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第112話 死神ちゃんと激おこさん

 死神ちゃんは三階にある人気修行スポットへとやって来た。そこでは鬼気迫る表情で一心不乱にトゲ付きの棍棒を振り回すエルフの女僧侶がいた。とり憑くべく死神ちゃんが天井際を浮遊してこっそりと近づいていくと、ちょうど戦闘を終えた彼女が足元の邪魔にならない場所にそっと棍棒を置いた。そして彼女は、ゴールを決めたサッカー選手よろしく珍妙なダンスを踊りだした。
 あまりの珍妙さに、死神ちゃんはうっかり呆気にとられてヘロヘロと落下していった。死神ちゃんが地に膝をつき呆然と彼女を見上げると、彼女がタイミングよく〈最後の決めポーズ〉を決めた。そしてそれと同時に、彼女は〈癒やしの緑の光〉に包まれた。


「それ、回復魔法だったのかよ! 要らないだろう、そのヘンテコダンスは!」

「それが必要なのよ、これ。僧侶系の職業が使う回復魔法じゃなくて、戦士の技なものだから。私、まだ回復魔法のレベルが低いから、前職から引き継いできたこっちのほうが回復量多いのよね」


 彼女は不服そうにフンと鼻を鳴らすと、壁際に腰を下ろしてポーチから軽食を取り出した。そして死神ちゃんを手招きすると、彼女は軽食の半分を死神ちゃんに差し出した。死神ちゃんは彼女の隣に座り込むと、それとなく彼女の手に触れつつスコーンを受け取った。
 彼女はスコーンに荒々しくかじりつきながら、自分は元々戦士だったと腹立たしげに告白した。そのまま、彼女は愚痴を垂れ流し始めた。――お裾分けのスコーンは、優しさというよりもどうやら愚痴に付き合えという一方的な賄賂らしい。死神ちゃんは小さく溜め息をつくと、紅茶味のそれを堪能することにした。

 元戦士の彼女は元々、とあるパーティーのリーダー格だった。そのパーティーには僧侶がきちんといたそうなのだが、この僧侶、全然〈自分の仕事〉をしないのだという。モンスターを殴りに行くことに集中しすぎて仲間をうっかり見殺しにしてしまうこともたびたびで、その都度リーダーである彼女は僧侶にやんわりと注意していたそうだ。しかし――


「その僧侶ね、ノームの女なんだけど、私は言葉をめちゃめちゃ選んですごく優しく注意をしているのに、目を潤ませながら『リーダーにひどくいじめられた』ってすさまじく誇張して言って回ったのよ。そのたびに戦士の男が『ノームちゃん、可哀想だね』とか何とか言っちゃって、あの女の肩を持って! しかも女も女で男にお姫様扱いしてもらえるのが嬉しいからって、彼のことは一生懸命回復魔法かけてやるのね! おかげで私は他の技も習得したかったのだけど、気合いで自己回復する|この技《・・・》を覚えざるを得なくて! それで自分の回復は何とか賄ってはいたんだけど、これが発動までにすごく時間のかかるのよ! だから『私にもちゃんと回復かけて欲しい』って下手に出る感じで僧侶にお願いしたんだけど、あの女、完全無視しやがって! しかもね、男の回復に専念してるなら男は死なずにいるかっていったらそうでもなくて、すごく脳筋な戦いをする人なもんだから、やっぱり回復追いついてないのね! 仕方がないから私も僧侶の回復覚えようと思って転職したら、あいつら、その瞬間に私のことを〈使えない、ゴミ〉とでもいうかのようにポイッとパーティーから追い出したのよ!」

