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第九章 彪の『気概』と、暎蓮

「おい、そこのお前」
 ちょうど通りかかった宮殿の門前で、彪は門衛の兵士から、高圧的な口調で声をかけられた。 門の両脇に置いてある石灯籠からの明かりが届かず、彪と暎蓮の姿は、影になっていたらしい。……兵士は、影から出てきた彪に向かって、言った。
「もう夜だぞ。お前らみたいな子供が、こんなところで、なにをしているんだ。……誰の子供だ?お前の父親の役職の名前は」
 ……彪は、舌打ちした。……今晩、これで三度目だ。
 男性にあまり免疫のない暎蓮が、おびえた様子で後ろに下がる、その前に、立ちはだかるようにし、彪は、懐から身分証明書を出して、兵士に示した。
「……占天省の『巫覡』の白点です。公務で、城内を見回っています」
 彪の差し出す身分証明書を見た兵士が、表情を一変させた。
「じゃあ、史上最年少で宮廷入りした、占天省の方っていうのは、もしや、あなた様で……?」
「ええ、まあ。……たぶん、そうだと思いますが」
 彪は、そっけなく答えた。毎回同じ質問をされ、同じ反応を見せられるので、多少飽きてきたのだ。自分の父親の官位を訊く前に、こちらは占天省の紋の入った単衣をまとっているのだ、それくらい推察しろ、と彼はひそかに思っていた。
「ご公務でしたか。……失礼しました。ですが、もう夜です。お気を付けください。そちらの、お嬢様も」
「ありがとうございます。……では」
 彪はそれでも、兵士に一礼して、暎蓮を促し、踵を返した。
「まったく……」
 歩きながら、つい、言う。
「どの宮殿の前にも、警護の兵士がいて、いろいろうるさいことを言ってくるけど、お姫様、大丈夫?……気分が悪くない?」
「私は大丈夫です。……それは……、もちろん、殿方は、少し、苦手ですが。こうして、彪様が護ってくださいますし。……それより、彪様こそ、占天省の単衣をまとっていらっしゃるのに、その都度、誰何されて、大変ですね。……占天省に、いえ、宮廷の組織に入省したのは、彪様が史上最年少ですから、どうしても、城内では目立つのですね」
「そんな俺と、不老のお姫様が、こんな時間に一緒に歩いているんだから、無理ないのかなあ。……確かに俺は、まだ子供だし、誰か官位のある人に、城まで連れて来られたその子供だって思われるのは、仕方がないことだけれど、……俺としては、『俺』という人間は、『宮廷巫覡』として、毎日堂々と城内を歩いているんだから、いい加減、見慣れてほしいものだけどね。……まあ、お姫様にまでとばっちりがいかないだけ、ましだけれど」
「こんなはずではなかったのですが。……ごめんなさいね、彪様」
「お姫様が気にすることじゃないよ。あれがあの人たちの仕事なんだろうからね、まあ、……いい気分ではないけれど、仕方がないよね」
 暎蓮は、それを聞いて、微笑んでくれた。
 ……いくら歩いても、『妖異』はなかなか現れないので、二人は、時間稼ぎに、歩きながらいろいろと雑談をした。
 暎蓮は、彪が話す、街の中の出来事や、彪が休日は街でどんな仕事をして働いているのかを、楽しそうに聞いていた。
「……こんな話、つまらなくない?」
 彪が、途中で言ったが、暎蓮は首を横に振った。
「いいえ。とても楽しいです。私の知らない世界の話ですから。……私の毎日は、同じ宮殿の中での、同じことの繰り返しですから、彪様のご生活のようなお話が、少し、夢の世界の物語のようにも感じるのです」
「俺にしてみれば、王宮での生活のほうが、ずっと夢みたいだけどね」
 暎蓮は、その言葉の意味を察したらしく、はっと、口を押えた。
「……ごめんなさい、私、なにも知らないのに」
 彪は、笑った。
「気にしないでいいよ。……俺たちは、きっと、お互いが夢の中の住人同士なんだね」
 それを聞いた暎蓮は、少しさびしげな顔をした。
「……そんなことをおっしゃらないでください。私にとって、彪様は、今を生きる上での大切なお力になってくださる方なのですから」
「……お姫様」
 彪は、思わず顔を伏せた。夕闇で、見えないだろうとは思ったが、赤くなっていく自分の顔を見せるわけにはいかなかった。
 しかし、次の瞬間、彼らはそろって顔を上げた。……なにか、気配を感じる。
 場所は、城内を真正面からとらえると、西側の一角。

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