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守護竜のいる世界


「寝た方がいいよ。見張りは俺とルーシィがするので大丈夫。明日には町に着くし」
「…………あの、ここって隣国の、どこ……なんですかね……」
「あ、そこから?」

 いや、しかし説明していなかったな?
 これから生活するんだ、説明はしておいた方がいいだろう。
 というわけで地図を取り出す。

「ここ。北東、緑竜の国セルジジオス」
「…………」
「? エラーナ嬢?」
「あ、えーと……、……せ、世界地図って初めて見たから……」
「え?」

 そういうものか?
 ……あー……けどまあ、ご令嬢は国際問題にはあまり関心がないものだというし仕方ないのかもな?
 でも、王妃候補だった割に世界地図も見た事がないって……そんな事あるぅ?
 リファナ嬢も不安だが、この様子だとエラーナ嬢がアレファルドと結婚していても不安だったかも。
 ま、まあ、いい。
 気を取り直して、と。

「簡単に説明する?」
「よ、よろしくお願いします」
「じゃあ軽ーく」

 この世界には竜の胴を模した巨大な大陸と、竜の頭を模した小さな三つの島がある。
 三つの島は『赤竜三島ヘルディオス』。
 南に『紫竜ディバルディオス』。
 中央に『黄竜メシレジンス』。
 その北東に『青竜アルセジオス』……俺たちの出身国だな。
『黄竜メシレジンス』と『青竜アルセジオス』に隣接する西北に『黒竜ブラクジリオス』。
 で、『青竜アルセジオス』と『黒竜ブラクジリオス』と隣接する北東が『緑竜セルジジオス』。

「竜……守護竜様、ね?」
「そう。そして、俺たちが住むこの大陸と『赤竜三島ヘルディオス』を含む三島は、元々『王竜クリアレウス』だったと言われている。さすがに聞いた事あると思うけど『王竜クリアレウス』は異世界より現れ、この世界を創造し、この世界の大陸となり、今もこの世界の全ての命の根源となっている……って言い伝え。守護竜は『王竜クリアレウス』の子孫たちであり、竜力によってこの世界を支えている……」
「そ、それはさすがに知っているわ。……竜たちの鱗が変化した石、竜石のおかげで生活も豊かになっているのよね」
「あ、良かった。それはさすがに知ってたか」
「知ってるわよ!」

 それはなにより、とズボンのポケットから青い石を取り出す。
 親指の先のサイズの石。

「それは……」
「この国では力を失う『青竜アルセジオス』の竜石。やはり光が消えているな」
「…………」

 竜石とは——。
 守護竜の鱗が石化したもの。
 そして国とは、この竜石に守護竜の力が及ぶ範囲と言われている。
『聖なる輝き』を持つ守護竜の愛し子は……その輝きにより守護竜に力を与え、かつては戦争により領土拡大を狙った権力者たちに奪い合われ、その都度守護竜たちの怒りにより災厄が齎された。
 地震、嵐、津波、火災や巨大な氷の礫、日夜続く落雷……。
 竜の報復を恐れた人間は争いをやめて条約を定めた。

『聖なる輝き』を持つ守護竜の愛し子は、その意思を尊重し、大切にする。

『聖なる輝き』を持つ守護竜の愛し子を大切にすれば竜は国の守護竜となり、豊穣を齎す。
 バカな戦争を繰り返すより、そちらの方がよほど建設的だった。
 それを理解したのだ。
 しかし、それ以後国々に『聖なる輝き』を持つ者はごく稀にしか生まれなくなり、時には一国に一人も現れない時代すらあったらしい。
 その場合は守護竜の力も弱まり、飢饉や大雨や干ばつなど環境も荒れる。
『青竜アルセジオス』は先代『聖なる輝き』を持つ者が亡くなってから十年、毎年『竜の遠吠え』という嵐が激化していた。
 反対に『聖なる輝き』を持つ者が数人現れれば、守護竜の力は強くなり豊作が続く……。
 それほどまでに各国で守護竜は強大な影響力を持つし、その守護竜に影響を持つ『聖なる輝き』を持つ者は重要視されているわけだ。
 ……だから、もう少ししてリファナ嬢が『青竜アルセジオス』と謁見するようになればこの国境ギリギリでも、この『青竜アルセジオスの竜石』が使えるようになるだろう。
 まあ、使えるようになったところでこの大きさではランプを灯すくらいの事しか出来ないんだが……。

