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プロローグ 『玉雲城』と彪

 ……ここは、『天地界(てんちかい)』。
 この宇宙を作った『天帝』の落胤を休ませるための、地球上にある特別な島。
 島には『天人』のほか、『巫覡(ふげき)』と『人間』が、修行のために住んでいる。
 このお話は、ひどく昔。この島の文明開化の結果生まれた国々の中の一つ、『玉雲国(ぎょくうんこく)』の城内で起こる話。
 主人公は『巫覡』と、『巫覡』の最高位を務める『斎姫(いつきひめ)』の、二人。
 その年の差、なんと十一。しかし、『『気』の相性度は抜群』の二人の、冒険が始まる。
 ……語っていこう。

 白点(はくてん) (ひゅう)は、玉雲城内にある占天省(せんてんしょう)の、自分の仕事部屋の文机で居眠りをしていたことに気がついて、
「いけない、またここで寝てしまった」
 と、つぶやいた。
 占天省というのは、王宮の『巫覡』や占術師などを集めた省なのだが、各個人の修行のやり方が違うこともあり、一人ひとり別々の部屋が与えられている。その個室で、それぞれ、修行をしたり、『術』を磨いたりするわけだ。
 彪は、もとは庶民の出の、街の『巫覡』で、最近占天省に入省したばかりの、下っ端のはずなのだが、彼の『術使い』としての名が城下町じゅうに知られているため、わりと高待遇で占天省に迎えられ、こうして個室も与えられているのであった。
 しかし、どうも、個室というのは、他人の眼が気にならない分、気も緩む。夜中じゅう『術』の練丹に精を出そうとしても、うっかりすると、こうしてすぐに寝てしまうのだ。
 彪は部屋の窓脇に置いてある日時計を見て、
「ああ、もうすぐ朝参(ちょうさん)の時間だ。……だめだ、もう、みそぎする時間がない。みそぎは後にして、とりあえず、……着替えてこないと」
 と、一人でぶつぶつつぶやいた。
 彼はいったん、個室を出て、占天省の入っている宮殿、『宇天宮(うてんきゅう)』も出て、そのまま、王宮に常勤する単身者の男性の入るための寮である『清白宮(せいはくきゅう)』に向かった。
 『清白宮』に向かう道々、出会う王宮の同僚たちと散々会釈をかわす。……面倒だ。
 彼は、身分証明書を見せながら、『清白宮』に入り、自室に戻ると、まず占天省の人間であるという証の制服の単衣を脱いだ。
「あーあ」
 それを床に放り出して、伸びをしつつ、寝台に寝転がる。
 ……(せん)様は、『占天省に入れば、いろいろ利点がある』みたいなことを言っていたけれど。
 毎日、この馬鹿みたいな単衣を着て、時間に縛られて仕事をして、大人たちと社交辞令での付き合いをして……。
 確かに、街にいたころと比べると、段違いにお金はもうかるし、その日の食事にも困らないうえに、こんないい個室まで与えられて。……その通り、『利点』だらけだ。……こんな状態で文句を言うってのも、それこそ馬鹿みたいだけれど。
「ああ、わずらわしい」
 彪はつぶやいた。
「……なんだって、こんなことになっちゃったんだろう……」
 それは、最近、この国の王になったばかりの『扇様』が、自分の臣下になるように、彪に命じてきたからなのだが。
今はこの国の王となってしまったので、その頻度は減ったが、彼の兄貴分の(とう) 扇賢(せんけん)は皇子時代に、よく街に遊びに来ていた。『奔放な皇子』として名が高かった彼は、王となってからは、この国を護るために必要な旅に出ることが多く、その時には、『術者』の力を持つ彪を必ず連れて行く。その扇賢が、彪を『宮廷巫覡』として、占天省に正式に迎え入れたい、と言ったのが、事の始まりだった。
 扇様だけならともかく。……お姫様の頼みじゃあ、断りきれなかったんだよなあ。
 こういってはなんだが、彼の中では、『扇様』の愛称で呼んでいる、兄貴分の扇賢と、彼の妻で、この国の『斎姫(『巫覡』の最高位)』、() 暎蓮(えいれん)への態度の差が明確に分かたれていた。
 それは当然だ。暎蓮はこの国の『宝』だし、彪の中では、彼女は、扇賢の執着度とはまるで違うが、それでも一応、『淡い初恋』の相手なのだから。
 暎蓮は、扇賢が彪を占天省に誘った時、自分も、半ば懇願するようにして彼を占天省に迎えたがった。
 その懇願に、彪は抗えず、一大決心をし、宮廷勤めをすることにしたのだ。
 彪は、扇賢が彼女の『最大の鎧(と、彼は常々言っている)』であるのなら、自分は、暎蓮の『最大の術者』でありたくて、この任を引き受けたといってもよかった。しかし、庶民の出である彪にとって、宮廷勤めというのは、格式ばりすぎていて、なかなか面倒なことが多く、そのストレス解消に、というわけではないが、彼の休日は、街に出て、彼自身が街で暮らしていたころに着ていたような古臭い衣服に着替えて、庶民そのものに見えるぼさぼさ頭のままで、街の人たちの雑な葬式の手伝いをしたり、『口寄せ(死んだ人の魂を一時的に呼び戻すこと)』をやったりと、結構活気があるのだ。
 しかし、城に戻ってくると、彼は、浴室で体を清浄にし、似合いもしない(と、本人は思っている)上質の、宮廷勤務者用の正服に着替え、髪を整え、占天省の制服をまとい、まるでもとから自分はこうだった、というように上品に振舞わなくてはいけない。しかも、その『上品な振る舞い』にも、ちゃんと教育者がいた。占天省に入る時に、研修を受けさせらせられたのだ。
「まったく、宮廷ってところは……」
 それらの経緯を、思い出しても面倒くささが先に立った彪は、一人、ぶつぶつ言ったが、ふと我に返り、自室の日時計を見て、それどころではないことに気が付いた。
「……支度、しなくちゃ」
 と、起き上がる。

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