バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第2話

命はある病院の一室で自問自答を繰り返していた。
自殺、自殺、自殺、自殺・・・
自殺の理由って何だろう?
いじめ?
 借金?
後追い自殺?
いずれにしろ生きる望みを失ったのだろうか?
死ぬ気になって頑張れば何でも出来るとある人は言い、どんな困難に見舞われてもやり直しの利かない人生は無いとある人は言う。
しかし本当にそうなのだろうか?
それは夢や希望を諦めていない人間の事ではないのだろうか?
確かに気力さえあれば出来ないことなど無いかもしれない。
しかし絶望に打ちのめされ、心の支えを失った人間に、気力の無い人間に何が出来るというのだろう。
当初の目的はどこへやら行き、今はただ少女の命を守る事だけに頭が一杯だった。
でも、私だって彼だって記憶が無いのだ。
どんな経緯で今の状況に陥ったのか解りはしない。
もしかすると二人とも自殺を図ったのかもしれない。
だがしかし、今は信じようと思った。
今の自分の気持ちを、この想いを・・・
記憶を無くしていようといまいと私は私。
そして彼も彼であることを・・・
そして命は少女に乗り移ったまま眠りについた。
そして夢を見ていた。
その夢は少女が自殺するに至った理由そのものであった。

彼女の名は白木ほのか16歳の高校一年生である。
彼女には山根三郎という同い年の恋人がいた。
いや、正確には友達以上、恋人未満だったのかもしれない。
だが彼女ははっきりと彼に恋心を抱いていたし、彼もまんざらではないはずであった。

二人の幼き日・・・
それは幼稚園の頃だったはずだ・・・
校庭で女の子が一人、数人の男の子にからかわれていた。
そしてその女の子が泣き出すと男の子達は皆逃げ出した。
木の上にいた男の子は助けに行こうとしたが間に合わず、女の子のもとへ近づいた時には女の子を泣かした男の子達は一目散に散ってしまった後だった。
男の子は泣いている女の子に何かしら慰めの言葉を発しその場を後にすると泣かせた男の子達を一人づつ殴って回った。
その件によりその男の子はさんざん乱暴者として怒られた。
その男の子は殴った理由を頑として語らなかったからである。
その女の子は理由を話す気だったがその男の子に口止めされていたので話せなかった。
しかし男の子は以前と変わらぬ態度で居た。
そしてそれからその男の子と女の子はいつも一緒だった。
小、中と同じ学校なのはもちろん。
いつも同じクラスだった。
運命なのか腐れ縁なのかは解らなかったが・・・
流石にいつも隣同士の席にはならなかったが、希望により好きな席に座れるときはいつも隣に座っていた。
そして二人に特に進展もしないまま高校に進学して数ヶ月が経過していた。

その学校は二人の住む所から近いという利点はあったが一流の高校というわけでもない。
ごく平凡な共学校だった。
ほのかは三郎と一緒の学校に行くためにレベルを落としてこの学校に決めた。
本来ならば三郎と違い成績優秀なほのかは、より高いレベルの高い学校に行くのが当然だったが、ほのかにとってはそんなことなどどうでも良かった。
ほのかの中では三郎こそが全てだったのだ。
三郎が何の気無しにほのかの髪形を飽きたと言えば翌日、ほのかの髪形は変わっていたし、三郎が何の気無しにくれた初めてのプレゼントがペンギンのぬいぐるみだったというだけで、ペンギングッズを集めるようになった。
ほのかの中では三郎がいっぱいになっており、ほのかは三郎と一緒に居るだけで幸せだった。
そしてその幸せは永遠に続くと信じていた。

しかし、その願いはある時一瞬にして消えてしまった。
林間学校の前の日ほのかと三郎は放課後、必要なものを買う為に商店街に行こうとしていた。
学校を出て商店街の近くまで来た二人は商店街へと続く歩道を渡ろうとしていた。
信号待ちをしていたふたりだったが急に大雨が降ってきた。
夕立である。
商店街はアーケードなので雨にぬれる事は無い。
信号が青に変わるとこれ幸いと2人は勢いよく渡り始めた。
しかし前方から車が突っ込んでくるのには気が付かなかった。
車の走る音は豪雨の音にかき消され。
濡れたくない一心と商店街に気を取られていたこともあっただろうが確かに迂闊だったかもしれない。
信号は絶対では無いのだ。
迂闊にしろ、故意にしろ、信号を守らずに突っ込んでくる車は珍しくもない。
そしてその車の男は迂闊だった。

