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魔王バスター

遥かな昔、イリュバーンという世界があった。
その世界には魔物が存在し、人々は剣技や魔法をもってこれらを駆逐していた。
そして人々は力を合わせ戦況は人間が優位に立っていた。
しかし状況はたった一人の魔物、いや魔人の出現により一変した。
魔王ドラゴリアス。
この者の出現により大勢の人間が殺された。
太陽は隠れ、昼尚暗い闇の世界。
地は避け、川は枯れ、人々を飢餓と疫病と魔物の侵略が襲う。
幾人もの腕に覚えのある人間が魔王討伐の為に魔王の城に向かったが、一人として帰ってくる者はいなかった。
人々は希望を失い絶望の淵に沈む。
多くの者は迫り来る死の恐怖に怯えながら嘆き苦しむしか手はなかった。
だが、人々の希望はついえてはいなかった。
魔王討伐の為に集いし四人の若者がまだいたのだった。
その者達はこれまで討伐に出て帰らなかった者達とは明らかに異なっていた。
全員とは言わないが数名は何か訳ありを偲ばせる様子だった。
だが、今となっては何者であろうと人々の希望には違いなかった。

魔王の城に最も近い街には最期の希望となる四人が集って来ていた。
とはいえ、最も近い街は近すぎたためすぐに滅ぼされてしまい。
廃墟の街では無くて最も近いという意味だが・・・。

まず、最初に現れたのは2メートル近いといえば言いすぎかもしれないがそれなりの巨漢の男でそれなりに屈強な戦士に見えた。
歳は25、6と言ったところか。
背中には身の丈よりも高い大剣を背負っており、そのせいか鎧は身につけておらず体の方はわりかし軽装であった。
篭手や肩当、膝当などは付けているが大剣だけでもかなりの自重があるようで鎧まで付けると重すぎて思うように動けないのだろう。
男は町外れの野原に着くと地面に大剣を深々と突き刺した後、地面に寝そべり、昼寝を始めた。
大胆な様だが意外と隙が無い。
この男の大剣は自重だけでもかなりのものだったのでそれを奪われる心配は皆無に等しかった。
次に現れたのは22、3くらいの女性であった。
やけに露出度の高い服を着ているが
大きな黒真珠が埋め込まれた杖を持っている辺り、どうやら女魔道士らしかった。
「あらあら先客が居るようね!」
「まあ仲間は一人でも多いに越したことはないわね!」
「最期の安眠か・・・」
「あたいはこれ!」
彼女はそう呟くと荷物の中からワインを取り出し酒盛りを始めた。
血の様に赤いワインを・・・。
次に現れたのはこれまた22、3くらいのヤサ男であった。
金髪の美男子である。
戦いに赴くにしては荷物は書物ばかりだった。
その男は酒盛りをしている女とは顔見知りの様でなんらかのやりとりをしている。
そして最期に一番若いであろう男が現れた。
全身に甲冑を身にまとい。16、7くらいの騎士だった。
そして町外れにて集いし四人の若者は一人の男が目覚めるのを期に自己紹介と特技を披露していた。
自分たちが倒そうとしている魔王は確かに強大だ。
仲間は一人でも多いほうがいいに決まっている。
しかし本当に恐ろしいのは強大な敵を相手にすることではなく無能な者を味方にすることだとある者は言う。
それに習い皆それぞれを試していた。

