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姦計―⑦―

 ロックの目の前で、サミュエルは黄金の旋毛風を発生させる。

 飴色のジャケットを纏った彼の右腕が、シャロンに伸びた。

 リリスは月白色の眼に、痛みで歪むロックの顔を映しつつ、サミュエルに反射光の嵐を放つ。

 刹那、緑色の雷が地から這いあがった。

雷から土砂が巻き上がり、サミュエルを捉えた光の雨を遮る。

「無粋な奴が生きているからな、気を付けろ!」

()()()では、()()()()()()()()()()()()()から、すっかり忘れていたよ」

 サミュエルが皮肉を放つと、ブルースの放った稲妻の壁が消えた。

 地上に降り立ったサミュエルは、右腕で掴んだシャロンを横たえる。

 リリスの攻撃を避けたが、全てと言う訳には叶わず、彼女の背中が焼かれていた。

傷を負った彼女を木陰に置く為に、背後を見せたサミュエルに、”フル・フロンタル”が三体。

銀頭人形は、その体を象牙眼の魔女に変えた。

「とは言っても、見逃すわけはないけどね!」

 サミュエルの言葉の後に、金色の鎌の一閃、人形三体の胴体に走った。

倒れたシャロンを背に、鎌を跳ね上げて出した、散弾銃の火も忘れない。

一体の後ろから飛び出た、”ウィッカー・マン:クァトロ”の胸部に、銃撃が炸裂。

サミュエルが金剛風波(スプレア・ガイエッフ)で、追い払った”四つん這い”の向こうから、更に”クァトロ”の群れが押し寄せてきた。

二発目も間髪入れずに撃ち、周囲の”クァトロ”も吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた、”四つん這い”は立ち直すまでもなく、翡翠色の閃光の蔦に絡めとられた。

 ブルースは、”ヘヴンズ・ドライヴ”を両手に構え、

「その響きだと俺も狙っているように見えるけど……」

「まさか……()()()()は選ぶ程度の分別はあるよ?」

 サミュエルが、ブルースの背後に迫るサロメに、”パラダイス”を散弾銃にして放つ。

ブルースは右に銃撃を避け、サロメの石榴の唇以外の頭部が吹き飛んだのを確認すると、

「僕にも()()()()はあるからね!」

 サミュエルの言葉に辟易しながらも、ブルースはサロメ姿をしていた”フル・フロンタル”の胴体を右手の半月刀で切り捨てる。

その背後から来る”四つん這い”と、象牙眼の魔女の大群に得物と共に、突入した。

 翡翠と琥珀の閃光が奔るのを見届け、ロックも”ブラック・クイーン”を“鍵の構え”にして突き出す。

 リリスの黒と白の羽衣は盾となり、彼の刺突を悠然と受け止めた。

「その顔……何も変わっていないな……ファンの中から見てい――」

 リリスが言葉を終える前に、ロックは懐に入り込んで左袈裟から、右上に切り上げた。

「少しは()()も弾ませても良いじゃないか……これでも、()()()()()()()()()()()()()()()()のだからな」

 振り払った双翼の剣から見えたリリスに言葉を出さず、剣を握った右手を引いた反動から放った左の捩じり拳で応える。

サキの体に入ったリリスの前で、ロックの左手の一撃は電気熱力の波紋を浮かせた。

磁向防(スキーアフ・ヴェイクター)は、命熱波(アナーシュト・ベハ)から生じる。

だが、その過程で宿主の生命力を吸収。

宿主が命を失うと、当然、命熱波(アナーシュト・ベハ)も活動できなくなる。

宿主と長くいればいる程、その時の損傷が命熱波(アナーシュト・ベハ)にも影響を与え、回復に必要な熱力を得る時間も多くなる。

命熱波(アナーシュト・ベハ)を得た人間は強くなるが、命熱波(アナーシュト・ベハ)はその宿主に縛られる。

つまり、命熱波(アナーシュト・ベハ)にとって、宿主は()()()()()()()

