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是正

「おはようございます。ご主人様」
「おはよう。プラタ」

 朝になり、諸々の準備を終えて転移すると、直ぐにプラタに挨拶される。それに挨拶を返しつつ、プラタの服装を確認する。
 今日のプラタの服装は、藍色に近い青色の上下一体型の服で、縁の方が黒い。
 袖や襟はやや丸っぽいが、ふわりと優雅に広がったような作りなので、あまり子どもっぽさを感じさせない上品な仕上がりとなっている。
 服の色が控えめな青色なのもその上品さを後押ししているが、光の加減なのか表面に薄く光の膜が纏っているような明るさがあるので、神秘的な雰囲気も僅かに追加されている。
 そんな着こなすのが難しそうな服を着ているプラタは、綺麗な黒髪で落ち着いた印象を、整った顔立ちは服にも負けない上品さを醸し、その銀色の瞳は神秘的で厳かな雰囲気を湛えていた。

「・・・うーん。ふむ」

 黒に見える深い藍色の靴から、周囲の光を吸い取っているように真っ黒で艶やかな髪の天辺までを何往復かした後、全体的にプラタを捉えて姿を確認する。

「如何でしょうか? 似合いませんでしょうか?」

 確認しながら唸るボクの様子に、プラタが何処か不安げに問い掛けてきた。

「いや、似合ってはいるんだけれども・・・」

 プラタの姿を捉えながら困ったように言葉を濁す。
 今プラタが着ている服は、昨日ボクが贈った服だ。似合うと思って贈ったのだが、こうして実際にプラタに着てもらって確認すると。

「うーむ。まさか服がこうも負けるとはね」
「?」

 困りながらそう感想を零すと、プラタはどういう意味かと首を傾げた。

「いや、前回贈った服は黒だから見慣れていたというのもあるが、その分控えめで主張せずに着ている者を引き立てるようなものだったからそこまで感じなかったけれど、今回のように着用者に花を添えるような感じの服だと、服が存在を多少主張する分、そちらにも目が行ってしまう。その結果、プラタの神秘的な感じが強すぎて服が完全に負けているなと思ってね。まぁ、似合っているし、今までよりも明るいから新鮮ではあるけれど、この路線で選ぶのであれば、もっと華やかで明るい色の方がいいかもしれないな。と思ってね」
「そうなのですか?」
「まぁ、ボクもそっち方面は疎いから実際はどうか知らないけれど、こうして直接見て感じたボクの印象としてはそうかなと」
「なるほど。私はご主人様の御気に召す服であれば、その方が嬉しいです」
「そう? プラタは綺麗だからね、似合う服を選ぶのは大変だけれども、市場に行った時にちょくちょく服屋を覗いてみるよ」