「りゅ、竜石って国境を越えると力を失うんだ……」
「え?」
「え?」
「……知らなかったのか?」
「え! えーと、だって、えーとその、く、国から出た事なかったし!」
「あー、なるほど」

 ご令嬢なんてそんなものか。
 青い竜石をポケットにしまう。
 でも、王妃になったら外交について行ったり……するはずだよなぁ?
 エラーナ嬢、ちょっと勉強不足感が否めない。

「大丈夫だよ、この国には『緑竜セルジジオス』の竜石がある。竜石は平民にも出回っているから、町に着いたら買えばいい」
「! 平民にも出回っているものなの!? 意外とポピュラーなのね!」
「そりゃあまあ……」

 ……カマかけたつもりだったがマジにそんな事も知らないのか。
 王妃教育って受けてるんだよな? この人……。

「な、なに?」
「ああ、いや。そうだな、まあ……ランプ用くらいは買っておいた方がいいかなと」
「そ、そうね……。……その親戚の方がいるお屋敷に泊めてもらえなければ……その日のうちにまた路頭に迷う事に、なるのよね?」
「んー、まあ、そうなったら適当な住み込みの仕事を探して働いてお金を貯めていけばいいんじゃないか?」
「て、適当なって……アテもなくよくそんな事言えるわね」
「アテがないんだからそうするしかないだろう」
「ううぅ……」
「とりあえず今日はもう寝て、明日に備えてくださーい。明日中に町に着きたいからな~」
「…………分かりました」

 拗ねてしまわれた。



***



 翌朝も干し肉を食べて水を飲み、それで膨れる腹でもないがそれしかないので仕方ない。
 予定が狂えばそれほど多くない食糧が底を尽くかもしれないからな、節約するに越した事ないのだ。
 ああ、もちろんエラーナ嬢には少し固くなったパンを贈呈。
 とりあえず食糧はあと一食分。
 二時間ほど歩くと『緑竜セルジジオス』の最初の町『エクシの町』にたどり着いた。

「わあ、ここが町なのね……」
「ここを通って『エンジュの町』に行くんだ。親戚の屋敷はそっち」
「エッ……まだ移動するの……!?」
「まあ、金はあるから今日はここの宿に泊まろう。まともな飯を食いたいし」
「そ、そうよね!」
「…………」

 素……が、こういう人だったんだろうか?
 いや、別に中身にこだわりがあるわけではないが……どうにも違和感が拭えないな?
 学園での彼女はもっとプライドが高く高飛車で面倒くさくて我儘で嫉妬深くて器が小さい感じだったのに。
 婚約破棄が相当堪えたんだろうか?
 んー……いや、コロコロ表情が変わるところは変わってないしな?

「? どうかしたの?」
「いや?」

 ……正直もっと我儘を言われまくると思っていた。
 お偉い貴族様らしく、ああしろこうしろこれは嫌あれは嫌と無茶振りされまくるかと。
 それを一つ一つ懇切丁寧に無理無駄無謀である事を教えて、身の程をわきまえさせていく楽しみが……んん、労力が不要になったのはありがたいと思うべき、だよな。
 少し残念だけど。
 はは? いやいや? 別にエラーナ嬢の悔しがる顔が見たかったとかじゃないよ?
 それに、所作や言葉遣いも一晩で随分と崩れた。
 家にいて、使用人と話す感覚なのだろうか?
 あまり使用人と話しているところは見かけなかったんだけどな……。
 …………まあ、立場はやっぱりあんまり分かっていなさそうだけど。