その男は派手なスポーツカーを得意げに乗り回すが運転技術の方はさほどでもない。
そのくせやたら飛ばす。
そして突然の夕立に煽られ、路面にタイヤをとられ赤信号なのに止まり切れずに歩道へと突っ込んでくる大失態を演じて見せた。
異変にいち早く気づいた三郎だったが、さりとてそう見事なタイミングではない。
彼に出来ることは彼女を庇うくらいの事しか出来なかったとしても、それは仕方の無いことだった。
そして三郎は迷わずほのかを突き飛ばし自分は車の前へと出てしまった。
そして今更ながら、急ブレーキの音。
あまりの急ブレーキに車の正面部分は大いに沈み込む。
がもちろんタイヤはロックされるも止まりきれずに数メートル進み三郎を跳ね飛ばした。
突然の悲劇にほのかは何がなんだか解らないといった様子である。
数メートル弾き飛ばされピクリともしない三郎の体。
慌てふためき逃げ出すスポーツカー、どこからか集まってきたやじうまのざわめき、救急車のサイレン。
全てほのかとは別の世界での出来事のような自分と外世界の繋がりは希薄な物に感じられた。
結局三郎は即死で犯人の男は逃走中ということだった。
夕立に見舞われ、たまたまその場には他には事故の瞬間の目撃者は居なかったがタイヤの跡や走り去る車は何人かに目撃されていたため、犯人はすぐに捕まるだろうと思われた。
しかし、ほのかには何の興味は無い。
犯人が捕まったとても死んだ人間が生き返るはずも無い。
その時からほのかは自殺を考えていた。
知人は一様に元気付けたが、ほのかにとっては虚しいだけだった。
もう誰の言葉もほのかには届いていない。
ほのかの世界は三郎の死により終わりを迎えたし、ほのかの心は三郎の死という残酷な運命により閉ざされてしまったのだ。
そして意を決して飛び降り自殺を図ったのだ。

今尚暗い夜中の病院でほのかは目覚めた。
体のあちこちが痛い。体のあちこちをすりむいている。
そして左手の激痛だ、包帯が巻かれて吊られている所をみると骨折しているらしかった。
だがそんなことよりもっと特筆すべき事があった。
見慣れぬ少年が眼前に居たからであった、空に浮いているのでこの世の存在で無いということは一目瞭然だった。
そしてそれだけでは飽き足らず更に頭の中から少女の声がする。
そしてその少年と少女はいきさつを話し始めた。

・・・・なんていうこと。
2人は幽霊で私の自殺を邪魔したあげく自分たちの記憶を取り戻すため情報を集めたいから協力して欲しいと言った。
霊能力や霊視力と言った特殊な能力を持ち併せていなくても真剣に死を望んでいる人間には幽霊の姿を見ることや幽霊の声を聞くことはかなり可能性としては高いらしい。
現実、私は二人(正確には取り付いたままの命はまだ見てない)の姿をはっきりと見ることができたし。
二人の声もはっきりと聞き取れた。

なんて勝手な人達・・・。
ほのかはそう思ったが自分とて人の事は言えない。
いかに自分とっては三郎が全てだったとしてもその他の人々と逸脱して生きてきたわけではない。
その人達は一様にほのかを励まし、そしてほのかが死ぬことなど望んではいないのだ。
それを拒絶し死を選ぶ事はただの自己満足に過ぎないことも知っていた。
しかし、今のほのかにはそうするしかなかった。

「解ったわ、とりあえず協力してあげる!」
「その代わりその暁には今度こそ邪魔しないでね!」
ほのかは幽霊との遭遇、その他の経緯に少しもたじろぎもせず、きっぱりとそう答えた。
既にほのかの心は感動も驚きも怒りも感じない。
三郎の許へ行く死への旅立ち。
それのみに支配されていた。
「では、これからの計画についてだが・・・」
霊士と名乗った少年は明日からの活動内容を示した。
「まず、警察の事情聴取や知人の面会だがあくまで事故でとおせ!」
「あ・・・」
ほのかの顔が曇る。
「遺書が・・・」
ほのかは遺書を既に用意していた。それなりのけじめとして。
「むろん対処済みだ!」
「始末しておいた!」