 別に似合っていない訳ではないので、この服はこのままでもいいだろう。ただ、次からはもっと明るい色の服を選ぶとしよう。プラタは黒か華やかな服かのどちらかだな。その間だとプラタの神々しさに埋もれてしまう。
 そんな話をした後に食堂に移動する。
 その道中、先程の事を思い出し、今更ながらに気がつく。ボクの記憶が正しければ、最初の頃と比べてプラタの顔貌(かおかたち)が変わった気がする。昔は今ほど整ってなかったというか、まだ手が届きそうな感じだったというか。
 表現に窮するが、最初から綺麗な顔立ちではあったのだが、それがより端整になったと言えばいいか。正直今のプラタであれば、エルフにさえ引けを取らないだろう。それだけ美しい。
 やはりずっと近くに居たのと、まじまじと見ていないから気づかなかったのだろうか? でも、その前に服を贈った時は確認したんだが・・・あの時は服の方に意識が向いていたのかな?
 まあいいか。とにかく、どうやらプラタの素体となっている人形の身体が変化しているようだ。どうなっているのかは分からないが、長年憑依していたからプラタの魔力に当てられた結果だろうか。それとも身体とプラタの魔力が馴染んだからか? そこもよく分からないが、プラタの様子を見るに悪い変化ではないと思うので、このままでもいいだろう。
 その変化にプラタは謎が多いなと思いつつ、到着した食堂の奥の席へと案内されるがままに腰掛ける。
 すぐにシトリーが食事を運んできてくれるだろうから、少しこのまま待っていればいい。
 それにしても、プラタの変化はプラタが妖精だからなのだろうか? それとも長い間膨大な魔力を溜めていたら変化するのだろうか? 後者であれば魔法道具とはまた違った興味深さがあるが、変化する年月が分からない以上、失敗しているのかどうかも分からないな。プラタを参考に考えるのであれば、プラタと最初に出会ってから今で大体三年ぐらい? いや四年か? ・・・まだギリギリ四年は経っていないか。
 であれば、三年から四年といったところか。いつ変化したかは分からないし、それを参考に人形を創って変化するのか観察してみてもいいな。
 仮に変化したとしても、それでどうするでもないのだが。これはただの興味だからな、暇つぶしみたいなものだ。ああしかし、やはり局所的にでも時間を進められる魔法でもないものか。時間を変化させられる魔法があれば、こういう時に役に立つのにな。狭い範囲で時間を進められるだけの一方通行でもいいから欲しいところ。今更だが、兄さんに会った時に訊けばよかった。
 まぁ、今更言ったところで意味は無い。兄さんが今何処で何をしているのか知らないし。
 時間を操る魔法はプラタ達でも知らないらしいから、仮に存在していたとしても修得はかなり難しいだろう。
 だからといって諦める理由にはならないが、必要なのは今すぐなので、今は使えないのであれば意味がない。
 そんな事を考えている内に、いつの間にやってきたのか、シトリーが運んできた料理をボクの前に並べてくれる。
 今日の料理はパンと汁物と玉子を炒めた物。量もそれほど多くはないし、肉のような重たい物でもないので朝には丁度いい。今日もこれから市場に出かける予定だからな。昨日は結局服屋を一軒覗いただけだし。
 パンに玉子を挟んで手早く食べると、温かい汁物を飲む。
 ふわっとした玉子は塩胡椒で味を調えただけだというのに、玉子の味の濃さのおかげで満足いく一品になっている。それを挟む柔らかなパンは甘く、玉子の濃厚な味を優しく包み込んでくれる。
 その後に飲んだ汁物は温かく、飲みやすい味なのでスッと喉を通ってくれた。
 そうして胃が温まると何だか元気になってくる。それだけで今日も一日頑張ろうという気になるのだから不思議なものだ。
 朝食を食べ終えると、直ぐにシトリーが食器を回収してくれる。それから少し食休みを挿むと、プラタと共に食堂を出て玄関に向かう。
 玄関に到着すると、既にシトリーが待っていた。
 そこでシトリーからお弁当を二つ受け取ると、背嚢の中にそれを仕舞う。
 お弁当を背嚢に仕舞った後にプラタと会話をすると、別れの挨拶をしてから玄関を出る。
 玄関を出てからシトリーと一緒に防壁の外に出ると、昨日行った市場を目指して進んでいく。
 市場には昼前には到着出来た。日に日に道が進みやすくなっていっているのは、大通りにも店舗や事務所なんかが出来てきたからだろうか。家は元々あったし、道幅は変わらないのだから、やはり露店の数が減ったのが大きいのだろう。
 そう思いながら軽く周囲を見回してみたが、露店の数が数日前に見た時よりも減ったような気がした。途中までは前回まで行っていた市場への道のりと同じだったからな。
 市場に到着すると、そのまま通りを歩きながら先へと進む。昨日は直ぐに服屋に行ったから、通りもほとんど見ていない。
 それにしても、ここの市場は道幅が少し広かったり椅子がちょっと大きかったりと、聞いていた通りに全体的に大きい。通りを歩いているのは体格のいい者が多いので、この辺りはそういった者達が住んでいる区画なのかな? 区割りについては知っているが、詳しい事は聞いていないからな。まぁ、これについてはボクが訊かなかったのが悪いのだが。
 見た感じ、市場が少し大きいように、そこで供されている食事も一つ一つが少し大きい気がする。勿論ボクと同じぐらいか、更に小さい者も見かけるが、それはどちらかといえば少数だ。
 その割には昨日寄った服屋には様々な大きさがあったがと思ったが、すぐに考えを改める。あの店に置かれていた服の大きさは徐々に大きくなるのではなく、一気に大きくなっていた。もしかしたらここら辺に住む種族は身体が大きいだけではなく、成長が早い種族なのかもしれない。
 キョロキョロと周囲を眺めながら歩いていると、隣を歩くシトリーから問い掛けられる。

