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流転―①―

 ロックの目の前に広がるのは、暗闇だった。
 
 目を凝らしても、目の前のモノの輪郭すら浮かび上がらせることのない”()

 ましてや、足で立つことはおろか、()()()()()()()()()()()()()()

『此処に()()()()()()()』と問いて、『この世界にお前が()()()()?』と誰かに問われると、自らが()()()()()()()()()()焦燥感の種火がロックの内で灯った。

在るモノを目にして、人としての自覚が生まれる。

人間として()()()()()()には、()()が生まれ、空間が広がる。

そうして、()()()()()()()()に対する()()()()()としての思考が生まれる。

つまり、我思う故に我あり(コギト・エルゴ・スム)

考えることが()()()こと。

生きている実感の取り掛かりは、驚くほど、単純なものだった。

しかし、その()()()()()が少ないどころか()()な状況。

それがロックに、一つの結論を導き出させた。

――死、かよ……。

 死を意識させられたのは、初めてではない。

 何れも痛みや極限状況に追いやられて自覚させられたことが、多々あった。

だが、”()()()()()()”が()()()()()水準は、初体験である。

 人間として生きる。

その為に戦うことを、()()()誓った。

だが、()()()()()()()()()()()()()()以上、それを求めてもしょうがない。

 そう思案し始めた、ロックの前に三つの光が立つ。

 それぞれ、人型を作り、

「ロック……初めて会う、のか?」

 初めに出来た人型の光は、鉢金で額を隠した美丈夫。

剣の角が生えた鉢金は、頭部から突き抜ける()の猛々しさを思わせる。

その反面、胴と四肢関節を纏う白色の甲冑が、羊の持つ牧歌的な雰囲気も不意に醸し出していた。

その青色の眼が、驚きの余り、口を小さく開けていたロックの顔を映す。

「話す機会が、今まで無かったからね……戸惑っても無理はないよ、バプト」

 自らを洗礼者と呼ぶ男の隣で光の口調には、呆れを表す息遣いが混じる。

二体目の光は、スカーフが巻かれた細面の男を形作った。

きめ細やかな肌と鋭い目つきは、何処か老獪の狐を思わせる。

ロックはその男と何処かで会った気がした。名前も聞いた覚えがあったが、余りにも()()()()()で、口から出かかっている。

しかし、思わぬところから、ロックの出掛かった言葉が言語化された。

「バプト、アンティパス。彼の消滅を()()()で、抑えることは出来ましたが……これから、どうしたらいいか」

 三人目の光は、ガレア付き兜を被る女――ヴァージニアだった。

彼女の言葉にロックは、

「アンティパス……お前、さっき戦った」

 灰褐色の鎧を着た戦士との戦いで、ロックの記憶に過った男。

 白い甲冑と、剣の様な雄羊の角の鉢金を身につけ、ロックの目の前で口を開いた。

「改めて自己紹介だ。一応、俺は”洗礼者(バプティスト)”と名付けられている命熱波(アナーシュト・ベハ)だ。アンティパスも……」

「だから、バプト……そんな()()だと呼びにくいだろ。命熱波(アナーシュト・ベハ)でも使()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ?>>」

 アンティパスの柔和だが何処か辛辣な自己紹介の批評に、バプトは頭を掻く。

 信じられないことだが、()()()()()()風景で、自らの命熱波(アナーシュト・ベハ)がロックの目の前に立っていた。

 だが、自分の命熱波(アナーシュト・ベハ)の紹介の前に聞こえた言葉に、ふと違和感を覚え、

「お前……今、()()()()()って言っていたが、何が起きている」

 ロックに問われた、ガレア兜の女戦士が右手を上げた。

すると、サロメやリリスと戦った蹴球場の風景が広がる。

だが、ロックは、画面に映る()()()()()()()()()()に目を引いた。

 両膝を折りながら、月に向けて吼える赤い外套の自分自身。

その周囲を紅と黒の竜の光が、彼を守る竜巻となっていた。

「私のナノマシンも使って、今……貴方の崩壊を食い止めています。命熱波(アナーシュト・ベハ)が貴方の体から吸い出されようとしていたので、あなたのナノマシンの活発化を利用して抑えている状態です」

「その活性化した余熱を利用して、僕たちは君の命熱波(アナーシュト・ベハ)を”リア・ファイル”の活動によって出来た()()()()()()()()の熱による()()で抑え込んでいる」

