バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第135話 秘密の男子会

「はい、ではみなさん。グラスを持ってー! ――かんぱーい!」


 幹事が笑顔でグラスを掲げると、ここそこで「はい、お疲れさーん」という声が上がった。
 第三死神寮の男性陣が笑顔でビールを煽る中、死神ちゃんはいそいそとグラスをフォークに持ち替えた。そして、迷うことなくデミグラスソースがこっくりと絡んだミニハンバーグを口の中へと放り込んだ。ハンバーグの乗っていたプレートには、他にもスパゲティや天ぷらなど、様々な種類の食べ物がひとくちずつ盛られている。――死神ちゃんは死神課三班の男性限定の飲み会、いわゆる〈男子会〉でビュッフェに来ていた。

 実は、死神ちゃんは入社して数ヶ月の間、男子会にお呼ばれしていなかった。どうやら同僚たちは「むさい男どもの中に幼女ひとりというのはいかがなものか」などの理由で、誘うのを戸惑っていたらしい。女子会に参加しているというマッコイの発言で「男子会もある」ということを知り愕然とした死神ちゃんの懇願により、以来、男子会は死神ちゃんも気軽に参加ができる日中に死神ちゃんも交えて催されている。
 次はどの料理をつまもうかと目を輝かせている死神ちゃんをほっこりと眺めながら、同居人のひとりがぼんやりと言った。


「|薫《かおる》ちゃん、本当に可愛い」


 死神ちゃんが盛大にドン引くと、可愛いとのたまった同居人は慌てて「変な意味じゃない」と弁解した。


「見た目で『可愛い』って言ったんじゃないから! 本来の姿でも、俺は絶対に『可愛い』って言ってるから!」

「それこそ、嬉しくないんだが」

「いやだってさ、おっさんなのに甘いもの好きだったり、おっさんなのに素直に一喜一憂してるっていうギャップ萌え、可愛いじゃんか。それでもって、羨ましいくらいモテモテだし。俺もそんな〈愛されるおっさん〉になりたいなって!」


 なおも死神ちゃんが苦い顔を浮かべていると、その横に座っていたクリスが不機嫌に目を細めた。


「なに、みんなも薫狙いなの? |オナベ《・・・》さんであるみんなの恋愛の対象って|オカマ《・・・》さんなんでしょう? だったら、薫は対象外じゃん。やめてよね、私の薫にまでちょっかいだすの」

「あのね、クリスちゃん。その薫ちゃんも、本来は俺たちと同じ|オナベ《・・・》さんなの。だから、いろいろとこじらせる前にお前も諦めなさい」

「やだ! そんなの、信じない!」


 クリスは嗜めてきた同居人を目一杯睨みつけると、「これはもう食べた?」「これ、美味しかったよ」と甲斐甲斐しく死神ちゃんに世話を焼き始めた。死神ちゃんも他の男性陣も、苦笑いを浮かべると深いため息をついた。

 肉体は男性で精神は女性であるクリスは、だからといって俗に言うオカマさんではない。彼のいた世界では、死神ちゃんたち〈こちらの世界に住む大多数の人間〉が不一致と思うその状態こそが〈ごく普通のこと〉であった。すなわちクリス個人としては、クリス自身は〈ごく普通の女性〉なのだ。では何故そのクリスが男子会に参加しているかというと、死神ちゃんも直面した〈お風呂問題〉に彼も悩まされたのがきっかけだった。
 彼は最初、彼にとって〈完全完璧に同性〉であるマッコイと一緒にお風呂に入ればよいと考えていた。しかし、マッコイはワケアリ仲間である死神ちゃんと一緒にお風呂に入っていた。しかしクリスにとっては現状、死神ちゃんは〈完全完璧に異性〉という認識だったため、一緒にお風呂だなんてもっての外だった。結果、「どちらがより〈同性〉と感じるか」を考えて男性陣とお風呂をともにすることにした。そのため、彼はこういう集まりも男性陣側で参加することになったのだった。

 せっせと世話を焼いて〈いい女アピール〉に余念がないクリスを適当にあしらいながらマイペースに食事を進める死神ちゃんを、同居人たちは羨ましそうに眺めてこぼした。


「なんで薫ちゃんばかりハーレム形成して、そしてその輪がどんどん大きくなっていくんだろう」

「俺さ、薫ちゃんから前に教わった〈口説きのテクニック〉を実践しているんだけどさ、あと少しってところで振られるんだよ。どうして?」

「そりゃあ、お前の下心が見え見えだからなんじゃあないか?」


 出し抜けに話に絡んできた死神ちゃんにナンパの成果が得られないという同居人はギョッと目を剥くと、不服そうに声をひっくり返した。


「そんなあ! 下心なんて、あるに決まってるだろ!? 薫ちゃんだって、あるだろ!?」

「俺、別に周りの女性陣をそういう目では見てないし。だから別に、あいつらに対しては口説いたり何か特別なことをしたりはしてないし」

「はあー!? だったら、ちょっとくらいおこぼれちょうだいよ!」

「だから、そういう関係じゃあないからおこぼれも何も。ていうか、そんな〈おこぼれ〉って、相手に失礼じゃないか?」

「うわあ、モテる男の余裕!」

「いや、そんな、全員ただの友達だし」


 同居人は大げさに泣き真似をして「リア充爆発しろ」と叫ぶと、そのままテーブルに突っ伏した。
 死神課に属する彼らは、第二班の新人・権左衛門のように生前は勇敢な戦士であったというような経歴を持つものよりも、死神ちゃんやマッコイ、ケイティー同様に〈世間的には胸の張れない仕事〉に就いていたり何かしらの罪を犯していたりという後ろ暗い前世を持っていた者のほうが多い。そのため、こちらの世界に来てから幸せを感じたり安らぎを知ったという者が多かった。なので、色恋沙汰に憧れを持っているものも少なくはないのだ。


