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ドゥルトーニル一家



「父上! 大変だ父上!」

 …………で、馬車を降りるなりカールレート兄さんが大声であのジジイを呼びながら屋敷に入っていく。
 俺はにっこり笑いながら、ハテナマークを頭に飛ばすエラーナ嬢を見下ろした。

「エラーナ嬢、カールレート兄さんになにか言った?」
「え? じ、事情を聞かれたから洗いざらい全部話したけど……」
「ん? それはどこからどこまで……」
「え? 一昨日の卒業パーティーの最中、リファナ様を虐めた事になって、殿下に婚約破棄されて、一昨日の夜には国外追放を言い渡されて、昨日の朝には貴方と結婚させられて国境を越えて野宿して……」
「……あーなるほど。……うんまあ、それなら話は早いかな」
「え?」

 クックっと、喉が鳴る。
 エラーナ嬢には才能があるんじゃないか?
 不思議そうな顔をしているという事は、これはもう一種の才能だ。

「ど、どういう事ですか?」
「いや……すぐに分かるよ」

 一度閉じた玄関の扉。
 使用人が慌てて出て来て、すぐに中へと促される。
 でもそれよりも早く、もう一度玄関の扉がバタァン! と勢いよく開く。
 出て来たのは白髪の紳士だ。
 顔は鬼のようになっているが、まあ、紳士の部類。

「ひっ!? え!? え!?」

 顔を真っ赤にしてズンズンと恐ろしい勢いで庭を通り、門の前にいた俺たちの側まで来る。
 俺は彼が立ち止まる寸前でエラーナ嬢へ彼を紹介した。

「ドゥルトーニル伯爵です」
「この方が!?」
「ええい! これだからアルセジオスの者はぁ!」
「ひ、ひいいぃ!」

 開口一番鼓膜破れそうなほど大声で怒鳴られたー。
 あーもーこれだからドゥルトーニルおじ様は面倒くさくてやなんだよなぁ……。
 カールレート兄さんとは違う種類の面倒くささ。

「なるほど! 確かに翡翠の髪と青みがかった翠の瞳だなぁ!」
「!?」
「それに比べて! ユーフラン! 貴様は!」
「生まれつきの髪色なのでそんな風に言われましてもー」
「そしてその適当な喋り方! 気に食わん!」
「性格だしね〜」
「しかしもっと気に食わんのはアルセジオスの王子! はぁ!? 婚約者の娘を! 突き飛ばして婚約破棄して! その日のうちに国外追放だとぉ!? 野宿だとおおぉ!? こんな! 年端もいかぬ娘を!? はああああああぁぁ!?」
「…………」

 エラーナ嬢が完全にびびって呆然となっている。
 まあ、無理もない。
 初対面でこれだけ長時間怒鳴られるような大声を聞かされ続ければ誰でもこうなるだろう。
 内容は割と普通の事を言っているんだけどね〜。
 訳そうか?

 訳「ようこそ、ドゥルトーニル家へ。息子に聞いた通り緑の髪と瞳がお美しいお嬢さんだ。なんでもアルセジオスでは辛い目に遭わされたそうで……。お可哀想に。でももう大丈夫、我が家は貴女を歓迎しますよ。だがユーフラン、テメェはダメだ。理由? 髪の色がピンクで目が赤いからだ。我が国では不吉の色だからな!」

 まあ、ざっくりこんな感じ〜。
『緑竜セルジジオス』の国は緑色が幸福の色、幸運を招く色と言われているんだ。
 反対に緑を燃やす赤系は不吉の色。
 なので俺は嫌われている。
 しかし、エラーナ嬢の髪と目の色はこの国で歓迎されるわけ。
 おじ様も複雑だろうなぁ! あははははは!

「入れ!!!!」
「ひっ! は、はい!?」
「はーい」

 なんでこの人いちいち大声で言わないとダメなのだろう。
 いや、カールレート兄さんも大体大声で面倒くさいけど。
 なんの血筋だろうね、これ。

「お、お邪魔致しま……」
「ンン!?」
「え!? ご、ごめんなさい!?」
「エラーナ嬢、多分『今後は気軽にただいまって言って構わない』って言ってるんですよ」
「え!?」
「さっさと来んかぁ!」
「ひぃ!」
「早く中にどうぞ、だそうです」
「どこをどう聞いたらそうなるの……!?」
「慣れれば分かるようになるよー」

