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是正2

「ふむ」

 真っ暗な世界を眺めながら、めいは小さく声を漏らす。

「そちらの進展は?」

 そこから視線だけを横にずらすと、めいはやや気楽な調子で闇の中に問い掛けた。

「予兆はあるからそろそろだと思うよ。だがそれだけだね。今すぐというには反応が鈍い」

 その問いに、闇の中から声だけが返ってくる。しかし、その姿は何処にもない。真っ暗な空間というのを除いても、そこにはめい以外には誰も居なかった。
 しかし、めいは気にせず「そうですか」 とだけ返す。そこには残念な色は無く、退屈そうな響きだけが混ざっているような気がする。
 それを感じたのか、闇の中から呆れるような同意するような、何とも微妙な空気が返ってきた。
 めいはその空気を察するも、反応はしない。その代り、今度は分かりやすく退屈ですと主張するように大きくため息をついてみせる。
 そのため息を聞いて、声はやれやれとでも言いたそうな声音で言葉を紡ぐ。

「理解は出来るさ。私だって似たような思いだからね。しかし、それももうすぐ終わるだろう? 今は大人しく報告でも待っているんだね」
「それは分かっていますが・・・」

 子どもが不貞腐れたように口を尖らせるめい。それほどまでに退屈という事なのだろう。

「まぁ、それについてはとやかく言いはしないが、その姿を他の者には見せるなよ?」
「分かっています。こんな姿を見せるのは貴方相手の時ぐらいですよ」
「それならいいが。しかしまぁ、これでも私は一応君の部下なんだがね」

 どことなく楽しげに、しかし多分に呆れたようにそう言葉が返ってくる。
 そんな声に、めいは一度じとりと睨め付けるような目を闇の中に向けると、それを逸らしながら、これ見よがしに盛大にため息をついてみせた。そして、視線を戻しながら口を開く。

「私よりも優秀な部下なんて要りませんがね」
「優秀な部下を使いこなしてこその頭だろう?」
「仕事は割り振っているでしょう? しかし、私よりも優秀なのですから、部下だとというならもっと私の仕事を引き受けてはくれませんかね?」
「いやだよ。そうしたら君は何も仕事が無くなってしまうだろう?」
「いいではないですか、それで。私は我が君より直接託された、このめい界の管理さえ出来ればそれでいいのですから」

 直接という部分をやや強調して怠惰に返すめいに、今度は闇の中からため息が聞こえてくる。

「ここは君の世界なのだから、めい界の管理は確かに君の仕事だ。しかし、それ以外も君の仕事だろう? 私は何処まで行ってもその補佐。秘書的なモノのはずだ」
「上司に何も言われずとも、先回りして仕事を完璧にこなす秘書。素敵ですね」

 めいに良い笑みでそう断言されて、闇の中から苦笑めいた雰囲気が届く。

「仮にそうだとしても、それでも補佐が目的であって、上司の仕事を秘書如きがこなせるなどとは思わないよ」
「大丈夫! 貴方でしたらやれるでしょう!」
「君の期待には出来るだけ応えたくない主義なんだ」
「では、だらだらしていてくださいな」
「分かった。たまには君の希望を叶えよう」
「・・・はぁ。まぁ、別にそうしたければ勝手にどうぞ。貴方は優秀ですが、貴方の代わりがいない訳ではありませんし」
「はは。冗談だよ。そんなことしてみろ、主に嫌われてしまう」
「解っているではないですか。では、仕事をしなさい。私の分の仕事も任せますから」
「それは断っただろう? 全く、気が緩み過ぎだろう」
「貴方の前で取り繕う意味がありませんからね」
「そうかい・・・次に御会いしたら主に報告だけは済ませておくよ」
「それは困りますね」