「俺の名はアルバスタ!」
巨漢の男はアルバスタと名乗りその大剣を生かした豪快な剣技を披露した。
豪快だが大剣ゆえ、一撃必殺で最初の一撃は凄まじいがそれを交わされれば大きな隙が出来る。
仲間のサポートがあれば戦力になるが一人ではまたたくまに殺されてしまうタイプだ。
それ故今まで誰かと組んでいたはずだがそいつ等はどうしたのか聞く者もいない。
ひとしきりの披露を終えアルバスタは元の位置に座った。
「次はあたいの番ね!」
女魔道士が空になった瓶を置き立ち上がる。
頬が赤く染まり艶やかな瞳を投げかけているが酔っているとはいえ行動にはまったく支障が無い様子だった。
「あたいは女魔道士ラスティーニャ!」
と言うとヤサ男目掛けて無数のファイアボールを放った。
「我は造る!」
「全ての魔力を無にせし壁よ!」
「魔法障壁!」
ヤサ男は微笑を交わしながら自分を中心にバリアの様な物を張った。
すると見えない壁に吸い込まれるようにファイアーボールは消滅した。
「フッ!」
「ご挨拶ですね!」
「私は華麗なるマースティンと申します!」
「くれぐれも華麗なるを付けていただきますように!」
「なーに言ってんだか!」
ラスティーニャは早速つっこみを入れている。
2人はさながら掛け合い漫才のようにもみえる。
「というわけで私達は顔見知りです!」
では最期の方にこの場はお預けします。
マースティンは最期に残った騎士風の若造を促した。
「えっと、僕はご覧のとおり新米騎士です!」
「オルフェスと言います!」
若い騎士はレイピアを一秒間に数十回という速さで突いて見せた。
確かにそれなりの素質は見受けられたが周りの反応は鈍い。
早いだけで鋭さや威力などは感じさせなかったからである。
だが、魔法支援のステータスアップや連携などで使えばそこそこいけそうな形にはなるだろう。
皆そう思った。
そして皆それぞれの生い立ちは口にしないまま四人パーティーが出来上がった。
しかし生い立ち等はどうでもよくとも戦略は綿密に立てられていた。

魔王ドラゴリアスは魔法にも格闘にも剣技にも秀でた魔王であった。
三つの目と四本の腕を持ち。二つの目は肉眼で見えるものを捕らえ。
もう一つの目は心眼のごとく目に見えないものも捕らえる。
その為背後からの攻撃も見えてしまい死角を持たなかった。
上段についている二本の腕で剣を使い。
下段の二本の腕からは魔法を放つ。
しかもその魔法力は無限だった。
これが幾人もの討伐者を退けてきたものの正体だった。
何時の間にか指揮官気取りのマースティンがいつになく真剣な表情で皆に語る。
「ちょっと?」
「魔王の姿を見た者は皆死んでいるんでしょう?」
「なぜそんな事がわかるの?」
他の者は黙って聞いていたがやはりラスティーニャだけは質疑の嵐である。
マースティンは無言で懐から小さい水晶玉を取り出すとラスティーニャに差し出した。
「な、そういうこと・・・」
その水晶玉の中には人の目玉が入っていた。
魔法使いならば自分の死を悟ったとき、後に続く者のために自分の目に焼きつけた情報を
転移魔法で知り合いに送る事がある。
自らの目玉をくり貫き飛ばすという凄絶な方法で・・・。
「そう、このマースティンにとっては!」
「この戦いは正義の為でもなんでもない!」
「敵討ち、私怨と言ったものかもしれない!」
「だがここに集った者は理由は違えど!」
「目的は同じはず!」
一同が頷く。
(頼もしくなったわね) ラスティーニャはそう呟きながら目玉を返す。

まず、魔王の剣に対抗して、アルバスタが一撃必殺の剣、その繋ぎにオルフェスがレイピアで手数を稼ぐ。
魔王の魔法にはラスティーニャの魔法で対抗してもらう。
私は魔方陣を貼りあらゆる魔法攻撃と物理攻撃を防ぐ鉄壁の陣を作る。
回復して欲しい者とスタータスアップ魔法をかけて欲しい者はすぐ戻れ。
決して無理をするな。
長期戦になるだろうがまず四本の腕を一つずつ始末していけば
勝機は見えてくるはずだ。
といった風に方針が決まった。
決戦前夜。
それぞれは決戦の準備に余念がない。
武具の手入れ。鍛錬。そしてその日は過ぎて言った。

