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第七章 『巫覡』の仕事

 その日の夕方、『宇天宮』での通常業務を終えた彪は、『清白宮』には戻らず、占天省の単衣を身に着けたまま『雲天宮』へと向かっていた。……暎蓮を、迎えに行くのだ。
 彼は、危険のありそうなこの仕事を暎蓮にさせてもいいものか、実はまだ迷っていた。危険は、自分だけならまだなんとかなるが、暎蓮を巻き込むとなると、話は別なのだ。
(『天啓』を視ちゃった以上、『なにか』があるのは間違いがないわけだけれど、本当に、その『なにか』があったら、なんとしてでも、俺がお姫様を護らないと)
 彪は緊張していた。
(扇様にも内緒の仕事じゃあ、俺の責任も重い。絶対に、お姫様を第一優先にしなきゃ)
 『雲天宮』門前へ行くと、門の中から、動きやすいようにだろう、いつものベージュ色の『斎姫』の衣装ではなく、短衣の上から、占天省の紋の入った袴と、彪と同じ、占天省の制服である単衣を身に着けた暎蓮が、顔を出すところだった。……髪だけが、いつもの『斎姫』の結いあげられ方だが。
「……お姫様!」
 驚いた彪が言うと、彼女は、彼にうなずいてみせて、門衛の兵士に、
「少し、出てきます。すぐに戻ります」
 と言った。
 兵士は、休憩時間に会った人物とは別の人間だったが、彪はもう彼とも顔見知りだ。彼は、彪と一緒なら安全だろうと判断したのか、一礼して暎蓮たちを見送った。
 暎蓮が、彪と並んで、歩き出す。
「占天省の人間に化けたの?」
 彪が、驚いたまま言うと、暎蓮は、
「別の宮殿ではありますが、『雲天宮』も一応、組織上は占天省の管轄ですから。……まあ、この単衣を着ていたとしても、この髪では、わかる方になら、私が『斎姫』であることなどは、すぐにおわかりになるのでしょうけれど」
「なにも知らなければ、立派に占天省の一員だけどね。……ところで、お姫様。もし、お姫様が『雲天宮』にいない間に扇様が来たら、どうするの?」
 彪が問いかけると、
「今夜は、宴があるそうなので、いらっしゃらないと思います。そして、宴があるからこそ、今夜、このお城に『妖異』が現れるのだと思うのです」
「宴にはたくさんの人が集まる。その『気』を狙いに来るってことかな」
「そうかもしれませんし、そうではなく、宴で手薄になったお城のどこかを狙って、ということかもしれません。……この辺り、『天帝』様もはっきりとお知らせくださらなかったので、どこでなにがあるかわからないのですが」
「そうだね」
 彪はうなずいた。
「昨日視た『天啓』では、私は、『邪気』に、なにか、深い『情念』のようなものを感じたのですが、彪様はいかがでした?」
 暎蓮が、彪に問いかけてきた。
「うん……。なんていうか、『気』が、ねっとりとしていたような気がする」
「ええ。そこは私もそう思いました。……ですから、この感じは、私は、『女性』の『念』ではないかと思っているのです」
「『女の情念』?」
 暎蓮が、彪の、大人ぶった紋切り型の口調に、くすくすと笑った。
「……まるで、大人の方向けの物語の題名のようですね。……ですが、そうかもしれません」
「でも、城には、全体を覆う、俺たち占天省の人間の作った『簡易結界』があるはずだよ。簡単には『邪念』は入れないはずだけど」
「ですが、お城には、いろいろな方がいろいろな用事でお出入りします。『結界』も、簡易なものでないと、お城にお出入りできない方もいらっしゃいますから。ですから、このように、お城の『隙』をついて、『妖異』が現れることもあるのです。……まだ私が生まれる前にも、そして、子供のころにも、そこをついて、このお城に『妖異』が現れた例は、いくらでもあるらしいのです」
「そうなんだ……」
「ですから」
 暎蓮は、前を向いたまま、つづけた。
「それらを逃さず、滅する、あるいは、天上に開放して差し上げるのが、……私たち、『巫覡』の仕事なのです」
「『天帝』様の声を聴いて、予言したり、『術』を磨く以外にも。……こういうのも、俺たちの仕事なんだね」
「そうです」
 暎蓮は、彼を振り向いて、微笑んだ。彼らの目線は、今はまだ、暎蓮のほうが少し高いが、もうすぐ同じ身長になるだろう。
「……たくさんの方が集まり、たくさんの『念』が集まるのが『城』というものです。考えてみれば、これほど『妖異』と近しい場所は、ないかもしれません」
暎蓮は、そう言って、空を見上げた。
「……夕刻です。そろそろ、私たち『巫覡』の時間です」
 彼らは、そろって、昏くなってきた空を見上げ、一番星を見つけて、呼吸を整えた。

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