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第四章 『楽しげな暎蓮』と、『心の底から参っている彪』

 その言葉に、『女児の遊び』の雰囲気を感じ、微妙な年齢である少年の自分には、なんともいやな予感がした彪が、問い返している間に、暎蓮は立ち上がり、部屋の隅の棚の上に置いてあった木箱を取り出してきた。
 彪と、卓をはさんで、再び向かい合って座し、卓の上に乗せたその木箱のふたを、両手で持ち上げ、箱を開ける。
 ……中に入っていたのは、おそらく暎蓮の手書きだろう、意外に上手い絵で描いてあるかわいらしい女児の、現代でいう、肌着に近い、『薄物』をまとった立ち姿の切り取った紙人形と、同じくかわいらしい男児の薄物をまとった立ち姿の紙の人形に、薄物だけの姿の人形の上に着せるための、やはり紙で作った、さまざまな形の衣服の絵の数々だった。
 紙でできた衣装には、ちゃんと、色筆(いろひつ)(この世界では、色ペンに当たる)で、仔細に色彩や紋様がつけられている。
 彪は、それを見ただけでも腰が引けたが、その男児の絵の顔が、どことなく自分に似ている事実に、もっと慄然とした。
 ……俺の顔は、漫画にしやすい顔なんだろうか。
 これは、明らかに、自分と一緒に遊ぶために作った紙人形だ。……再び、彪の顔が引きつる。
 暎蓮は、彼のその様子には全く気付かず、その紙人形と衣服の数々を箱から出しながら、楽しげに言った。
「……はい、これは『彪様』です。こちらは、私、『暎蓮』。……昨夜、『彪様』用のお衣装もたくさん作っておきましたので、どんなものでも着せ替え放題ですよ」
「き、『着せ替え』っていうのは、文字通り、こ、この人形の服を、着せ替えて遊ぶわけ?」
 単衣の袖で、こめかみを伝う汗をぬぐいながら、彪は問い返した。
「そうです!このお人形のお衣装を、場面や場所によって取り替えつつ、『彪様』と『暎蓮』が、ご一緒に、遊ぶのです」
 そう言って、暎蓮は、彼の手に『彪様』人形を押し付けた。……彪は、その人形を思わず受け取ったが、すでに、心の底から、……参っていた。
 しかし、自分とは真逆に、心の底から楽しげな暎蓮の姿を見ると、『もう、勘弁してくれ』とも言えず、仕方なく、言った。
「えーと、じゃあ。……どれを着せればいいの、俺は、この人形に?」
「『人形』ではなく、『彪様』です」
「……『彪』に」
 彼は、ぼそぼそと、言い直した。
「まずは、新しいおうちにお引越しをするところから始めましょう。……そうですね、お引越しは、おそらく『汚れるお仕事』でしょうから、ひとまず、この『雲天宮・特別整備班』の方々の『作業着』をお召しになってください」
「わ、わかった」
 庶民の出の彼にとっては、この、木箱の中に用意された、紙でできた貴族たちの衣装の中では異色である、この『作業着』が一番抵抗なく着せられるものかもしれなかった。
 彪は、暎蓮から、
「この木箱の中のお衣装の半分が、『彪様』用のものですから、場面によって、ご自分のお好みのものをお選びになって、お召替えを」
 と、指図を受け、再び、
「わ、わかった」
 と言った。作業着の端が、フックのように折り曲げられており、それを紙人形の肩に引っ掛けると、衣装が装着できるというわけだ。
「……着せたよ」
 彪が言うと、暎蓮は、うなずき、言った。
「では、私は、この、侍女の方のお衣装が、お引越しには、動きやすそうですので、これを着せます」
「う、うん」
 暎蓮は、なにを考えているのか、姿勢を正し、厳かな手つきで、まじめに『暎蓮』人形に侍女の衣装を着せかけた。
「それでは、お引越しです」
「どうすればいいの?」
 彪の問いに、彼女はにっこりして、木箱一式を持ち、立ち上がった。

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