霊士は既にほのかの遺書を発見していた。
人間と違い破くことも捨てることも持ってくることも出来なかったが、霊士は念をこめ人間の眼には読めないようにしておいた。
霊言文字と呼ばれる文字がある。
幽霊や幽体離脱した者なら読み書き可能で。
霊能者なら読むことは出来るだろうその文字は、その他の者にはしみにしか見えない。
霊士はほのかの遺書の上に念をこめ霊言文字で何かを書いた。
意味はない、ただの落書きのようなものだ。しかしほのかの遺書を遺書と逸脱させるには充分な効果だった一般の人にはただのしみのついた白紙の紙切れにしか映らない。
現に警察もそのため遺書は見つからなかったと判断している。
「飛び降りる時に靴を脱いでいなかったのも助かった!」
「考え事があって静かな誰も居ない場所で一人考え事をしていたがバランスをくずし落下!」
「死にたくないから手すりに無我夢中で掴まった!」
「ということにでもしてやいてくれ!」
「周りの者に監視され、行動が制限されるのは困る!」
「死ぬような目に合ってふっきれた!」
「なにか新しい興味の持てることを探したいから色々探してみる!」
「とでもいうことにしておいてくれ!」
霊士が次々とほのかに指示を与えるなか命はつまらない面持ちのまま黙って聞いていた。
霊士はいったいどういうつもりなのだろう。
私と一緒に自殺を止めるとばかり思っていたのに。
本心からなのか、それともフリなのか命には解らなかった。
確かに知り合って間もないしそれまでの記憶も無いのだよく解らないのは無理もなかった。
とりあえずは従おう。これからおこる出来事の中でほのかが、考えを改めないとも限らない。
(はあ・・・しかし好きな人の後を追ってか)
命は心の中で呟いた。
確かに少女にとっては真実の愛の姿。
甘美な響きに満ちているかもしれない。
この様な状況に陥ったなら数多くの少女が自分に陶酔し命を散らしてしまうかもしれない。
そう、もしかすると自分だって・・・

自殺は悪。
人は自殺しようとする人間は必ず止めようとする。
宗教的には自ら命を絶つことは大罪で必ず地獄に落ちるとも成仏出来ずに未来永劫苦しみ続けるとも言う。
一方少数派だが「自殺の自由というものを認めてやってもいいのではないか」という意見もこの世の中にはある。
あまつさえ自殺場所というのを設置し、自殺願書なる所定の手続きをとらせ合法的に自殺を認定しようなどと言い出す輩もいるとか。
人口増加問題を解決するため自殺を自由化すれば増加問題は多少軽減され。
死ぬ者は死ぬ、死なない者は死なないのでやる気の無い者、気力の無いものは淘汰され、より良い社会、より活発的、積極的な社会になり人類は大いに発展する。
そういった類のものだった。
それでいいのだろうか・・・人間は生物の頂点に立ちながら自殺するという珍しい生物だ。
生き物ならばたとえ短くてもはかなくてもその生涯をまっとうする。
それなのに人間だけは何故か自殺する。
人間以外の生物は絶対的な存在では無い。
その為色んな習性や知恵を使い天敵としのぎを削りとにかくひらすら懸命に生きている。
人間は強くなりすぎたが故に天敵が居なくなってしまった。
それ故人間同士で殺し合い。自分で自分まで殺してしまうのか・・・
自然界において弱肉強食は掟。
百歩譲って他殺はありとしよう。
しかし自殺はやっぱり納得出来ない。
そういえば今のほのかは自殺する虫とも思われている飛んで火に入る夏の虫そっくりかもしれない。
ただ単に光に向かう習性なのだが・・・
多分、ほのかにとっては唯一の光だったのかもしれない、三郎が、そしてそれを失ったほのかは今、闇の中に居る。

今のほのかには死ぬことこそ一筋の光、そして希望・・・
私には出来るのだろうか? 
なんの信念も、記憶も体もないこの存在で。
とてつもない深い悲しみと強い想いを持ったこの少女の行いをくい止めることが・・・
命はそう思うととてつもない焦燥感にかられたが二人に気づかれてはならない。
この計画に表向きには付き合おう。
そう心に決めた。
一通りの話しが終わり一堂は明日に備えることにした。
とりあえず自分で飛びまわれない命はほのかにとりついたままでいくことになった。
ほのかが協力を誓ったのでほのかの体を命が操る必要も無い。
覚醒中は操れないのでそれだとほのかが寝静まった時しか行動が出来ないという制限があったし、不審にも思われるだろう。
長くとりついたままだとほのかは生気を使い果たし死んでしまうからそれまでにはなんらかの情報を得たいという思惑と別にそれで死んでも自殺する手間が省けて別にかまわないとう思惑そして死なせたくはないというそれぞれの思惑が交錯する中。三人の探索が始まろうとしていた。