 めいは少し鋭く声を出すも、何か行動に移す気は無いようだ。ただ玉座に座ったまま、小さく息を吐き出した。
 そこに闇から忍び笑いが届く。息遣いまで聞こえるほどに静かな部屋だ、いくら抑えたとしても笑い声は届いてしまう。もっとも、声の主の性格を思えばわざとだろうが。
 そんな小さな笑い声に、めいは呆れ混じりながらも、どう反応すればいいかと困ったような眼を向ける。下手につついてもより面倒になるだけだ。
 なので、一瞬考えためいは触らない事にした。触れなければ問題ないだろうという判断だが、念のために話題も変えておく事にする。

「そういえば、新しい国が出来たようですね」
「ああ」

 めいの言葉に笑いを引っ込めた声の主は、一転してやや硬質めいた声を出す。それは不快感からの声というよりも、興味が無いから出た声音だろう。

「どうしましょうか?」
「好きにすればいいんじゃないか? 丁度良く強そうなのが一ヵ所に集まってくれている訳だし、悪い話ではないさ」
「まあそうなんですが・・・そんな事、私や貴方には関係ないでしょう?」
「まあね。ここに居ながら世界中の命を一気に刈り取るぐらいは容易い。それで? 何か躊躇する理由でも?」
「ええ。あそこは新たな理に沿った者が集っていますからね。いい箱庭になるのではと」
「・・・なるほど。それは確かにそうだ」

 めいの言葉に頷いたような反応が返る。それと共に途端に興味が湧いたように声に熱がこもった。

「であれば、主の思惑に添えるか。そうすれば、褒めてもらえるかもしれないな!」
「それは分かりませんが、観察する価値は在るかと」
「そうだな。実験場としては丁度よさそうだ。上手くいけば外側から段階を踏んでの変革だけではなく、内側からも一気に変えられるかもしれない」
「ええ。中身まで入れ替えてこそですから」
「分かったよ。それはこちらで監視しよう」
「いえ。これは私が担当しますので、そちらは引き続きそちらの仕事を全うしてください」
「む」