本編
次の日の早朝。
早朝とは言え魔王の所業により二度と日の昇らなくなった空を仰ぎ見る一同。
「必ず取り戻す!」
「平和を陽の光を!」
「希望を!」
「未来を!」
皆それぞれの想いを口にし魔王の城へと向かった。
マースティンが魔物避けの呪文を皆にかけたのでそのへんにいる様な弱い魔物との戦闘は避けられたが、ここからはそうはいかないだろう。
魔王の下にたどり着くまでには強力な配下の何人かとは交えねばなるまい。
皆がそう思い。
城の最上階を見上げる。
魔王の城はロマネスク調の壮大な城だった。
「魔王にしてはセンス良いわね!」
ラスティーニャは見とれている。
だが油断は出来ない。
人間を油断させる為の偽りの城かもしれない。
本当はもっと恐ろしい城の様相を呈しているのかもしれない。
すると1匹のドラゴンが遠目に見えた。
全員が一斉に身構えたがマースティンはアルバスタ以外を制し「全員の実戦での戦力を正確に分析したい」
と告げアルバスタを向かわせた。
ドラゴンは人間達の侵入を確認するとのそりのそりと近寄ってきた。
そしてドラゴンは先頭にいるアルバスタ目掛けファイアーボールを放った。
放たれたのはたった一発だ、しかも直線的に飛んで来るだけでさして強い部類に入るドラゴンでは無い。
アルバスタは大剣の刃でファイアボールを相殺し、ドラゴンの首目掛けて大剣を振り下ろした。
一瞬でドラゴンは首を落とされた。アルバスタの手際に歓声を上げようとした一同。
しかし、ドラゴンの体は頭を失い倒れたが頭のみとなってもアルバスタの体に噛み付いた。
ドラゴンの牙がアルバスタの体に食い込む。
そして皆が手助けに入ろうとした時アルバスタの体に異変が起きた。
「てんめええ!」
と叫んだアルバスタの体がみるみる真っ赤に染まっていく。
そして全身が怒りに震えていた。
ドラゴンの牙はそこで止まった。
まるでアルバスタの全身が鉄にでもなったかのように。
アルバスタはドラゴンの頭を体から引き離す。
しかし強引に引き剥がした為自分の肉片も一緒にそぎ落としてしまい。
その箇所からは大出血を起こしている。
だが痛みもしないのだろうかそんなことは毛ほども気にせずドラゴンの頭や体を素手で殴りつけている。
その力たるやたとえ大剣使いの大男と言えど尋常ではなかった。

「あの? どうされたんですか?」
オルフェスが近寄ろうとしたがラスティーニャが引き止める。
「だめよ、あれは普通じゃないわ!」
「解る?」
とラスティーニャはマースティンに視線を泳がす。
「あれは狂戦士だ!」
「怒りの精霊に取り付かれているに違いない!」
マースティンはやれやれといった様子で呪文を唱え始めた。
「この世は全て事もなし!」
「全ての思案を打ち払い!」
「安息の地にて!」
「誰も妨げる者現れん!」
「永久に近い刻の海!」
「たおやかに眠れ!」
長い文句の詠唱だった。
そのためアルバスタが気に障ったのかマースティンに近寄ってきた。
「これで眠りに落ちるはず!」
残りの文句を言い終えたマースティンだった。
一方アルバスタは眠る気配などまったくに無い。
しかしアルバスタは慌てず騒がす懐から小瓶を取り出すと蓋を開けアルバスタに嗅がせてやった。
独特の刺激臭を放つ瓶の中に入っていたのはバレリアンの根を香水にしたものだった。
バレリアンの花はその根が穏やかに気分を落ちつかせ、朝目覚めた時に二日酔いの気分をもたらせることなく、自然な眠りへ誘うとして、 その地方の下戸には愛用されている。
もちろんワインは寝付きの為というよりはもっぱら楽しむ為に嗜むラスティーニャなどにはまったく縁が無かったが・・・。
するとアルバスタはたちまち眠りについた。