明くる日
朝のうちは警察の事情聴取、身内や知人の面会などが相次いだ。
夏休み中なので級友はひっきりなしに面会に来る。
ほのかは霊士の策どうりに事故を装った。
遺書が見つからなかったことや自らの意思で手すりに掴まったであろう痕跡がそこここに見受けられたた為、情聴取は意外とすんなりとすんだ。
身内や知人の面会も本当に信用したかどうかはともかく本人がそう言っているのだから信用するほか無いことは誰もが知っていた。
みな一様に励ましの言葉を投げかけてきたがほのかの心には届かない。
ほのかは遠くを見るように定まらない目をしたまま頷いてみせるだけだった。
心の片隅で誰かの声が聞こえる。
昨日私の邪魔をした張本人。
命とかいう少女の声・・・

「ほのか、せめて嘘でもいいから笑顔を見せなさい!」
「つらい時こそ笑って見せるのよ!」
「あなたの望む道を進むためには今は必要なことよ!」
「演技しなさい、欺くのよ!」
「あなたにとってそれが全てなら・・・」
仕方なくほのかはぎこちなく笑って見せた。
しかし表情が硬い。
口がひきつっている。
誰にも笑っているようには見えなかった。
(笑い方も忘れちゃった・・・)ほのかは微妙な苦笑を洩らしたかやはり誰も気づかなかった。
やがて検診の時間になり医者や看護婦以外は全て引き上げていった。
全身の擦り傷はもちろん軽傷と診断されたが左手の骨折は全治6ヶ月と診断された。
腕はつってあるので通院は必要だったがとりわけ入院は必要ない。
だがまがりなりにも高い所から落下したのだから精密検査が必要とのことで2、3日入院を余儀なくされた。
霊士や命の指示でもあったがほのかはその間優等生的な患者として過ごした。
ついに退院の日、診断や面会も全てそつなく対応したことでなんとか昼間は自由に行動する事を両親に許可された。
そしてその日から探索が始まった。
まずはネットカフェでインターネット検索を使い調べることにした。
しかし情報が少なすぎる。
何一つ情報が無いのだ。
めくらめっぽうに調べるだけでは、いかんともしがたい。
それにインターネットだとそうそう古い事件は載っていない。
全国誌の記事に載るような事件ならともかくローカルな事件ならなおさらだった。
地域は解からず死因も解らない。
辛うじて解っているのはだいたいの年齢と名前だけだったがその名前とて正確たる確証は何も無かった
。念のため検索してみる。
天野命で検索・・・9件ヒット!
いずれも創作物のキャラの名前であり現実に存在する者の名としては見つからなかった。
当然の事ながらここの命とは明らかに関係ないものばかりだ。
続いて城戸霊士で検索。
0件。
城戸は別に珍しい名字ではなかったが、霊士が無かった。
それはそうだろう。
普通なら霊という縁起の悪い名を付ける親が居るものだろうか?  
今度は霊士で検索・・・ペンネームや漫画の主人公なら無くもない名前だがやはり現実的な名前としては出てこない。
そんな中一つだけ気になる検索結果がでた。
除霊士・・・この単語に数件のヒットがあった。
大部分は創作物での中の事だが現実に除霊士を生業としている者もいるらしい。
その中に城戸流というのがあった。
城戸流の除霊士・・・城戸霊士・・・
命が以前口にしたことがあるが記憶がないというのに霊等に異常なほど詳しい城戸霊士。
何か霊に関わる事をしていたのではないかという疑問。
偶然の一致にも思えなかった。
一向は城戸流という流派のある総本山へと向かうことにした。
確かめる必要がある。もしかすると全ての謎が解明するかもしれない。
やっと掴んだ手かがりになりうる情報。
しかし当の霊士だけは気が重かった。
何か悪い予感がする。
だがやはり、虎穴に入らずんば虎児を得ずか・・・霊士はそんな面持ちで。
「鬼が出るか蛇がでるか」と呟いた。

