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第103話 死神ちゃんと保護者④

「へえ、珍しいな。ドワーフだらけのパーティーだなんて」


 そう呟いて、死神ちゃんは〈|担当のパーティー《ターゲット》〉らしき冒険者の集団を遠目に眺めながら、目をパチクリとさせた。そのパーティーは六人中五人がドワーフの男性で、見る者を圧倒するほどのおっさん臭を周囲に撒き散らしていた。
 そのパーティーの中に一人だけ、見るからにドワーフではない者が混じっていた。死神ちゃんはその冒険者をまじまじと見て、そして顔をしかめた。

 死神ちゃんは天井すれすれをゆっくりと移動して一行に近寄ると、|彼女《・・》の眼前に逆さまの状態で急降下した。すると、彼女は驚くどころか、喜び勇んで死神ちゃんを|捕獲《・・》しにかかった。


「ああ、幻覚かぁしら……。可愛い子ちゃんが、自ら私ぃのもとに来てくれぇたわぁ……」


 死神ちゃんは少しばかり引きずり降ろされて、逆さのまま羽交い締めにされた。それにより、死神ちゃんは保護者の胸が顔に当たる状態となったが、彼女はそんなことなど気にすることなく、嬉しそうに死神ちゃんのお腹にグリグリと顔を埋めていた。


 
挿絵




* 僧侶の 信頼度が 4 下がったよ! *


 ドワーフ達のじっとりとした視線が集中する中、死神ちゃんは必死にもがいて抵抗すると、何とか彼女の腕の中から脱出した。そしてクルリと回って正位置に戻ると、呆れ顔で彼女を見つめ、溜め息をついた。


「お前、可愛い子ちゃんを保護して〈保育園〉を作るとか何とか言ってたよな。今、お前が引き連れてるのはスタッフか? それとも、〈保育園〉を諦めて〈老人ホーム〉にでも鞍替えしたのか」

「可愛い子ちゃんが成長すぅると、ドワーフになるっていう噂があぁるじゃなぁい……」

「いや、それ、ただの都市伝説だろ!?」


 薄っすらとした笑みを浮かべて目を逸らした保護者に死神ちゃんがツッコミを入れると、彼女はちらりと視線だけを死神ちゃんに戻した。そしてニヤリと笑うと、顔も死神ちゃんの方に戻してゆっくりと口を開いた。


「まあ、冗談は置いとぉいて。最近、ドワーフが可愛い子ちゃん達に人気らしぃいのぉよ」


 何でも、成人しても子供の頃とあまり見た目の変わらない|小人族《コビート》には、〈大きな大人に抱っこされたり、頭を撫でられたりしてみたい〉という願望を密かに抱えている者がいるのだとか。他種族の親子や祖父母と孫は体格差がかなりあるため、それを見てきっと羨ましくなったのだろう――そんな願望を抱える者は、里から出てきて他の種族と一緒に暮らす者の中に特に多いのだそうだ。
 ある日、そんな願望を抱えた小人族の一人が〈自分達の種族が巨大化したら、どの種族に見た目が似ているだろう〉ということを考え、ドワーフがまさにそれに当てはまるのではと思い至ったのだそうだ。以来、ドワーフとパーティーを組むということが小人族冒険者の中でじわじわと流行ってきているのだという。


「そぉんなわぁけで、ドワーフを集めぇて可愛い子ちゃん専用の喫茶店でも作ろぉうと思ったのぉよ。巷で流行りぃの〈メイド喫茶〉のおじいちゃん版って言ぃうかぁ」


 虚空を見つめ、うっとりと頬を染める保護者に適当な相槌を返すと、死神ちゃんは〈何かを思い出した〉というかのような表情を浮かべて首を捻った。実はここ最近、死神ちゃんは小人族が行方不明になる瞬間を目撃したり、そういう話題を耳にしたりしていたのだ。その際、彼女と思しき人影を目にしていて、ずっと気になっていた。そのことについて尋ねてみると、保護者は頬に手をあてがい、きょとんとした顔で首を傾げた。


「あぁら、そぉんなこぉとがあったぁの? さて、どの子のことかぁしら? 帰ったぁら一人ひとぉりに聞いてみないぃと……」

「ちょっと待て! まさかと思ってたけど、やっぱりお前が犯人なのかよ! お前、どれだけ拉致ってるんだよ! やめろよ、犯罪だろ!?」


 死神ちゃんが顔をしかめて声を荒げると、保護者は不思議そうに首を逆側に傾けた。彼女はとても純真な笑顔を浮かべていたが、瞳だけは淀みきっていた。
 死神ちゃんは深い溜め息をつくと、気を取り直して「ところで、今は何をしている最中なんだ」と尋ねた。すると、彼女はニコリと微笑んで〈四階の小さな森〉を目指していると答えた。四階のきのこを食べると、身体が一時的に大きくなるなどの効果があるらしいという噂を聞いたらしく、喫茶のメニューに入れることができたら可愛い子ちゃん達が一層喜んでくれるだろうと思ったのだという。