「やはり効きましたか!」
得心のいったマースティンだったが他の者はよく解らない様子だったので
マースティンは説明を始めた。
「魔法には二種類あります!」
「魔人や魔王の力をかりるものと!」
「この世に存在する自然界の力をかりるものです!」
「人間は魔人や魔王と契約を交わさない限りは!」
「自然界の力を借りています!」
「それは精霊の力です!」
「たとえばファイアーボールは!」
「火の精霊の力を借りています!」
「その為、怒りの精霊に主導権を奪われたアルバスタには!」
「同じ精霊族の力を借りて放つ!」
「魔法は効かなかったのでしょう!」
得意げに話すマースティンにラスティーニャは
「マースティンは一応賢者を気取ってるから!」
「魔のものとは契約出来ないもんね!」
と思わせぶりな言葉を放つ。
マースティンはそれには取り合わず寝入るアルバスタに呪文をかけた。
「ここは無、ここは空!」
「汝その身はそのままに!」
「この星の支配から解き放たれ!」
「軽やかに!」
そしてマースティンはアルバスタを片手で担ぎ上げ背に負う。
普通なら潰されかねない状況だったが
マースティンの魔法により相当軽くなっているらしい。
そして一行はそのまま進んでいったがドラゴン撃退に恐れを成したのか、1階で向かってくる敵は他にはいなかった。
一行は二階に上り進んでいく、二階で現れたのは骸骨の騎士だった。
「僕の出番ですね!」
オルフェスは自分から名乗りを上げ骸骨騎士を迎え撃った。
骸骨騎士はたいした腕前では無くオルフェスに翻弄されていた。
しかし決着はなかなかつかない。
格下の相手とはいえ相手はアンデッド、魔法攻撃で無に返すか、圧倒的パワーで粉々に打ち砕くしか方法は無い。
決め手にかけるオルフェスは徐々にその体力を奪われていった。
そして耐え切れずに助けを請う。
「サポートしてください!」
「じゃ、最期はあたいね!」
ラスティーニャは自慢の杖を骸骨に向けると
「ライフ!」
と攻撃を放った。ライフというのは初歩的な回復呪文である。
しかしアンデットにとっては死の呪文であった。
骸骨騎士はたちまち崩れ落ちる。
「攻撃呪文しか使えないかと思っていましたが!」
とマースティン。
ラスティーニャは確かに攻撃専門だったか対アンデット用に回復呪文もいつくか習得していた。
「魔法は使い方次第で毒にも薬にもなるってこと!」
そう言いながらラスティーニャはオルフェスの頭を撫でる。
「助かりました!」
そう言いながらも照れながらマースティンは頭をそらす。
とりあえず一応の実戦での戦力はこんなところだった。
マースティンはアルバスタをたたき起こすと全身にバレリアンの香水を振り掛ける。
独特の刺激臭ゆえ本人と他のメンバーからは嵐の様なブーイングが巻き起こったが仕方が無い。
先程のとは瓶の形が違った。
「こちらは眠気を誘う成分よりもむしろ気分を落ちつかせる成分を多めにして調合してあります!」
「私は調香士でもありますからね!」
「時にアルバスタ!」
「君は怒りの精霊に取り付かれているのは気づいていますか?」
アルバスタは重々しく頭を振った。
「薄々は・・・」
「自分は一度怒り出すと何がなんだかわからなくなって!」
「自分ではとめられなくなってしまう!」
「フム!」
「その香水には気持ちを落ち着かせる作用がありますが!」
「しかし結局最期は君の心次第です!」
「一度怒り出したらどれほど心を鍛えていようと収めることは難しいので!」
「怒らないように心の手綱をしっかりと取って欲しいのですが・・・」
「まあ、暴れたとて、いざとなったら止めますが!」
「では、いよいよ次は魔王のいる最上階です!」
「皆さん行きますよ!」
マースティンのその一声により皆、自分を奮い立たせている。
ここまで来たら引き返すことなど出来はしない。