かの総本山は人里離れた深い山奥にあった。
ほのかは登山用の重装備に身を包んでいたが。
とても少女の体力では到底進めそうに無いような道無き道を進まねばならなかった。
途方に暮れた一同だったがほのかは嬉しそうだった。
なにしろ自殺志願の彼女である。
奥深くに入ってはないとは言え周りには人の気配がまったくない。
彼女にとっては都合の良い場所だった。
二人が諦めればすぐにでも命を絶つ為に何かをやらかしそうな雰囲気をかもし出していた。
だがとりあえず一行はその場をあとにすることにした。
華奢な少女・・・しかも片腕を骨折しているとなれば無理からぬ話である。
帰りかえり策を講じる三人。
やはり霊士が案を出す。
「そうだな・・・」
「三人寄れば文殊の知恵とも言うが!」
「これは三本の矢の様なことだな・・・」
「2本だが・・・」
「命とほのかが、2本の矢になるんだ!」
「何の事?」
命はやはり知らないが、ほのかはもちろん知っている。
戦国時代の武将が仲の悪い三人の子に1本の矢を折らせ、次いで3本重ねて折らせたが、1本ならたやすく折れてしまったが3本ではびくともしなかった。
この事から一致協力する大切さを説いたという話。
つまり二人に協力して突破口を開かせようと言う案らしい。
ほのかは即座に理解したので霊士は簡潔に説明を終えると霊と人間の関係についての講義を始めた。

「霊体が人間にとりついている時その人間が不覚醒時なら自在に操ることも可能だが!」
「覚醒時は本来の主導権のある人間に全権が行ってしまうので!」
「操ることは困難だ!」
「よほどの強い力を持っている霊なら別だが!」
「そして人間の方が霊に体を委ねても意識がある状態では霊に操らせることも困難!」
「なぜなら人間は意識がある状態で委ねることは難しい!」
「霊に任せてなにもしないと思ったところでそれは!」
「停止の意思・・・つまり、なにもしないという意識のみが残り霊が操るのを阻害する!」
「だがもしも二人の心が一つになって同時に一つの体を操ることが出来れば!」
「身体能力はすさまじいものになるだろう!」
「片手しか使えなくとも簡単に奥深い山に入ることも出来るはずだ!」
「まずはこの体に慣れるため!」
「暫くの間、命に体を使わせてやって欲しい!」
「それはどのくらいかかるの?」
ほのかが、じれったそうに聞き返した。
「一週間だな・・・」
「一つの体にふたつの心があるということは体に負担をかける!」
「命はとりつかれたままだと一週間なら大丈夫だが!」
「おそらくそれ以上だと生気を失って!」
「ほのかは死んでしまうだろう!」
「だが・・・」
「もし期限内に出来なくても命はそのまま出ないということでどうだ?」
霊士は変わらぬ口調で話す。
言っていることは極めて惨酷な事かも知れない。
だがほのかの耳にはそうは伝わらなかった。
ほのかには死こそが一縷の救いであったからである。
「あ・・・」
ほのかは三郎の死後初めて人に優しくされた気がした。
人々のなぐさめもほのかにとってはなんの意味も持っていなかったからである。
そう、今のほのかにとっては通り魔や殺人犯などの人を殺す悪人の方がむしろがありがたかったかもしれない。
自分を殺してくれるのならどんな極悪人でも天使に見えただろう。
「是非!」
ほのかは二つ返事でOKした。
今のほのかには霊士が天使の様に映って居るのだろう。
「では命、一週間でこの体に馴染むんだ!」
霊士は即座にほのかの幽体を体から抜き出す。
命は思わずへたりこんだが、ほのかから主導権を託された形になったので自由に体を動かす事が出来る。