「今日は何処を見るー?」
「うーん、そうだな。別の服屋も見てみたいが、市場自体も見てみたいしな・・・」

 これでも一応視察として来ているので、見るだけは見なくてはならない。そう考えると、まずは市場を見て回る方が先決か。
 少し考えそう結論を出すと、シトリーにその事を告げる。

「そっかー。分かったよ!」

 やや残念そうではあるが、直ぐににぱっと笑って元気よく頷く。

「そうなると、まずは広場まで行きながら周囲の様子を確認していく?」
「そうだね。今日はそうしようかな」

 市場は広い。ここの市場は一般的な市場よりは規模が小さいのかもしれないが、それでも広い。とりあえず、通りを縦に半分にした分けた場合の片側を眺めながら、そちらを進む。帰りは反対側の道を同じようにして進む予定だ。
 進行方向で見方も変わるだろうが、今回はそれは言ってもいられない。それに、ボクの言葉など大して反映もされないだろうし。
 大まかな造りは既に終わっているし、あとは微調整だけなので、大きな物は余程のことがない限りは変更が難しい・・・・・・それも普通はであるが。
 今回ここを造ったのはフェンとセルパンだ。地面を掘って整地したり耕したりと大忙し。
 おかげでその分余裕も生まれたのだが、今はそんな事ではなく、気になる点について。
 とりあえず大きな変更があってもフェンとセルパンが何とかやってくれるだろうから、何か気になったら報告しておこう。
 そう決めて通りを歩く場所を片側に寄せる。これで帰りは反対側を通ればいい。
 ここの市場も店舗を借りて店を出すようになってから、露店の数が大幅に減ったという。この辺りはプラタの裁量だが、別に露店を禁止にした訳ではない。もっと道を広く取りたいので、露店の者達を店舗の方へと誘導したに過ぎない。
 通りに残っている店は、ほとんどが屋根付きの露店や出店。
 あとは扱っている物だが、露店も出店も多くは食べ物屋だった。揚げた物や焼いた物もあるが、飲み物や甘味、保存が利く物も多くある。大体が歩きながら飲食する事が目的のようだ。
 そういった店からいい匂いがするので、思わずお腹が空いてきそう。隣を見れば、シトリーがどれを食べようかなと悩んでいるような顔で通りの店を眺めていた。
 相変わらずシトリーは表情が分かりやすくて助かるなと小さく笑うと、何か買ってみるかと問い掛けてみる。そうすると、シトリーは瞳を輝かせてこちらに顔を向けた、