そして最上階。
魔王はよほどの自信があるのか、この階には他には手下はいなかった。
そして魔王との対面。
巨大な玉座に腰を降ろした魔王。
腰を降ろしているにもかかわらずとてつもなく強大、そして威圧感を放っている。
魔王は頭から二本の角を生やし漆黒のマントを身にまとっている。
魔王は四人の侵入者にたじろぎもせず、むろん立ち上がろうともしなかった。
「これはこれは、勇敢な人間たちよ!」
「我が配下になりたいと申すのか?」
魔王は威圧的な鋭い目を向ける。
すさまじいまでの殺気と魔力が魔王からは感じられた。
しかし全員たじろぎはしないように見えた。
「覚悟はいいかしら?」
ラスティーニャは杖を構え
「この世に平和を取り戻す!」
アルバスタも剣を構えた。
マースティンも陣を張ろうとしている。
しかしその中でたった一人だけ瞳に怯えの色をやどした者がいた。
それは最年少のオルフェスだった。
魔王はそれを見逃さず凄まじい咆哮をあげた。
たったそれだけのことで城全体が激しくゆれた。
するとみるみるオルフェスの顔が青ざめていく。
そしてなんとオルフェスは逃げ出してしまった。
「ハーッハッハッ!」
「それが懸命であろう!」
魔王は余裕の笑みを浮かべお前たちも逃げないのかと問うた。
「馬鹿なことを!」
「お前など我らだけで充分!」
陣を張り終えたマースティンは強がって見せたがかなり分が悪いことを自覚していた。
オルフェスの逃走だけではない。
予想以上に魔王は強大だったからである。
それは玉座の前に刺さる二本の剣からも見て取れた。
やつは両利きなのだ。
右手と左手で二本同時に剣を振るい
同時に魔法も放つのだ。
しかも魔王はマースティンの考えを読むかのごとく二本の腕からそれぞれ特大のファイアボールを放つ。それらは二つとも見当はずれの方向に飛んだがそれはわざとだろう。
人間の使う火の精霊によるそれとは違い燃え尽きることなくいつまでも燃え続けていた。
「ふう!」
「やれやれですね!」
マースティンは懐から小瓶を取り出すと地面に叩きつけ割って見せた。
するとひとつからは剣が、もう一つからは杖が現れた。
いずれもマースティンが自らの魔力を込めて作り上げた魔法剣と魔法の杖だった。
マースティンは右手に魔法剣を持ち左手に魔法の杖を持った。
魔王の目の色が変わる。

「ほう、なかなかに面白い人間もいたものだな!」
魔王は激しく興味を惹かれたようだった。
「魔方陣は捨てましょう!」
「短期決戦でのみ望みをかけます!」
「アルバスタ行きますよ!」
マースティンが魔力を込めると右手に持つ魔法剣が光りだす。
「ラスティーニャ、喧嘩は休戦ですよ!」
「私は好きではないのですが!」
「杖を使えば呪文詠唱も必要なしに!」
「続けざまに魔法を放てますからね!」
そして三人は魔王に立ち向かっていった。
今、三人の勇敢な若者が魔王の前に対峙していた。
中心にマースティン、右にアルバスタ、左にラスティーニャである。
魔王は剣も持たず玉座を立とうともしない。
「なめるなよ!」
アルバスタが大剣を振りかぶり魔王に向かって切りかかる。
しかし魔王は一本の手を微かに動かしただけで微動だにしない。
そしてアルバスタは剣をそのまま振り下ろした。
が、剣が振り下ろされる間際なにかの衝撃に吹っ飛んだ
背後には魔法剣で魔王の剣を弾き飛ばしたマースティンの姿があった。
見ると一本の剣が空中に浮いている。魔王は腕に握らずとも二本の剣を自在に操れるのだ。
もう片方の腕を魔王が微かに動かすと合計二本の剣が空中に浮いている。
魔王は接近戦でも遠距離戦でも自信があったがマースティンに興味を持った為、遠距離戦で戦うことにしたのだった。
接近戦では魔道の者が多いため瞬く間に決着がついてしまうだろう。