「これが肉体か・・・」
自殺騒ぎの時は夢中で操っていた命だったが久しぶりに実感できる生命は心地よかった。
折れている為片手は使えないが・・・
「さて、それぞれ、これからどうするかだが・・・」
霊士は二人に相談をなげかけた。
とは言うものの概ねは決めている様子だった。
「それぞれ?」 
命は霊士の不意の言葉に思わず疑問を浮かべた。
なぜならこのまま全員が一緒に行動するのに何の疑いも抱いていなかったからである。
霊士はそれには取り合わず自分の考えで淡々と予定を発表していく。
「命は片手が使えないので無茶は出来ないが夏休みなので好きにふるまってよし!」
「ただしあんまり問題を起こすなよ!」
「ほのかはどうする?」
「死後の世界の記念体験ということで!」
「あちこち回って見るか?」
「幽体と肉体とは眼に見えないが!」
「魂の尾という人間で言うへその緒の様なもので繋がっているし!」
「健康体から抜け出た生霊だから!」
「よほどのヘマをしないかぎり危険は無い!」
「俺は後の計画を考えておく!」
「だいたいそういうことだ!」
命が何か言おうとしていたが霊士は
「あと生霊時の注意点を少し!」と、ほのかを連れてさっさと行ってしまった。
・ ・・一人残される命。
「ちょっと、待ってよ!」
「まだ街までは遠いんだから!」
「一人では帰れっこないって・・・」
しかし、そんな叫びもむなしく響くばかり。
二人は戻ってくる気配さえなかった。
「はあ・・・仕方ないか・・・」
まあ、自分の意思で動けるし、人の目には見えるから幽霊の時に比べればとてつもなく安全ではある。
幸い夏休みらしいし、つかの間のバケーションと参りますか・・・
仕方なく命はそう思うことにした。
そして二人を追うのを諦めた命はゆっくりと歩き出した。

そのころ・・・
命と離れた2人はなにやら相談をしていた。
二人は、はるか上空に留まっているので。
もし命が追いついてきても気づかないか、気づいてもここまでは来れない。
ほのかは、幽体離脱は初めてだったので
もちろん飛ぶことは不慣れだった。
ぎこちなさを残してはいたが飛ぶのに支障はない。
それほど速度を上げなければ霊士の手助け無しに後をついて来れる。
命と完全に離れた事を確認した霊士は堰を切った様に話し始めた。
「実はこれからのことだが!」
「せっかく幽体離脱をしたのだから三郎を探しに行って見ないか?」
思いがけない提案にほのかはビクッとなる。
「!?」
「・・・」
「事故死等の場合は死者が死んだ事を理解していなかったり!」
「未練などで成仏出来ないことも不思議ではない!」
「もしかしたら三郎も俺達のように記憶がないか!」
「あっても動けないかの理由で成仏していないかもしれない!」
「これから二人の思い出の場所を巡ってみるというのはどうだ?」
ほのかは愕然としている。
三郎との思い出を消すことが出来ず。
三郎の後を追うしか出来ないほのかに三郎との思い出の場所を巡って回れというのは聊か残酷であった。
ほのかは三郎を例の取引後、天使の様に考えていたがそうで無いことに気づいた。
この人には別に親切心や同情心は無い。
単に自分の利の為に動いているだけなのかもしれない。
(私には下手な同情はいらない)(しかしそんな気にはなりえない)
「いいえ!」
ほのかはきっぱりと断った。
「そうか、無理にとは言わん!」
「もしかして成仏できずに苦しんでいまいかと思っただけだ!」
「ならば犯人に復讐にでも行くか?」
「ひき逃げした程度では死刑にはならんだろうからな!」
「さぞかし、人一人殺した代価としては軽すぎる刑罰が!」
「下されていることだろうな!」
「それが気に入らんのなら!」
「ハムラビ法典の様に!」
「目には目を歯には歯を!」
「とかな!」

ほのかにはこの男が何を考えているのか解らなかった。
私を試しているのか、それとも本気なのか。
いずれにしろ、ほのかは霊士の言うことに耳を貸すつもりは無かった。
確かにスピードを出していたあの男の行動は褒められたものではない。
その後の行動に対してももちろんの事だ。
しかしほのかは復讐に身を染めることが恐ろしかった。
復讐の鬼と化した自分は想像出来なかったし。
もし自分が復讐鬼と化してしまっていたらその怒りは留まるところを知らないだろう。
スピード違反の罰金で儲ける警察。
リミッターを外さなくても法定速度以上にスピードの出る車を作っているメーカー。
全てが復讐対象に成りかねなかった。
事の起こりは当然の夕立に路面が滑ったということだ、天災の様なものと諦めるしかない。
別にほのかは偽善でも完全な善でも無く単純にそう思った。
復讐をしたところで死んだ者は生き返らない。
空しいだけだ。そう、私は正義感ぶっている訳ではない。
もしも人を殺せば三郎が生き返ると言うのなら、なんの恨みも無い人を何人も平気で殺しているかもしれない。