 というわけで応接間に通される。
 そこにはおば様と一緒にいるカールレート兄さん。
 さあ、真の地獄はここからだ。
 ああ、逃げたい。

「よくぞ! よくぞ無事にぃ〜〜! たどり着いたわね!」
「……」

 扉をくぐったらくるりと回転しながら現れた女性。
 エラーナ嬢は、まあ、当たり前だけど固まった。
 ですよね。

「カールレート兄さんのお母上でカレンナおば様です」
「え、あ、は、は、初めまして……エラーナ……ディ、ディタリエール……です」
「…………」

 頭を下げるエラーナ嬢。
 俺はつい、彼女を見下ろしてしまった。
 エラーナ・ディタリエール。
 ……うん、悪くないね。

「はぁ〜じめ〜まァァァアァ〜〜〜〜して!」
「………………」
「オペラ愛好家なんだ」
「あ、ああ……」

 すごい一家だよね、分かる。

「カールレートの弟でエールレートです! 初めまして!」
「うっ!」
「ヒサシブリー」

 そして弟のエールレート。
 俺たちより一つ年下。
 突き抜けるような声量は父親譲りだなー。
 相変わらず爽やかにうるさい。

「……に、に……に、ぎやかな、ご家庭なのですわね……ほ、ほほほ……」
「よく言われますわぁぁぁ〜!」

 逃げたい。
 すごく逃げたい。
 とりあえず席に座る事は出来たけど……応接間の広さ別な意味でこれじゃ足りてないよな〜。

「さて、今夜は二人ともここに泊まっていくんだろう?」
「出来れば」
「もちろんだわ〜! そうなさい〜!」

 ……いちいち歌声に乗せないと喋れないのかなカレンナおば様……。
 この一家と話してると頭痛がするからキツイんだよ。

「あ、ありがとうございます……」
「それでっ! これからどうしていくつもりだ! セルジジオスでの生活は! なにか考えているのか!?」

 ……いちいちキツめに怒鳴らなきゃダメなおじ様はなにかの呪いにでも掛かってるのか?
 ちょっと頭痛くなってきたな。

「おじ様たちに住む場所と土地を貸して欲しいんです。そこでなにか商売でも始めようと思っているんだけど……」
「商売? おお! いいな! ちなみにサンプルはないのか?」

 ……カールレート兄さんがこの中でテンションが高いだけという……唯一の救いだな。
 まあいい、金になるかは分からないが……学園でアレファルドたちに色々作らされたものを……持ち運び出来るものだけだけど、持ってきた。
 それをカバンから数点取り出す。

「これは?」
「なんじゃ?」
「まずこれは『ペン』です」
「「「「ペン?」」」」
「っ!」

 これは王子に頼まれて作った。
 リファナ嬢は平民出身で、インクを入れて使う万年筆や羽ペンが使いづらいと相談されたそうなのだ。
 で、それを俺になんとか彼女にも使いやすいペンはないものか、と相談してきた。
 面倒くさい話しである。
 知るか、と突っぱねられるものなら突っぱねたかったが相手は王子。
 なんとかしてみるー、と適当に返し、徹夜で作ったのがこれ。
 ペン先にクッソ小さなボールを入れて、インクを一定量以上出ないように調節したペン。
 そうする事で書きやすさも保証。
 ただ、このペン先のクッソ小さなボールを作るのが難しくて、今のところリファナ嬢の物と試作品のこの一本しかない。

「書いてみてください」
「お、おお……これは書きやすな?」
「すごい! さすがユーフランだ! ……しかし、確かに先端のボールは難しそうだな……」
「そーなんだよねー……量産は難しげ。だから貴族向けで少しお高めに売れたらと思ってる」
「そうねぇ! これならわたくしも欲しいわ!」
「…………」

 エラーナ嬢は驚いて口を開けたまま固まっている。
 ドゥルトーニル一家の反応は上々。
 さて、では次。

「これもご覧ください」
「これは?」
「これはとある令息に頼まれて作りました。髪留めです」
「まあ! 可愛い〜!」

 はんっ!
 …………おっと失礼、つい思い出して鼻で笑ってしまった。
 これはスターレットがリファナ嬢に贈った髪留めの試作品。
 細長い布を筒状にして、中にゴムを入れて縫い、くしゃくしゃにした形の髪留め。
 これは簡単だし、見た目もなかなかに可愛い。
 リファナ嬢にもたいそう喜んで頂けたんだそうで〜、あっそ。

「可愛らしいわ。これなら量産してすぐに町中で流行るでしょうね! わたくし欲しい!」
「あ、じゃあどうぞ。試作品でよろしければ」
「ありがとう!」
「銅貨二枚になります」
「…………お金はしっかりとるのね」
「まあ、これから商品にしようと思ってるので?」

 チャリンチャリーン。
 銅貨二枚ゲット〜。
 お買い上げアザース。

「ユーフラン兄さん、これは?」
「それも人から頼まれて作ったもの。石鹸」
「せっけん?」
「っ〜〜!?」

 ん? エラーナ嬢の顔がものすごく変。
 もしかして、知ってたのかな?
 確かにニックスに頼まれてリファナ嬢に作ってから、彼女の肌の調子が段違いによくなったらしい。
 これは結構大変だった。
 竜石でケーンという果実の果汁をろ過して使うんだけど、割と劇物になるんだよねー。
 それをココナッツオイルや水やハーブの精油と混ぜて固めて……苦労したけど、それなりに量も出来るし女子ウケはいいと思う。
 ……女子ウケ……。