 めいの言葉に、闇の中からムッとした声が漏れる。それを聞いためいは、実に良い笑みを浮かべた。それと同時に空間に不穏な空気だけが一気に充満していった。





 四つの市場を全て見て回った。
 合間合間に修練や魔法の開発などを行う為の休みも取ったので、少しは成長したと思う。
 その間に貨幣も補充されて、鉄貨と白銀貨が追加された。白銀貨だけ大白銀貨・白銀貨・小白銀貨の三種類用意された。短期間で十分量用意出来たのは近くに鉱山があるかららしいが、詳しくは知らない。それでも産出量が安定して多いほどに安い硬貨に使用されているらしい。金貨の場合は金の産出量は多いらしいが、それでもそのままではあまり使用に適していないので混ぜ物らしいが。
 他にも新しい街も築かれている。住民が増えているというのもあるらしいが、各街の交流の為に築く街らしい。
 外側にも領地を広げ、そちらは防衛を強化していると聞く。上空と地下の警戒も強め、各種族に合った防衛も任せて組み込んでいるという話だった。
 他にも色々報告を受けたが、とにかく色々あったようだ。何でも死の支配者が動き出したらしい。
 北の方はもう生存者は居ないらしく、天使族はクリスタロスさんを残して滅んだようだ。滅ぶ前にここに呼べればよかったのだが、天使族は排他的らしいからな、誘っても無駄だっただろう。
 魔族の領地も半分以上が占領されたらしい。魔王は存命らしいが、あっという間に半分以上が占領されているのだ、抵抗するほどの力はないと思われる。
 そういう訳で、世界の情勢は刻一刻と変化しているという事らしいが・・・こうなったらもう外には出られないか? 難しいかも。死の支配者の侵攻は嬲るようにゆっくりらしいが、それでも以前までとは異なり確実に行われているらしいし。
 困ったものだが、それでもこの国は多少慌ただしくとも平常運転。既に自給自足の体制は整っているので、あとは時間が解決してくれるだろう。
 その話を聞いてボクはボクで修練の時間を増やしているが、どうなんだろうな。成長していると思っているが、自信はあまりない。何処かで実際に戦ってみれば何か判るかもしれないが。
 時間が経ち、環境を整備をした事もあって、市場が活性化されて扱っている品数も随分と増えた。
 魔法道具や本も見たが、魔法道具は以前よりも質が上がっていた。本は人間界よりも内容の質がいい。それでも既知の知識故にあまり勉強にはならなかったが。それでも何点か購入したので、手元に本は有る。寝る前に少し読むには丁度よくはあった。
 魔法道具も本も値段は結構する。魔法道具は質によるが、安くとも数日分の食費が飛ぶ。本は一日我慢すれば買える物も多い。
 住民の数が増えたからか、食料の種類も増えていた。勿論香辛料や調理器具もだが、その分以前にも増して混雑していた。そろそろ新設された市場だけでは手狭なのだろう。
 新しい街はそういったモノを分散させる意味合いもある。というよりも、新しい街は交易都市にする予定と聞いた。各街とは転移装置で繋ぐそうなので、気楽に行き来出来るだろう。街一つが大きな市場なのだから、これで混雑も軽減するだろうさ。街を回るだけでも楽しそうだ。
 その分他の街の市場が縮小しそうだが、そちらはそちらで専門性を強くしていくらしいので、より質のいい物を求める者達はそちらを回るだろう。いつかはその周辺が職人街になったりしてな。
 さて、今日も今日とて修練に励む。挨拶回りは主要な相手は終わったらしいし、案内はまだ途中ながらも、知らなくてもあまり困らない部分も多いらしいからな、そちらはのんびり頼んでいる。
 プラタは相変わらず忙しそうにしているが、それはシトリーやフェン、セルパンもか。
 タシはボクの影の中で生活している。少し前に検証してみたが、タシは問題なく空が飛べた。
 五感共有で空からの様子を確認出来た時は感動したが、まさか乗って空を飛べるとは思わなかった。大きいといってもボクを乗せて飛ぶには小さいと思っていたが、魔物というのは不思議なものだ。力強く羽ばたく様は中々に雄々しい姿で、少し見直した。
 しかしずっと乗っていられる訳ではないようで、一人で普通に飛ぶ分には何日も余裕で飛べるようだが、ボクを乗せた状態では何故か一時間ほどで速度と高度が少し落ちだした。あのままいけば数時間で地上に到着していただろう。
 それでも五感共有があるので、空からの偵察には丁度いい。五感共有がどれぐらいの距離まで有効なのかは不明だが。
 難点は外でしか試せない事か。それも国を丸ごと覆う結界が張られているので、許可が無ければ国の外には出られない。
 まあそれはしょうがないとして、今はもう少しタシとの五感共有や空からの光景に慣れなければならないだろう。国の外についてはそれからでいい。
 その為にもタシを外に出しておいて、ずっと国内の空を飛ばして五感共有し続けていたいのだが、基本的にボクが地下に居るからかタシがそれを嫌がった。あまりボクから離れたくはないらしい。困ったものだ。これも創造して間もないからだろうか? しかし、フェンやセルパンはそんな事はなかったのだが、やはりタシが弱いからだろうか? もしそうだとしたら落ち込みたくなる気分だ。
 そう思って同じ魔物であるフェンやセルパンに訊いてみたところ、どうやらこれはタシの性格らしい。しかしその性格って大部分はボク由来じゃなかったっけ? いや、あれは知識だけだったかな? 何にせよ、自分の実力不足という事か。
 考えても落ち込むだけなので、タシの性格についてはそういうものだと思うことにする。
 それにしても、何でボクが乗ったらあんなに直ぐに飛行出来なくなったのだろうか? 改めて考えてみると不思議なものだ。ボクはそんなに重かったのだろうか? それとも、何かを乗せると変わらずああなるのだろうか? この辺りを確認しておけば、荷物を送る時とかで困らなくて済むかもしれない。
 とはいえ、その場合はやはりタシの性格を考えなければならないが。まぁ、少し成長すればタシだってフェンやセルパンのように離れても平気になれるだろう。そう願うしかない。
 意識を集中させる。現在は世界の眼の修練中。とりあえずの目標は、地上部分の建物まで視られるようになる事。これが中々に難しいので、その前に地上部分まで到達するのが先か。
 現状では一つ上の階である地下一階の少ししか世界の眼が届かない。プラタの妨害魔法はもう邪魔していないというのに、それでもその程度だ。
 上達するのも中々に難しい。焦る気持ちを抑えなければ、世界の眼を維持するのも困難になってしまう。
 余計な事は何も考えない様にしつつ、周囲の情報を処理していく。この処理能力も向上させたいが、こちらは種族によって本来の処理能力というものが大体決まっているからな。限界まで引き出したとしても、プラタには遠く及ばない。これもどうにかする方法を探した方がいいのだろうな。
 現在はプラタが設置した魔法道具に絞って世界の眼で探している最中だが、これがかなり数が多い。あまりの多さに、ボクの処理能力では情報の処理が追いついていないほどだ。
 地下一階を世界の眼で把握しきれない理由の一つはこれではあるが、魔法道具を無視してもまだ把握しきれないので、原因という訳ではない。
 しかし、把握出来ただけでも中々に凶悪な魔法道具が揃っているものだ。拘束系も含まれているが、配置を考えれば捕縛する目的ではなく、確実に仕留めるためなのが解る。
 攻撃系の魔法道具も威力が高く、一撃必殺を旨にしているかのようだ。あれに引っ掛かったらボクもあっさり死ぬだろう。どこの罠も凶悪なものだ。
 その分頼もしくも在るが、ここまで必要なのだろうか? まぁ、用心のためには必要なのだろう。
 それにしても、地下二階と地下一階を繋ぐ階段付近だけでもういっぱいいっぱいだな。魔法道具を無視して進めばもう少し先まで行けるのだが。
 そう思ったところで、世界の眼を終えて意識を戻す。かなり情報を処理したので頭が痛い。