「ジュライ様は何が食べたい?」

 周囲の露店や出店に目を向けながらシトリーが問い掛けてくる。

「そうだな・・・シトリーはどれがいい? ボクは別に拘りはないから」

 シトリーの視線を追って、露店や出店に目を向けてみる。よく見れば、中には調理器具を使ってその場で調理している店もあった。火は大丈夫なのだろうかと思い観察してみると、使われているのは魔法道具ばかりという訳ではなさそうだ。ただ、見慣れない物も多いな。あそこで使われているのは魔法道具ではないようだが、かといって普通に火を熾している訳ではなさそうだし。
 隣を歩くシトリーが、各露店や出店に顔を向けては色々と考えている。それについて行きながら、各店に置かれていた調理器具に眼を向けてみる。
 気になる調理器具を特に注意して観察していく事で気づいたのは、まず各店に置いてあった似たような器具は全て火を熾す調理器具のようだ。しかし、魔法道具ではないのに使用する際に魔力を通しているよう。それも何度観察してみてもやはり魔法道具とは違うようで、火を熾すのに魔法を用いた気配はなかった。
 しかし、代わりに中に何かが入っているようで、通した魔力に反応してそれから火が噴出しているみたい。
 それが何なのかは分からないが、実に興味深い。何処かでそれは買えるのだろうか? そう考えていると、隣からシトリーの弾む声が聞こえてきた。

「あれにする!」
「ん?」

 シトリーが指さした先を目で追うと、そこには地面にござを敷いた露店。屋根も付いているが、それ以外に目につくモノは無い。ござの上には、同じ見た目の半透明な入れ物が並べられている。中身は・・・遠目には判らないな。
 店主は褐色の女性? で、袖の無い服を着て上半身は露出が多いが、下半身は全く肌が見えないぐらいに丈の長い裾が、かなりゆったりと広がった下衣を着用している。露出している肌は何だか硬そうで、ござの上に座っていても判るぐらいに上背が大きい。
 顔は横顔なのでよく判らないが、人間に顔貌は似ていそう。ただ、目と口の端がやたらと鋭い。というか長い。特に口の端は耳に届きそうなぐらいだ。
 とりあえず、その露店に向かうシトリーの後について行く。
 直ぐに到着すると、元気のいい掛け声で出迎えられる。やはり声で判断すれば女性だろう。見た目も女性っぽいが、他種族だから確証は無い。
 ござの上に置かれている容器に目を落とすと、そこには半透明なふた越しに何やら蠢く物体が見えた。
 なんだか背中に何かが這う様な、ぞわぞわとする感覚に襲われている間に、気づけばシトリーがそれを二つ購入していた。
 いつの間にと思っていると、手を引かれて先へと進む。もう大分進んできたし、そろそろお昼ご飯にはいい時間。という事は、広場ももう近いだろう。
 シトリーに手を引かれるがままに暫く進むと、広場が見えてくる。
 手を引かれたまま広場の中に入ると、シトリーはキョロキョロと周囲を見回して食事が出来そうな場所を探す。広場の造りも大体同じようなものなので、席の在る場所は把握している。あとは空きがあるかどうかだが、心配する必要はなかったようだ。
 空いている席に移動して腰掛ける。丁度机のある席だったので、ボクは背嚢から弁当箱を二つ取り出してシトリーに片方を渡す。
 その弁当箱と引き換えに、先ほどシトリーが購入していた入れ物を一つ渡される。

「・・・・・・これ、何が入っているの?」

 容器が半透明なので中身ははっきりと見えないが、それでも中に何かが居て、尚且つ動いているのは判る。ただ、やはりはっきりとは見えないので、動いているそれが何かまでは判らない。ある程度は予測出来るが、したくはない。
 ボクの質問に、シトリーは手元の容器のふたを少し開けて中に手を入れると、そのまま中で動いていたモノを取り出す。それと同時にすぐさまふたは閉じられたが、中から出てきたのは体長十センチメートルほどの一匹の蠍っぽい虫。

「食用の虫だよー!」

 嬉しそうにそう言うと、シトリーはそのまま暴れている虫を頭から口の中に入れるが、一口では入りきらなかったのか尻尾の部分が口からはみ出ている。しかし、シトリーはお構いなしだ。
 それに口からはみ出ている尻尾は最初激しく暴れたが、直ぐに動かなくなる。

「・・・・・・」

 美味しそうに食べるシトリーを見た後、自分の手元にある入れ物へと目を落とす。

「・・・・・・」

 たとえ虫だとしても、調理済みであれば問題なく食べられるだろう。そのまま食べるにしても、死んでいるか弱っていればいけるかもしれない。
 しかし、流石に先ほど見た活きのいい虫では気後れしてしまう。というか、食べたいとは思えない。なので、ボクはそっと自分の分の虫が入った容器をシトリーに差し出す。