「エラーナ嬢も使ってみるかい?」
「え?」
「試作品だけで結構な量が出来たからこれは余ってるんだ」
「…………。じゃ、じゃあ……」

 ……よしよし、なかなか夫婦っぽい会話だったんじゃないか?
 彼女の様子が少しおかしいと思って見てきたけど、意外と平気そうだ。
 二人きりで生活が出来るようになったら……俺も素のままの自分でエラーナ嬢に接していけるように……いや、一応夫婦にはなってるんだし、二人きりの時で気を使って話す必要ないのか?
 けど、まだ色々、いっぱいいっぱいだろうしなぁ。
 なにしろ、俺の事も覚えていないほどアレファルドに夢中だったんだ。
 いきなり距離を詰めたりしたら……嫌われるかも。
 俺、あんまり人に好かれる性格してないし。

「…………」

 難しいな、好きな人に、好きになってもらうの。
 夫婦になれたのに、距離感がまるで分からない。

「女性が好きそうなものが多いな?」
「まあ、友人が想い人に贈るものをあれこれ相談されて作ったものなので。これもそうです」
「それは?」
「髪を乾かす道具です。失礼、このくらいの竜石をお借り出来ますか?」
「? 竜石を? う、うむ、構わんが……まさか竜石道具なのか?」
「そうです」

 俺が作った竜石道具で持ってこれたのはこれだけだ。
 緑色の竜石……この国で竜石道具を使うには、『緑竜セルジジオス』の竜石が必要。
 小型竜石で使えるように作ったから、石さえ取り替えればこの国でも使えるはず。

「てや」

 取り替え、スイッチを入れる。
 試作品なのでカーズの奴がリファナ嬢に贈った物より、強い風はでない。
 しかし、試運転を見せる程度だ、別に問題はないさ。
 案の定、ドゥルトーニル一家は道具に釘づけになった。

「な、なななななんだこれは!」
「すごいわ! 暖かい風が出てる! 一体どうなっているの!?」
「まあ、エフェクトをちょこちょこと。どうです? 髪を乾かす時に使えると思うんですが」
「素晴らしい! さすがはユーフランだ! 天才だな!」
「…………っ」

 カールレート兄さん褒めすぎ。
 俺は手先が器用なだけだし、こういうのが欲しいと言われなければ思いつかないよ。
 スイッチを切って、おじ様を見ればなにやら目を剥いたまま固まっている。
 そんなに変なものを作ったつもりはないんだけどね?

「…………。……認めたくはないものだが……確かにどれもすごいものだ。ああ、この国でも売れるだろう」
「じゃあ……」
「分かった。国境付近に使っていない牧場跡地がある。そこをくれてやる。好きに使うといい」
「……牧場跡地、ですか」
「我儘を言うなよ。あの辺りは元々『青竜アルセジオス』が襲って来た時に迎撃する為の砦だったんだ。その砦に食糧を供給する為に使われていた牧場。今は守護竜のご意向で戦争はなくなったけどな……お前たちはあの国の出身だ、まだこの国の国民というわけでもない。国がお前たちの亡命を認め、国民権を与えるまでは——」
「…………分かりました」
「とりあえずすぐに住める程度には整えてやろう。それまではうちにいても構わん。だが、この髪留めぐらいはうちにいても作れるな? 稼ぎによってはもう少し長くいてもいいし、向こうの家に用意する家具なんかも、増やしてやろう。稼ぎによってな」

 むう。
 まあ、簡単にいくとは思ってなかったし、いいけどね。
 溜息をつき、隣のエラーナ嬢を見る。
 彼女はなにやら髪を乾かす竜石道具を凝視していた。
 なんだろう、やはり女はこれが気になるんだろうか?
 あいにく加工に時間が掛かるから、便利だけど量産は難しいんだよな。
 金を稼ぐという意味では髪留めと石鹸が手っ取り早いだろうけど……材料はどうしよう?

「……国民権についてなんですけど……具体的にどのくらい掛かりそうですかね?」
「そればかりははっきりとは分からんな。ここからお前たちの事情を説明する報告書を作って、手続きの書類を送り返してもらって……またそれを送り返して、になる。お前らに王都へ行って手続きさせる方が手っ取り早いんだが、そっちのご令嬢は……『アルセジオス』の公爵家令嬢だろう? それも……王太子の元婚約者」
「…………」
「残念だが、我が国の王都に行かせるのは少々……な」
「ですよね」

 それにもう一つ問題がある。
 彼女の冤罪が晴れた場合、『アルセジオス』に帰れる可能性があるんだよねー。
 もう一度王太子アレファルドの婚約者に返り咲く……のは無理だろうけど〜……王様が宰相の為に頑張ってくれたら、エラーナ嬢はまた公爵令嬢として以前の暮らしに戻れるかもしれない。
 その場合、俺との結婚はどうなるんだろう。
 彼女を守る為の処置みたいなものだしな……離縁、になるんだろうか?
 そうならないように、好きになってもらえるように頑張らないとなぁ……。
 でも、なにをすればいいんだ。

「まあどのみち一ヶ月やそこらで結果の出る話じゃない。気長に待っていろ」
「へーい」
「あ、ありがとうございます。なにからなにまで……」
「気にしなくていいのよ〜! 廃牧場のお屋敷の整備が終わるまで〜! 家で旅の疲れを取るといいわ〜! 本当に大変なのは〜! そのあとなんだから〜〜!」

 …………おば様面倒くせぇ。

しおり