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 学校へ着くと、みんな建物の中には入らないで、庭で待つように、と先生たちに言われた。

 少しおどろいたけれどすぐに、妖精のことかな、と気づいた。

 聖堂から、もう学校へも、たぶんツィックル便かなにかで伝えられたのだろう。

 でも、はたして学校の先生たちは、妖精のことをよく知ってるんだろうか?

 私の父も母も見たことがないというし、ルドルフ祭司さまも、もう何十年もの間妖精は姿を見せていないとおっしゃっていたし……

 もしかしたら、先生たちよりもユエホワの方が、妖精についてくわしかったりして。

 そんなことを思った。

 けれどまさか、鬼魔を学校につれてきて妖精の話をさせることも、できないだろうしなあ……

 ああやっぱり、私がゆうべ少しでもあの本を読んでおいて、みんなに教えてあげるべきだったのかもしれない。

「ポピー、なにむずかしい顔してるの?」ふいにヨンベがそう声をかけてきて、私ははっとした。

「え、あたしそんな顔してた?」自分の頬を手でおさえる。

「うん、なんか鬼魔にキャビッチ投げてやろうとするときみたいに、シンケンな顔してた」ヨンベはうなずいて、まわりのほかの子たちもうなずいたり笑ったりした。

「あ、う、うん、えへへ」私は笑おうとしたけれど、目だけはシンケンなままだったかもしれない。

 ある意味では、ヨンベのいうとおりだと思うからだ。

 みんなに、妖精についての説明をするとしたら、どう話せばいいんだろう――そう考えはじめると、そりゃあもう、鬼魔にキャビッチを投げるときの何十倍も頭をフル回転させなければならないのだ。

 正直私の場合、妖精に向けてキャビッチを投げる方法を考えて説明するほうが、はるかにうまくできると思う。……ていうか、実際に投げて見せるほうが。

「はい皆さん、静粛に」マーガレット校長先生が大きな声でみんなに言った。「今日は最初に、みなさんにとても大切なお話を聞いていただく必要があります。これはみなさんの安全をまもるために、ぜひとも注意してほしいことです」

 ざわざわ、とみんないっせいにお互いの顔を見てさわぎ出した。

「静粛に」マーガレット校長先生はさらに大きな声でみんなに言った。「ですが、きちんと注意していれば、けっして恐れる必要はありません。では何に、どのように注意すればいいのか、これからお二人の方に、説明していただきます」

 お二人?

 誰だろう?

 ほかのみんなとおなじように、私もまわりをきょろきょろと見回した。

 一人は、たぶんルドルフ祭司さまだと思うけど……もう一人は?

 ふと、緑髪の鬼魔の姿が頭の中に浮かんだけれど、私は首を横にふった。

 まさか。

 妖精にくわしい、だれか知らない人間の人かな?



「遅くなってすみません」



 そのとき、空の上から声が響いた。

 はっとして上を見上げる。

 よく知っている声だった。

 はたして見上げた先、空の上には、よく知っている人たち――二人とも――が、箒に乗って浮かんでいた。

 父と、母だった。

「ようこそ、フリージアとマーシュ」マーガレット校長先生は地上から上空へ向けて、いちばん大きな声で言った。

 地上にいる私たちは、あからさまに耳をふさぐこともできず、みんなぎゅっと目をつむって肩をそびやかした。

 父と母は、すいっと地上に下りてきて、箒から降り、

「みなさん、おはよう」

「ぼくたちは今日、皆にぜひ聞いてほしいことがあって来たんだ」

とあいさつした。

「ポピーのおじさんとおばさん?」ヨンベが目をまるくして言う。

 私も目を丸くしていた。

「おはよう」父と母は目を細めてにっこりとあいさつした。「大切な話というのは、じつは半月ほど前から、ポピーにつきまとう見えない存在がいるということなんだ」つづけて父が説明する。

