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3話

とある休日。
広と和美は週末デートを楽しんでいた。
今は二人で映画館に来ている。
お目当ては最近封切りされたばかりの「ロミオとジュリエット」を題材とした映画だ。
「ロミオとジュリエット」は二人とも好きな作品ではない。
だが昨今の映画事情では動員数を追い求めるが故に原作の根本を改変する作品が少なくはない。
つまり、「ハッピー版ロミオとジュリエット」もありえるという事だ。
結局のところこの映画がどうだったかと言うと。
多少のアレンジはあるものの、原作の根本は揺るがない作品だった。
「ああ退屈だ!」
「ハッピーエンドなら良かったのにな!」
広は思わず不評を口に出す。
すると二人の周りが突然暗くなり、二人は闇の中に吸い込まれてしまう。

「広君!」
「広君!」
和美に起こされ目を覚ますと。
そこはどこかの公園のベンチの上だった。

「ここはどこ?」
「解りません!」
「でも、ある国のある時代の風景に酷似しています!」

「それはどこ?」

「14世紀のイタリアの都市ヴェローナです!」
「あの作品の舞台となった場所ですね!」

「そうそう!」
「あの舞台だよね!」

「それは何ですか?」


「ロミオとジュリエットの舞台だよね?」


「正解ですが!」
「あなたは本当に広君ですか?」

「ごめん!」
「実は14世紀とかヴェローナとか言われても気づかなかった!」
「でも、ロミオとジュリエットだと思ったのには訳があるんだ!」
「バカバカしいと思うかもしれないけど!」
「声が聞こえたんだ!」
「あの時!」
僕が「ハッピーエンドなら良かったのにな」と言った後すぐに。
女の人の声で「じゃあ、あなたがハッピーエンドにしてよ」とね。

これは困ったな。
こんなバカバカしい話を信じてもらえるんだろうか?

だが、広の思惑に反して和美は申し訳なさそうな顔をしている。
「どうしたの?」

「あの、その!」
「バカバカしいあなたの方が信じられる私を許してください!」



「その話自体は単なる逆恨みだと思います!」

「逆恨み?」

「恨みには二種類あって!」
「その話なら映画監督を恨むのが本恨みで!」
「無関係で同情した人を恨むのが逆恨み!」
「だから助けられもしないのに、やたらと同情するのは良くないの!」
「というか、突然こんな世界に来て!」
「私達は助かるんですか?」

広はここにきて初めて和美に余裕が無くなっていることに気づいた。
異世界転移はマンガやアニメの世界ではありふれている為なれている。
更に自分にとっては別世界だと思っていた世界が和美のおかげでそれほど別世界とも思えなくなってしまっている。
 つまり受け入れ幅が広くなっていたのだ。

「じゃあ帰ろうか?」

「帰れるんですか?」

「簡単だよ、恨まれたんなら恨みを無くせばいい!」
「ロミオとジュリエットを死なさずにハッピーエンドにすれば元の世界に帰れる!」

「どうしてそんなことが解るんですか!」
「どうしてそんな事が言えるんですか!」
「どんな根拠があるんですか!」
「どうして今まで黙っていたんですか!」

和美は矢継ぎ早にまくしたてた。
広の事を疑ったのも異世界に来たからだろう。
真面目な人間には耐えがたい事だったに違いない。

「声が聞こえたから!」
「庶民の常識だから!」
「君の選んだ男の言う事だから!」
「君と一緒ならどんな世界でも構わないから!」

と答えると彼女は落ち着きを取り戻した。

「どうすればハッピーエンドになるかな?」

1.ロザラインへの片想いを成就させる。
2.計略をロミオに知らせる。
3.ロミオを足止めする。

彼女の出した案はこの三つだった。

もともとロミオはロザラインへの片思いの憂さ晴らしとして忍び込んだパーティでジュリエットに一目惚れしてしまうのだから初志貫徹させる。

追放されたロミオが計略を知る由もなく早まってしまうのだから知らせる。

ロミオの到着が遅ければ死ぬ前にジュリエットが目覚める。

相談中。

「ロミオって一途じゃないから酷い男?」

「実は脈は無いし!」
「ロザラインは優しい女性でもないのよ!」
「じゃあ、知らせるかな?」


「追放先はマントヴァ!」
「ヴェローナから南に40キロほどの所です!」

「ですが親友がジュリエットの従弟に殺されて!」
「復讐の為にその従弟を殺しているので!」
「本当のところは計略は伝わらなかったのでは無く!」
「聞く耳をもたないのかも知れません!」

