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第106話 死神ちゃんとお嬢様

 死神ちゃんは〈|担当の冒険者《ターゲット》〉を求めて二階にやって来た。そこで、死神ちゃんは見覚えのある集団を目にした。変わり果てた姿の彼らにそっと近づくと、死神ちゃんはパーティーメンバーのうちの一人の肩をポンと叩いた。


「お前ら、何でお嬢様と一緒に戦わないんだ?」


 ステータス妖精は現れはしたものの、場の空気を読みでもしたのか、申し訳無さそうに無言で去っていった。そして、壁際で侘びしく膝を抱えていた五人のお供は、死神ちゃんの姿を見て一層悲壮感溢れる表情を浮かべた。――そう、彼らは先日、組合長に身ぐるみを剥がされた状態でダンジョン外へと追い返された貴族のお嬢様のパーティーだったのである。
 宝珠を手に入れ王家から権威を譲り受けたい派に属する彼らは、他の貴族に出し抜かれないようにと資金力にモノを言わせ、一流の装備を整えていた。金のかかるサロンや社交場の利用も辞さず、コンディションを万全に整えて〈多くの冒険者達が未達と噂の六階の奥〉を目指していた彼らだったが、歓楽街を抜ける前にその野望を絶たれた。死神ちゃんを最後まで〈ただの迷子〉だと信じて疑わなかったお嬢様が死神ちゃんを引き取ってくれるところを探して回り、最後に訪れた組合長の事務室にて〈持ち物を強制没収ならびに強制退去の刑〉を食らったのだ。

 そんな彼らは今、武器や防具を装備してはおらず、ごく普通の衣類を身に纏っているだけだった。膝を抱えて座り込んでいるお供から少しばかり離れたところでモンスター狩りをしているお嬢様はほんの少しだけ装備を身につけてはいたが、それもカビの臭いのしそうな古臭い革鎧やここそこに刃こぼれのあるなまくら剣といった、贔屓目に見ても〈新米冒険者〉よりもひどい装備だった。
 死神ちゃんがお供達の隣に座り込むと、隣のお供が深い溜め息をついた。


「先日、六階で身ぐるみを剥がされましたでしょう? その後すぐ、お嬢様はご両親宛に手紙を送られたのですが、色よいお返事を頂けなかったのです」


 何でも、事情を知った両親は「資金の追加援助はしないから、帰ってくるように」と言ってきたらしい。いくら武芸に秀でているとはいえ、大切な一人娘だ。もしも、その〈身ぐるみを引き剥がしてきた相手〉が実は賊で、金品を巻き上げるだけではなく、もっとゾッとするようなことをしてきていたら――。そのようなことを考えたら、とてもダンジョン探索などさせられないと思ったようだ。
 しかし、お嬢様はそれでも諦めて帰るという気にはならなかったようで、野宿をしてでもここに留まると譲らなかったのだそうだ。
 お嬢様を眺めながら話を聞いていた死神ちゃんは、相槌を打つと首を傾げた。そして隣のお供のほうを向くと、不思議そうに尋ねた。


「つまるところ、お前ら、無一文のまま探索を続けることにしたってことか」


 お供はぼんやりとお嬢様を見つめたまま、小さく頷いた。


「お嬢様は格闘などの武術も習得されております。しかし、モンスター相手に格闘はあまりなさりたくないようで。やれコボルト相手は臭そうだ、ゾンビはにちゃにちゃしていて嫌だと仰って、仕方がないので戦闘相手をゾンビだけに絞り、全て浄化魔法だけで倒されました」


 お供達は彼女の家で使用人として働いている者や懇意にしている者達だそうで、ダンジョンを訪れるまで戦闘経験などは無かった。自力で資金をかき集めなければならなくなった今、本当ならばお嬢様と一緒になって戦いたいそうなのだが、経験が浅いがために装備のない状態で戦おうものならすぐさま怪我をしてしまう。それを治そうにもお金はかかるので、戦闘慣れしているお嬢様だけで小銭稼ぎをしているのだそうだ。
 しかし、背に腹は代えられない状態にもかかわらず、お嬢様は戦う相手を選り好みしていた。だから、いまだに〈その日の食費を稼ぐのに精一杯〉だそうで、装備もお嬢様の分ですら満足に揃ってはいないのだとか。


「魔力を回復するにも、お金がかかりますからね。きちんと休息をとらねばなりませんから。だから、収支を考えると〈攻撃魔法の使える者は全員戦闘に参加する〉ということもできませんで。――私達、食事すらまともに頂けない状態なんて初めて経験しました。だからもちろん、野宿も初めてでして。お嬢様だけは、私達の食費をケチってでも、どうにか安宿に泊まって頂いてはいるのですが……」


 言いながら、彼の瞳に涙が浮かんだ。その表情からは〈帰りたい〉の四文字がありありと読み取れた。死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、ちょうどお嬢様が戦闘に一区切りつけたようで、彼女は戦利品を掲げながら笑顔でお供達に走り寄ってきた。