「えーっ」みんなはいっせいに驚きの声をあげ、私を見た。「ほんとに? ポピー」

「うん」私はうなずいた。「妖精らしいけど」

「妖精?」

「なにそれ?」

「妖精ってあの、おとぎ話に出てくるやつ?」

「ほんとにいるの?」

「皆さん、静粛に」マーガレット校長先生はクマ型鬼魔ダガー類かと思わせるほどの大声でほえた。「まだお話のとちゅうですよ」

 そのとなりで父は目をぎゅっとつむり、肩をそびやかした。

 母はというと、さすがに恐いものなしの母は、はっきりと両耳に指をつっこんでふさいでいた。

「はい、妖精というのは、本当にいます」父は肩をそびやかしたまま半分苦笑しながら説明をつづけた。「といってもルドルフ祭司さまによると、昔は森の中でよく見かけることができたけれど何十年も前から、姿を見せなくなっているらしいんだね」

 ええー、と生徒たちはささやきのような声をあげた。

 マーガレット校長先生は深く何度もうなずいていた。

「ものの本によると、どうして姿を消してしまったのか、その理由や原因ははっきりとはわかっていない……ただ妖精たちは昔、一部の鬼魔につかまってしまったという説があるんだ」

「まあ」マーガレット校長先生が胸をおさえおののいた。「そんなことが」

「鬼魔にさらわれてしまったの?」

「妖精は鬼魔の手下になったの?」

 生徒たちが質問する。

「それも、わからないんだ」父は首を振った。「けれど……事情があって誰かはいえないんだけど、妖精にさらわれてしまった人がいるんだ」

 ええーっ!

 生徒たちはいっせいに大声をあげ、校長先生も目と口をまん丸くあけて父を見た。「いったい、誰が?」

「事情があって誰かはいえないんです」父は必死でくり返した。「でも子どもではないし、その人は今はもう、無事に助けられました」

 人、かあ……

 私は眉をしかめた。

 まあ「人型鬼魔」を略して「人」っていうことも、できるのかなあ。

「それでその人がいうには、妖精は――というか妖精を操る者は、どうも魔法を使えなくさせる力を、持っているらしいんです」父はつづけて言った。

 ええーっ、とまた全員が(先生もふくめて)、驚きの声をあげた。

「まあ、なんて強力な敵なの」マーガレット校長先生はおそろしげに声をふるわせた。

「それで皆には、それをかけられる前に対処できるよう、マハドゥという魔法を教えておきます」父はみんなを安心させるよう、笑顔で話をつづけた。

 マハドゥを?

 私はきょとんとした。

「マハドゥ?」

「なにそれ?」

「マハドゥって?」

「おれ知ってる。相手を自由にあやつれる魔法さ」

「ええーっ」

「なにそれー」

「すごーい」

「むずかしそう」

「本来なら今誰かが言ってくれたように、相手を自在に操るという高度な魔法なんだけれど、今回はもっと簡単な、相手がかけようとする魔法をせき止めてしまうところまでを、みんなに覚えておいてもらおうと思うんだ」父はくわしく説明し、「じゃあみんな、左右の手のひらをこう、上に向けて」両手を肩の高さで上向きに開いた。

 みんなは父に言われたとおりにした。

 私もだ。

「先生、キャビッチを少し、お借りします」それから父はマーガレット校長先生に向かい、にっこりと笑って言った。

「はい、どうぞ」マーガレット校長先生がこころよくうなずくやいなや、

「キャビッチ」こんどは母が、大きな声をはり上げた。「リールムールクール、フー」

 その、一秒後。

 学校のキャビッチ畑の方から、まるで横向きに降る雪のように、小さくて丸いものが大量に、校庭へ飛んできたのだ。

 それはもちろん、できたてほやほやの、キャビッチたちだった。

 うわあ――、とみんなが、両手のひらを上に向けた状態で空を見上げ歓声を上げた。

 飛んで来たキャビッチは、みんなのその両手のひらの上に一個ずつ、すとんすとんすとん、と降りてきた。全員にだ。

「少し……?」マーガレット校長先生がとても小さな声で言ったけれど、誰もハンノウしなかった。

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