「リア充と言えばさ、住職がとうとうおみっちゃんとお付き合い始めたんだよな。いいなあ、あのクールボインを射止めただなんて」


 ふと誰かがそんなことを言い出し、矛先が住職に向いた。住職は矢継ぎ早になされる質問に答えることなく、顔を真っ赤にして汗をかきながら照れるのみだった。そんな彼の様子に、同居人たちは不満げに言った。


「何だよ、恋愛童貞かよ! 生前は女をとっかえひっかえの悪辣暴力僧侶だったくせにさあ!」

「うるさいな、それは言わないお約束だろ!?」


 住職が羞恥心に耐えきれずに崩れ落ちて叫ぶと、メンバーは一様にうなだれたりテーブルに突っ伏したりした。そして呪禁のように「彼女欲しい」と吐き出した。そのまま彼らは口々に「◯◯課の誰それちゃんが気になってる」だとか「◯◯店の某さん、付き合えなくてもいいから、思い出に一発ヤラせてくれないかな」だとか、ふわっとした甘酸っぱい思いからド直球な欲求までを色々とやいのやいのと言い合ったのだが、そこにクリスが加わった。一緒になって盛り上がり「たしかにあの人は素敵」だの「|彼《・》、スタイルもいいけれど笑顔もそそるよね」と同意してくるクリスに、同居人たちは若干ながらもやもやとしたものを抱えた。


「うーん、やっぱ、ややこしいな……。異性として扱えば一応正解なはずなのに、同性扱いでOKなことも多々あって。結局、俺らはどう接するのが正しいんだ……」

「別にややこしいこともないだろう。個として捉えて、ひとりの人間として付き合っていけばいいだけなんだから」


 ブリの照焼をつつきながら、死神ちゃんが呆れ顔を浮かべた。すると同居人のひとりが「そうだな」と頷いた。


「暴論かもしれないけど、性別も〈単なる個性のひとつ〉なのかもしれないな。そもそも、周りにいる人たちひとりひとりのことを『この人は女』『こいつは男』って区別して接するってこと、意識してまではしてないし」

「だな。『男!』とか『女!』じゃなくて『だれそれさん』だもんな。それが当たり前なんだよな。だから性別も含めて、見た目だけで判断するってのは、それで好き嫌い決めちまうっていうのは、人付き合いする上で少しもったいないことをしているのかもしれない。しゃべってみたら意外とおもしろいかもしれないし」


 同居人たちの話を、死神ちゃんは得意げに頷きながら聞いていた。するとひとりがニヤリと笑って「でもさ」と続けた。


「そうなってくると、やっぱり薫ちゃんの『中身おっさんなのに、見た目幼女』って羨ましい〈個性〉だよな」


 死神ちゃんがムッとするのも気にすることなく、同居人たちは「分かる」と声を揃えた。


「見た目のおかげで、ダンジョン内外問わずチュッチュハムハムされてさあ! そのたびに嫌がる素振りを見せてるけど、内心ガッツポーズ決めてるんじゃねえの?」

「ホントな。俺も〈お姉ちゃん〉の胸の中に収まりたいし、ケイティー軍曹に頬ずりされてパフェ奢られたいわ。あーもう、マジで代われよ、その位置」

「代わってもいいけど、むしろ代われるなら喜んで今すぐにでも代わりたいけど、つまりそれ、お前らも〈変態冒険者との憂鬱ないっとき〉を過ごすことになるってことなんだが」


 死神ちゃんが表情もなくそう言うと、彼らはピタリと黙って「やっぱいいわ」と口を揃えた。死神ちゃんは一同を睨みつけると「お前ら爆発しろよ」と吐き捨てた。そして勢いよく立ち上がると、プスプスと怒りをあらわにしながらお代わりを取りに行った。そのあとを、慌ててクリスが追いかけた。

 満足がいくまでビュッフェを堪能した彼らは、ゲームセンターに移動して二次会を楽しんだ。死神ちゃんは「お詫び」ということでボーリング代やおやつをおごってもらい、仲間たちとの楽しい時間を全力で楽しんだ。


「やっぱさ、薫ちゃんが来てから、毎日が|鮮やか《・・・》になった気がする。いろんなことが起こるし、いろいろと考えるきっかけがもらえるし。何より、楽しい」


 帰り際、遊び疲れて眠ってしまった死神ちゃんを眺めながら、同居人のひとりがそう呟いた。同居人たちはそれに同意すると、住職に抱き上げられた死神ちゃんの頭を嬉しそうに代わる代わる撫でた。そして、みんなで仲良く寮へと帰っていった。




 ――――女人禁制だからこその楽しさというのは、たしかにある。そこに加えてもらうことができて、ざっくばらんに交流して。そして気がつけば、新たな仲間も加わって。自分にとって、寮の男性陣は〈友〉であるとともに〈家族〉であると、死神ちゃんは思ったのだそうDEATH。

しおり