第80話
ネイを調べていると、ジェームズ・スミスを名乗った人物が、修理をした二〇人ほどのアーティナル・レイス達が倉庫にきた。
敵がくるとわかっている状況である以上、戦力となる彼等を先に調べなければならないため、澄人は一旦ネイを調べる手を止め、そちらを優先した。
もし異常が見つかったら……いや、確実に――何かしら――プログラムの改変やウイルスル、マイクロチップの類が発見されるはず。
ナオはそう思っていたのだが、調べた結果は、全員異常なしだった。けれどそれは、操られていたネイにも言えることだった。
ネイのAI-visは損傷していたのだが、人格プログラムがインストールされている、メインコア――人間の小脳にあたる部分は無傷の状態だったため、澄人とナオは調べてみたのだが、細工された形跡は一切なかったのだ。それでも、何かがあるはずだと、澄人はネイのAI-visと繋げたタブレット端末の画面に映る文字列と、にらめっこをしていた。
「澄人、少し休憩されてはどうですか?」
睡眠をまともにとっておらず、作業が続いている澄人を心配し、ナオは声をかけたが、
「うん……」
よっぽど集中しているのか、返ってきたのは空返事だった。
「澄人」
もう一度――今度は肩を叩いて言ってみようと、ナオが手を伸ばしかけた時。
「……ねぇ、ナオ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
澄人はタブレット端末から目を離し、ナオの方を向いた。
「はい、何でしょうか」
「AI-visのセキュリティに、まったく引っかからないプログラムって、何かある?」
「いいえ。澄人も知っている通り、基本行動プログラムから言語プログラムまで、すべて人格プログラムのセキュリティチェックを行ってから、インストールされます。それがどうかしたのですか?」
「異常がないってことは、異常と見なされないプログラムが、原因なんじゃないかって思ってね。けど……唯一セキュリティチェックが行われないのって、やっぱり人格プログラムくらいか」
「しかし、人格プログラムがすでに入っているAI-visに、別の人格プログラムは組み込めません。強引にインストールするような真似をすれば、人格プログラムに異常が出るのは確実ですし、メインコアに負荷がかかって、破損する危険性もあります」
「そうだよね……うーん」
澄人は再びタブレット端末の画面に視線を移し、指でタッチし始める。それから五分ほど経った時、その指が止まった。
「ん……?」
「何か見つかりましたか?」
ナオはタブレット端末の画面を覗き、澄人の視線の先にある文字に目を向けた。
“Type Original Access”
“Welcome Ha----”
Haから先は、文字が崩れ読み取ることができないが、それを見たナオは驚いた。
「これは……!」
「AI-visのメインコアに残っていたデータだ。これを見る限り、ログには残っていないけど、何者かがネイの人格プログラムに、アクセスしたってことになる。しかも、これ……Welcomeって、ネイが本能的に受け入れたってことなのかな?」
「おそらく……」
「アーティナル・レイスがセキュリティを通さずに、本能的に受け入れた……いったいどういうことなんだ?」
「……わかりません」
ナオは、驚きが表情に出ないようにして、その後も澄人と共にネイを調べたが、結局他に収穫はなかった。
ネイを調べ終えた後、澄人とナオは武装の調整を始めた。ただ、その最中もナオは、ネイのメインコアメモリの文字について考えていた。
Haに続くのは、もしかしてruなのでは――Haruと表示されていたのではないかと。そしてそのHaruは、澄人の恋人であり、自分の姉でもある、はるのことではないかと。
ナオがそう思ったのは、Type Originalという文字が、表示されていたからだ。アーティナル・レイスでオリジナルといえば、主にアーキタイプのことを指す。実際、はるが初めてナオに接続してきた時のログにも、この文字が含まれていた。
つまり、もしナオの考えが合っていたとしたら、はるがネイにアクセスを行い、操っていたということになる。
このことを澄人に言うべきか? いいや、言えるわけがないと、ナオは心内でつぶやく。は
るが敵かもしれないと、言うようなものだからだ。
そんなわけがないと、ナオは思っている。澄人に言っても、信じない――そんなはずはないと言ってくるだろう。だが……Type Originalという、紛れもなくはるを指し示す文字が、表示されていたという事実がある以上、ゼロとは言い切れない。はるが敵になっているという可能性が……。
そのショックに、今の澄人は耐えられるだろうかと、ナオは作業をする澄人を横目で見るが、すぐに首を振る。
澄人にとって、最愛の存在であるはるは、彼の心を支えている柱だ。その柱には、はるが目の前で敵中に消えていった時の深い傷がついている。はるが敵かもしれないということを話せば、そこにさらなる傷をつけてしまう。
そう。ナオは澄人の心に、傷を増やしたくなかった。自分の言葉で、愛する人の心に傷をつけることを恐怖した。
澄人もいつか、はるが敵かもしれないと、考えることになるかもしれない。それでもナオは、もうしばらく……はるが澄人にとって疑いのない――この世界で最も信頼できる――最愛の存在のままにしてあげたいという思いから、伝えないことを選んだのだった。