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プロローグ・パートⅥ 不吉な、『天啓』

 彼のそんな思惑にも気づかないように、暎蓮は、茶道具を並べて置いてある、大きな盆の上に幾枚か重ねて置いてあった菓子皿を一枚出し、菓子用の取り箸を使い、おそらく、菓子の形が崩れないようにだろう、丁寧な仕草でゆっくりとその菓子を盆から皿に取りわけ、それを笑顔で彼に差し出した。
「……いかがですか?」
 と、言う。
 彪は、その菓子のできあがった経緯を考えると、半分ありがたく、半分仕方なく思いつつ、
「ありがとう、……いただきます」
 と言って、その菓子を手に取り、口に入れた。
 ……いかにも赤子が好きそうな、優しい味の、柔らかい菓子だった。どことなく、懐かしさを感じさせる香りもする。
「……おいしい」
 これは、本気で言った言葉だった。暎蓮は、それを聞いて、とてもうれしそうな顔をしてくれた。
「よろしければ、どうぞ、もっと、お召し上がりになってください」
「ありがとう」
 彼が、暎蓮に菓子皿を返そうとした、次の瞬間だった。
 突然、二人の背に、戦慄が走った。
 ……これは……。
 『天帝』からの声、『天啓』だ。『天啓』ではあるが、いつものものと違い、なにか、まがまがしいものが来るという予言だった。それは、『戦慄』という形をとって聴こえたことでもわかる。
 二人は、同時に、城内で、目の前に大きな『邪気』が現れる、という情景を、一瞬だけ()ていた。
暎蓮が、鋭い声で言った。
「彪様。今の、ご覧になりましたか」
「うん。この城になにかが起こるっていう『天啓』だった。……明日。『邪気』を視たから、……たぶん、魔物?」
「あるいは、『邪霊』のようですね」
 しかし、『天啓』を受け終えた彼らの緊張は、一気にほぐれ、二人とも大きな吐息をつき、姿勢を崩した。
 暎蓮は、彪が驚くようなことを言った。
「……彪様。明日、私と、この城内を見回ってくださいませんか」
「ええ!?」
「私の役目には、『斎姫』として、このお城を護るということもあるのです。でも、こうして、私たち二人が同時に『天啓』を受けたということは、……彪様のお力も、お借りしないといけない、ということかもしれません」
「お、お姫様がなにもそんなことをしなくても、俺たち、占天省の人間に任せておけば……」
 暎蓮は首を振った。
「おそらく、この『天啓』は、私たちのほかには誰も視ていません。つまり、『天帝』様は、私たち二人を選んで、このお役目をくださったのだと思います。……どうか、お願いできませんか」
 彪は、言った。
「でも、危険があるかもしれないよ」
「私は普通の『斎姫』ではなく、『武力』を持たなければならない『斎姫』です。そして、この国を護るのが役目。その名に恥じないためにも、少々の危険は、覚悟の上です」
「じゃあ、扇様にも言って……」
「いいえ、これは私たち『巫覡』の仕事です。ご公務でお忙しい扇賢様を巻き込みたくはありません。私たち、二人だけで」
 暎蓮は、その美しい眼で、彪の眼を見た。もう一度、言う。
「お願い、できませんか」
 彪は、すぐには答えられなかった。

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