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第122話 死神ちゃんとギルド職員

 死神ちゃんは〈|担当のパーティー《ターゲット》〉を求めてダンジョン内をふよふよと漂っていた。その途中、死神ちゃんはダンジョンにそぐわぬ人だかりを目撃した。彼らは、エルフの女性を筆頭にして、何やら講義の真っ最中だった。
 先日遭遇したギルド付属のカルチャースクールのような雰囲気を醸すそれを横目に、死神ちゃんは「新年度を迎えて、本格的に開校したのかな」と思いながら通り過ぎた。そして自分の仕事をこなし、待機室へと戻るとグレゴリーがちょいちょいと手招きをしてきた。


「|小花《おはな》、お前さ、後輩指導とか講師とか、そういうのってやったことあるか?」

「はあ。諜報員時代の最後の一、二年くらいは、そういうのも携わっていましたけれど」


 死神ちゃんは首に手を当てながら、ぼんやりとした口調で答えた。グレゴリーは満足気に頷くと、死神ちゃんの頭をガッシリと掴んだ。


「よし、小花。お前、ちょっと今から〈講師〉してこいや」

「はあ……?」


 死神ちゃんが顔をしかめると、グレゴリーは頭をわしわしと掻きながらあっけらかんとした口調で話し始めた。
 何でも、毎年この時期になると冒険者ギルドのほうでも新たに職員を迎えるそうで、彼らの研修のためにダンジョン側の各部門の各課からも講師を派遣しているのだとか。死神課からは毎年、課長が講師として出向いているそうだ。しかし、今年は予定が合わず、班長の誰かが代わりに行って欲しいと言われていたそうだ。だが――


「今年度は、ほら、新人が三人も入ってきただろう? こんなにいっぺんに新入りを迎えたことって、俺が班長になってからこっち、なかったもんでな。自分のとこの新入りを自分で面倒見るというのが通例だったのを、三人で手分けして一気に見ようということになったもんだから、シフトが例年以上にイレギュラーになってだな」


 死神課社員のシフトの、役付き社員のシフト決定と、課全体のシフトの最終的な調整は班長の中でも一番の古株であるグレゴリーが任されているそうだ。今回、今までにない事態に対応せねばならず、また、今月から副長という存在が生まれて今までとはまた違ったシフトの組み方にせねばならず、それらのことを考えていたらすっかり〈ギルドへの講師派遣〉のことを忘れてしまっていたのだという。しかも最悪なことに、当日である本日になってそのことについて思い出したそうだ。


「今から誰かに依頼するのも無理だしよ、お前のその持ち前の可愛らしさとトーク力があればチョチョイのチョイだと思ってな」

「いや、それ、どうなんですかね。しかも俺、まだ入社して二年目ですよ。他に適任なヤツなんて、いくらでもいるでしょうに」


 悪びれることもなく豪快に笑うグレゴリーを、死神ちゃんは呆れ眼で見つめた。彼は死神ちゃんの頭をまるでボールをドリブルするかのようにバシバシと掴んでは離しをしながら、「大丈夫」と繰り返した。


「そんな難しいことはやらねえし。それに、噂の〈しゃべる死神〉を見てみたいっていう要望も上がってたんだよ。だから、お前が行けば一石二鳥なんだわ」


 死神ちゃんが生返事を返すと、彼はモニターブースのコンソールを操作し始めた。そして、キーをタンと叩くと死神ちゃんに向き直った。


「ダンジョン内の地図、開いてみろ」

「……何ですか、このGから始まる文字の羅列は」


 そこには、普段ターゲットが表示される時とは違う色の点が示され、更にその上にはGから始まる文字と数字の羅列が記載されていた。死神ちゃんは質問してすぐに、それがギルド職員の職員番号だということに気がついた。死神ちゃんたちダンジョン側の社員の番号はDで始まり、その後に各課を示す文字と個人を示す数字が連なる。もちろん、DはダンジョンのDである。
 死神ちゃんが「ギルドのGか」と呟くと、グレゴリーは頷いた。


「そいつが講習の担当者だ。そいつのいるところに行って、聞かれたことを適当に答えてくれりゃあいいから」


 死神ちゃんは頷くと、早速ダンジョンへと降りていった。



   **********



 地図上のマークを頼りに、死神ちゃんはギルド職員達の講習会場へと向かった。そして、ふと首を捻った。先ほどの出動で通り過ぎたところに近づいていたからだ。もしかして、と思っていると現場に到着した。案の定、先ほど見かけた人だかりがギルド職員たちだった。
 死神ちゃんが近づいていくと、担当者――エルフの女性が死神ちゃんに気づいて表情を明るくした。