遠距離戦では魔法力の勝負になる事は明らかだった。
しかし魔王の魔力は無限。
自らが魔力の源なのだから。
それに引き換え精霊に頼る人間の魔法力などすぐに尽きてしまう。
精霊に力を借りるとて原動力となる魔法力は人間自らのもので体力や精神力や気力といった類のものと同等で浪費してしまう。
マースティンとラスティーニャがいかに鍛えようとも無限にはならない。
その為、長引けば長引くほど不利だったのだが戦況はもはや絶望的とも言える状況であった。
「ふう、どうしますかね?」
マースティンは戦況を細やかに分析し策を練りながらもそれを悟られないように軽口を叩いた。
そしてマースティンの頭の中には二つの策があった。その一つは自爆技である。
もちろんまだ使った事は無いがファイナルマジックというのがある。
この技を使うと術者を中心に半径数十メートルが消滅する。
たとえ魔王相手でも効くはずだ。しかし呪文詠唱に相当の時間がかかる。

もうひとつはアルバスタのバーサーカーモードである。
彼は先刻の戦いで怒りの精霊にとりつかれていることが判明している。
魔法も効かない強力な精霊だ。
あれはおそらく怒りの精霊オーガだろう。
オーガというのは破壊しか知らない伝説の巨人オーガにちなんで付けられたもので本当の名は不明だが
魔術士の間ではそう呼ばれている。
しかしそうすると敵味方無差別に攻撃されアルバスタ以外は全滅だな。
なんとか出来るならなんとかしたいものだ。
気を取り直しマースティンは2人に合図を送り魔王との距離を詰めようとした。
だが魔王の剣が飛ぶ度に、魔王の魔法攻撃が放たれる度に魔王との距離は開くばかりだった。
三人は凌ぐのが精一杯でその度にじりじりと押され距離は開く一方である。
三人とも満身創痍でボロボロだった。
このままでは全滅も時間の問題だった。
いよいよマースティンがどちらかの選択に迫られていた。

そこへ一人の若者が飛び込んできた。
先程逃げ出したはずのオルフェスであった。
オルフェスは途中でありったけの勇気を振り絞っていた。
オルフェスは新米騎士で騎士に憧れてなったはいいが、いつも自分より強大な敵に見舞われた途端逃げ出してしまう癖があった。
しかしオルフェスの中にも一滴の勇気が残っていた。
「しっかりしろ、オルフェス!」
「今行かなくてどうする?」
「城では自分より屈強な騎士がたくさんいたからどうにかなったが!」
「このままでは人間の世界が滅ぼされてしまう!」
「もう逃げ場は無いんだぞ!」
オルフェストは戻ってきたはいいが物陰で見ているだけでいっこうに加わろうとしない自分に言い聞かせるように言っていたのである。