 リリスは、サキを手放したくない。

サキの体を維持出来なくなれば、リリスは力を弱め、ロックにも付け入る隙が出来るだろう。

 だが、ロックは、目の前のリリスから焦燥感を全く感じなかった。

 ”ブラック・クイーン”を振りかぶろうとすると、

「中々見ものだったがな……お前は、愛しい顔だったぞ……」

磁向防(スキーアフ・ヴェイクター)に照らされたリリスから紡がれる言葉に、ロックの頭の中が白くなっていく。

()()()()()()()()の前で見せた、()()()。本当に傑作だったぞ!!」

 ロックの中に浮かんだのは、自分の命を賭して、救った彼女の顔。

 それが、()()()()()

 サキの体に入った、月の衛星の名を持つ女は、正に夜鳴く魔女に相応しい嘲笑だった。

「お前が……ファンを弄んだ。ファンの意思や、世界に未来も……全て、テメェが奪った!!」
 
ロックの”ブラック・クイーン”に、噴進燃料の炎が宿る。

業火を作ると、ロックはサキの体に叩きつけた。

 リリスとの間を遮る、黒と白から放たれる二色の光の前で、黒と紅の雷霆が血の様に噴出す。

その生み出した力にリリスは、後ずさりし、ロックは間髪入れずに翼剣を構え直した。

 ロックの放った力の奔流で吹き飛ばされたリリスの黒い翼槍。

その一閃が、突き進む彼の背中を焼く。

しかし、その激痛が全身を掛け抜ける前に、彼はリリスの間合いに入った。

駆け抜ける疾風(ギェーム・ルー)”で神経速度を、体内電気で人工的に高めた神速の刃に、リリスを覆う磁向防(スキーアフ・ヴェイクター)の形を浮き上がらせる程の攻撃熱力を乗せる。
 
リリスに加えた斬撃が、白銀の翼槍を撒き散らした。

無数の欠片から放たれた、無数の星屑の煌きがロックを迎え撃つ。

“ブラック・クイーン”を突き出し、光線を弾いた。

だが、周囲のフォトニック結晶がブラック・クイーンから弾かれた攻撃を受け取る。
ロックの頭を除いた全身が、反射された()()()()に貫かれる。

痛みで朦朧としながらも、ロックはリリスに向け”穢れなき藍眼(スール・ヒンプリィ)”の水鋸刃を繰り出した。

光を屈折させ、リリスから攻撃手段と視界を同時に奪うと、ロックは地を蹴って飛翔。

頂き砕く一振り(クルーン・セーイディフ)”による、電子配列で硬化された”リア・ファイル”を励起した熱出力の刃を、リリスの頭上で煌かせた。

硬化された刃と熱量による衝撃の奔流が、一際輝いた極光として周囲を照らす。

「愉快だな、ロック=ハイロウズ。お前の悪足搔きは、いつ見ても面白い。しかし、()()()()()()()()()()は、更に格別だ!!」

 しかし、リリスは、傷は愚か、息の切れる様すら見せず、悠然とロックを見据える。

まるで、薔薇の花とその棘――いや、それで傷ついた柔肌を覆う赤を楽しむ恍惚さの眼差し。

リリスの双眸は、美しいモノも、醜いモノも、全てが添えられても輝く、宝石――いや、()()()()()()の煌きだった。

「サキ、その体はお前の体だろ。その惚気顔晒したアホ黙らせて、さっさと目覚めやがれ!」

 ロックは悪態と共に膝をつく。

今頃になって、全身を貫く激痛や流血で意識が朦朧とし始めた。

しかも、鉄の味が更にそれを意識させる。

だが、血の気が引くと言うよりは、()()()()()()()()()()()()()

それが、ロックを戸惑わせた。

「ブルース……君とのやり取りは、本当に疲れてきた……そろそろ死んでくれない?」

「サミュエル……突然現れた不調の原因を俺に転嫁しないで。これ……疲れとかそういうのじゃないぞ!」

 ”クァトロ”とサロメの恰好をした”フル・フロンタル”に囲まれつつも、悪態を言い合っているブルースとサミュエルの姿が、ロックの眼に飛び込んだ。

ブルースは膝を突き、サミュエルは、木に背を預けている。

彼らの足は、立つのも精一杯の様だった。

――何が起こっている……!?

