫を見上げると、彼女は照れくさいのを隠したいのか、それとも死神などに褒められても嬉しくないからなのか、何食わぬ顔で死神ちゃんの口にマフィンを詰めた。
途中、彼らはモンスターと遭遇した。死神ちゃんは戦う彼らの様子を傍らでぼんやりと眺めていた。エレナ姫が怒号を飛ばすのを見て、死神ちゃんは「
(あー、うん。やっぱ
戦闘が終わると、男どもは姫の期待に添えなかったことを必死に謝罪していた。そして、姫のご機嫌をとるために必死になって彼女のお世話をしていた。彼女はそれをまるで当たり前のように享受していて、死神ちゃんの〈女王様だな〉という感想は益々もって事実の色を帯びた。
男どもは、エレナ姫のお世話をしながら小声で互いを罵っていた。お前がもっと上手く立ち回っていたらだの何だのと言い合いつつ、自慢合戦もしていた。お前よりも早い速度で姫から回復魔法を受けたとか、戦闘中に姫からの目配せが多かったとか、そんなことを彼らは競っていた。周りよりも多く自慢話を披露出来なかったのが悔しかったのか、男どものうちの一人が突如胸を張って大声を上げた。
「お前ら、そんなことで喜んでいるのか。ダサいな。俺はお前らと違って、姫から〈本当の愛〉を受けているんだ」
「どういうことだよ?」
四人の男が訝しげな表情で動きを止めると、姫は血相を変えて「何を言っているの」と言って放言を放った男を制した。しかし、彼はヘラヘラと笑うと、得意気に鼻を鳴らした。
「いいんですよ、姫。もう隠すのは止めましょう。彼らに、分からせてやりましょう。俺らが、愛し合っているって」
「だから、どういうことだよ?」
「俺が落ち込むと、彼女は慰めてくれるんだ。――言葉だけでなく、体でも」
パーティー全体を、重苦しい沈黙が支配した。誰かが「それは俺と姫とのことだ」と言い出して、彼らは弾けるように沈黙を破るのと同時に、怒りも弾けさせた。
男どもは次々とパーティーを離脱し、武器を構えた。そして、嫉妬と憎悪を互いにぶつけあった。死神ちゃんはその様子をぼんやりと眺めながら首を捻った。こういう光景、どこかで見たことがあるような――
(あ、あれだ、〈オタサーの姫〉ってやつ! オタサーの姫が全員と関係持ってたってのが露呈して、泥沼になるやつ!)
死神ちゃんは納得して笑顔で頷くと、横で震えていたエレナを見上げて言った。
「お前、相変わらず〈オタサーの姫〉だったんだな。しかも、成長したと思ったら、単に〈お姫様タイプ〉から〈女王様タイプ〉にジョブチェンジしていただけとか。あの一件、懲りていなかったんだなあ」
「は……? おたさ? 何それ?」
姫は青い顔で死神ちゃんを見下ろした。そして鍔迫り合いの音にビクリと身を縮まらせると、悲劇のヒロインを装って彼らの間に飛び出していった。
「みんな! 私のために喧嘩なんてしないで!」
「元はといえば、お前が悪いんだろうが!」
エレナは全員の怒りを一身に受けた。激しい仲間割れはその後も続いたが、その途中で戦士が灰となったため、死神ちゃんは最後まで見届けること無くとっとと退散したのだった。
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「それにしても、自分を優位に保つために身体まで平気で与えてしまうって、浅はかな
夕飯時。クリスはペンネをフォークで突きながら、フンと鼻を鳴らした。――彼にとって〈こっちの世界で言うところの、見た目が女性〉は男であり、その逆は女である。つまり、彼は本日モニターで見ていた〈姫とその下僕達〉のことを言っているらしい。
彼はムスッとした顔でペンネを口に運ぶと、口を尖らせた。
「男も女もさ、もっと堂々としたらいいんだよ。でもって、自分の武器で真正面から相手にぶつかっていって、それで〈愛〉をゲットすればいいのにさ」
「お前がそれを言うのか」
死神ちゃんが呆れて眉根を寄せると、クリスはしょんぼりと肩を落とした。
「だから、きちんと謝ったでしょう!? 意地悪してたつもりもないし、恥ずかしすぎてどう接したらいいのか分からなくなっちゃってたんだもの。それにまさか、私のせいで|薫《かおる》とマコ|姉《ねえ》が喧嘩しちゃうとは思わなかったし!」
クリスはうなだれると、上目遣いにマッコイを見つめた。そして落ち込んだままの声でボソボソと言った。
「ところで話の続きなんだけど、マコ姉は〈自分の武器〉って何? 私、もっとみんなと仲良くなりたいから、参考までに聞きたいんだけど」
アタシ? と言うと、マッコイはニッコリと微笑んだ。死神ちゃんから差し出された椀を受け取り、お代わりを|粧《よそお》いながら、彼は照れくさそうに答えた。
「自分で言うのも|何《なん》だけど、誠実であることかしらね。あと、最近だと、お料理とか?」
「胃袋から掴む作戦かあ。最近お手伝いがてら料理のしかたを少しずつ教えてもらってるけれども、私もいつか〈胃袋の掴める女〉になれるかなあ?」
マッコイが笑顔で頷くと、クリスは嬉しそうに笑った。死神ちゃんも釣られて笑顔を浮かべながら、再度お代わりを所望したのだった。
――――人間関係って難しい。時には駆け引きも必要かもしれない。でも、誠実さを欠いたり支配しようとしたりした時点で、良い関係は築けないと思うのDEATH。