 ヴァージニアとアンティパスの言葉を、ロックは咀嚼した。

放射熱を囲って冷やすのと同じ原理で、ロックは閉じ込められている。

冷却熱力は、ブラック・ホール。

その発生時に出来る、光が到達出来ない境界を、人工的に作ったと言うことらしい。

「しかし、あくまで()()()()()()()()()程度だから、長続きはしない。多くのエネルギーを使って、ナノマシンの活動を抑えた冷却だから、宿主からエネルギーを得ることには変わらない」

 自分に潜んでいたバプトという命熱波(アナーシュト・ベハ)が、()()()故に楽観はできないことを告げた。

 ロックは三人の説明を聞いて、驚きの余り、思わず声を上げる。

「ナノマシンの活発化を抑える……だから、お前とライラは()()()()()だったのか!?」

 サキの命熱波(アナーシュト・ベハ)は、余剰次元の干渉による力を提供する()()()()()()()()()の活動を制御できる程の熱力。

()()()()()()()()()()()の為に、自らの熱量で今日まで現界を防ぎ、サキを守っていた。

ブルースやサミュエルが動けなくなったのは、リリスに染まった、“ナノマシン:リア・ファイル”の効果故の副作用だったのだろう。

「サキが“ウィッカー・マン”の動力源を見られた理由も納得だ……」

 ロックは一人、呟いた。

「問題は、そのリリスだ。サキの体を乗っ取っている」

 バプトと言われた男の口調に、ロックは目を伏せる。

「俺は……サキを殺す。()()()()ない」

 ロックの言葉に、ヴァージニアが息を呑んだ。

 アンティパスは、バプトに顔を向ける。

スカーフの戦士に促された、自身の潜在意識にいた戦士の放つ、剣の様な眼差しにロックは、

「ファンは……人間でいることを望んだ。リリスに乗っ取られ、どうしようもなくなった時のアイツの最後の願いが……」

「『()()()()()覚えていて欲しい』だったな?」

 バプトが、ロックの言葉に頷いた。

 ロックは、ファンの優しい温かい笑顔を浮かべる。

 しかし、()()()()()()()()()()は、彼女に冷たい剣を渡した。

 自分の物語を続けさせる為に、少女は自分を犠牲にしたのだ。

「それを望ませない為に、サキを守ると誓った。しかし、無理だった……」

 ロックの意識の中から見える風景が、サキの体を使ったリリスが東の空へ飛んでいる様を映す。

 街中の至る所で、青白い火柱が立ち始めていた。

黒い犬耳兜を被った”ワールド・シェパード社”の兵士、警察官に市民が火元である。

また、火の手を逃れた者たちが恐慌のまま、建物や物陰に入っていった。

だが、力づくである為、殴り合いが起きる。そこに立ち会う者は、涙を流していた。
 
 その場面で”クァトロ”が大きく割り込む。

 一体ではなく、頭部を並べた群れが、視界を覆った。

 市民たちが命熱波(アナーシュト・ベハ)化していく様を、街を蹂躙する”四つん這い”群れを見る一体の視点に変わる。

“ウィッカー・マン”も歓喜と言わんばかりに、雨降る夜の街で青い光を銀鏡の皮膚に浴びていた。

「サキは……()()()()ファンと同じだ。もう、人間じゃない」

「いや、まだ()()だ」

 バプトの強い声に、ロックは顔を上げた。

抗議の声を出そうとするが、彼の視線に制される。

「よく考えろ。英国……スコットランドでは、救世の剣から大きなエネルギーを得た。今はどうだ?」

 リリスの目的は、”救世の剣”の熱出力を得て、ファンとロックを彼女の都合の良い何かに作り替えようとした。

二人を作り替えた後、リリスが環境にも同じことを画策したのを思い出す。

「サキの命熱波(アナーシュト・ベハ)を使って、乗っ取った……器というのは」

 純粋に()()()()という意味ではない。

ただ、ライラとヴァージニアを宿していられる程、()()()()()()()丈夫なだけだ。

「リリスは()()()()()()()()()()を使っている」

 バプトの言葉の意味を、ロックは考えた。

それに基づいた思考が、ヴァージニアの口から語られる。

「そして、私たちを使う……いえ、使()()()()()()()()のは、彼女に力が無かったからです。元々、リリスの含まれた”リア・ファイル”の雨で、私たちは起動してしまった。雨にしか力を与えられなかったから……」