 ロックの思考している他所で、傷を負いながらも立ち上がるシャロンが目を見開いた。

「不味い……皆、リリスの力で抑えつけられている。ロックは……()()()()()()()()()!」

 彼女の叫びで、ロックの中で、鼓動が刻々と速さを増した。

 彼女が滑輪板でロックに近づこうとするが、リリスの罅割れた白い幅広の両端投槍(ピルス=ムルス)に弾き飛ばされる。

 シャロンが遠ざかると、黒と赤の奔流がロックの体から溢れ出た。

 体を覆う雷撃が、深紅の外套を包み込む。

二条の雷撃の放つ熱力が、竜巻を作った。

どす黒い血の運ぶ、熱と痛みでロックは膝を付かされる。
 
月白色の眼が、彼の目と鼻の先にあった。

「ファンとかいう我の一部が、お前の命を支えている。アイツらには、我のナノマシンが無いから、侵食されると動けない。だが、お前の中の()が、()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 ロックは右手の”ブラック・クイーン”の護拳を、リリスの顔面に放つ。

ロックの撃った拳に沿って、黒と赤の波となった。

右拳の”ブラック・クイーン”の先にあるリリスの顔が、黒髪黒瞳の、見知った少女の顔を作る。

「ロック……倒して、彼女を……わた……し……と、共に」

 サキの顔が、月白色の冷徹な美貌の顔から、浮かび出た。

「サキ、諦めるんじゃねぇ。()()()()()()()()()()()!」

 ロックは叫びながら、サキの顔をしたリリスの上から、翼剣を振り下ろした。

 紅黒の雷の波が、サキの顔をしたリリスを呑み込む。

 ロックのナノマシンの熱出力に抗って放たれる雷撃と火花が、サキの磁向防(スキーアフ・ヴェイクター)に当たり光を散らし、彼女の顔を照らした。

「その体、その心……()()()()()()()()()()()は、お前の全てだ! 力も含めて、今いる世界も全てお前のモノだ。リリスとか()()()()()()()()の為に、自分を犠牲にするんじゃねぇよ!」