「えー、みなさん。説明の途中ですけれど、特別講師の方がいらっしゃったようです。――さ、こちらにいらして」


 彼女の言葉をきっかけにして、講習参加者が一斉に彼女の視線を追ってぐるりと振り返ってきた。死神ちゃんが担当者であるエルフの横まで移動して「どうも、死神です」と挨拶をすると、彼らは興奮した様子でざわめきだした。


「まさか、噂の〈しゃべる死神〉を派遣してもらえるとは思ってもみなかったわ。実は、私も実物を見るのは初めてなんです。――あああ、普通に可愛い。しかもなんか、見た目通りの、お子様特有のお日様のような良い香りがする!」


 言いながら、担当者は死神ちゃんをひょいと抱き上げて死神ちゃんに顔を埋めてグリグリとした。至福の声を漏らす彼女に死神ちゃんが苦い表情を浮かべると、参加者から「ずるい!」「私も触ってみたい!」という声が上がった。
 死神ちゃんが抗議の声を上げてもお構いなしで、彼らは死神ちゃんの側に集まり揉みくちゃにしてきた。服を脱がそうとしてくる者もおり、死神ちゃんは耐えかねて「いい加減にしろ!」と叫ぶと、服に手をかけていた者の頭を思いきり引っ叩いた。


「お前ら、やる気あんのか!? 特に用がないようなら、俺、もう帰るからな!」


 死神ちゃんが声を荒らげると、彼らは揃ってしょんぼりとうなだれた。
 担当者は仕切り直しとでも言いたげに咳払いをひとつすると〈冒険者が一定時間以上ダンジョンに篭っていると死神罠が発動し、どこからともなく死神が現れて対象の冒険者を探してダンジョン内を彷徨《さまよ》う〉などの説明をした。死神の特性についての説明の際には、剣を取り出して死神ちゃんを真っ二つにしたり、聖別されたナイフで死神ちゃんの指の先をほんの少しだけ突いたりした。もちろん、死神ちゃんの了承を得てからそれらのことを行ったのだが、彼女はとても心苦しそうな表情を浮かべていた。


「何か、幼児虐待をしているみたいで、気分が悪いわね」

「幼児みたいなのは見た目だけなんで、気にしないでください」


 死神ちゃんはその後もテキパキと講習会モデルの役をこなしていった。質疑応答の時間となり死神ちゃんが質疑応答を〈答えてもいい範囲〉で行っていると、男の地響きのような笑い声がどこからともなく聞こえてきた。もうすっかり馴染みのあるそれに死神ちゃんが鬱陶しげな表情を浮かべると、|彼《・》は我が物顔で講習会場へと足を踏み入れた。


「我が愛しの尖り耳よ! さあ、俺の愛を受け――」


 諸手を上げ、声高らかにそう言いながら担当者であるエルフの女性に駆け寄ろうとした|彼《・》は、彼女の顔を見るや否や苦い顔を浮かべて立ち|竦《すく》んだ。そして|踵《きびす》を返すと、侍特有の〈瞬時に敵との間合いを詰める〉という技・縮地を駆使してまで、慌てて会場から離れた。直後、|彼《・》はたまたまそこを通りかかった死神に真っ二つにされた。
 死神ちゃんは咳払いをして笑顔を繕うと、一部始終を呆然と見つめていた講習参加者に向かって言った。


「えー、もしかしたらすでに担当者さんから説明があったかもしれないですし、これから説明があるのかもしれませんが。|彼《・》は過去に一時的な〈|冒険者資格停止《アカバン》〉を食らったことのある冒険者ですね。――あいつ、俺ら〈裏方〉の仕事の邪魔をよくしてくれるんで、ブラックリストに入れて管理しているんですよ。リスト入りしている冒険者は、ああいう感じで即排除されます。俺ら死神は本来、罠であるという性質上、こちらから積極的に冒険者に攻撃を行いません。もしも攻撃行動に出ている死神がいたら、それは|そういうこと《・・・・・・》です。決して不具合で誤動作しているわけではありませんし、今回俺のことを観察してもうお気づきだとは思いますが、俺らは他の罠と違って生きています。そのほうが、ああいうのの対処もしやすいですしね。なので、不具合報告などはしなくて大丈夫です。――さて、他に質問は?」


 参加者から何も声が上がらないのを確認すると、死神ちゃんは笑顔で最後の挨拶を述べた。参加者の誰かが「ダンジョン運営って、思っていたよりも大変なんだな」と呟いた。その声を背中で聞きながら、死神ちゃんは壁の中へと消えていったのだった。




 ――――なお、担当者のエルフさんとサーシャは被害者の会を結成していて、よく一緒にお食事に行くそうDEATH。

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