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第149話 死神ちゃんとおしゃべりさん③

 死神ちゃんは〈|担当のパーティー《ターゲット》〉を求めてダンジョン内をふよふよと漂いながら進んでいた。しかし、前方からターゲットと思しき冒険者がやってくると、思わずその者にくるりと背中を向けて元来た道を戻り始めた。
 冒険者はダンジョン内に笑い声を高らかに響かせながら、死神ちゃんに追いついてきた。そして死神ちゃんの肩をがっしりと掴むと、得意げな顔をニヤリとさせた。


「何ということであろう。本来、死神というものは冒険者の魂を狩るべく無機質に、機械的にダンジョン内を|彷徨《さまよ》うものである。しかしながら、この幼女の姿を模した死神は私を見るなり背を向けて去っていったのだ。どうやら、私はこの死神に恐れおののかれているらしい。さすがは将来有望の、教皇までのキャリアの道が一直線に敷かれている私! しかしながらこの慈悲深い私は、死神にへとその身を堕してしまった哀れな幼女に救いをもたらすべく、彼女の肩を優しく叩いた。そして私はこう言ったのである。【久しぶりだな、死神の娘よ】すると彼女はこう答えたのだった」

「お前、本当に鬱陶しいよ。そりゃあ妹も一緒にパーティー組みたがらないって。頼むから、探索は静かに行ってくれないかな」


 面倒くさい事この上ないという表情で死神ちゃんが答えると、壮大な夢を描きながらも実家の神殿を支えるべく修行中である司教――おしゃべりさんは本の上で踊るように動きまわる〈自動筆記の魔法のかかった羽ペン〉を引ったくるように掴んだ。彼は死神ちゃんを睨みつけると、台詞のやり直しを要求した。


「貴様、空気を読まないか。私を賞賛したり、心酔したりするような台詞を言ってくれなければ、この〈武勇伝目白押しで読み応えのある、とてもすばらしい自伝〉の完成度が下がってしまうだろうが。マイラブリーアイドル天使ソフィアたんにも読ませづらかろう」

「そもそも、それに付き合わされるソフィアが可哀想なんで、やめてくれませんかね」

「さすがは死神、可哀想だなんて酷いことを言うな! ソフィアたんは喜んで読んでくれているというのに。――さあ、台詞をやり直せ」

「やり直すのは構わないが、今度ソフィアに会う機会があったら『おじさんは俺に台詞を強要して、嘘を書いている』と報告させてもらうからな」

「そんなこと、良くないに決まっているだろう! さすがは死神! そうやって私の心に傷を負わせてくるとは……! ――悲しいことに、この死神は改心の気持ちが欠片もないのか、私に精神攻撃を仕掛けてきたのであった。しかし、私は……」


 ビチビチとのたうち回る羽根ペンを解放すると、おしゃべりさんは再び猛烈な勢いで話し始めた。死神ちゃんは面倒くさそうに頭をガシガシと掻いて彼が喋り止むのを待っていたが、一向に彼が静かにならないことに苛立ち始めた。そして結局、彼から羽根ペンを取り上げた。
 死神ちゃんは怒り眼で彼を鋭く睨むと、ペンを地面に投げ捨てた。ペンが足元でビタンビタンと跳ね回るのを気にすることなく、死神ちゃんは彼を怒鳴りつけた。


「頼むからさ、とっとと用事済ませるか、潔く死ぬかしてくれないか!? 俺だって暇じゃあないんだよ! お前と違ってさあ!」


 おしゃべりさんは不服顔で羽根ペンを拾い上げると「私はとある筆記用具を探しているのだ」と言った。死神ちゃんが眉根を寄せると、彼は羽根ペンを見つめながら再び口を開いた。


「この羽根ペンも非常に素晴らしい。私の一番のお気に入りの筆記用具だ。しかしながら、私は噂を聞いたのだ。もはや過去の遺物と化したダンジョン産の特殊な筆記用具、願望を叶える〈禁断の魔の万年筆〉が近頃再び産出されたとな」


 死神ちゃんは抑揚もなく嗚呼と相槌を打った。興味なさ気にヘッと薄ら笑いを浮かべた死神ちゃんに、彼はその万年筆が如何にすごいのかを懇々と語りだした。死神ちゃんがそれを適当に聞き流していると、彼は「まあ、いい」と言って何処かへと歩き出した。どこへ行くのかと死神ちゃんが尋ねると、彼は楽しげに笑って言った。


「そのようなレア品がすぐさま手に入るわけがないからな。なので、とりあえず〈使用感のお試し〉をしに行くのだ」

「いやでも、今お前が向かっているのは〈森〉のほうじゃあないか。一階の道具屋辺りで在庫がないか聞いてみて、そこでお試ししろよ。ついでに、俺を祓ってさ」

「道具屋での扱いがないのは既に調べ済みだ。――私は、森に住まう魔物に用があるのだ。空間に住まうその魔物は、木と木の間から亡霊のように現れて、冒険者に幻術をかけるのだそうだ」


 死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をすると「お前もか」と呟いた。そもそも、その幻術は単なる〈攻撃〉である。そしてダンジョン内のモンスターは、超科学と神の魔術によって生態系と行動を管理された擬似生命だ。だから本来、モンスターが冒険者の言いなりになるということなどは起こり得ないのだ。一定のモンスターにはある程度の知能を備えさせてあるとはいえ、冒険者の思う通りに扱えるということは無いのである。
 それであるにも関わらず、レプリカに注文をつけてくる冒険者が後を絶たないのは何故なのだろうか。いつぞやのガンスミスのような|注文《もの》ならまだしも、尖り耳狂や|おしゃべりさん《こいつ》のようなものは正直無視していい気もするのだが。――死神ちゃんはレプリカ達の知能が無駄に高いがために起こる今回のようなことについて、心なしかモヤモヤとした。そして「どうせビット所長が〈おもしろいから〉という理由で、そのように調整しているのだろう」という答えに行き着くと、吐き捨てるように小さくため息をついた。