「そんなに美味しいのであれば、ボクの分も上げるよ」
「いいの?」
「うん。ボクはお弁当だけでお腹いっぱいだからね」
「わーい! ありがとう!」

 本当は少しは食べられるが、虫は食欲がわかないのでシトリーにあげる。
 嬉しそうに受け取ったシトリーは、弁当箱も広げて食事を始めた。
 それを見た後、ボクも弁当箱を広げて食事を開始する。食事中は出来るだけシトリーの方を見ないように心掛けるとしよう。
 そう思って食事をしていくも、容器から虫を出す音や、虫が暴れた時に出るキシキシという関節が動いている音が耳に入ってくる。
 周囲には沢山の人が居て静かという訳ではないので、そこまではっきりと聞こえないのが幸いか。
 そうして黙々と昼食を食べていると、弁当箱の中身が半分ほどまで減ったところで、シトリーが食事を終える。顔を上げると、もう虫も食べ終えていた。
 残った容器はどうするのかと思ったら、シトリーはその容器も食べてしまった。ふた付きなので何かに使えそうな気もしたが、まあどうでもいいか。
 容器を齧るように溶かして食べるシトリーを眺めながら昼食を終えると、空の弁当箱を背嚢に仕舞う。勿論、シトリーの分も忘れてはいない。
 弁当箱を背嚢に仕舞った後、少し休んでから移動を開始する。
 今回は昼食を食べ終えたのがちょっとだけ早かった事もあり、時間的にも多少は余裕があるので、少し先まで行ってみる事にした。
 そう決めると、広場を抜けて先の市場へ場所を移す。
 こちらの通りは、向こう側よりも露店や出店の数が少ない。店舗も苗を売っている店が多いようで、目に優しい。花も沢山置かれているからか、市場全体に甘い匂いが漂っている。幾種類もの匂いが混ざっているというのに不快にならないので、そうならないように市場全体で並べる花を選んでいるのだろう。
 そんな店が何軒も並んでいる。同じ店主が営んでいるのかと思ったが、シトリーに尋ねると違うらしい。それにしても様々な種類の苗が並んでいるな。苗木もあるので、農家向けなのだろうか? というか、ここに農家とか居るのかな? 高台から見た時は分からなかったが、こうして売っているのであれば、何処かに栽培する土地があるのだろう。プラタが畑を作っているとも言っていたが、もしかしたらそれとは別に新しく作ったのかもしれない。
 しかし、本当に色々とあるな。植物には詳しくないが、見た事もない物が多い。人間界には無かった植物も多数あるのだろう。
 そんな店以外にも、文具を扱っている店や、塾のような場所も在る。言語や計算を教えているようだが、色々な店が在るのだな。
 中ほどまで進んだところで、ボク達は引き返す事にした。想像以上に面白くて珍しかったので、思ったよりも長く見て回っていたようだ。
 早足で戻って広場を抜けると、最初に勝手に縦に二つに分けた通りの、行きとは反対側を通る。
 市場の中心を通っている道から離れているが、こちらも立派な道だ。人が通るだけではなく露店や屋台も置けるようにしてあるが、違いはそれぐらい。一応中央の通りとその両側は色分けしてあるが、それ以外は段差などもない。
 しかし、こちら側は露店などは少ない代わりに椅子や机が多いな。こちら側は休憩場所を集めたという事だろうか? それとも飲食をする為の場所? どちらもかな。
 用意されている椅子や机は既に何ヵ所も利用されている。よく見れば、机も椅子も地面に固定されているようで、動かすことは出来ないらしい。その分、各場所の机と椅子は大きさや配置の間隔なんかが異なるようで、広場の休憩場所のような場所を縦に長く伸ばしたような感じか。
 そのせいか、こちら側の店舗はやたらと飲食店が多いな。それも持ち帰る事を前提に作られているようだが、ほとんどが店内に設置されている席か、外の席を利用している。まあこれを狙ってだろう。
 隣でシトリーが店舗の方に目を向けて食べたそうにしている。やはりシトリーに満腹という概念はないのだろう。あるのは満足かどうか。
 とりあえず何か買った方がいいだろうかと思いシトリーに何か買うか尋ねてみると、即座に頷かれた。
 そのままシトリーに手を引かれて進み、一軒の店に入る。時間的には厳しいが、持ち帰ることが前提だからな。そんなに時間も掛からないだろう。作り置きもあるようだし。
 シトリーが適当に注文を済ませて二人分の料理を購入した。別にボクの分は要らなかったのだがと思ったが、どうやら二人分は一人分だったようだ。一瞬迷って食べるかどうか尋ねられたが、断っておいた。変に声を掛けなくてよかったよ。
 それにしても、やはりシトリーもお金を結構持っているのだな。仕事をしている訳だし、ちゃんと給料は貰っているのだろう。
 食べ物を買ったら、店を出て市場の外を目指す。