「ああ、少し目がちかちかするな」

 意識を戻したところで、急激に身体へと負担がかかったような気がする。頭がくらくらして額とこめかみ辺りが痛いし、目の前がちかちかしてあまり長く目が開けられない。
 目を瞑って軽く頭を振ると、ゆっくりと立ち上がる。ここは訓練部屋だから、休むなら自室に戻った方がいいだろう。

「おっと・・・」

 そう思い歩き出そうとすると、足に力が入っていなかったのか、踏みだした足から崩れるように倒れそうになる。咄嗟にもう片方の足を前に出して踏ん張ったので転ばないで済んだが、危なかった。

「そこまで疲れていたのか?」

 思わぬ結果に驚いてしまう。あまりの驚きに一瞬頭の痛みを忘れてしまったほど。

「早く部屋に戻って休んだ方がいいな」

 気を取り直したところで、慎重に足を出しながらゆっくり歩いていく。今度は転びはしなかったが、ふらふらとしてしまう。何だか転移した時のようなふわふわした感じがするな。
 転ばないように片手を壁に付けながら歩く。世界の眼を使用する際にはもう少し余裕をもった方がいいな。兄さんの身体だった時はギリギリまで世界の眼を使用してもここまでではなかったんだけれども。やはりあの身体が特別だったのだろう。
 反省しつつ、疲労感の強い身体を引きづるようにして自室に戻ると、寝台の上に倒れるように横になる。