「お、おう……。何て言うか、お疲れ様……。にしても、すごい怒りようだな。追い出されたのなら、もう忘れちまえばいいだろうに」


 死神ちゃんが頬を引きつらせてそう言うと、彼女は怒り顔を真っ赤にし、鼻の穴をふっくらと膨らませて叫んだ。


「忘れられるか! 私の激しい怒りは冷めやらぬどころか、日に日にヒートアップしているわよ! 私のこと追い出したくせに、都合のいい時だけ『手伝って』って声かけてくるのよ、あいつら! マジでありえないんですけど! しかも正直、あのパーティーの中で一番戦闘に貢献していたのは私だし、自分で言うのも|何《なん》だけど、クセの強いメンバーをよくまとめていたと思うわ。だけど私が女だからなのか、どんなに周りに気を配っても馬鹿にされて見下されるし! 死にまくってメンバーに迷惑かけてる戦士男が美味しいところを全て持って行くし! しかも、あいつら、デキてやがったのよ! だから彼女に『もう少し戦い方を考えてくれないか、彼に言ってもらえないか。でないとあなたの魔力もすぐ枯渇しちゃうし』って頼んだら『カレピのこと、傷つけたくないし~』ですって! 何なのカレピって! もう、激おこ! マジ、激おこ!!」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、一転して顔をしかめた。激おこな彼女の話の中に、以前聞いたことのある内容があったからだ。死神ちゃんは何とかそれを思い出すと、彼女に〈残念なエルフの盗賊〉のことを尋ねてみた。
 彼女は彼のことは知らないようだったが、しかしながら彼が過去の仲間に受けた仕打ちと彼女が出遭った災難には一致する点が多かった。彼女は眉間にしわを寄せると、怒り声をひっくり返した。


「あいつら、もしかして私と出会う前にも同じようなことやらかしてたの!? ちょっと、マジでありえない! 今度、その残念と会う機会があったら聞いてみよう。でもって、被害者の会を結成してやるんだから!」


 激おこさんはそう言ってフンと鼻を鳴らすと、煽るように水筒の水を飲んだ。そして豪快にグイと口元を手の甲で拭って立ち上がると、ものすごい剣幕で声を張り上げた。


「ていうか、私だって同じ女性なのに、どうしてこうも扱いが違うのか! たしかに戦士はメインで戦闘するけど、だからって僧侶と比べて何もかも強いってわけじゃあないんだから! 私のことだって女性扱いしてくれたっていいでしょうよ! なのにどうして、普段は女性扱いしてくれないのに、見下したい時だけ『お前は女だし』と言うのか! ――それとも、乳か! 乳なのか! ノームのようなバルンバルンな乳なんて、黒エルフならまだしも白エルフが持ちようないでしょうが! ふざけるな! 男なんて! 男なんて!!」

「全ての男が乳に興味があるわけではないぞ! だから、そう悲観することはない! 尖り耳よ、そもそも、お前の美しさは胸ではないのだ!」


 修行スポットの入り口当たりから、聞き覚えのある声がして死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をした。死神ちゃんが声のした方向に目を向けるよりも早く、|彼《・》は縮地――瞬時に間合いを詰めて敵の懐に飛び込む侍特有の技――を駆使して激おこさんの隣に並んで立った。
 尖り耳狂は激おこさんの腰に片手を回すと、もう片方の手で尖った耳をツンツンと突いて愛でながらうっとり顔で言った。


「そう、お前はとても美しい。だから、俺と結婚しよう!」

「はあ……。ちなみに、あなたの考える私の〈美しさ〉って、一体何?」


 激おこさんは、尖り耳狂を睨みつけた。すると、彼は得意気に「その尖った耳だ」と答えた。激おこさんは静かに彼の腕を振り払った。それと同時に、彼女の足元で、彼女を中心とした円の形で砂埃がブワッと舞い上がった。――それは〈気合溜め〉という、攻撃力が一時的にアップする戦士の技だった。
 激おこさんはさらに魔法を詠唱し始めた。彼女が唱えていたのは、攻撃力が上がる僧侶の支援魔法だった。彼女は攻撃力をもりもりに盛ると、棍棒を静かに構えた。並ならぬ殺気立ったオーラに、尖り耳狂は思わずたじろいだ。


「結局は〈見た目〉なんじゃないか……! どいつもこいつも、ダンジョンに出会いを求めやがって! ロマン求めつつ真面目にダンジョン探索している私は馬鹿だって言いたいわけ!? どうせ出会いを求めるなら、強い絆から愛情に発展しなさいよ! 乳だの耳だの、うるさいわ!」

「待て、落ち着け! 落ち着くんだ、尖りみ―― ああああああああ!」


 激おこさんは、その怒りを尖り耳狂にぶちまけた。烈火のごとく怒り狂う彼女に恐れをなした尖り耳狂は縮地であちこちと逃げ回ったが、結局、彼女の怒りの全てを受け止めて地に沈むこととなった。倒れ伏した彼の姿を見てもまだ怒りが冷めやらぬ彼女は、じんわりと目に涙を浮かべるとヒステリックな声で「もういい、帰る!」と叫んだ。そしてのしのしと去っていく彼女の背中を、死神ちゃんは慌てて追いかけたのだった。




 ――――乙女か否かは職業で判断してはいけない。そして乙女の〈魅力〉は見た目だけではない。紳士諸君よ、レディーと相対するときは、きちんと彼女達の内面まで見て判断して欲しいのDEATH。

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