「・・・・・・」

 市場を歩きながら、隣を歩くシトリーの様子を横目で盗み見る。
 シトリーはさきほど購入した食べ物を歩きながら食べている。通りの密度はそこまで高くはないのでそれは別にいいのだが、商品が入った紙袋ごと食べるのはどうなんだろうか?
 本来のシトリーの食べ方を思えば口で食べている分、それでも随分と人に似せた食べ方なのだが、しかし紙袋を齧っては食べていくのはなんか違う。せめて中の料理を食べ終えてからそうすればいいのに、なんか勿体ない気がしてくるな。勿論、どう食べようともシトリーの自由なのだが。
 可愛い口で紙袋を食べていくので、一口で食べるという訳ではない。それでもやはり溶かしているだけなので、咀嚼をほとんど行っていない分、食べるのがもの凄く早い。これでは確かに一緒に食べても直ぐに食べ終わってしまうな。
 市場を出た頃には既に二人前の食事は容器ごとぺろりと平らげていた。結局、ボクはシトリーがどんな料理を購入したのか分からなかった。料理の姿を見る前に、シトリーが全部紙袋ごと食べちゃったからな。結構いい匂いしていたのだが。残念。





 拠点に戻った時には、ちょうど日が暮れたところだった。
 市場に行った時は大体帰りがこんな時間になってしまうなと思いながら、玄関を開ける。

「おかえりなさいませ。ご主人様」

 玄関扉を開けると、プラタが出迎えてくれる。今朝別れた時と同じ服装だが、やはり普段と違うというだけでも新鮮なものだ。

「ただいまプラタ」

 プラタの迎えの挨拶に返事をしていると、シトリーが拠点の奥へと移動する。プラタとシトリーは言葉を交わさなかったが、まあ珍しくもないか。
 シトリーは厨房にでも向かったのだろうか? これからボクはいつも通りに食堂に向かうと思うので、多分そうだろう。
 互いに報告がてら、プラタと今日の出来事について軽く会話をした後、食堂に移動する。
 食堂に到着して席に着くと、直ぐにシトリーが料理を運んできてくれて、前に並べていく。
 並べ終えると、いつものようにシトリーは食堂を出ていった。
 今日の料理はパンと焼いた肉。それと生野菜に汁物という素朴な献立。変に凝っていないので、味が分かりやすくていい。
 まずは一緒に用意された飲み物で口を潤す。甘酸っぱくてさっぱりとした飲み物だが、やや甘いので食前に飲むには適していないかもな。何だか口の中に膜が張った様な微妙な感じもするし。
 そう思い汁物を口にする。濃い茶色ながらも透き通る液体。一口飲んでみると温かく、味に深みがある。なんというか、色々な味が混ざっているような深さだ。だが、複雑というほどではないので、味が濃いながらもゴクゴクと飲めそうな気がする。まあ飲まないが。
 口の中の味を変えた後、パンを一口齧る。ほんのり甘いふかふかの白いパン。味は付いていないはずだが、ほのかな甘さの中にも僅かにしょっぱさが感じられて美味しい。
 その後に焼いた肉を食べてみる。塩と胡椒のみの味付けの様で、味が分かりやすい。脂の甘ささえ感じられるぐらいだ。