「すみません!」
「戻ってきました!」
オルフェスはバツの悪そうな顔をしたが三人は咎めようとはしない。
三人とも口を揃え
「逃げるんだ!」
「逃げたまえ!」
「逃げるのよ!」
と叫んだ。
だがオルフェスはそうはせず。
「僕はいくじ無しで役立たずです!」
「でも城の指揮官に学んだので!」
「今何をすることが最善かは解っています!」
「これが最善です!」
「あとは頼みます!」
そう言うとオルフェスは微笑みながら手に持つレイピアで自らの首を切り落とした。
生首はアルバスタの手前に転がり落ちる。
アルバスタはオルフェスの生首を手に取るとブルブル震えている。
「すまんオルフェス!」
そう言うとマースティンは剣を手放し魔法の杖を両手で持つとラスティーニャに魔法を放った。
瞬間、眩い光に照らされたラスティーニャは何処と飛ばされていった。
総転移魔法である。
ラスティーニャは時間と空間を飛び越え、数時間後のこの世界の何処かに飛ばされてしまった。
そしてアルバスタはその身を真っ赤に染め全身が怒りに支配されていた。
手に持つ生首を握りつぶし体も一回り大きくなっていた。
「これが完全なるバーサーカーか・・・」
マースティンは呟いた。
魔王は何かを感じたのか玉座から立ち上がった。
だが
「馬鹿力だけでこのワシに敵うと思うか?」
と身軽に空中を舞った。
「なるほど流石の魔王と言うことか!」
マースティンはアルバスタと距離をとった。
超絶な破壊力を誇るバーサーカーと言えど攻撃が当たらなければなんということは無い。
やがてアルバスタの体力が尽きバーサーカー化が解けるまで交わし続ければいい。
なんにしろ幸いにしてアルバスタは空中は飛べないのだ造作も無い。
「仕方ありませんね、ならばこうしましょう!」
マースティンは懐からひとつの巻物を取り出し地面に拡げた。
それには一つの魔方陣が描かれていた。
マースティンはその上に立つと
「魔界に住む偉大なる魔王ガーテクトよ!」
「今このひと時だけ!」
「魔王ドラゴリアスの魔力を封じよ!」
「さすれば我が魂を我に捧げん!」
と叫んだ。
ドラゴリアスの顔に明らかな動揺の色が見えた。
「な、何い!」
「き、きさま!」
「な何故?」
魔王ガーテクトは魔界の王だった。
そしてドラゴリアスの天敵。
ドラゴリアスはガーテクトとの戦いに敗れ人間界に落ち延びてきた魔王だった。
マースティンは師匠からガーテクトについて聞いており。
魔界に満足している彼が人間界に災いを齎さない事は知っていたので最期の切り札として持っていたのだった。

「心得た!」
闇の奥底から響いてくるようなその声が聞こえた途端。
魔王は魔力を失い地面に着いた。
魔力を失ったドラゴリアスは飛ぶことも出来ず、動作も鈍かった。
今なら素のアルバスタでもなんとかなりそうな相手だった。
そしてガーテクトとの契約により既に絶命していたマースティン以外には動くものは
ドラゴリアスしかいなかったのでアルバスタは当然のごとくドラゴリアスに飛び掛っていった。
激しい剣のぶつかり合いののち魔王はその腕を一つ、また一つと切り落とされ。止めをさされた。
今、長く苦しかった戦いは終わり魔王は倒された。

エピローグ
アルバスタが正気を取り戻したのはドラゴリアスの体を一つの肉片にいたるまで粉々にした後であった。
アルバスタは辺りの様子に愕然となる。
魔王は倒せたみたいだが自分以外は生き残っていない。
それどころか自分が全員を殺してしまったのでは?
そう思いアルバスタは大剣を首にかける。
「待ちなさいよ!」
その時、聞きなれた女の声が聞こえた。
その声の主はラスティーニャだった。
「マースティンが私を助ける為に総転移魔法で飛ばしてくれたのよ!」
「お陰でやっと戻ってこれたけど全て終わっていたようね!」
「死ぬ事は許されないわよ、皆のために!」
そして失われたものも多かったが世界に平和が訪れた。
かくして2人は協力してこの世の復興に力を注いだ。
アルバスタはそれ以来、怒りの精霊に心動かされる事は無く。
名も無い土地で国を築き良き王となった。
ラスティーニャは建国を手伝った後、近くの洞窟に住み着き魔道研究を続けた。
END

しおり