「ああ~、何か一気に疲労が身体に回った感じだな」

 訓練部屋を出る前はまだふらふらする感じがしていただけだったのだが、次第に足に力が入らなくなった。寝台に横になる直前には、何だか地に足がついていないようだった。

「世界の眼の疲労は遅効性なのかな? それにしても、ここまで疲労するものなのか」

 重くなってきたまぶたに抗いながら、回らない頭で思案してみる。しかし、抗いきれずに眠りに落ちてしまった。結局どれぐらい修練していたのやら。





 目を開けると、寝台の上だった。

「えっと・・・?」

 困惑しつつうつ伏せに寝ていた身体を起こすと、寝台の縁に腰掛ける。そうした後に目を覚ます前の事を思い出す。

「んー? ・・・・・・んー・・・ああ! 世界の眼を使用しすぎて、疲れて寝たんだった、か?」

 頭をかきながらそういえばそんな感じだったなと思い出す。世界の眼の負担が思ったよりも大きくて、自室に辿り着いたはいいが、そこで力尽きたんだったな。
 そうだったそうだったと思い出しながら寝台を降りると、伸びをして今の時間を確認する。

「朝、というには早いか。どれぐらい寝ていたのやら」

 身体を解すように軽く動かすと、お風呂に入る事にする。まだ疲労が抜けていないのか、少し身体がだるいからな。
 足下に置いていた背嚢を掴んで脱衣所に向かう。お風呂に入った後にでもプラタにどれぐらい寝ていたのか訊いてみるとするか。





 お風呂は相変わらずいいお湯だった。少し温度は高いが、長湯し過ぎなければ問題ない。
 入浴を終えると、自室に戻ってプラタに連絡を取る。

『プラタ、聞こえる?』

 魔力を使用した通信だが、何だか久しぶりに使った気がする。
 こちらは一度繋げてしまえば、ある程度の範囲内に対象が入った場合は繋げたい時に自動で繋がるという便利なもの。調整は可能だが、有効範囲は人によるので何ともいえない。しかし、両者の魔力に対する干渉が重なった場所で有効なので、結構広域で有効だ。
 今回の場合であると、相手はプラタだ。ボクではそうでもなくとも、プラタの場合は内側の世界全域が有効範囲なので、何処に居ても繋がる。
 なので、今回も問題なくプラタと連絡出来るはずだが、どうだろうか?

『如何なさいましたか? ご主人様』

 どうやら問題なく通じたようだ。流石はプラタだな。ま、まぁ、ボクでもこの国の内側であれば問題なく繋がるとは思うが、これを正確に把握するのは難しい。

『ボクが修練していたのは昨日だよね?』
『はい。そうです』

 それがどうしたのかといった感じの探るような声音ながらも、プラタは答えてくれる。
 しかしそうか、やはりそこまで長く寝ていた訳ではないようだ。あとは世界の眼の修練をいつ終えたかだが、こちらは確認のしようが無いな。プラタに訊いたところで分からないだろうし。・・・一応訊いてみるか。

『ボクが修練を終えて寝たのがいつか分かる?』
『昼を過ぎた辺りでした』
『そ、そうか』

 予想に反してすぐさま答えが返ってきた。どうやら修練中もずっと観られていたらしい。まぁ、プラタ達妖精は世界を監視するのが仕事みたいなモノだからな。観ていてもおかしくはないか。
 それはそれとしても、寝たのが昼過ぎという事は、半日以上寝ていた事になるな。それだけ脳に負担を掛けていたという事か。今後は気をつけよう。
 それでも半日程度で済んだのだから良しとするか。それが分かったからか、お腹が鳴った。昨日朝食を食べた後は何も食べていないから、一日近く何も食べていない事になる。それはお腹も空くか。
 それで今日は何の予定だったかな? 記憶を探って思い出してみると、そういえば今日も修練に当てていたなと思い出す。

『ありがとう。ちょっとそれを確認したかっただけだから』
『左様でしたか。それではまた明日に』
『うん。また明日』

 そうして連絡を終える。明日は確か現在造っている最中の街の視察だったか。ボクは必要ないと思うのだが、一応国主なので、視察したという実績が必要なのだろう。
 まあそんな事は今はいいか。それよりもお腹が空いた事だし、何か食べよう。朝にはまだ時間は早いが、目も覚めたし何かあったかな。
 背嚢の中を探ってみる。食材や調理器具はプラタに渡したので、中に入っているのは干し肉などの保存食だけだ。それでも十分なので、干し肉を一つ取り出して齧る。
 干し肉は硬いが噛めない事はないし、唾液に浸すようにしながら食べれば十分食べられる。
 唾液に浸すとじわりと味が広がるが、味付けが濃いのでそれだけでも美味しい。噛み応えもあるからやはり干し肉は美味しいな。

