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第1話~予兆~

 蒼く光る月が森を照らしていた。眼下に広がる森は明かりに照らされ、森全体が蒼く発光しているようにも見える。森に流れる川にはホタルが飛び回り、一層その様相を幻想的に彩っていた。

 この広大な森に抱かれた小さな村『フォーレスタ』は百にも満たない人々が生活しており、必要最低限生活するに困らない程度に狩猟・採集・畜産などを行い、ほそぼそと生活を営んでいた。

 村の中心には櫓が設けられ、見張り台としても活用されていた。万が一、有事が発生した際は、見張り番が鐘を村中に響かせ、フォーレスタ全体に異変を知らせるようになっていた。

 そして今、その見張り台にはひとりの少年が立ち、監視を行っていた。

"今日は満月。このまま何も起こらなきゃいいんだけど…"

「お~い、アコード!」

 櫓の下を覗くと、見覚えのある少年が手を振っていた。

「どうした~?シュー」

 彼はシュー。いわゆる幼馴染というやつで、小さいときから勉学を共にし、十六になった今でも剣の訓練を毎日する仲だ。

「村長さん…いや、おまえの母さんがご飯だってさ~。俺は済ませたから見張り変わるぞ~」

 俺は、手を軽く振り、了承のサインを送った。

 櫓による森全体の監視は、村の若手で結成された自警団により交代で行われていた。この監視と異変に対する警報を起点とし、所帯持ちで結成された青年団が対策を検討、その後村長に決裁を仰いで異変に対する対処を行うといった組織的なコミュニケーションが図られ、助け合いの精神で村全体を守り通していた。

 櫓に備え付けられた梯子を降り、幼馴染のいる方向を見ると、いかにも『感謝しろよ』と言いたげな顔でニヤニヤと笑っている。

「あ…ありがとな!」

 少し恥ずかしくなりながらもお礼の言葉を言うと、シューは一層笑って肩を叩いた。

「見張りはまかせろ。たまにはゆっくり食べてこい!」

 見張り番が身に着ける腕章をシューに渡すと、再度了承のサインを送り、家路に就いた。

 俺の暮らす村長の家は、櫓の目と鼻の先にある。これは、父である前村長が村民の安全や生活を第一に考え建設し、村長の一家を中心とした村の警護を強化したためである。

 ご多分に漏れず、俺自身も櫓の見張り番に嫌というほど付き合わされていた。それをシューは痛いほど分かっているからこそ、見張りを交代し、休むよう俺に促したのだ。

 自宅に近づくと、とてもいい匂いが周囲を取り囲んでいるのが分かった。目を瞑れば、まるでミルクときのこが奏でるハーモニーが聞こえてくるかのようだ。

「ただいま」

「おや、アコード。まだ見張りの時間だったはずじゃないかい?」

 シチューを作る手を止め、村長である母が訪ねた。

 母は、父が10年前に他界してから今日に至るまで、女手一つで俺たち兄弟を育て上げ、村長という激務をこなしてきた。

 それを成し得ることができたのも、気丈な母の性格もさることながら、俺の一族、即ちフォーレスタ家が敷いてきた「村民を第一に考える」という治世に対して、村民の絶大なる支持があったからこそだ。

 政が母の代に移ってからも、代々受け継がれたフォーレスタ家の治世に変わりはなく、母は決して俺ら兄弟を甘やかさなかった。

 普通、政を行う家系の長が、肉体労働や戦闘などを自らの子孫に課すことは皆無である。これは、自らの家系の治世を長続きするために、必要なことだからだ。

 だが、俺の一族は違った。自らの家系よりも、村民の安全や生活を第一に考え、例え命の危険があったとしても、村民と共に考え行動を共にする。

 広大な森に抱かれた「フォーレスタ」は、それを守る村長一族の治世によって、代々守られてきたのだ。

「シューが見張りを代わってくれたんだ。『たまにはゆっくり夕食を取ってこい』だってさ」

「そうかい。あんたはいい友だちを持ったもんだ」

「俺もそう思うよ」

「でも、夕食を取ったらすぐに戻るんだよ」

「分かっているよ。『フォーレスタ家家訓その1 常に村民のことを考えよ』だろ?」

「それもそうだけど、非番のはずのシュー君を、いつまでも見張り台に縛りつけといちゃ可哀想じゃないか」

「確かに。母さんの言うとおりだ」

 俺と話ながら料理の仕上げを済ませた母は、竈に焚かれていた火を落とすと、出来上がったばかりのシチュー鍋を食卓に載せた。

「もう時期夕食になるから、みんなを居間に呼んでおくれ」

「わかったよ」

 俺は母と話していたキッチンを後にして、自宅に居る家族全員を居間に集合させた。

『フォーレスタを守る森の精霊たちよ。今日もその恵みを分け与えて下さり感謝致します』

 母が作った手料理の数々が並べられたテーブルを前にし、家族全員が森の精霊に対して感謝の祈りを捧げた。

 そして、いざ食事を取り始めようとしたその時、シューが慌てふためき、息も絶え絶えの状態で村長の自宅に入り込んできた。

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