「わかったわ!」
「もしも三郎が成仏出来ずにいるのなら!」
「助けてあげなければね!」
ほのかは復讐になんの未練もない事を証明する為その案をあえて受け入れた。
「でも、三郎に逢ったなら私も一緒に逝くから!」
「期限付きの約束を破るかもしれないけどいい?」
「もし三郎もそれを望むならな・・・」
霊士は頷いた。
かくして霊士とほのかは二人のなじみの場所を転々と廻る事になった。
しかし、二人の思い出の場所や事故現場を回ってみても三郎の霊はみつからない。
三郎の自宅、ほのかの自宅、学校、公園。
三郎の墓などいろいろ回ってみるも、やはりから周りである。
「ふう!」
ほのかはため息を付くばかりである。
三郎という一人の人間がいなくなっても世間は何一つ変わりが無い。
人一人の命など世間にはなにごとも影響しない。
以前と何一つ変わらない世界にほのかは何かしらいらだちを憶えたがそれはどうしょうもない。
自分が死んだとしてもそれは同じことだろう。
何事もなかったように世間は流れいく。
全てあてを回ってみた二人だったが結局進展はしなかった。
二人はどうしたらいいものか考えあぐねていたが、ほのかが口を開く。
「ではやっぱり犯人のところに行ってみましょうか?」
ほのかは犯人には興味が無かったのだが
霊士の言うように復讐という考えは世間的にはごく当たり前の考えだろう。
もし、三郎が復讐の為に成仏出来ずに犯人の元に居たとしたら
私は犯人を殺してしまうかもしれない。
でも、そんな事はあり得ない。三郎は絶対に・・・
そうほのかは確信していた。

ほのかも最寄の交通刑務所くらいは調べてあったらしい。
かくして2人は交通刑務所を訪れた。
もっとも憎むべき相手がいる所である。
しかしこの男を責めたてたところで三郎は生き返らない。
三郎を返してと泣きながら縋りつき攻め立てることは容易だったがほのかはそんな気にはなれなかった。
ゆえに一度も会っていない。
「ねえ、今の私なら獲り付いて殺せるの?」
ほのかは、たわいもない話し振りで霊士に問いかける。
が、霊士はだまって首を振った。
ほのかはまだ、自分の体との縁が切れてないから他人に獲り付くのは不可能らしい。
まあもちろん本位ではない。
ほのかにはそんな気はまったく無く、なんとなく聞いてみただけだった。
少なくとも現時点では・・・。
そして二人は交通刑務所内に侵入した。
凶悪犯が収監されている一般刑務所とは違いそれほどものものしい雰囲気は無く。
刑務所フリークの間でも交通刑務所は世間的に知名度の高い凶悪犯は収監されてない為、あまり人気も無いらしかった。
しかし、二人には目的があるのでそんな事は問題ではない。
犯人の部屋を探すため、手分けして全室調べてみたが・・・
居ない、居ない、いないのである。
一体どうなっているのか・・・
しかし2人にはそんな事は解りはしない。
「ここじゃないのかな?」
ほのかは、あせりとも苛立ちともとれる表情を浮かべていた。
「刑の重さによって収監される所が違ったりするのかな?」
ほのかにはもちろん、そんな知識は無い。
霊士にしてもそういう方面の知識は皆無だった。
「これはもう一度きちんと調べなおす必要があるな!」
霊士は後ろをむいた。
とりあえず出直そうという合図である。
確かに霊的な二人だけでは、この場で出来ることは何もない。
仕方なく二人は命の所へ戻ることにした。
命はやはり道に迷い家にたどり着いてはいなかったが。
簡単に見つけることが出来た。
なぜなら幽体と肉体は魂の尾で繋がっているので
こちらにはほのかの幽体がいる以上。
ほのかからたどっていけばたやすく見つけることが出来た。
移動するにも歩くことしか出来ない人間と違い二人は飛べるのだから楽である。
命はぐったりして道端にへたり込んでいた。
「帰るぞ!」
命に活を入れるかのように霊士は声をかけた。
自分だけを置いてさっさと言ってしまった二人にいくらか文句はあったのだろうが、命はとりあえず安堵の表情を浮かべる。
「明日から三郎を轢いた犯人を調べることになった!」
「俺達はこのままの状態だが一緒に行くからその命はその体のまま協力してくれ!」
「聞き込みや調べ物には肉体は必要不可欠だからな!」
命もそのへんの事情は身にしみて解っている。
とりあえずすることも無いのでそれはまあ願ったりかなったりということだろう。
とりあえず一緒に行動出来るのなら不安はない。
かくして三人は三郎を轢いた犯人調べに乗り出す。

しおり