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遅延キューピッド効果

「ヒャハハハハハハ!!!! 動くなよ人質ども!!! ここら一帯には爆弾を仕掛けた!! 僕の名は浜田! 革命戦士だ!! 現代のこの管理社会の支配構造を打ち砕く為に参上した!」

  その浜田とかいう銀行強盗らしき若者は言ってることが支離滅裂で、充血した目には明らかな狂気の色をまとっていた。単なる銀行強盗目的だけではなくて、テロのつもりでもあるようだ。その髪はボサボサで眼鏡をかけている。顔もまるで隠そうとはしていない。そこそこ背も高く、膝丈ほどもあるトレンチコートを羽織っている中にはピッチリと大量の手榴弾が装備されていて、しかも、下半身は何も履いていない露出狂の状態だった。

 そのけしからんモロ出しの姿を見て、人質になった女性銀行員たちは悲鳴を上げている。

「くっ…………何なのよ! あの頭イッてる変態は!!?」

  店内の様子を忍武と一緒にこっそりと伺っている瑠璃がそのクレイジーな犯人に対して憤りをあらわにする。とりあえずエージェントとして目の前の事件を解決するまでは忍武との対決を後回しにしたらしい。

「最近、未成年の若者の間でまた流行っている”超々危険ドラッグ”ってやつか……」
忍武は奴のまともではない言動を見て薬物をやっている者であると判断した。かつて2000年には脱法ドラッグと呼ばれたそれは2005年から違法ドラッグと改名され、2014年からは危険ドラッグという子供じみた名前へと変えられた向精神薬だった。そんな馬鹿げた名称にしてでもこれに手を出す馬鹿者は後を絶たず、まるで法の隙間を縫ういたちごっこのように危険ドラッグの次は”超”危険ドラッグ、さらには”超々”危険ドラッグと改名されて今日にいたる。それ光景はまるで少年漫画の必殺技や敵キャラのごとく止まらないインフレのように滑稽であった。

「チッ……だが、厄介だな…………若者は葬祭課の管轄外だ。”年齢制限”(リミッター)で死亡フラグが使えねぇ…………」

  忍武の持ってる”デーモン・コア”は厳密に設計された放射性ウラン合金なので、80歳以下の人間が触ったとしてもその放射線や死亡フラグの影響を受けないように調整されていた。

  そうでなければその剣を所有している忍武自身だって危ないだろう。

「あらそう? なら私の出番ねー」

  縦割り行政乙、とでも言いたげのように瑠璃は構わずに二丁拳銃を構えて、動けない忍武をほっといて突っ込んでゆく。

「なっ、オイちょっと待て…………!!?」

  制止しようとする忍武の声もまるで聞かずに彼女は構わず現場へと飛び込んでいった。

「僕の目指す革命とは、人類全てが自然状態へと回帰することである! オラ!! 貴様たちも全員服を脱いで裸になりやがれ! 今すぐ!!」

  中では革命家気取りのテロリスト浜田が人質に銃を突きつけて無茶な要求を出していた。自身も片手で女性銀行員の服を無理矢理つかんでひん剥こうとする。

「緊急事態だ……仕方無いー」

  次の瞬間にはもう瑠璃は内部へと突入していた。爆発で脆くなったガラスをさながらハリウッド映画のように蹴破ってだ。

  店内に着地して受け身を取るとすぐさま間髪をいれずに銃を構える。

「一方は人質にー」

  まず狙ったのは犯人ではなく人質の方だった。何故ならばこの二丁拳銃の恋愛フラグの能力で刷り込ませるためには対となる相手の固有値情報が必要だからだ。そこで犯人に脱がされかけて半裸になっている人質の肩を狙って、わずかにかすり傷をつける程度に”キューピッド”の銃弾を撃ち込む。

「ーそして、もう一方は犯人に!!!」

  瑠璃の狙いは見事に命中し、犯人は脳天へとモロに惚れ薬の銃弾を喰らった。とりあえずもうこれで犯人は人質へと惚れ込んでしまって傷付けるようなことは無いハズだ。恋に落ちておとなしくなったところでいくらでも捕まえればいい。

「これで終わっー………………」

  瑠璃はもう全てを解決したと思って銃をしまいかけるが、事態はそんなに甘くなかった。

「効かねえなぁ! オラよっ!!」

  その犯人の浜田は額から血を流しながらも不敵な笑みを浮かべて構わずに人質女性の服を力ずくで引き裂いてしまう。何が起こったのかわからないその人質女性は下着姿だけになって倒れて悲鳴を上げていた。

「なっ!? なんで……どうしてっ…………!!? この”キューピッドの弾丸”が効かないの!!!?」

  瑠璃は思わぬ事態に困惑し、再び犯人に向かって拳銃を連射しまくるが、一向に効いてる気配が無い。

「ククク…………無駄なんですよ……。そもそも僕はまだ17で未成年だから罪には問われないしね……。全て悪いのはそれさえ許してしまうぐらいに子供の数が激減して困窮しているこの国なんですよ! 愛を失った現代社会はもう文明の存続が困難なくらいに出生率が下がっている。そして今回、恋愛フラグの弾までもが僕に効かなかった理由が君には分かるかい?」

 素手で服がビリビリに裂けるまでもの筋力にドーピングされた薬物中毒者なのに、急にここにきて流暢に喋りだす。どうやらただの愉快犯ではなく計画された確信犯でもあるようだった。

「なんだと!?」

  瑠璃は撃ち続けるがやっぱり相手には効いていない。

「政府はついにレイプを認めたんだよー…………人類は余計な理性を捨てて、自然状態に戻らなければ繁殖さえままならないとね……。これが新たな愛のカタチなのさっ!!」

  犯人の浜田が懐から取り出したのはついさっき配られたばかりの号外新聞だった。そこにはタイトルに(政府が避妊禁止法を施行したー)と書かれており、それはまるで一昔前のキリスト教的な時代錯誤感があった。そのニュースを聞いたからこの浜田はこのテロ行為を実行する気になったんだろう。彼女は徘徊老人たちを個人的に救済するために走り回っていたからそのニュースに気付けなかったのだ。まさかこの悲惨な状態まで含めて”恋愛フラグシステム”は最初から犯人と人質を上級の恋愛状態だと認めて弾を無効化してしまうなんて瑠璃にも予想外だった。

「イヤーっ!!!」

  犯人のいやらしい手に触れられて悲鳴を上げる下着姿の人質女性。

「もうやめて!!!!」

  瑠璃は激怒して、体中に仕込んでいた銃を取り出しては撃ちまくるが、やはり効かないので彼女にはどうすることもできない。そのうち弾切れになって後は撃鉄の空撃ち音がむなしく響くだけだった。絶望に打ちひしがれた瑠璃は銃を手から落として膝をつくだけだった。

「おやおや、弾切れかい? じゃあそろそろ平和ボケした日常を送っている情弱のリア充たちは皆で仲良く爆発しようか?………………」

 そう言って犯人の浜田は左手で懐から取り出した起爆スイッチへと手をかける。

「ふざけるな――」

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