 しかし、やはりしっかりと処理しているからか、それほど味がはっきりとしているというのに一切臭みが感じられない。なので、野性味溢れる旨さというよりも、洗練された美味しさだな。あくまでも個人的な考えだが、これぞ料理といった感じ。やはり手間暇かけて事前にしっかりと下処理をしなければ料理ではないな。なので、料理はボクには難しそうだ。
 解けるように肉が噛み切れるので、噛むのに苦労はしない。二三口食べたところで、生野菜を食べる。
 こちらはただ洗って飾り付けただけのようだ。葉野菜が多いが、彩りの為か球体で真っ赤な一口大の野菜も幾つか飾られていて、見た目も鮮やかだ。
 その球体の赤い野菜を食べると、プチっとした食感と共に口いっぱいに広がる酸味。まるで肉の脂を洗い流すかのような酸味に、口の中の味が変わっていく。

「うーん・・・この葉野菜は肉と一緒に食べるのがちょうどいいか?」

 酸味のある赤い野菜は肉の後がいいが、葉野菜はそれ単体ではシャキシャキとはしていても苦いので、なんだか味気ない。虫にでもなった気分だ。
 なので、今回の料理の中ではっきりした味が付いている肉を食べやすいように切って、葉野菜で巻いて一緒に食べてみる。汁物と一緒でもよかったが、野菜の味が洗い流されそうでなんだか勿体なく感じた。

「むぐむぐ。やっぱり肉の脂と野菜の苦味が良い感じに混ざり合って丁度いいな」

 葉野菜と肉を一緒に食した事で、脂の濃さも幾分か和らぐ。それで味が薄くなりはしたがあっさり感は増したので、量を食べたい時には丁度いいかもしれない。
 しかし、今回は別に量を食べたい訳でも、食べきれないほどでもないので、葉野菜と肉は別々に食すとしよう。
 そうして美味しい食事を楽しんだ後、食休みを取る。その間に食堂にやってきたシトリーが、食器を回収していく。
 食器を回収して去る間際、シトリーはボクの前にお茶の入った湯呑を置いていった。いつも飲んでいる黄緑色の苦いお茶だ。
 やや熱めに淹れられたそのお茶を一口飲むと、思わずホッと息が出てしてしまう。
 口の中も奇麗に洗い流され、これぞ食後といった感じだ。いや、食後なのだが、なんというか食べたといった充足感を覚えるのだ。
 暫くその余韻に浸りながらお茶を啜りゆっくりとした時間を過ごすと、お茶が無くなった辺りで食休みを終える。
 湯呑は後でシトリーか誰かが回収してくれるらしいので、机の上に湯呑を置いて食堂を出る。そのまま廊下を進み、自室に戻る際に利用する転移用の小部屋に到着した。
 そこでプラタと別れ、転移装置を使用する。一瞬の浮遊感と意識の漂白を味わった後に、地下三階の転移装置前に到着する。
 転移した後は、軽い運動の為に地下三階から地下二階にある自室まで歩いて移動いていく。
 そうして地下二階の自室に到着した頃にはお腹もこなれてきていたので、まずはお風呂に入る事にした。
 脱衣所に置きっぱなしの魔法道具に脱いだ服を入れて、お風呂に入る。
 いつものように身体を流した後に湯船に浸かってのんびりと過ごす。
 頭の中では魔法の改良や開発について考えてはいるが、その歩みはゆっくりとしたものだ。それでも止める訳にはいかないので、腐らずに思考していく。
 ただ、あまり長湯もいけないので、ほどほどのところで切り上げて湯船を出る事にした。

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