「……あれ、ユーフラン? ユーフランじゃないか?」

 お?
 俺の名前を知っている人間が?
 呼び止められて、振り返ると大きい馬車。
 降りてきた金髪碧眼の人物は、なんとこれから隣町まで訪ねようとしていた人物だ。

「おんや、カールレート兄さん。あー、ちょうど良かった。今から訪ねようと思ってたんだ」
「なに!? ようやくうちに養子に来る覚悟を決めてくれたのか!?」
「あれ、その話冗談じゃなかったの」
「冗談なもんか! お前のあの才能があれば、あの頑固ジジイもきっと——」
「まあ、その(面倒くさい)話はあとにして……俺、今連れてる人と飯食いに行こうと思ってたんだけど、どっかいい飯屋知らない?」
「……『飯屋知らない?』って……相変わらず貴族らしからぬというかなんというか……。……ん? 連れてる人?」

 親指でルーシィに乗っているエラーナ嬢を指差す。
 カールレート兄さんはハッとして、慌てて姿勢を正して頭を下げる。

「これはなんとお美しい! 翡翠の髪と深い水面のような青みがかった淡い緑色の瞳……! 素晴らしい! こんな美しい女性がこの世にいるなんて!」
「へ? へ!?」

 …………兄さんよ、ちょっと派手すぎるな?
 イラッとするのは仕方ないと思うんだ。
 なあ?

「エラーナ」
「!」

 手を差し伸べる。
 とりあえず降りろ、という意味で。
 ご挨拶を、と言うとハッとしてルーシィから降りてくる。

「あ、え、ええと……エ、エラーナ……」
「彼女はエラーナ・ディタリエール。俺の奥さん」
「……っ!」
「お? …………。……………………。…………奥さん? え? ユーフラン、お前結婚したの?」
「もう十八だし、学園も卒業しましたから」
「ふぁーーーー!?」

 兄さん驚きすぎ。
 町の大通りのど真ん中で、なんてド派手にエラーナ嬢を褒めちぎって更にこんな大声で驚いてんだ。
 すごい注目されてるじゃないか。

「なんてこった! こーーーっんな美人を射止めて連れてくるなんて! ああ守護竜セルジジオス様! 我が遠縁のユーフランが、まるでセルジジオス様のご加護を一身に受けたような美しい人を射止めてまいりましたー!」
「うん、やめて。俺たち腹減ってるから飯屋紹介して」
「オッケィ! 俺に任せろ! この町で一番美味い店に連れてってやるぜ! 安心しろ! 俺の奢りだ!」
「ワーイヤッター」
「え、え? え、え?」

 カールレート兄さんの、このノリが苦手なんだよなぁ……。
 でも、これから会うジジイの事を思うと兄さんのご機嫌は取っておくに越した事ない。
 あと、事実は事実として述べたまでだし!

「あ、あの……ユーフラン……様?」
「これから会いに行こうと思っていた遠縁の親戚……ドゥルトーニル家のカールレート兄さんです。一応次期当主、かな」

 あれでも。

「え、あ……偶然先にお会い出来たという事?」
「まあそういう事かなー、ちょうど良かった。この辺り一帯……国境沿いはドゥルトーニル伯爵家の領地だから、管理区画内……いるのは不思議じゃないんだけど……」
「お若いお二人さん! 馬はここの宿屋に預けて馬車乗ってくう!?」
「いや、出来れば彼女は馬車に。ルーシィには俺が乗っていくので」
「ヒュー! やっさしいなー!」
「……ちょっとウザいけど我慢して。裏表なくいい人なのは間違いないから」
「あ、はい」

 そう。
 ちょっと……かなりウザいだけで。
 ちゃんと飯は奢ってくれるし。
 エラーナ嬢を馬車に乗せてくれるし。
 ……え? アレの相手が面倒だからエラーナ嬢に押しつけ……うおっほん、エラーナ嬢を差し出した?
 あはははは、なにを仰っておられるのやら?

「………………」
「いやぁ、カールレート兄さんに会えたおかげで思いの外早く『エンジュの町』に着けて良かったね! エラーナ嬢」
「ソ、ソウ、デスワネ……」

 ははは、エラーナ嬢が疲れ果ててる。
 だろうねー、この人の相手は疲れるからー、あはははは。
 だが、本当に予定よりも早く『エンジュの町』にたどり着けた。
 まだ夕方。
 無理せず『エクシの町』で一泊して、明日にエンジュ到着になるかな、と思っていたが。

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