バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第十一章 『呪詛』と『口寄せ』

 しかし、暎蓮は宮廷の『巫覡』だ。戦があった時は、前線に出て、相手の兵士たちを、その眼で『呪詛』するという役目がある。まだ実戦に出たことはないが、『呪詛』の訓練だけは、経験があった。それゆえに、彼女は、『呪詛』に関しては、彪よりも詳しい。
「彪様。ここに、『()らずの布陣』を張ってみてくださいませんか。その中で、この『なにか』、を掘り起こしましょう。……その上で、浄化するか、滅するか、考えませんか」
「わかった。……(はつ)!」
 彼は、目の前で両手を合わせ、自分と暎蓮、木の根を取り巻く形で、『入らずの布陣』を張った。
 『入らずの布陣』は彼の得意技で、『邪気』を遮断する効果や、『邪霊』を閉じ込めるなど、様々な使い方ができる、『結界術』を応用した布陣だ。
 木の根もとからの『邪気』が、『入らずの布陣』の浄化効果で、苦しいのだろう、暴れているのが見える。彪は、しゃがみ込んで、言った。
「ちょうど、ここに、手ごろな大きさの石が落ちてるよ」
「それを使って、掘り起こすわけですね」
「うん。……俺がやるから、お姫様は待ってて」
「私もやります!」
「いや、でも」
「これは、私のお仕事でもあるのです。……大丈夫です」
「うーん……。……じゃあ、……無理しないでね」
「はい。ありがとうございます」
 二人は、手に『聖気』を集め、『邪気』を遮断しながら石を持ち、時間はかかったが、木の根もとを掘り起こした。
「……壺だ」
 土の中から出てきたそれを見て、彪が言った。
「この中に、なにか『呪詛』のもとになるものが、入っているわけですね」
 暎蓮が、地面に石を置き、手についた土を払いながら言った。
「どうすればいい?」
「先ほどから、頭の中に、この『呪詛』を行った方の『念』のようなものが、わんわん響いてきます」
「ああ、この気持ちの悪さは、それだったのか。……この壺、開けるわけにはいかないね。恐ろしいことになりそうだ」
「話を早くするためには、この『呪詛』のもとになった方を呼ぶことですね。この類の『呪詛』を行う方は、大抵、もうこの世にはいらっしゃいません。……彪様。『口寄せ』をお願いできますか。私だと、経験があまりないので、時間がかかりそうです」
 『口寄せ』とは、死んだ人の魂を一時的に呼び戻す技のことだ。
『斎姫』である暎蓮にも、できないことはないのだが、どちらかというと、今度は、街での仕事で慣れている彪のほうが得意分野だ。
「うん。わかった。……じゃ、始めるよ」
 彪は、『入らずの布陣』を張ったまま、目を閉じた。『邪念』の中から、『呪者』の意識を探り出す。
 ……年数がたっているわりには、『時限式呪詛』が発動したからだろうか、すぐに『呪者』の意識が捉えられた。一度捉えると、それに呼応するように、どんどん意識が大きくなるのを感じる。……強い『邪念』だ。
「捉えた。……さすが『呪者』だ、すごい『邪念』だよ」
「やはり、そうですか。……では、お願いいたします」
「うん」
 彪が目を開ける。二人は顔を上げた。
 中空に、青白い顔をした女の上半身が浮かび上がっている。玉雲城の女官の衣装を着てはいるが、髪型が、女官の、結い上げられた長い髪ではなく、なんだか、素人が切ったような、整えられていない短髪だった。しかも、まだそれほど年を取った女ではないのに、その髪は真っ白だった。
「あなた様は、どなたですか」
 暎蓮が、言った。
『私は、かつて、この『湖白宮』に住んでいた、『() 羅羅(らら)』……』
「なぜ、どなたかを『呪詛』しているのですか」
『憎かったから。『(あい) 前五(ぜんご)』が』
「その、『合』様とは?」
『今から三十年前、私と愛を誓いあっていた男』
「その方が、どうして憎いのですか」
『『合』は、私を、『世界中を敵に回しても、お前を一番愛する』と約束したのに、『浅南国(せんなんこく)』に留学した途端、私を忘れて、違う女のもとに走った。しかも、『巫覡』の身でありながら!』
『浅南国』とは、かつては『昏天国(こんてんこく)』と呼ばれていた、現在の『玉雲国』相手に反乱を起こしていた隣国だが、皇子時代の扇賢がそれを押さえ、今は『玉雲国』と統合されている、もう存在しない国だ。
「いや、『巫覡』なら、恋はご法度のはずでしょう……」
 彪が、少年としては恥ずかしいのだろう、小さい声で、言いにくそうに、ぼそぼそと言った。
 『巫覡』は、結婚するとその力を失うのが常だった。だから、恋も、本来は禁じられているはずなのだが。

しおり