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第十章 『邪念』と『時限式呪詛』

「お姫様、ここは……」
「『清白宮』、ですね」
 建物についている紋を見て、暎蓮が言った。
 先にも述べたが、『清白宮』は、王宮勤めの単身者の、男性用の寮である宮殿だった。
「なんで、こんなところに。昨日、俺、なにも気づかなかったけれどなあ」
 彪が言う。
「怪しい動きは、たった今、降り立ったようですよ。昨日、彪様がなにもお気づきじゃなかったのも、無理はありません。それと……」
「うん。あっちへ移動していくね」
 彪が指さす方向は、東側にある女性単身者用の寮である宮殿の、『湖白宮(こはくきゅう)』だった。『清白宮』と『湖白宮』は、城に常勤している者たちのための寮であるため、歩いて移動する者たちが楽なように、この広い城内の中でも、割合、他の重要施設と近い場所に、少し離れて向かい合うように建っている。
「『清白宮』の気配は、建物の内部には入っていないようです。外側の一部だけ。そして、移動していく気配は……」
「『湖白宮』の裏側に行った」
 暎蓮は、言った。
「彪様、『湖白宮』の裏側に、行ってみましょう」
「うん」
 二人は、少し急ぎ足になって、『湖白宮』裏側に向かった。
 宮殿の裏側に行くと、城内のあちこちにある石燈籠の数もさすがに減るからだろう、その光も届きにくくなり、建物の後ろ側はうす暗かった。
 彪がその中で、大きな影に気付き、上を向いて、おもわず声を上げた。そして、言う。
「すごく、大きな木があるね。この馬鹿でかい『湖白宮』の建物以上の大きさだよ。……この木のこと、お姫様、知っていた?」
「いえ、ここにはめったに来ないので、全く知りませんでした。……ここで育って、何十年、あるいは数百年かもしれませんが、とにかく、だいぶ経っている木のようですね。……もう、かなりの老木のようです」
「まだ、微かに生きている『(じん)』を感じるけどね。……でも、もう、ほとんど、朽ちかけている」
 『精』とは、自然物の持つ『気』の一種のことだ。
「『湖白宮』を建てる時にも、この木はわざわざ残しておいたのかもしれませんね、これだけ立派に育つと、伐るのがもったいないくらいでしょうから」
 暎蓮は、そう言いながら、その木の下に足を進めると、彪を手招きした。
「彪様」
 彼女のもとへ近づいた彪が顔をしかめた。
「……糸みたいに細いけれど、強烈な『邪気』を感じる」
「ここに、なにかが埋まっているのに反応しているようです。……一度、ここを浄化してから、掘り返してみましょう」
 二人は、そろって、しゃがみ込むと、木の根もとに片手をかざし、それぞれ、そこに、ふう、と、息を吹きかけた。
 二人の手が、暗い中、光を放つ。
 ……二人がかりで『聖気』を送り込んでいるのに、その『邪気』は衰える様子がなかった。
 なかなか浄化作業が進まないのに対して、
「これは、相当、凝り固まっているな……」
 との彪の言に、暎蓮もうなずく。
「おそらく、何十年越し、ですね」
「そんなのが、なんで今さら、現れたんだと思う?」
「なにか、この日、この時間に『妖異』が現れるというような、時間設定をしてある『術』なのかもしれません。この中になにが埋まっているのかがわかれば、もう少し、手掛かりが得られるのですが」
 その時、雲が流れ、月明りが彼らを照らした。二人が手をかざしている木の根もとにも、その光が降り注ぐ。その光に当てられた木の根に、突如、大きな音ともに、ひびが入った。
 次の瞬間、強い『邪気』がそこから一気に漏れてきた。彪は、一瞬で強い『結界術』を発動し、暎蓮を後ろにかばった。
「お姫様、大丈夫!?」
「ありがとうございます、大丈夫です。彪様は?」
「なんともないよ」
 暎蓮は、ひびの入った木の根を見下ろしながら、
「発動設定は、この木が朽ちていき、葉が落ちて、ちょうど、この根に月明かりが当たる時、ということだったようですね」
 と、言った。
「本当だ、もうこの木の『精』が、完全に消えていった」
 暎蓮は、うなずき、そのまま、彼に、
「ただの浄化では無理そうですね。おそらくこれは、『呪詛』です。しかも、『時限式』の」
 と言った。
「『時限式呪詛』?」
 彪の問いかけに、暎蓮は、再びうなずいて、言った。
「先ほどの『邪気』の動き方から考えると。この根もとの下に、なにか、『清白宮』に、かつていらした方を『呪詛』するものが埋められているようなのです」
「どうすればいいのかな?」
 民間の『巫覡』であった彪には、『呪詛』の経験があまりない。それどころか、そういった仕事は、あからさまに避けていたのだった。

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