 保護者達は小さな森に着くと、切り株お化けの群れを探して歩いた。そして見つけると、早速キノコ狩りをし始めた。


「噂によぉると、キノコが一つしぃか生えていなぁいモノを収穫してしまぁうと、切り株が悲しぃんで襲いかかってくぅるらしいのぉよ。だぁから、たくさん生えてぇるモノからぁ少しだぁけ分けてもらうといぃいみたぁい」

「分かりました!」


 手分けしてキノコを見繕う彼女達を尻目に、死神ちゃんは切り株お化けの上に腰掛けた。同時に、切り株は死神ちゃんを載せたままちょこちょこと歩き始めた。死神ちゃんが左右に生えたキノコとちょんちょんとつつくと、切り株はそのつつかれた方向へと歩き始めた。それはさながら、ふれあい動物広場のポニー乗馬か何かのようだった。
 死神ちゃんが切り株お化けで遊んで暇つぶししていることに気がついた保護者は、キノコ狩りの手を休めて死神ちゃんににじり寄った。血走った目をカッと見開き、精一杯かがみこんだ状態を保ったまま後をついてくる彼女に難色を示すと、死神ちゃんは低い声でボソボソと言った。


「……何してるんだよ、お前。キノコ、狩れよ」

「今、心のキャンバァスに、可愛い子ちゃんの可愛いぃ姿ぁを一生懸命描きぃ殴ってぇいるの。こちぃらのほうが最重要事項よ」

「あっそ……」


 死神ちゃんがじっとりと目を細めて吐き捨てるようにそう言うと、ドワーフの一人が泣きべそをかき始めた。驚いた死神ちゃんはぎょっとすると、切り株に乗ったまま彼のもとへと近づいていった。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼は嗚咽を飲み込みながら必死に答えた。


「切り株お化けを怒らせないでキノコを狩るの、難しいよ! 片方だけ分けてもらおうにも、嫌そうに睨んでくるし! おかげでまだ一つもキノコが採れてないんだよお!」

「何だよ、いい年した大人が、そんなことで泣くなよ」

「僕、まだ大人じゃないもん!」


 死神ちゃんがぽかんとした顔を浮かべると、彼は鼻をスンスンと鳴らしながら不服そうに口を尖らせた。
 彼らは思春期を迎えると見た目に変化が現れ、思春期を終える頃には大人と大差がなくなるのだそうだ。そして、彼は中等教育を今年終えたばかりの、まだ少年と呼べる年齢なのだそうだ。
 彼の家はそこまで裕福ではないそうで、何かしらのマイスターのもとに徒弟として入門するにしても、高等教育を受けるために進学するにしても、その費用を捻出することが難しいのだとか。そのため、資金繰りのために冒険者を始めたのだそうだ。しかしながら、駆け出しの彼はまだ自力で小銭稼ぎをするのも一苦労だった。そんな中、保護者の出した〈アルバイト募集〉を目にし、これは好都合とばかりに飛びついたのだそうだ。


「お前、結構な苦労人だったんだな。偉いぞ。――ていうか、客となり得る小人族よりも保護されるべき年齢のお前が保護活動に参加って、どうなんだよ」

「えへへ、これもひとつの社会勉強かなと思って」


 照れくさそうに頭をかくドワーフと死神ちゃんのやり取りを、保護者は放心状態で見つめていた。


「目の前ぇのこのおっさぁんが、本当はぁ保護対象……? えっ……? 保護対象なぁの……?」


 保護者はそのようにポツリと呟くと、がっくりと膝から崩れ落ちた。その際、彼女の手が切り株お化けのキノコに引っかかった。そのせいでキノコがもげてしまったのだが、何とそれはその切り株の〈なけなしのキノコ〉だった。
 怒った切り株達に押しつぶされてあっという間に灰と化した保護者を呆れ眼で見つめると、死神ちゃんはボリボリと頭を掻いた。そしてドワーフ達の方を向くと、死神ちゃんは苦笑いを浮かべた。


「あー……その、なんだ。こいつに関わってると碌なことないから、できたら他のアルバイトを探せ。それから、気をつけて帰れよ」


 ドワーフ達は森に到着するまでの間の〈死神ちゃんと保護者の会話〉を思い出しでもしたのか、苦笑いを浮かべて頷いた。
 帰っていく彼らの背中を見送りながら、死神ちゃんは溜め息混じりに壁の中へと消えていったのだった。




 ――――種族によって特徴は様々だというのを、改めて思い知ったのDEATH。

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