「見なさい! この階層にしてはレアだから、これを売ればきっと今夜はあなた達も宿に……」


 破顔の笑みを浮かべていた彼女は途中で足を止めると、お供に並んで死神ちゃんが座り込んでいるのを見て盛大に顔をしかめた。死神ちゃんが爽やかな笑みを浮かべてヒラヒラと彼女に手を振ると、彼女は折角の戦利品を地面に叩きつけた。そして死神ちゃんを指差すと、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。


「あなた、何でまたこんなところにいるの!?」

「そういう〈お仕事〉なんでね」

「そうだった! ねえ、いくら? お祓いはいくらくらいかかるの!?」


 死神ちゃんが肩を竦めると、お嬢様は顔を青ざめさせてパーティー内の会計担当に詰め寄った。「冒険者のレベルによりますので、なんとも」と彼がしどろもどろに答えると、彼女はがっくりと膝から崩れ落ちた。そして、肩を小刻みに震わせながらポツリと言った。


「久々に、全員で宿に泊まれると思ってたのに……」


 お供達は戦利品を拾い上げ、お嬢様を慰めた。そしてとりあえず、一階に戻って入手したアイテムの売却とお祓いをしようということになった。
 しかし、彼らはお祓いをすることができなかった。〈誰よりも早く奥に進みたい〉ということに注力し、金で解決できることは全て金で何とかしてきた彼らは、|冒険者としての《・・・・・・・》|経験や《・・・》|レベルも《・・・・》|金で買っていた《・・・・・・・》のである。どういう方法でそれを成し得たのかは不明だが、とにかく、彼らは実経験にそぐわぬ冒険者レベルを有していた。そのせいで、手持ちの金でお祓い料金を支払うには僅かに足りなかった。

 仕方なく、彼らは再び地下二階へと戻っていった。お嬢様は〈回復の泉〉で喉を潤すと、呻くようにボソリと言った。


「あのジジイに、今回のお祓い料も請求してやる。絶対に、奪われた分だけじゃなく、その後被った損害も全て請求してやるんだから……」


 彼女の目は完全に|据《す》わっていて、そして淀んでいた。そんな彼女を、お共達は心配そうに見つめておろおろとしていた。気高そうであった彼女の変貌っぷりに死神ちゃんは呆れると、「いっそ、諦めて帰ったらどうだ」と言葉を彼女にかけた。すると、お嬢様は嫌悪感たっぷりの顔を死神ちゃんに向けて吐き捨てるように言った。


「絶対に嫌よ! もしも帰ってごらんなさい。帰って来た私に待っているのは、縁談なんだから! しかも、あんな気持ちの悪い男と!」


 死神ちゃんが心なしか眉根を寄せると、彼女はまるで鬱憤を晴らすかのようにモンスターに斬りかかりながら話し続けた。それによると、彼女の身を案じた両親は、彼女に家督を継がせ、そしてその夫となる人物にダンジョンの探索を任せようと考えているのだとか。縁談の相手は彼女の家と同じく〈王家から権威を譲り受けたい派閥〉の家の出身の者を予定しているのだそうで、彼女はその縁談候補者のことを凄まじく嫌っているらしい。


「この前偶然、ダンジョン内で会ったけれど! お供の使用人と二人だけでパーティーを組んでいて! 蜜月な雰囲気で、彼女に鞭で撃たれていて|悦《よろこ》んでいたのよ! 気持ちが悪いったら!」


 死神ちゃんは思わず表情を失った。そして低い声で嗚呼と呻くように相槌を打つと、ボソボソと返した。


「あいつか。そりゃあたしかに、嫌だわな」

「あんな男を一生しばき倒す人生を送るくらいだったら、私はあのジジイをしばき倒して慰謝料ならびに被害総額の全てを支払ってもらうんだから! 絶対に、あのジジイを、訴えてやる!!」


 死神ちゃんは頬を引きつらせると、哀れみの表情で彼女を見た。それと同時に、何故か腕輪から〈灰化達成〉の知らせが上がり、死神ちゃんは怪訝な表情を浮かべた。横を見てみると、確かに灰がこんもりと積もっていた。死神ちゃんが不思議そうに首を捻ると、お供の一人が涙を目に浮かべて言った。


「やめろって止めたんですけど……。空腹がどうしても辛いからって、そこら辺の雑草を口にして……」

「嘘でしょう!? 知識もないのにホイホイと野草を食べるのは危険だって、散々私に言っておきながら!? 灰から蘇生させるほうが、お祓いよりもお金がかかるのに!?」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、しどろもどろに励ましの言葉を口にした。そして、そそくさと壁の中へと消えていった。死神ちゃんが姿を消すのと同時にお嬢様が「絶対に訴えてやる」と叫んだのだが、その|叫喚《きょうかん》は壁の中まで響いてきたという。




 ――――お金は人を強くも、弱くも、そしておかしくもする。無ければ生きてはいけないものだけれど、上手に付き合っていきたいモノなのDEATH。

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