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24、いったい、何が……

 なんだか妙に小さくなったバルトヴィーノとルシアちゃんに続いて家まで走る。
 俺の攻撃の余波は受けていないように見えていたのだが、近くまで来たらかなりボロボロになっていることが分かった。
 走る勢いそのままに中に突入しようとした刹那、鈍い音と共に巨大な影が迫ってきた。
 思わず抱き止めると、それは先に様子見に行かせたチェーザーレだった。危ねぇ、殴らなくて良かったぜ。

「! チェーザーレ!」
「大丈夫ですか? 今、回復を……」

 俺と同様、飛んできたものの正体に気付いた二人が声をかけると、チェーザーレはよろけながらルシアちゃんの回復魔法を制止する。

「大丈夫だ……回復は、俺よりも」

 チェーザーレが言い終わらないうちに、もう一人飛んできた。そして、それを追いかけてくる殺意の塊。
 咄嗟に飛んできた人影を受け止めて、クルッと回転し尻尾を追手にぶつける。
 バシッと良い音がして、追手は吹き飛んでいった。気分はホームランを打ったバッターだ。

『無事か?』
「ああ……ありがとう栗栖」

 受け止めた人影は本庄だった。姿が変わったらしい俺を見て、一瞬驚いた表情をしたがすぐに立ち上がる。
 ド派手に吹き飛んできた割に大きなダメージが無いらしく、チェーザーレのようによろめくことなくすぐに視線を家の方に向けていた。

「栗栖、聞きたいことが色々あるけど話は後。まずはあいつらを何とかしないと」
『む? そうか』

 俺達が外に飛び出した後何があったのか聞こうとしたら先にそう言われてしまった。まぁ、確かに敵を前に悠長に話している場合ではないな。
 俺も敵に向き直る。その姿を見て驚いた。
 夜闇の中ということもあって飛び出してきた時は黒い塊にしか見えなかったから、また南海がモンスターでも召喚したくらいに思っていた。
 しかし、月明かりと壊れた壁の隙間から漏れる家の明りに照らされたそいつは、変わり果てた南海の姿だった。

『いったい、何が……』

 オーリエンで見た、暗黒破壊神の欠片によってモンスターに転じた人間にそっくりだった。腕が羽のように大量に生え、口は裂けその中にもう一つ口がある。
 その口からは、呻き声とも唸り声ともつかないくぐもった音だけが漏れていた。もはや話が通じる相手でないことは明白だった。

「栗栖、全力でいくぞ。あれはもう、南海じゃない」
『待て、本庄。ルシア、浄化を』
「はいっ」

 オーリエンではルシアちゃんのスキルで戻せるのではないか、という予感がしつつ間に合わなかった。
 今回はあの頃と違って言葉すら忘れてしまった様子から望みはかなり薄いとわかってはいるのだが、何もせずただ殺すのも、1号が生徒達を救おうと奔走する姿を見てきているだけに悔いが残りそうだ。

「慈悲深き女神様、どうか救いをお与えください……――」

 ルシアちゃんが詠唱に入る。女神に捧ぐ祈りの言葉を一言一言発する度に蛍のような光が集まってくる。
 その神秘的な光景を最後まで見たいと思うが、そうはいかないようだ。
 先ほどまで本庄に向かって唸り声を上げながらゆっくりと、まるで屍鬼のように近づいてきていた南海が標的を変えたからだ。

「グガァァァァアアアアアアッ!!」

 まるで宿敵でも見つけたかのように、咆哮を上げる。
 緩慢だった動きから、グリン、と急に体の向きを変えてルシアちゃんに向かってきた。
 さきほどまでとはまるで動きが違う。

『ルシア!』

 慌てて身を盾にするバルトヴィーノの更に前に俺が出る。
 詠唱はまだ終わらないのか? クソッ。
 構えた俺の爪に触れるか否か、というタイミングまで迫ってきたところで、南海は急にバタリと倒れた。起き上がれないようで、もがくように地面を掻いている。

「ぐ、ぐぁ」
「ルシアさん、これあまり保たないんだけど、あとどのくらいかかる?」

 本庄が倒れた南海の背中を足で抑えながら聞いてくる。
 どうやら、南海が倒れたのは本庄が重力魔法を当てて地面に縫い留めたからのようだ。
 よくよく見ると、僅かに地面が陥没している。

「……――かの者を暗黒破壊神の呪縛より解き放ちください。≪浄化≫(プリフィカジォーネ) 」

 お、詠唱が終わったようだ。
 ルシアちゃんが両手を胸の前で皿のようにすると、ルシアちゃんの周囲の光が全てその上に集まり巨大な光の球になった。
 そして、身動き取れずにいる南海へと一直線に飛んでいき、その身体を押し包む。

「ぐぎゃぁああああああああ――---!!」

 光の中から南海の悲鳴が聞こえる。
 そして、じわじわと黒い煙のようなものが光に滲むように出てきては消えていく。

『成功か?』

 これで、南海を元通りにしてやれる。そしたら南海達の安否を心配しながらも日本に帰っていった他の勇者達も安心するだろう。
 だが。

「……南海?」

 光が収まっても、異形の姿のままの南海はピクリとも動かなかった。
 本庄がそっと足をどけて、南海の手首を持ち上げる。
 そして、首を横に振りながら静かにその手を地面へと戻した。

「そ、そんな……」
『やはり、一度異形となると元には戻れんという事か』

 ルシアちゃんが口元を押さえる。元に戻るように、救われるようにと祈りながら放った魔法で死なせてしまったのがショックだったのだろう。ボロボロと涙が零れてくる。
 しかし、救い=死とは、ずいぶんとイメージが変わったぞ女神とやらよ。
 あんたを信じて力を揮ったルシアちゃんを泣かせたこと、俺は許さんからな? 会う事なんかないだろうが、もしあれば一発殴ってやる。

『……ずいぶんと、残酷なことをする』
「誰だ?!」

 腹の底からぞわぞわとしたものが這い上がるような声が響いたのは、その時だった。

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