 ”頂き砕く一振り(クルーン・セーイディフ)”の超硬化の斬撃の熱出力量が、サキの前で開いた磁向防(スキーアフ・ヴェイクター)を削り取る。

 弾けた光の向こうで、サキは目を見開いた。

 ロックに見せた時の、命拾いで呆けた顔。

彼女の見開いた黒い目に、溜まる涙。

だが、()()()()()()()()()が大きく映したのは、()()()()だった。

 自分を犠牲にした、ファンという少女。

 鉢金の男が、手に掛けたライラという少女。

 気丈な顔の中、最後に見た涙。

それは、()()()()()()()()()()()()と言う願い。

その眼を見ても、否定せざるを得なかった()()()()()()から()()()()だった。

自分(テメェ)を救えるのは、自分(テメェ)しかいねぇんだよ。誰かを助ける為に、()()()()()()()、都合よく全てが収まるワケねぇだろうが!!」

 ”ブラック・クイーン”の刃をサキの前で、何合も打ち付ける。

 サキの前で、湧き出る紅と黒の奔流を放ちながら、ロックは叫んだ。

 紅黒い雷が、サキの前で波となって、打ち付けられる。

 彼女の顔に寂しさの色が宿り、その眼に赤と黒の雷撃が血や涙の様に染まるロックを捉えた。

 足を取られそうになっても、腕から力が抜けようとも、ロックはサキの前から下がらない。

しかし、前に現れた黒い翼槍が、ロックの体を突き飛ばす。

ロックの目の前のサキの顔は、リリスに上書きされていた。

「思ったよりも強いな、この器は。でも、ロック」

 月白色の顔で、凍える三日月の笑顔を作りながら、

「よく考えて……”()()()”には、()()()()()()()()()()。これが分かる?」

 リリスの問いかけに、ロックの感情の堰が外された。

 内容ではなく、彼女の口から出る()()()は、

「サキの声で語るな、サキの目で見るな……。サキの手で、俺に触れるな!!」

 サキの顔を作りながら、ロックの下顎をリリスは両手の籠に包む。

 抵抗しようとするほど、体から力が抜けていくのを感じた。

リリスに蹂躙された、少女の嘲笑が浮かぶ。

今度は()()()()で、それを繰り返そうとしていた。

 サキを模したリリスの眼に、黒と赤の光を撒き散らすロックが映る。

だが、全身から力の抜けたロックの頭をリリスが顎を支える両手が、揺らした。

怒りで歪む碧眼から溢れる涙が、並々に注がれた水瓶の水の様に溢れる。

ロックの目元から熱の雫が、バンクーバーの雨と共に落ちた。

迫りくるリリスの眼の中でロックは、水攻めに処されている様に映る。

ロックの下顎を支える、リリスの月白色の両手に力が入った。

「器は、()()()()()()()()()()()()。しかし、()()()()()()は、それを選べない」

 リリスの言葉に、抗おうとしてロックは口を開く。

 だが、彼女の交わした接吻が、彼の言葉を遮った。

 下弦の口が、蛇が卵を一息に呑むかのように、ロックの口を貪る。

 感じたのは、快楽ではない。

 ただ、青い光が、リリスの口へ注がれる。

それから、ロックの内からの赤黒い雷が炎となった。

 リリスが離れると、ロックは青い光の壁に覆われる。

 紅と黒の二色の炎もロックを囲った。

三色の炎がやがて溶岩の様に、彼の範囲からすり鉢状に広がる。

彼から溢れた鮮血が、赤黒い蛇になって、大地を貪っているようだった。

 ロックから溢れた青い魂を吸い込んだリリスは、

「だから、我は()()()()()()()()()()。そんな()()()()なんて必要ない。魂は()()()()()に入る。そうでない器は、篤と散らすが良いわ!!」

 黒と赤の二つの光が、青い光と交じり合う。

「兄さんが……死んでしまう!」

「サミュエル、止めろ!」

 紅黒の炎と光が衝突している中、サミュエルを抑えるブルースの叫びが響く。

「良いか、スコットランドと同じだ。ロックの中の命熱波(アナーシュト・ベハ)が、”リア・ファイル”を通して生命維持を働かせている! その膨大なエネルギーに焼かれるぞ!」

「”リア・ファイル”に回復させても、ファンのナノマシンとの均衡は、既に崩れた。命導巧(ウェイル・ベオ)の防衛機能も過剰反応を起こして、暴走。結局、兄さんの肉体を代償に、”リア・ファイル”が焼き尽くす。安心できない。そんなことさせるもんか!!」

 ロックを救わんと赤と黒の奔流に飛び込まんとするサミュエルを、ブルースが彼の肩を背後から掴む。

 口論する二人を他所に、シャロンの眼は、息を切らせながらロックに包まれる赤と黒の雷の竜巻に釘付けとなっている。

 二人の言い争う声が、ロックは聞こえなくなった。

 赤と黒の奔流の高まる鼓動が、ロックの聴覚を捕らえる。

スタンレー・パークの球戯場が、赤と黒の二色に支配されていく。

そして、視覚と聴覚以外の感覚の機能している場所を探しながら、ロックの意識は闇に落ちていった。

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