「じゃあ足止めする?」

「復讐の為とはいえ人を殺しているので!」
「追放されたロミオが戻って来たら死刑という沙汰が出ています!」
「でも、戻ってきたロミオはジュリエットに会うために親が決めた!」
「ジュリエットの婚約者を殺し!」
「ジュリエットの後を追って死ぬために!」
「薬屋から無理やり毒薬を買いました!」
「マントヴァでは毒薬を売った薬屋は死刑になります!」

「下手に足止めするとロミオに殺されるか!」

「このお話は教皇派と皇帝派の争いでよく人が死んだ時代!」
「作者の意図がある以上!」
「覆すのは困難でしょうね!」

「いや、そうじゃない!」
「作者の意図があるから強引なんだ!」
「何度も密会して結婚式の真似事までしてるのに!」
「仮死の薬を手に入れて飲んで死んだとまで思わせてるのに!」
「回りくどいんだよね!」
「とっとと駆け落ちすりゃあいいのに!」


「ジュリエットを攫ってマントヴァまで連れて行こう!」

「じゃあ行きましょうか!」
ジュリエットの家は実在する。
もちろんモデルとされた両家や両人がいたらしいという程度で。
二人が結ばれたとか非業の死を遂げたとかは不明である。

「ここです!」
「ほら!」
眼前に映画や劇で見慣れた形のパルコニーが現れた。
「本当にお話の世界ですね!」
「あのパルコニーは後年観光目的で作られたものなので!」

そして小石をジュリエットの部屋の窓に投げ呼び出す。
ジュリエットはこちらが恋人同士だから信用したのか。
ロミオでは無い男と結婚させられそうだったかは解らないが。
すんなりとついてきた。

そしてマントヴァでジュリエットをロミオに引き渡す。
「ロミオさん!」
「駆け落ちなさい!」
「マントヴァにいたら追手が来るわ!」

「フォルリ!」
「モデナ!」
「ピサ!」
「シエーナ!」

「いずれかにお逃げなさい!」

「なぜ?」

「ヴェローナの様な教皇派と皇帝派が混在している所では争いが絶えません!」
「先のいずれかなら皇帝派が主流の為、比較的安全です!」

「なぜ皇帝派なのですか?」



「それは!」
「花嫁を連れ去られたキャピュレット家!」
「人を殺して追放されて花嫁を連れ去ったモンタギュー家!」
「追っ手を出したいのはどちらで出したくないのはどちらでしょう?」

「解りました!」
二人は早速旅立った。

どういう事?

「広君!」
「キャピュレット家が教皇派で!」
「モンタギュー家が皇帝派なのはご存知ですよね?」


「ごめん、解りません!」

「ともあれ、そろそろ時間です!」
「本来ならあの二人は死んでる時間です!」


するとまたしても二人は闇の中に吸い込まれてしまう。


「ありがとう!」
二人が気が付いた時、そこは映画館だった。
そしてまもなく上映開始のアナウンスが始まる。

夢だったのかな?
しかし目が覚める直前に確かに聞いたあの声はジュリエットの声だった。

映画もよくよく見てみると内容が変わっていた。
もちろん広や和美は出て来ないし筋書きは随分違うが。
ロミオもジュリエットも死なないハッピーエンドになっていた。

和美に確認したところあの異世界での事は覚えていた。
しかし第三者や各メディアやネットで調べてもこの映画はもともとこの内容で。
内容が変わったことなど無い事にされていた。

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