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第129話 死神ちゃんとお嬢様②

 死神ちゃんは三階の奥地でこそこそと身を潜めている冒険者の集団に、天井付近を通ってこっそりと近づいていった。そして真っ逆さまに急降下して、冒険者のひとりの頬をペチリと叩いた。頬を叩かれた彼女はつんざくような悲鳴を上げ、そのせいでモンスターがわらわらと寄ってきた。一行は装備が整っていないながらも必死に戦い、何とかモンスターを退けた。
 頬を叩かれた彼女――お嬢様はゼエゼエと肩で息をしながら、戦闘が終わるや否やお財布番のお供に声をかけた。ただいまの所持金を確認した彼女は悲しげに顔を歪めて膝を折ると、がっくりとうなだれてポツリとこぼした。


「足りない……。死神を祓うには若干足りない……」


 そして彼女はポーチから帳簿のようなものをごそごそと取り出すと、淡々とそれに何やら書き留めた。何を書き留めたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼女は爽やかな笑みを浮かべて立ち上がりながら答えた。


「そんなの、決っているでしょう。あの出て行けジジイに請求する〈損害金〉として、あなたを祓うために必要な経費を付け足したのよ。アレがなければ発生しなかったであろう経費や損害については、全て支払いを要求する予定ですからね」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべながら、改めて一行を見渡した。彼らはいまだ装備をしていない箇所のある者がいるとはいえ、前回遭遇したときよりは装備が整っていた。死神ちゃんがそれを指摘すると、お嬢様は手のひらをポンと合わせて嬉しそうに笑った。


「一番の戦闘頭である私の装備を整える傍ら、お古をお供に譲ったり、かれらの冒険者職的に着用できないものは換金して中古を買い求めたりして、少しずつ揃えていったの。――ねえ、知っていて? 地上の武具屋やアイテム屋では曜日ごとや日にちごとに安売りしたり、毎日タイムセールしたりするのよ。そういったものを逐一チェックして、そこを狙って買いに行くとかなりの節約になるのよ! しっかり品物を見極めないと、逆に高くついてしまうことがあるから要注意ですけれど」


 すっかり庶民じみた発言をするようになったお嬢様の顔をぼんやりと見つめたあと、死神ちゃんはお供たちの顔も見渡した。彼らは心なしか瞳をうるませて、死神ちゃんからそっと目を逸らした。
 死神ちゃんは気を取り直すと、これからどうするのかと尋ねた。彼女はしばし思案顔を浮かべると、先に進むと答えた。

 彼女たちは冒険者生活が長引くだろうことを踏まえ、先日転職をして盗賊の技である〈姿くらまし〉を全員覚えてきたそうだ。そのため、それを使用すれば四階までは難なく降りていくことができるようになったのだとか。なので、どうせ死神祓いをするには若干お金が足りないのだから、目的通り〈姿くらまし〉を駆使して四階に降りようということらしい。
 死神ちゃんは首を傾げると、お嬢様に尋ねた。


「四階で一体何しようっていうんだよ」

「それはもちろん、本日のお夕飯を採りに行きます」

「お前ら、この前、そこら辺の草食べて死んだだろ。大丈夫なのかよ」


 死神ちゃんが顔をしかめると、お嬢様は不敵な笑みを浮かべた。そしてポーチから本を二冊取り出した。一冊には〈食べれる野草〉と表紙に書かれていた。もう片方はどうやら手作りの本のようで、表紙には特に何も書かれてはいなかった。


「なあ、努力の方向性が違う気がするんだが……」

「何を言っているの。とても大切なことでしょう? 本当なら今ごろもっとお金が潤沢にあって全員の装備ももう少しマシになっていたはずなのだけど、この一冊を買うのにかなりお金を使ってしまってね」


 言いながら、お嬢様は表紙に何も書かれていない方の本を指し示した。不思議そうに死神ちゃんが首を傾げさせて目を|瞬《しばた》かせると、彼女は本の内容をパラパラと見せてくれながら得意気に言った。