「というか、この背嚢があれば保存食じゃなくても大丈夫だとは思うが・・・やはり保存食の方が安心か」

 この兄さんから貰った背嚢は、中がほぼ時が止まる。なので、温かい料理を入れても、取り出したらまだ温かいままだ。
 それでも完全に時が止まっている訳ではないので、念のために保存食にしていた方がいいだろう。たとえ背嚢に入れていれば、温かい料理が年単位で温かいままだろう性能だとしても、その方がいいだろう。
 これだけのモノをいつか創りたいとは思うが、中々に難しい。多分だが、兄さんであれば完全に時を止める魔法道具を創る事など造作もない事だろう。
 つまりはこれは未完成品という事だと思う。では何故そんなモノをボクに寄越したのかだが、あの兄さんの事だ、何かしらの意図があると思うんだよな。・・・何も無い可能性も在るが。
 とにかく、考えられる可能としては、これをボクに完成させようとしている辺りだろうか。それだけ技能を高めなければならないが、それを期待しているという事な気がする。おそらくだが、兄さんが求めているのは強さなのではないだろうかと思うから。

「ボクが、ねぇ」

 無論、これを創れるようになったぐらいで兄さんと対等だとは思えないし、抗えるとも思えない。それでも、これが創れる程度が最低条件なのではないだろうか? 何についてのかは分からないが、謂わばこれは挑戦状という事だろう。
 受けるかどうかは自由というか、兄さんはこれをボクに贈った事を覚えているのだろうか? とりあえず贈っただけのような気がするんだよな。これに気がついて達成出来ればいいな、ぐらいの軽い気持ちで。
 まぁ、挑戦してみるが。これを創ってみたいからな。しかし、今は調べてみても気持ち悪くなるだけでよく解らないから、まずは技能を高めるところからする必要がありそうだ。それは自分を鍛えるという目的と一致している訳だし、遠い目標としてこれは置いておこう。
 大きな目標が出来たところで、食べていた干し肉が無くなる。
 まだお腹が満ちるには少し物足りなかったので、もう一つ干し肉を背嚢から取り出す。取り出した干し肉は、長さ十センチメートル、幅五センチメートルほどの長方形で、厚さが三センチメートルほどもあった。
 全て手作りなので大きさにはバラつきがあるも、それでも大体似たようなモノ。端の肉だと小さい物もあるが、あまりに小さい場合は別の物に加工しているらしいので、極端に小さいという物はない。
 干し肉を齧りながら、今日の予定を考える。
 まずは今日も修練だ。昨日は世界の眼で少し無茶してしまったので、今日はほどほどに行うとしよう。世界の眼だけではなく、他の魔法の修練もしたいからな。
 目標を決めたばかりなので、今日は魔法道具の方も弄りたいところだな。そうなると、魔法の開発や改良はまた後日にした方がいいか。
 あまり根を詰めすぎてもいけないので、その辺りの調整も気にしなければならない。
 干し肉を食べ終える頃には大まかながらに今日の予定が決まり、まずは訓練部屋に行く事にした。
 自室を出て訓練部屋に移動すると、床に座って意識を集中させていく。
 そうして意識を集中させた後、そのまま周囲に溶け込むように意識を拡散させる。意識を周囲に拡散させると、そのままそれを拡げていく。
 周囲を把握する為に、続けて意識と繋げた感覚を薄く伸ばして拡げるようにして、まずは訓練部屋を感覚で満たす。これも大分早く行えるようになってきた。
 その後に訓練部屋の外まで感覚を拡げていき、少し遅れて地下二階全域へと意識を行き渡らせる。ここまではもう慣れたものなので、出来るだけ早く感覚を地下二階全域に満たす事を目標にする。
 今では地下二階全域に感覚を拡げるのも数分で完了するが、それでも遅い。世界の眼の修練を始めた当初に比べれば格段に早いものの、それでもやはり遅い。戦闘中に世界の眼をそこまで広範囲で使う様な事はないだろうが、緊急事態というのはいつも突然襲ってくるものだ。それに備えるとなると、どんなに遅くとも一分ぐらいが限度か。
 出来れば数秒・・・いや、もっと早い方がいいが、それは追々辿り着ければいいや。今は感覚を拡げる範囲に拘りたいところ。
 まあこれだって、拡げる形を変えればある程度は遠くまで到達出来る。現在は円形に意識を拡げてはいるが、これを楕円形とか細長い感じにすれば、その分遠くに眼を向けられる。まぁ、遠くに伸ばした分、別の場所が見えなくなるのだが。
 それにいくら意識を拡げようとも、それを処理する能力はそう簡単には成長してくれない。というか、限界は結構すぐに訪れそうなので、認識出来る範囲を拡げても、結局はそれは限定的なものになってしまうだろう。
 しかしそれは最初から分かっていた事だ。その為に処理する範囲を意識とは別に用意した訳だし。
 地下二階全域に感覚を伸ばしたところで、次は昨日に引き続き地下一階部分へとその範囲を拡大させていく。
 階段部分を過ぎて、問題の地下一階へ。今回は魔法道具は無視して、肉眼で見るような感覚で意識を伸張させる。
 そうして情報量を昨日よりも絞った事で、昨日よりも更に先へと意識が拡大出来た。しかし、それも直ぐに限界に達してしまう。
 急に後ろから引っ張られたように意識の拡大が止まる。壁に当たったように先へと進めない。認識出来る限界に達したので、先は真っ暗だ。
 道の途中から世界が無くなったかのような黒。それから先へはどう足掻いても進みそうにはない。という事は、現在はここが限界なのだろう。以前に到達した場所と然程変わらないところから察するに、ここがボクの能力の限界なのだろうか?
 とりあえず一度意識を戻す。その後に首を振って訓練部屋の様子を肉眼で捉え、世界の眼を無事に終えて戻ってきたのを確認する。