 確定事項と不確定事項に絡み合った現状に、ガレア帽の戦姫の言葉の歯切れが悪かった。

 ロックは、自分に残る謎を吐き出す。

「もし、リリスの復活が前提として、俺に固執する目的はなんだ。漠然と、アイツらに狙われるのは……」

「俺に含まれた魂だ。命熱波(アナーシュト・ベハ)のベースとなった者がいる、リリスはそれを狙っていた。復活させる為に」

 ”洗礼者(バプト)”という潜在意識の化身の言葉に、ロックはアンティパスを見つめた。

 リリスが、アンティパスに言い放った言葉は、

『アンティパス……そういう名前だったが、その体が()()()()()()()()()申し分ないな』

「アンティパスを入れていた体……それが、洗礼者の命熱波(アナーシュト・ベハ)の元の体……?」

 ロックの振り絞って出した言葉に、アンティパスは、

「しかし、体と命熱波(アナーシュト・ベハ)を留め、一体化させるには、エネルギーが必要だ。膨大なエネルギーが……」

 アンティパスが苦々しく呟く。

 ロックはその意味を悟り、込み上げてくる吐き気を堪えて吐き出した。

「人間の命熱波(アナーシュト・ベハ)化……しかも、()()()()()()()()()()()()の為に、人間の魂を使っていた」

 救世の剣の起動は、大量の人間を必要とする。

E=MC^2、理論上、人間一人は大都市――いや、地球上で必要な資源の熱出力を補うどころか、()()()()()()()()()()()()()()を持つと言われていた。

それを大都市にいる人間の”魂”を集めるとどうなるのか。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なら……死者の復活は、事も無いだろう。ただし、不完全な”救世の剣”では、人間どころか熱力を出した影響で、環境が激変する可能性が高い」

 洗礼者と呼ばれる別人格は、呟く。

“救世の剣”は崩壊し、リリスはその欠片に潜んでいた。

バンクーバーの空に浮かぶ()()でも、人一人の肉体に魂を固定化させることは可能だろう。

 淡々と吐き出されたバプトの呟きから、ロックのリリスの意図を心の中で推測。

だが、ロックには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「待て、なら何で()()()そこにいる?」

 ヴァージニアを、ロックは指さした。

 当のリリスの力の一部である、ガレアの少女は言われて戸惑う。

「そもそも、俺自体、リリスの力を継ぐファンが中に――そうか、そういうことか!?」

 ロックの叫びに、洗礼者は笑った。

子供の悪戯が成功したかのように、バプトは口の端を釣り上げ、

「まだ、諦めることは無い。()()()()()()()()は、まだ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 洗礼者の言葉が、ロックの闘争心の鼓動を再び速めた。

「ヴァージニアもいる……ライラも」

 アンティパスからの口から出た、サキを守るもう一人の命熱波(アナーシュト・ベハ)の名を耳にして、ロックは彼に問う。

「アンティパス……お前は、ライラ……いや、リリスか。そいつの所為で、洗礼者に殺された。恨みを抱いても不思議じゃない。ここに来て、俺らに手を貸す理由はなんだ?」

 アンティパスはロックに向いて、

「死ぬ為だよ」

 ロックは、息を呑んで目を見開く。

「不思議なんだけど……僕は、命熱波(アナーシュト・ベハ)化された元の肉体を離れ、リリスの望む器に入れられた。お前と戦って、洗礼者と共にいる。だが……」

 彼の灰褐色の眼が、ロックを見据える。

()()()()のが、本望だった。リリスに仕組まれたとはいえ、バプトは大事な者の為に、全てを捧げる一途さがある。僕は、彼の刃を浴びただけでも、満足した」

 ロックは言葉を噛み締めて、耳を傾けた。

「僕たちは、何等かの意図で命熱波(アナーシュト・ベハ)化され、肉体を渡り歩いていた。()()()()()()()()()を心のどこかで願っている。その願いを叶えてくれたのが、そこの友だった」

 洗礼者は顔を曇らせ、何も言わない。

だが、ロックに無言で目を向けた。

 交わす言葉を持ち得なかったが、ロックは何処かでその終焉を思い浮かべる。

 その代わりに出したのは、

「俺は……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 右拳を作り、それを強く握る。

()()救うことはできない。結局は、()()()()()しかできない」

 ファンの命を奪う選択肢、今までに行ったことの正しさについて、悩み尽きることは無い。

「しかし、それでも、()()()()()()()()()は……()()()()()()()()、サキを自分(テメェ)の為に行動させることだ。頼む、力を貸してくれ!」

 ロックの目の前の闇を光で覆いながら、三体の命熱波(アナーシュト・ベハ)が消えた。

しおり