 おしゃべりさんは無事に〈小さな森〉の奥地に辿り着いた。彼は早速、空間に潜む魔物を探して、木と木の間をくまなくチェックした。


「うーむ……見つから――」


 額に浮いた汗を拭いながら、彼はそのように呟いた。しかし、最後まで言い終える前に彼は何かに頭を殴打されたかのように足元をふらつかせ、そして頭上にぴよぴよと小鳥を羽ばたかせた。それもつかの間、彼ははらはらと泣き始めると、頭の小鳥を振り払いながら叫んだ。


「私の愛するラブリーエンジェルは、そんなんじゃない!」

「……何、お前、どんな幻影を見せられたんだよ」

「禁断の万年筆で〈ソフィアたんが私のことをお兄ちゃんと呼んでくれるようになる〉と書いたらどうなるかを見たのだ。そしたら、たしかにソフィアたんは私のことを〈お兄ちゃん〉と呼んでくれた!」

「おう、良かったじゃあないか」

「良くない! 極悪な表情で金を無心しながら呼んできたのだぞ!? そんなの、ソフィアたんがするわけないだろうが!」


 死神ちゃんは適当に相槌を打ちながら「その万年筆だったら、たとえ本物を使ったとしても、大体そうなるんじゃないかな」と心の中で呟いた。ご丁寧にも正しい答えを見せてくれているということが、実際には攻撃となっているという事実の何と切ないことか。しかし、万年筆の特性を知っているのであればそれが正解であるということは分かるであろうに、おしゃべりさんはそれを〈正しい解答〉ではなく単なる〈精神攻撃〉と捉えたようだ。彼は悔しそうに地団駄を踏むと、再度幻術を真っ向から受けてみた。そして――

 彼は幻術から逃れるたびに「ソフィアたんはそんなミニスカートを履かない!」だの「私の目の黒いうちは彼氏とお付き合いだなんて許さない!」だのと叫んだ。彼はがっくりと膝を折ると、地面を涙で濡らしながらポツリと呟いた。


「だから、ソフィアたんの可愛い子供の名付け親は、私がなるのだと決めているというのに! 何故、我が不肖の妹ばかり優遇されるのだ!」

「お前、幻影がどうの以前に、想像力が飛躍しすぎだろ! 彼氏とか結婚出産とか、まだ早すぎるだろう! まだ幼女だぞ、あいつ!」


 死神ちゃんが呆れ返って声をひっくり返すと、おしゃべりさんは伏していた顔をゆっくりと上げた。そしてウッと嗚咽を漏らすと、滝のような涙を流し始めた。そのまま、自身も灰となって流れ落ちた。
 最後の最後は幻術をかけられてはいなかったのだが、彼は自分で切ない想像をして勝手に自滅したらしい。死神ちゃんはこんもりと積もる灰を見つめてため息をつくと、疲れた背中を丸めてその場から消えていった。



   **********



 休日、死神ちゃんはマッコイと一緒にゲームセンターに来ていた。ここはただのゲームセンターではなくカラオケや室内スポーツ施設なども完備された複合娯楽施設で、併設施設にはミニシアターもあった。
 図書館でDVDを借りて見ることはよくあるのだが、一年以上この世界で生活しているにもかかわらずシアターを利用したことはいまだなかった。
 シアターと言っても、最大入場数五名ほどの小さな規模の部屋が複数あるというこじんまりとした物だ。しかし、大迫力の映像を貸し切りで楽しめるので、確実に楽しみたければ予約が必要なほどの人気っぷりだった。

 ポップコーンなどの食べ物と飲み物をたんまりと買い込んだ死神ちゃんは、わくわくとした面持ちで席につきながらマッコイに言った。


「まだDVDになっていない、現在絶賛上映中の映画なんかも見せてくれるんだろう? どうやってチョイスするんだ?」

「あらゆる世界の〈現在上映中の映画リスト〉を見せてくれて、そこから選択するのよ。あとは、係の人がお客さんの好みを調べて、それを元にオススメをしてくれるわね」

「へえ、すごいな。サービス精神が旺盛で、至れり尽くせりだ、な――」


 言いながら、死神ちゃんは浮かべていた笑顔が固まった。何故なら突如、スクリーンから見覚えのある〈黒い豹のようなもの〉がぬるりと出てきたのだ。


「お客様がた、本日はどういう映画をご覧になりますか?」

「彼の好みで選んで頂きたいんですけれど、お願いしてもいいかしら?」


 スクリーンから半身だけを具現化させた豹に、マッコイが笑顔で答えた。豹は「かしこまりました」と頷くと、死神ちゃんの()()()を探りだした。一瞬沸き起こった気持ちの悪い感覚に顔を歪めた死神ちゃんだったが、次の瞬間には目をきらきらと輝かせていた。スクリーンには、死神ちゃんが大好きそうな映画が幾つかリストアップされて表示されていたのだ。
 〈小さな森〉のあの魔物が意外とサービス精神が旺盛なのは、ビット所長の趣味というだけではなく〈ご本人さん〉の人柄もあるのだろうなと思いながら、死神ちゃんはどの映画を上映してもらおうか悩みに悩んだのだった。




 ――――もちろん、〈森〉で見せられる幻影とは違って大満足な時間を過ごすことが出来たのDEATH。

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