「ふぅ。中々進展しないな」

 先程感じた限界に、小さく息を吐く。

「世界の眼は、周囲に自分を溶かして世界と一体化する事で視界を拡げる。という事は、ボクの魔力が足りないのか? 魔力が少ないから更に先まで眼を伸ばせないのかな? しかし、何となくそれは違うような気もするし・・・うーん」

 何故世界の眼の範囲が拡がらないのか。それについて考える。
 世界の眼は自分の存在を世界に拡散させる方法を採るが、それは自身の魔力を世界の魔力とする事でもある。故に魔力量が少なすぎると、薄くなりすぎて視界の範囲が狭くなるのではないだろうか。

「でもそうなると、兄さんの身体に居た時の説明が出来ないんだよな」

 兄さんの身体を借りていた時は、かなり遠くまで世界の眼で見通す事が出来た。しかし、魔力量は現在よりも少し多い程度で、そこまでの差は無かったはずだ。だというのに、世界の眼での視界の広さは雲泥の差がある。
 もしも仮説通りに保有魔力量に比例して視界の広さが変わるのであれば、それの説明がつかないし、そうなるとプラタはどれだけ膨大な魔力を秘めているというのか。
 なので、その仮説は違うと思う。では他に何かあるかだが・・・何かあるかな?

「魔力を世界と同化させるのもだが、実際にやれば意識も世界に溶かさなければ上手くいかないから、意思の強さかな?」

 自信は無いが、それ以外には何も思い浮かばない。だが、意思が弱いと拡散し過ぎてしまう気もするし・・・いや、これでも兄さんの身体を借りていた時の説明がつかないか。あの時も中身はボクだった訳だし。うーん? よく分からないな。

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