「とあるノームの農婦から買い求めた、彼女がダンジョン内にこっそりと作った畑の位置や食べられる何かがなっているポイントをまmとめた〈今年版ミニブック〉よ。本の代金には〈彼女の畑から作物を分けてもらう権利代〉も含まれていたから、かなり高額だったけれど。でも、一度払えば年間収穫権がもらえるから。これで探索中も食べ物に困るということはないわ」

「へえ、そいつはすごいな」


 死神ちゃんは思わず表情を失った。抑揚なくそう言う死神ちゃんのことなど気にも留めず、お嬢様は勝ち誇った表情を浮かべながら大事そうにその本をポーチの中に仕舞い込んだ。
 かくして、彼女たちは食材を手に入れるべく四階の〈小さな森〉を目指して歩みを進めた。森の奥を目指しながら、お共たちは不安げに声を潜めた。


「お嬢様、いくらなんでも、この時期にキノコは収穫できないのでは……」

「農婦のミニブックによると、ダンジョンの不思議な魔力の賜物なのか、今もきちんと収穫できるそうなのよ。だから、信じて進みましょう」


 黙々と歩き続け、彼らはとうとう森の奥地へとやって来た。そこでたむろしている切り株お化けたちに生える毒々しいキノコを目にして、お供たちは思わず苦々しげに顔を歪めて呻き声を上げた。お嬢様だけは満足気に頷いていて、どのキノコから手に取ろうかと考えを巡らせているようだった。
 お共たちは頬を引きつらせると、お嬢様に向かって遠慮がちにポツリと言った。


「お嬢様、さすがにこのキノコはちょっと……」

「あら、どうして? 色とりどりで、形も可愛らしくて、とても素敵じゃない。きっと美味しいに違いないわ」

「いやあの、カラフルなキノコは危険であると相場が決まっているのですが……」

「いろんな冒険者の体験談も聞いたのだけれど、食べてみて特に不具合はなかったそうよ?」


 言いながら、お嬢様は近くの切り株から怒られないように、根本からもぎ取らないように気をつけてキノコを収穫した。そして、今収穫したばかりのそれをそのまま頬張った。お供たちが驚愕の表情を浮かべる中、彼女は何食わぬ顔でキノコを追加で口に放り込んでもごもごと顎を動かした。


「うん、美味しいわ。あなたたちも安心して食べなさい。――あら? みんなが大きく見えるわ。何故?」

「そりゃあそうだろうな。お前、縮んでるもの」


 死神ちゃんは同じ背の高さになったお嬢様をじっとりと呆れ眼で見つめた。お共たちは慌てて〈口の中に残っているキノコを吐き出すように〉と進言したのだが、自分が縮んでしまったことに驚いた彼女はうっかりキノコを飲み下してしまった。すると、彼女はみるみる縮んでいき、ありんこほどの大きさにまで小さくなってしまった。


「お嬢様、一体どちらにいらっしゃるのですか!?」

「ええい、動くな! お嬢様を踏んづけてしまうぞ!」

「だから食べるのはやめたほうがいいと言ったんだ!」


 お共たちは口々にそう言いながら、目を白黒とさせて足元を確認しだした。そしてそのうちの一人が「あ」と間抜けな声を上げたのと同時に、死神ちゃんの腕輪に灰化達成の知らせが上がってきた。
 いたたまれない空気が立ち込める中、お供の一人が何かを思い出したかのようにポツリと言った。


「……ていうか、そもそも、我々は〈姿くらまし〉の術を覚えるために先日転職をして戻ってきたばかりでレベルも低いから、死神祓いの代金も手持ちだけで足りたのでは? 灰から蘇生するよりも、祓い代金のほうが安いだろう」


 さらに場の空気が重くなる中、死神ちゃんは苦笑いを浮かべるとそそくさとその場を後にしたのだった。




 ――――キノコはパッと見だけでは熟練の者でも誤って毒ありのものをとってしまうことがある。採るのも食べるのも、きちんと本を確認しながらでないと、痛い目に遭うのDEATH。

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